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第8章

少女の幻覚

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 アリシアとクロードは村の中央部を通り、ノノおばさんの家に帰ろうとしていた。アリシアがふと、死体の側で泣いている遺族達の方に目を向けた時、アリシアの目に最悪の光景が飛び込んできた。
 アリシアは並べられた死体から少し離れた所で、死体に向かって涙を流すリーシャと、その側に辛そうな表情で立っているアレンとモニカの姿を視界に捉える。
 アリシアはすぐにアレン達の元に向け、走り出した。

「アリシアっ!?」
 アリシアが帰路を外れて走り出したのを見て、クロードが慌てて後ろを追いかける。

 アリシアは走った影響で脇腹に痛みが走り、顔を歪め、脇腹を片手で押さえたが走る事をやめなかった。
 アリシアは、すぐにアレンの元に辿り着き背後からアレンに声をかけた。
「アレン……」

 アレンとモニカが振り返り、アレンがアリシアを見て驚いた表情で話した。
「アリシアさん! 良かった。無事だったんですね!」

 アリシアはリーシャが顔をうずめている相手を見た。
「コルル……!? どうしたの? 何があったの?」

 アレンが下を向いて少しの間、黙った後、重い口を開いた。
「魔物からリーシャが襲われた際にコルルが助けに入ったんだが、その時、致命傷を負ってしまって……」

「そ、そんな……!!」
 アリシアが青ざめた表情で呟いた。
 遅れてクロードがアリシアの元に着き、状況を理解して呟いた。
「なぜ、コルルが……!?」

 リーシャはゆっくり顔を上げ、アリシアを視界に捉えると、静かに話し始めた。
「なぜ、もっと早く帰って来てくれなかったの……? 貴方ならコルルを助けられたでしょう?」

「リーシャ! イワンさんも言っていたでしょう? アリシアは村の為に危険な地域に村の周囲で起きた異変の調査に向かったって! 貴方も昼間送り出したばかりじゃない」
 モニカが慌ててリーシャを諫めるように話した。

「"早く帰ってくる"って言っていたわ! それなのに、コルルが死ぬまで現れなかったじゃない!」
 リーシャが叫ぶと、周りで話を聞いていた村人がざわめき出した。

 アレンがこのままではマズいと感じ、口を開く。
「り、リーシャ。アリシアさんは早く帰ってくると言った筈だ。
それに彼女がこの事態を予見できる筈がない事は君でも分かるだろう?」

「でも、コルルが死ぬまで帰って来なかった事には変わりはしないわ!
私、ずっと貴方がただの旅人ではない事を初めから気付いていたのよ! それを隠そうとしていた事も! だって雰囲気が普通の人とは余りにも違うもの! 
そうよ! 今までずっと平和だったこの村の周りがおかしくなったのも、貴方がここに来てからだわ! 魔族の貴方が記憶のないアレンも利用して、この村を陥れようとしていたんでしょう! 魔物が襲ってきたのも、コルルが死んだのも、全て貴方のせいなんだわ!」
 リーシャが興奮した様子で叫んだ。

「わ、私はそんなんじゃ……」
 アリシアが弁解しようとするとリーシャがすぐに叫ぶ。
「それじゃあ、貴方の正体が何者か、村人が聞いているこの場で話して見せてよ!」

「っ…………!!」
 アリシアが言葉に詰まって沈黙した。

「ほら! やっぱり自分の正体をこの場で話せないような名の通った悪人なんでしょう?」
 リーシャが指差して叫ぶと、更に周りがざわめき出す。

「アリシアさん……?」
 アレンもアリシアに疑いの目を向ける。

「アリシアの正体は……っ!!」
 このままではマズいと感じたクロードがアリシアの正体を叫ぼうとした時、叫び声が聞こえる。
「クロードさん、駄目です!」
 クロードが声のする方を振り返るとそこにはダリルが冷や汗を流して立っていた。
 クロードはダリルに止められて、初めてアリシアが正体を話さなかった理由に気づく。
 そして、クロードは下を向いて歯を噛み締めて黙ってしまった。

