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1.はじまりの年
新月生まれ
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けいさんにはお兄さんがいて、今年の1月に結婚した。奥さんになる人はしおりよりも年下だから、この先なんて呼んでいいやらと思っていた結婚式の披露宴で知り合ったのが雪人くんだった。雪人くんはけいさんのお兄さんの大学時代の後輩らしいけれど、深くはまだよく知らない。披露宴の最中、しおりと雪人くんはやたらと目が合った。というより、しおりがずっと雪人くんを見つめていた。人は雪人くんの目を死んだ魚の目というらしいけど、しおりにとって雪人くんの瞳は燃えたぎる炎を隠すためにわざと氷で覆っている、そんな印象的な瞳だった。雪人くんは自慢をするタイプではないからいまだにどんな恋愛をしてきたかはわからない。それでも、披露宴の最中でもひときわ華やかな雰囲気があってお兄さんが不憫な気がしたのは、しおりの目にフィルターがかかっていたからかもしれない。二次会にも参加させてもらった。運が良ければ雪人くんと席が遠くなるはずだった。けれども、その日の星座占いで自分の星座が最下位だっただけあって雪人くんが不運にも席順くじの結果しおりの目の前に座ることになった。ちなみにけいさんは冠婚葬祭に嫌悪感をもっているのでさっさと家に帰っていた。結婚式の二次会のテンションは異常な盛り上がりの後若干のしんみりになるけれど、目の前に座る雪人くんとしおりが初めて口をきいたのはそのしんみりするタイミングだった。お兄さんとお姉さんになる人のなれそめが天文サークルでの出会いで互いにとって月だの太陽だのってどうでもいい比喩によりふたりの讃美がはじまり、司会の人が「この中で満月生まれの人?」って「そんなのわかんねえよ」って笑いを誘って、「じゃあじゃあ、新月生まれは?」ってやたらスカートの短い女の子が足を若干開き塩梅にウケを狙って言ったとき、雪人くんとしおりだけが手を挙げた。まっすぐ新郎新婦の方向を見つめていた向かい合った二人だけが手を挙げた。BGMはマイクペリーのロックステディ、目が合ったあとに雪人くんがしおりの左手の薬指を素早く確認したことをしおりも確認した
雪人くんとはその時に連絡先を交換した。どちらからともなく、まわりの雰囲気に流されて交換したのだけれど、しおりも雪人くんも互いの目をしっかりと見つめることができないほどに、互いを意識していた。出会ってしまったとは思えなかった。しおりがけいさんについて二次会に参加しないことも考えられたし、のちに聞いた話では二次会の参加はぎりぎりまで保留にしていたほどその時は仕事が忙しかったらしい。くじだって勝負は時の運だから絶対ではない。出会ってしまったのではない。人生の歯車がそれぞれにあってその瞬間を待ち望むように回っていた。ただそれだけだ。
雪人くんとはじめて二人で会ったこともただの運命の歯車がかみ合っただけのことだと思う。お兄さん夫婦の引っ越し祝いをもっていったときに雪人くんが手伝いに来ていたのだ。お姉さんは午前中パートの面接に出かけていたらしく、けいさんはこんな日に限って休日出勤、新居にはお兄さんとしおりと雪人くん。引っ越しの手伝いと引っ越し祝いを持ってきてくれた義妹に対してお兄さんはお昼をごちそうしてくれた。つまり午後はそのままデートになったのだ。伝えたいことも話したいこともないし、二度と会わなければいいって祈っていた。でも秋風のひんやりした空気のなか、オープンカフェでホットショコラを飲むと聞きたいことや知りたいことがどっとあふれた。いろんなことを聞いた。まるで子供みたいにしおりは雪人くんにいろんな質問をした。質問をしては「それはどうして?」「なんで?」って本当に保育園の子みたいな会話になっていたと思う。そのたびに雪人くんの瞳をおおう氷が一瞬解けて炎が見えた気がした。雪人くんといるとしおりは子供になってしまう。デートの最後にしおりはすがるように言った。「ねえ、また会える?」。
