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悪夢
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◆◆◆
「なぁ、このガキ、エスド様んとこに連れてったら喜ぶと思わねぇか?」
「おい馬鹿。そりゃお頭なら喜びそうだがよ、仕事中に名前を言ったのがバレたら只じゃ済まねぇぞ」
「ああ、確かに。お前らバラすなよ? っても、どうせこのガキ以外に生き残りなんて居ねぇよ。身体能力の高い【灰兎族】なんて大層な噂があるから期待したのに、全然大した事ない奴等だったからな」
「分かってら。連れてくならさっさと行こうぜ。早くしなきゃお宝が無くなっちまいそうだしな、グヘヘ」
灰兎族の少年の赤い瞳に映るのは、地獄だ。
――父親を殺され、母親も殺された。
いつもと変わらぬ、穏やかな一日だったのに。
僅かな時間で両親を失ったひ弱な少年と盗賊との間には、絶対的な力の差があった。
母親が致命的な怪我を負いながらも力強く発した「逃げなさい!」という言葉に、一度は夜の森へと逃げ出した少年だったが、その先で僅か八歳という幼い心に対し、あまりにも過酷な選択を迫られ、自身の命運を諦める事になる。
恐怖により重くなる足で亡骸と化した母親の元へ戻ると、母を殺した盗賊に捕まり、細腕を引っ張られて盗賊団の頭目・エスドの前へと放り出されてしまった。
炎の明かりが揺れる。
今日が二つの月が満ちる夜という事もあり、冷酷な表情をしたエスドの顔も、灰の毛髪を乱れ汚した少年の生気のない顔も、鮮明に夜闇に映し出された。
「お頭、このガキなかなか面白いやつですぜ!」
「あん? てめぇ、今日の仕事に遊ぶ余裕は無いぞ。さっさと始末しちまえ」
「そうなんですが……こいつ、目の前で親を殺してやったら小便垂らして逃げ出したってのに、わざわざ自分から戻ってきて、親の仇の俺達に死にたくねぇって泣いて縋ってくるんですぜ」
部下からの報告に、エスドは冷酷非情を絵に描いたような表情から一転、嬉しそうに目を細め下卑た笑みを浮かべた。
その微笑みには、一片の優しさすら見えない。
「なるほどな。ならば俺が直々に問うてやろう」
それを聞いた盗賊達は一様に笑う。場を盛り上げようと「極悪非道のお頭にバンザイ!」と叫ぶ者や「良かったなぁ、助かるかも知れないぞ。ヒャヒヒ!」などと奇声じみた笑いを上げる者も居る。
「ガキ、名を何と言う?」
失意で垂れ下がった少年の長い耳を鷲掴みにして、エスドが尋ねる。
少年は恐怖に身体を震わせ、顔を自身の涙と母親の血でグシャグシャにしながら答えた。
「死にたくないです……」
「ククッ、そうか、死にたくないか。だが、それじゃあ質問の答えになってない。お仕置きだ」
徐ろに少年の手を持ち上げたエスドが少し力を込めただけで、少年の細枝の様に脆い指はペキリと高い音を出して簡単に折れてしまった。
無論、少年には激痛が走った筈なのだが、少年は一瞬驚いた顔をしたものの直ぐ様表情を戻し、悲鳴も上げず、身じろぎ一つしない。
少年が悶絶する姿を想像していた盗賊団の連中は予想外の様子に少しばかり背筋を冷やした。が、それでは場が盛り下がり、頭目が自分達に八つ当たりをしかねないと考え「なんですかねコイツ! あまりの痛みに頭がぶっ壊れちまったんでしょうか!? ゲヒャヒャヒャ!」などと軽妙な言葉を飛ばしてみせた。
脳天気な部下の安っぽい台詞を聞き、怪訝そうに少年の顔を見つめていたエスドは「ふっ」と溜息を吐いて首を小さく横に振る。
「痛みも分からなくなったのか? 哀れだなぁ。もう一度聞く、お前の名は?」
「ろ……ロズ……です」
「ほう、ロズってのか。教えてくれて有難うよ。こいつは褒美だ、受け取りな」
異様な少年が今度は素直に名前を口にした事で、安堵を覚えたエスド。再び残酷な笑みを浮かべると、上半身に装着された装帯からナイフを抜き取り、なんの躊躇いもなく、若く柔らかなろロズの太腿に突き刺した。
ロズは先程と同様に一切の反応も見せない。
それどころか恐怖の対象である筈の自分の目を力強く、真っ直ぐに見つめ返してくる不気味さと不可解さに、エスドは全身の毛を逆立てた。
「本当に頭がイカちまったみたいだな。悲鳴の一つでも上げてみろ。そうすれば助けてやるぞ? ロズ」
耳にへばりつく様な声で囁いたエスドは、地べたに座るロズのもう片方の太腿にもナイフを突き立てた。
「そう、僕の名前はロズ」
「気味の悪いガキめ……」
「何度でも言います……僕の名前はロズ」
(いくら何でも只事じゃねぇ。初め見た時はあんなに弱々しかったってのに、どうなってやがる?)