「クロードさん、どうしたんですか? アリシアさんの正体を知っていたのではないのですか? それとも、クロードさんまでグルだったんですか?」
 リーシャが睨んで尋ねた。

 リーシャの言葉を聞いた周りの村人からも怒号が飛び交い始めた時、ダリルが叫んだ。
「アリシアさんは怪我が治ってからこの村に尽くしてくれたのは皆も知っている筈! それにクロードさんはこの国の巫女に使えるだけの強さを持っているにも関わらず、この村の人々を守る為に村に残ってくれた恩人ですよ! 皆、それを忘れたのですか?」
 ダリルの言葉を聞いて、怒号が止む。

 それを見たリーシャが更に怒りの表情に変わり叫んだ。
「昔からこの村にいるクロードさんはまだしも、その女は正体不明の魔族! 私の兄をたぶらかした10年前の魔族の女と同様に危険な存在です! ダリルさんも村長なら村の平和の為にその女を追放して下さい!」

「なっ!? それは……!!」
 ダリルが拒否しようとするとリーシャが更に叫ぶ。
「まさか、ダリルさんともあろう人が村人の安全よりそこの魔族の女を優先するなんて事は無いですよね? それとも10年前の兄のようにダリルさんやクロードさんは既に洗脳されているのでしょうか?」
 リーシャが睨みながら口角を上げて話した。
 リーシャの言葉を聞いた若い女の村人が続々と叫び出す。
「追放よ!」
「追放して!」
「アリシアは危険だわ!」

「待ちなさい! アリシアの帰りが遅いと思って来てみたらこれはなんだい! 
アリシアがそんな酷い事する訳ないだろ! ふざけるのも大概にするんだ!」
 駆けつけたノノおばさんが村人に向かって叫ぶがすぐにリーシャが叫び返す。
「ノノおばさんも洗脳されたんだわ! ノノおばさんは洗脳が解けるまで監禁すべきよ!」
 リーシャの言葉を聞いた村人がノノおばさんを取り押さえようとした瞬間、アリシアが叫ぶ。
「待ちなさい!」

 アリシアの迫力のある言葉に辺りがシーンと静まりかえる。

「そこの女の言う通り、私が全てやった事だ」
 アリシアが悪そうな表情と口調に変わり口を開いた。

「!!!? アリシアさんっ!?」
 ダリルが驚いた表情で止めようとする。

「黙れ、人間! 少しは使えると思っていたから洗脳してやったが、簡単にバレるような行動をするとは……。お前もクロードも、そこの年老いた女にももう用はない! 失せろ!」
 アリシアが冷たい瞳で睨む。

「アリシア、何を……!?」
 ノノおばさんが叫んだ瞬間、アリシアがノノおばさんの足元に向かって下級雷属性魔法サンダーを放つ。

 ドーーン!!

「「うわぁああ!!」」
 ノノおばさんを取り押さえようとしていた村人達がノノおばさんから離れる。
 アリシアが冷たく微笑んで口を開く。
「黙れと言った筈だ人間……!
バレてはしょうがない。最後にお前達に私の力の一端を見せてこの場から去るとしよう!」
 アリシアは叫ぶと同時にアレンとコルル以外の村人を下級風属性魔法ラ・ウインドで吹き飛ばした。

ゴォっ!!

 数メートル吹き飛ばされたリーシャがすぐに取り残されたコルルを見て叫んだ。
「コルル!」
 リーシャが駆け寄ろうとすると、アリシアが自分とアレン、コルルの周囲に炎の壁を作る。
「コルルっ!!」
 リーシャが悲痛の表情で叫んだ。

