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第一章 鳥に追われる
黒い天の川2
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翌朝、オオミに会った時は驚いた。元々、顔を見ただけ引きこもりがちとわかる風貌だけれど、そういう問題ではなかった。
目の充血は怖いくらいだし、反対にその周りの薄い皮膚は青黒くなっている。何があったんだろう。
「おはよう、鳥、見たか?」
明るい話題を振ってみた。
「おはようございます。はい、何だか怖かったですね」
死人のような声が返ってきた。怖かった……? どういう意味だ。
こいつ鳥恐怖症か? 昔鳥を飼っていたとか話していた記憶があるけど、気のせいだったか。
その日の午後「コーヒーを買ってきます」と言ってふらふら出て行ったオオミが戻ってきた時は、思わず「お前、帰れよ」と強い口調で言ってしまった。
それほど顔色がやばかった。
「大丈夫ですよ」
じとっとした目で言い返された。こいつはこうやって強情なところがある。
「そうか……」
そう言ってわざわざ俺の分も買ってきてくれたコーヒーを受け取って、浮かせた腰を下ろしたが、心の中で「目が据わって怖えよ」と思っていた。
オオミも謎に椅子にぶつかりながら、隣のデスクに落ち着いた。
「ほら、コーヒー代。あ、そうだ具合悪いところ悪いんだけどーー」
「はい、なんですか」
やっぱり顔が怖い。このタイミングで、言おうかどうか迷った。
「船に乗れることになったよ。俺とお前とオゼの三人で」
「本当ですか」
怖い顔がぱあっと明るくなる。――なんだ、言って良かった。
「そうなんだ。今、お前が外に出てる間にメッセージが届いてな」
ここ最近の俺たちは、年末年始の休暇が取れるかどうかも怪しいほど忙しかった。みんなより遅れてやっと休みが取れるとわかった時には、空にも陸にも帰省の手段がなくなっていた。
同じ部署で同郷のオオミとオゼもチケットを取り損ねたと知り、「船舶会社に勤める叔父にどうにかならないか聞いてみてやる」と約束してから数日が経っていた。
こいつも諦めかけていたに違いない。
「向こうに着くまで丸一日近くかかるぞ。それに――あんまりリラックスできないと思う。作業船の空いてるキャビンを借りることになるから――」
「それでも帰れるだけで嬉しいです」
オオミの顔に生気が戻ったので良しとしよう。
ところでオゼは今日出社してるんだろうか。全然見かけていない。珍しいことではないが。
「ちょっと聞いていいですか」
黙って聞いていたオオミが意を決した顔で言った。
「なに?」
「鳥に癒されたみたいなこと言ってましたが、正気ですか」
何だ、そんなことか。
「正気だよ。お前こそ何でそんなに怯えてるんだ」
窓から漏れ始めた朝陽に目を細めて、オオミが確認するように、質問で返してきた。
「目玉を咥えているのを見ても、平気なんですか」
「ああ……」
肯定とも否定とも取れる曖昧な声で答えるのが精一杯だった。俺はやっぱり狂っているんだろうか。
――さっき鳥に連れ去らわれる目玉を見た時、その持ち主を羨ましいと思ってしまったんだ。
目の充血は怖いくらいだし、反対にその周りの薄い皮膚は青黒くなっている。何があったんだろう。
「おはよう、鳥、見たか?」
明るい話題を振ってみた。
「おはようございます。はい、何だか怖かったですね」
死人のような声が返ってきた。怖かった……? どういう意味だ。
こいつ鳥恐怖症か? 昔鳥を飼っていたとか話していた記憶があるけど、気のせいだったか。
その日の午後「コーヒーを買ってきます」と言ってふらふら出て行ったオオミが戻ってきた時は、思わず「お前、帰れよ」と強い口調で言ってしまった。
それほど顔色がやばかった。
「大丈夫ですよ」
じとっとした目で言い返された。こいつはこうやって強情なところがある。
「そうか……」
そう言ってわざわざ俺の分も買ってきてくれたコーヒーを受け取って、浮かせた腰を下ろしたが、心の中で「目が据わって怖えよ」と思っていた。
オオミも謎に椅子にぶつかりながら、隣のデスクに落ち着いた。
「ほら、コーヒー代。あ、そうだ具合悪いところ悪いんだけどーー」
「はい、なんですか」
やっぱり顔が怖い。このタイミングで、言おうかどうか迷った。
「船に乗れることになったよ。俺とお前とオゼの三人で」
「本当ですか」
怖い顔がぱあっと明るくなる。――なんだ、言って良かった。
「そうなんだ。今、お前が外に出てる間にメッセージが届いてな」
ここ最近の俺たちは、年末年始の休暇が取れるかどうかも怪しいほど忙しかった。みんなより遅れてやっと休みが取れるとわかった時には、空にも陸にも帰省の手段がなくなっていた。
同じ部署で同郷のオオミとオゼもチケットを取り損ねたと知り、「船舶会社に勤める叔父にどうにかならないか聞いてみてやる」と約束してから数日が経っていた。
こいつも諦めかけていたに違いない。
「向こうに着くまで丸一日近くかかるぞ。それに――あんまりリラックスできないと思う。作業船の空いてるキャビンを借りることになるから――」
「それでも帰れるだけで嬉しいです」
オオミの顔に生気が戻ったので良しとしよう。
ところでオゼは今日出社してるんだろうか。全然見かけていない。珍しいことではないが。
「ちょっと聞いていいですか」
黙って聞いていたオオミが意を決した顔で言った。
「なに?」
「鳥に癒されたみたいなこと言ってましたが、正気ですか」
何だ、そんなことか。
「正気だよ。お前こそ何でそんなに怯えてるんだ」
窓から漏れ始めた朝陽に目を細めて、オオミが確認するように、質問で返してきた。
「目玉を咥えているのを見ても、平気なんですか」
「ああ……」
肯定とも否定とも取れる曖昧な声で答えるのが精一杯だった。俺はやっぱり狂っているんだろうか。
――さっき鳥に連れ去らわれる目玉を見た時、その持ち主を羨ましいと思ってしまったんだ。
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