「僕の名前はロズ!!」
「やめろ! もう喋るんじゃねぇ!!」
少年が名乗るたび、一本、もう一本とナイフを突き刺していたエスドだったが、とうとう残り全てのナイフをロズに刺し尽くす。
「ッ忘れるな……僕の名前を……!」
大量の出血により遂に倒れ込んでしまったロズだが、力尽きる最後の一秒まで眼光が失われる事はなかった。
生まれ育った村を襲われ、大切な人々を失い、この世の全ての不幸が降り注いだと言っても過言では無いこの状況で。
逞しい大人でさえ絶望するであろうこの状況で。
十歳にも満たぬ子供が死ぬ寸前まで、まるでまだ昨日と変わらぬ平和な明日が来るかのような、まるで大きな希望が残されているかのような、強い眼光を失わなかったのだ。
「……ロズ、お前は一体――ッ!」
ぽつりと呟いた後、エスドは完全に言葉を失った。
そして、自身が静寂の中に佇んでいる事に気が付いた。
周りにいた部下達も、予想外の展開に戦慄し押し黙ってしまったのか、それとも耳に残る少年の声が周りの音を遮っているのか、それさえ分からなかった。
しかし、次の瞬間さらなる恐怖に襲われ、目を見開く。
「忘れるな、少年の名はロズ。小狡く薄汚いお前らとは真逆の勇敢な英雄だ。なぁ? 天盗衆頭首・エスド」
「なっ!?」
「動くな。頭の悪いお前は、この二つを死に物狂いで覚えることだ。少年の名と、この悪夢を」
気付けば周りで騒いでいた筈の部下達は頭を落とし、全員地に伏している。そして、恐らくその原因となった刃物が自身の首元に当てられている。
名もなき盗賊団では無い。
腕っぷしには自信があった。
商売上、恨みを買うことも多く、寝首を狙われたって返り討ちにする自信があったし、実際 今迄はそうしてきた。
一騎打ちなら【特級】相手だろうが、上級騎士相手だろうが問題なく打ち勝つ自信があった。というのに、エスドは微動だに出来なかった。
(何だ……今、俺の後ろには何が居る!?)
背後から伝わる途方もない威圧感に硬直し、振り向くことも、目を動かすことも、全てが叶わぬと察した。
「何者――」
玉のような汗を額に滲ませてるエスド。
漸く絞り出した言葉はあっさりと鋭い刃に遮られ、同時に自身の首が落ちるのを感じた。
「少年の名はロズ。この村を襲えばお前は全てを失う。この悪夢を忘れるな――」
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「なぁ、このガキ、エスド様んとこに連れてったら喜ぶと思わねぇか?」
「おい馬鹿。そりゃお頭なら喜びそうだがよ、仕事中に名前を言ったのがバレたら只じゃ済まねぇぞ」
「ああ、確かに。お前らバラすなよ? っても、どうせこのガキ以外に生き残りなんて居ねぇよ。身体能力の高い【灰兎族】なんて大層な噂があるから期待したのに、全然大した事ない奴等だったからな」
「分かってら。連れてくならさっさと行こうぜ。早くしなきゃお宝が無くなっちまいそうだしな、グヘヘ」
灰兎族の少年の赤い瞳に映るのは、地獄だ。
――父親を殺され、母親も殺された。
いつもと変わらぬ、穏やかな一日だったのに。
僅かな時間で両親を失ったひ弱な少年と盗賊との間には、絶対的な力の差があった。
母親が致命的な怪我を負いながらも力強く発した「逃げなさい!」という言葉に、一度は夜の森へと逃げ出した少年だったが、その先で僅か八歳という幼い心に対し、あまりにも過酷な選択を迫られ、自身の命運を諦める事になる。
恐怖により重くなる足で亡骸と化した母親の元へ戻ると、母を殺した盗賊に捕まり、細腕を引っ張られて盗賊団の頭目・エスドの前へと放り出されてしまった。
炎の明かりが揺れる。
今日が二つの月が満ちる夜という事もあり、冷酷な表情をしたエスドの顔も、灰の毛髪を乱れ汚した少年の生気のない顔も、鮮明に夜闇に映し出された。
「お頭、このガキなかなか面白いやつですぜ!」
「あん? てめぇ、今日の仕事に遊ぶ余裕は無いぞ。さっさと始末しちまえ」
「そうなんですが……こいつ、目の前で親を殺してやったら小便垂らして逃げ出したってのに、わざわざ自分から戻ってきて、親の仇の俺達に死にたくねぇって泣いて縋ってくるんですぜ」
部下からの報告に、エスドは冷酷非情を絵に描いたような表情から一転、嬉しそうに目を細め下卑た笑みを浮かべた。
その微笑みには、一片の優しさすら見えない。
「なるほどな。ならば俺が直々に問うてやろう」
それを聞いた盗賊達は一様に笑う。場を盛り上げようと「極悪非道のお頭にバンザイ!」と叫ぶ者や「良かったなぁ、助かるかも知れないぞ。ヒャヒヒ!」などと奇声じみた笑いを上げる者も居る。
