上 下
58 / 91
授業編

龍種

しおりを挟む



 風魔法の中でも上級魔法に位置する《空歩エアーウォーク》をさらりと行使し1歩1歩と空を進むフェリにリッカは思わずおおっと感嘆の声をあげた。それもそのはずで、この《空歩エアーウォーク》はリッカが今一番覚えたい魔法なのである。空を歩く=空を自由に動き回れるので行動の幅が増える。タイチの従魔であるウルも簡単にこの魔法を使うが、実の所とても制御の難しい魔法なのだ。
 ちなみに同じような魔法に中級の中でも上位に位置する《飛翔フライ》があるのだが、こちらは《空歩エアーウォーク》と違って小回りが利かないし魔力消費量の割に持続時間も短めだ。なにより、使っている時は背に翼のようなものが出現するのでかなり目立つ。そういうわけでもの好きや切羽詰まった状況でない限りはあまり使わない魔法である。そしてリッカも《飛翔フライ》は使えるが 《空歩エアーウォーク》は使えないという現状である。なので、《空歩エアーウォーク》をすんなりと使って見せたフェリに感嘆の声を上げたのだ。

 「フェリは《空歩エアーウォーク》使えたんだねぇ……。」
 『ま、まあね!りっかはできないの?』
 「残念ながら、まだ練習中なんだよ。なかなか感覚が掴めなくてね……。」
 『じゃあこんど、ぼくがおしえてあげるよ!』
 「ほんと?それは頼もしいなぁ。」

 お願いね、とリッカから褒められ頼まれごとを受け取ったフェリは気を良くしたのか空を翔るスピードが上がった。鼻歌まで聞こえそうなほど上機嫌に翔るフェリだがふいにピタリとその身体を止めてしまう。
 目的地はまだ先であるはずなのに動きを止めてしまったフェリにリッカは首を傾げ、声をかけた。

 「どうしたの?フェリ、」
 『ちがうけはいが、まざってるの……』
 「違う気配……?……まさか!!」

 フェリの言葉にハッとしたリッカが探るように意識を集中させるとその反応に引っかかったものが一つ。突進牛ラッシュキャトルとは比べ物にならないほどの膨大な魔力を持った存在が突進牛ラッシュキャトルの後ろからまるで追い立てるように移動しているのだ。

 『これは……』
 「すーちゃん何か分かった?」
 『……あまり当たって欲しくないのですが、この魔力は黄龍様のものに若干近いように思えます。なので、もしかすると……龍種の可能性があるかと。』
 「龍種って……ドラゴンとかそういう?」
 『ええ。あくまで可能性の問題ですけど。』

 もしも朱雀の考察が当たっていれば最悪の状況であった。龍種というのはその存在自体が希少であり、神獣や聖獣のように崇められるモノだ。よって攻撃することはあまり推奨されていない。気に障ってしまい怒りを買ってしまえばその土地一帯が消失してもおかしくはないからである。
  リッカもそれを知っていたし、そもそも龍種であり神獣である黄龍と親しくしているのでその実力は嫌という程分かるのだ。だからこそ、朱雀に確認したのだ。……自分の知る龍種と違っていてほしいという淡い希望を抱きながら。早くも打ち砕かれたのだが。

 「最悪だよ……ここに来て龍種の可能性……あ――、すーちゃんの忠告聞いとけばよかった。」
 『ですが、行く決断をしたのはお母様ですし、もしお母様が動いていなければ命を落としていたかもしれないものだっています。私はお母様の選択、間違っていなかったと思いますが。』
 『そうそう。母さんじゃないと解決出来なかったことだってあるしさー、あんまり落ち込むなって。』
 『僕らに危険が及ぶからって馬鹿な考えなら改めてね?なんたって僕らはあの黄龍様に鍛えられてるんだよ?。その心配は嬉しいけどね。』
 『龍種だってなんだって、僕が追い払っちゃうから安心してね、まま!』

 なんとも頼もしい言葉だが、神獣たちは殺る気である。しかしリッカとしては龍種を殺すことはしたくないのである。だから、この問題はリッカの力で解決する必要があった。

 「頼もしいけど、今回は僕に任せてくれないかな?」
 『母さんいっつもそれじゃねえか!』
 『どうせ今回もあれなんでしょ、あわよくばスケッチさせてもらいたいとか。』
 「ぐっ……」
 『だいたいままが自分でやりたいって時はスケッチ欲が勝ってる時だもん。』
    
 神獣たちからそうダメ出しを受けるのだが、もちろん理由はそれだけではない。強いて言うならば希少ゆえに数を減らしたくないということだろうか。出来るならば攻撃もしたくないので穏便に去っていってほしいのである。
 まあ、攻撃の有無は今こちらに向かってきている龍種だろう存在の出方にもよるのだが。

 「とにかく、僕に任せて!それと、先に突進牛ラッシュキャトルたちをどうにかしなきゃだからすーちゃんお願いね。」
 『話をそらしましたね?……まあいいでしょう。フェリ、もう少し群れの方に近寄ってもらえますか?』
 『あいあいさー!』

 元気よく返事をしたフェリは前進し、朱雀を伺う。位置を指定してほしいのだろう。朱雀はちらりちらりと自分の方を見ているフェリにストップをかけ、リッカの方を見た。封印の呪の解除を求めているのだ。その要求に頷きウエストバッグから解札を取り出した。

 「さ、やるよ。」
 『お願いいたします。』

 パタパタと小さな羽を動かしながら朱雀がフェリの前に移動したのを確認してリッカは解札を人差し指と中指で挟み込んだ。今回はすでに札に陣を施しておいたので後は魔力を流し込むだけである。ぴたりと朱雀に視線を合わせ《かい》と唱えた。
 途端に朱雀を白煙と桜の花びらが包む。だんだんと大きくなっていくそれに久々の高揚感を覚えたが、気を引き締め白煙が消えたそこに現れた紅色の羽毛の朱雀にニッコリと頬を緩ませた。

 「相変わらずすーちゃんのその姿は綺麗だねぇ……。」
 『そんなにしみじみ言わないでください……恥ずかしいです。』
 「まあまあ。よし、じゃあとりあえず突進牛ラッシュキャトルの群れをどうにかしようか。」
 『……ええ。』

 リッカの言葉に朱雀は何処か不満そうに返事をし、音の間隔的に足元前方にいる群れを視界にとらえた。


 『《思考誘導ソウルインダクション》』


 朱雀がそう魔法を唱えたとたん突進牛ラッシュキャトルの群れは何かに操られたように左右に進行方向を変え二手に分かれて行った。朱雀が使った魔法の効果が出ているのだろう。示し合わせた様子もなく道別れをした突進牛ラッシュキャトルに後ろから追いかけてきていた龍種……飛竜スカイドラゴンと呼ばれる空色のドラゴンは驚いているようだった。



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境伯令嬢に転生しました。

織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。 アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。 書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...