 炎の壁によって、リーシャ、ダリル、モニカ、イワン、全ての村人がアリシアとアレン、コルルの姿が見えなくなる。

 炎の壁の中、アレンは周りを見渡した後に、自身に背を向けているアリシアに向かって叫んだ。
「アリシア! 何をしているんだ!
これでは君は悪者になってしまうぞ!」

「やっと……、をつけずに呼んでくれたね……」
 アリシアが背を向けたまま呟く。

「何を……」
 アレンが戸惑いながら話すと、すぐにアリシアが話した。
「アレン、コルルの怪我は脇腹の傷だけ?」

「あ、ああ、そうだ……。それよりも……!」
 アレンが話そうとすると、またアリシアが遮るように口を開く。
「コルルの心臓が止まってどのくらい経ってる……?」

「なぜ、今そんな事を……!」
 アレンが困惑した表情で尋ねる。

「いいから答えて!!」
 アリシアが背を向けたまま叫ぶと、アレンが驚いた表情に変わり、少しして真剣な顔で応えた。
「多分、3時間程度……」

「傷口も他の遺体と違って塞がっている上、心停止から3時間……、上手くいけばギリギリ間に合うかも…………」
 アリシアはボソッと呟くと、コルルの側に座った。



 アリシアに吹き飛ばされ、アレンに向かって叫ぶアリシアの声を聞いたモニカは、炎の壁の中で何かが起きていると事を感じ、周囲を見渡した後、リーシャに向かって叫んだ。
「リーシャ! あそこ!」
 
 リーシャはモニカが指差した近くの矢倉を見て、モニカの側まで走り、モニカと共に矢倉の上まで登って炎の壁の中を見つめた。
 矢倉の上からはアリシアとアレン、コルルの姿がよく見え、アリシアが横になったコルルの側に座っているのが見えた。
「アリシア!? コルルにこれ以上何をするつもり?」
 リーシャが怒った表情で叫ぶ。



 コルルの側に座ったアリシアは両手を祈るように合わせて息を吸い込んだ。
 次の瞬間、アレンの腕輪からアリスが飛び出して慌てたように叫ぶ。
「アリシアさん、それだけは駄目!」

 アリスとアレンに背を向けたままアリシアが応える。
「……いいの、アリスちゃん。成功するかも分からないけど、私がやれる事はやっておきたいの……」

 アリシアの周りが青白く輝き出したのを見てアリスがアレンに叫ぶ。
「お兄ちゃん、アリシアさんを止めて! アリシアさんは創造の力そうぞうのちからを使おうとしている!」

創造の力そうぞうのちから!?」
 アレンがアリスに尋ねる。

「その力を使えば身体にどれだけ負担がかかるか知っているでしょう!? アリシアさんは……っ!!」
 アリスが全てを話そうとした瞬間、アリシアが片手を向けて、アリスをブレスレットに戻してしまった。
「ごめん……、アリスちゃん」
 アリシアを止めようとしていたアレンは振り返ったアリシアの顔を見て身体が固まる。
 なぜならアリシアは、先程まで悪役を演じていた表情から一変し、アレンが知り得る誰よりも優しい表情を浮かべ、頰を涙で濡らしていたからだった。
「アリシアさん……!?」
 アレンが驚きながら呟いた瞬間、アリシアの周りの青白い光がより一層輝き、アレンは腕で顔をカバーしながら目を閉じる。
 次の瞬間、光が止んだと思うと、大量の汗を流したアリシアの目の前に透明な液体が入った小瓶が出現した。
 この時、アレンはアリシアの背後にアリスによく似た青髪の少女がアレンに向かって液体の入った小瓶を渡す幻覚を見る。
(!!? なんだ!? この少女は?)
 アレンが見た幻覚はすぐにその場から消える。

 アリシアが地面に両手をつき、辛そうに呼吸をしながらアレンに話す。
「アレン、お願いがあるの、コルルにこれを飲ませて!」
 そう言うとアリシアは、突然、出現した小瓶の方を見つめた。

「えっ!? ……それは?」
 アレンが戸惑ったように話す。

「お願い……、私を信じて……!」
 アリシアが息を整えながら話した。

「し、しかし、コルルは死んでしまっているから自分の意思で飲む事が出来ないぞ!」
「口に含ませれば、そのまま体内に吸収されるのから大丈夫! リーシャの為なの! 信じて!」
 アリシアが真剣な表情で話した。