「ガキ、名を何と言う?」
失意で垂れ下がった少年の長い耳を鷲掴みにして、エスドが尋ねる。
少年は恐怖に身体を震わせ、顔を自身の涙と母親の血でグシャグシャにしながら答えた。
「死にたくないです……」
「ククッ、そうか、死にたくないか。だが、それじゃあ質問の答えになってない。お仕置きだ」
徐ろに少年の手を持ち上げたエスドが少し力を込めただけで、少年の細枝の様に脆い指はペキリと高い音を出して簡単に折れてしまった。
無論、少年には激痛が走った筈なのだが、少年は一瞬驚いた顔をしたものの直ぐ様表情を戻し、悲鳴も上げず、身じろぎ一つしない。
少年が悶絶する姿を想像していた盗賊団の連中は予想外の様子に少しばかり背筋を冷やした。が、それでは場が盛り下がり、頭目が自分達に八つ当たりをしかねないと考え「なんですかねコイツ! あまりの痛みに頭がぶっ壊れちまったんでしょうか!? ゲヒャヒャヒャ!」などと軽妙な言葉を飛ばしてみせた。
脳天気な部下の安っぽい台詞を聞き、怪訝そうに少年の顔を見つめていたエスドは「ふっ」と溜息を吐いて首を小さく横に振る。
「痛みも分からなくなったのか? 哀れだなぁ。もう一度聞く、お前の名は?」
「ろ……ロズ……です」
「ほう、ロズってのか。教えてくれて有難うよ。こいつは褒美だ、受け取りな」
異様な少年が今度は素直に名前を口にした事で、安堵を覚えたエスド。再び残酷な笑みを浮かべると、上半身に装着された装帯からナイフを抜き取り、なんの躊躇いもなく、若く柔らかなろロズの太腿に突き刺した。
ロズは先程と同様に一切の反応も見せない。
それどころか恐怖の対象である筈の自分の目を力強く、真っ直ぐに見つめ返してくる不気味さと不可解さに、エスドは全身の毛を逆立てた。
「本当に頭がイカちまったみたいだな。悲鳴の一つでも上げてみろ。そうすれば助けてやるぞ? ロズ」
耳にへばりつく様な声で囁いたエスドは、地べたに座るロズのもう片方の太腿にもナイフを突き立てた。
「そう、僕の名前はロズ」
「気味の悪いガキめ……」
「何度でも言います……僕の名前はロズ」
(いくら何でも只事じゃねぇ。初め見た時はあんなに弱々しかったってのに、どうなってやがる?)
「僕の名前はロズ!!」
「やめろ! もう喋るんじゃねぇ!!」
少年が名乗るたび、一本、もう一本とナイフを突き刺していたエスドだったが、とうとう残り全てのナイフをロズに刺し尽くす。
「ッ忘れるな……僕の名前を……!」
大量の出血により遂に倒れ込んでしまったロズだが、力尽きる最後の一秒まで眼光が失われる事はなかった。
生まれ育った村を襲われ、大切な人々を失い、この世の全ての不幸が降り注いだと言っても過言では無いこの状況で。
逞しい大人でさえ絶望するであろうこの状況で。
十歳にも満たぬ子供が死ぬ寸前まで、まるでまだ昨日と変わらぬ平和な明日が来るかのような、まるで大きな希望が残されているかのような、強い眼光を失わなかったのだ。
「……ロズ、お前は一体――ッ!」
ぽつりと呟いた後、エスドは完全に言葉を失った。
そして、自身が静寂の中に佇んでいる事に気が付いた。
周りにいた部下達も、予想外の展開に戦慄し押し黙ってしまったのか、それとも耳に残る少年の声が周りの音を遮っているのか、それさえ分からなかった。
しかし、次の瞬間さらなる恐怖に襲われ、目を見開く。
「忘れるな、少年の名はロズ。小狡く薄汚いお前らとは真逆の勇敢な英雄だ。なぁ? 天盗衆頭首・エスド」
「なっ!?」
「動くな。頭の悪いお前は、この二つを死に物狂いで覚えることだ。少年の名と、この悪夢を」
気付けば周りで騒いでいた筈の部下達は頭を落とし、全員地に伏している。そして、恐らくその原因となった刃物が自身の首元に当てられている。
名もなき盗賊団では無い。
腕っぷしには自信があった。
商売上、恨みを買うことも多く、寝首を狙われたって返り討ちにする自信があったし、実際 今迄はそうしてきた。
一騎打ちなら【特級】相手だろうが、上級騎士相手だろうが問題なく打ち勝つ自信があった。というのに、エスドは微動だに出来なかった。
(何だ……今、俺の後ろには何が居る!?)
背後から伝わる途方もない威圧感に硬直し、振り向くことも、目を動かすことも、全てが叶わぬと察した。
「何者――」
玉のような汗を額に滲ませてるエスド。
漸く絞り出した言葉はあっさりと鋭い刃に遮られ、同時に自身の首が落ちるのを感じた。
「少年の名はロズ。この村を襲えばお前は全てを失う。この悪夢を忘れるな――」
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