雪人くんの肩の力がすっと抜けたように見えた。「もちろん」。しおりはそう言われて雪人くんが迷惑だったのだと勘違いした。大人の対応でそう社交辞令を言ってくれたのだと思ったのだ。「ありがとう」と言って目を伏し、身体の向きを反転させかけたとき、察しのいい雪人くんはきっとしおりが何を思ったかわかったんだと思う。慌てて、本当に体の身の乗り出し方の微かな動きからそう思った。「俺、このあたりに住んでるからいつでも声かけて」。その日、家に帰って雪人くんがしおりと同じ星座だってことを知った。ああ、だからかって思った。あの結婚式の日、ふたりとも最悪な運勢だったんだ。そして、私たちは一途で情熱的、でもわかりやすく好意を表明しない。
歯車もいくつかの分岐点があったとしたら、あの結婚式の日の分岐点でつながるように互いに選択したのだろうか。もちろんその日の行動じゃなくて、互いに祈り求めたのかな。だから与えられてしまったのかな。雪人くんが願ったもの、それがしおりと同じものだとしたら、そんな人を与えてくださいと願い求めて与えられたのだとしたら、それはきっと自分の分身のような異性なのだと思う。見た目や好みや趣味の話じゃなくて、絶対的正義が自分と同じくらいな人間、もしくは自分以上に自分が理想とする正義を持っている人間を与えてくださいと願い求めた結果なのかな。
雪人くんとはその時に連絡先を交換した。どちらからともなく、まわりの雰囲気に流されて交換したのだけれど、しおりも雪人くんも互いの目をしっかりと見つめることができないほどに、互いを意識していた。出会ってしまったとは思えなかった。しおりがけいさんについて二次会に参加しないことも考えられたし、のちに聞いた話では二次会の参加はぎりぎりまで保留にしていたほどその時は仕事が忙しかったらしい。くじだって勝負は時の運だから絶対ではない。出会ってしまったのではない。人生の歯車がそれぞれにあってその瞬間を待ち望むように回っていた。ただそれだけだ。
雪人くんとはじめて二人で会ったこともただの運命の歯車がかみ合っただけのことだと思う。お兄さん夫婦の引っ越し祝いをもっていったときに雪人くんが手伝いに来ていたのだ。お姉さんは午前中パートの面接に出かけていたらしく、けいさんはこんな日に限って休日出勤、新居にはお兄さんとしおりと雪人くん。引っ越しの手伝いと引っ越し祝いを持ってきてくれた義妹に対してお兄さんはお昼をごちそうしてくれた。つまり午後はそのままデートになったのだ。伝えたいことも話したいこともないし、二度と会わなければいいって祈っていた。でも秋風のひんやりした空気のなか、オープンカフェでホットショコラを飲むと聞きたいことや知りたいことがどっとあふれた。いろんなことを聞いた。まるで子供みたいにしおりは雪人くんにいろんな質問をした。質問をしては「それはどうして?」「なんで?」って本当に保育園の子みたいな会話になっていたと思う。そのたびに雪人くんの瞳をおおう氷が一瞬解けて炎が見えた気がした。雪人くんといるとしおりは子供になってしまう。デートの最後にしおりはすがるように言った。「ねえ、また会える?」。
雪人くんの肩の力がすっと抜けたように見えた。「もちろん」。しおりはそう言われて雪人くんが迷惑だったのだと勘違いした。大人の対応でそう社交辞令を言ってくれたのだと思ったのだ。「ありがとう」と言って目を伏し、身体の向きを反転させかけたとき、察しのいい雪人くんはきっとしおりが何を思ったかわかったんだと思う。慌てて、本当に体の身の乗り出し方の微かな動きからそう思った。「俺、このあたりに住んでるからいつでも声かけて」。その日、家に帰って雪人くんがしおりと同じ星座だってことを知った。ああ、だからかって思った。あの結婚式の日、ふたりとも最悪な運勢だったんだ。そして、私たちは一途で情熱的、でもわかりやすく好意を表明しない。
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