「………………わかったよ。君を信じる」
 アレンが頷いて小瓶の蓋を開け、コルルの口に含ませた。
 液体はコルルの口に入り、光を浴びた後、コルルの口から消え、体内に吸収された。

「これで、身体は全回復する筈……、あとは魂を呼び戻す……」
 アリシアはそう呟くと、辛そうな顔をしながらコルルに両手を向けて口を開いた。
禁呪治癒魔法アスクラピア!!」
 次の瞬間、アリシアの身体中から黄金色の光が発生し、コルルに注ぎ込まれ始めた。

「なっ!? なんだその呪文は!?」
 アレンが驚きながら尋ねる。

「……自身の命を分け与えて使用する蘇生魔法みたいなもの……。私は治癒魔法の才能がないし、才能がある者でも成功率20%の禁呪魔法。私は一度も成功した事がない魔法で一つの賭けだけど……。さっき飲ませたパナケイアの秘薬との相乗効果で成功率は少しは上がる筈……」
 アリシアが微笑みながら話した。

「コルルは生き返るかもしれないのか……!?
いや、そんな事よりも自身の命を分け与えて使用する魔法と言ったか!? 君は大丈夫なのか!?」
 アレンが慌てたように尋ねる。

「言ったでしょう? 可能性が低い賭けだって……。
私の事は大丈夫……。ギリギリまではコルルに命を分けるけど、私もまだやる事があるからここで死ぬ訳にはいかない……」
 アリシアをコルルを見つめながら話した。

「君は死ぬつもりはない……、その言葉信じていいんだな? 偽りだと感じたら、すぐに君の行為を全力で止めるぞ!」
 アレンがアリシアを見つめて話した。

 アリシアがアレンの方を向いて話す。
「言ったでしょう! 私を信じて!」

 アレンはアリシアのその表情と言葉を聞いた瞬間、心臓が高鳴った事を感じた。
(まただ! 昼間アリシアさんが異変の調査の為、危険な地域に旅立とうとした時も感じたこの胸の高鳴り。
それに、さっきアリシアさんから貰った液体入りの小瓶をコルルに貰った時に見えたアリスに良く似た少女の幻覚はなんだったんだ? 私はやはりとても大切な何かを忘れている。決して忘れてはいけないものだった筈なのに)
 アレンはもう少しで謎の胸の高鳴りの正体を掴めそうになったが、最後の一歩で思い出せず、歯を噛みしめた。

 アリシアは暫く禁呪治癒魔法アスクラピアを使用した後、自身の命の限界近くで息を切って使用を止めた。
「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
 アリシアから大量の汗が流れる。

「せ……、成功か…………!?」
 アレンがアリシアに尋ねる。

 アリシアはコルルを真剣な表情で見つめたまま静かに呼びかけた。
「コルル……。お願い、帰ってきて……!
貴方のお姉ちゃんは、まだ貴方が必要なのよ……!」

 次の瞬間、コルルが静かに目を開ける。

「コルル!!?」
 目覚めたコルルを見たアレンは笑顔で叫んだ後、アリシアを見つめる。
 アリシアが笑顔で頷く。

「……アリシアさん……? ここは……?」
 コルルが上半身を起こして静かに尋ねる。

「……村に魔物が襲いに来た時、貴方はお姉さんを助けたでしょう? その時、貴方は深い傷を負っていたからアレンが治してくれたのよ」
 アリシアが大量の汗を流しなが応える。

「アリシアさんっ!?」
 アレンは、アリシアが嘘をついた事に驚き口を開いた。

「……村の人の叫び声が聞こえるけど、みんなどうしたの……?」
 コルルが異様な雰囲気を感じ取り尋ねた。

「……私が悪さをした事がバレちゃったから怒っているみたい……。これ以上みんなに迷惑がかかる前に村を出て行くわね」
 アリシアは震える身体をなんとか支えて立ち上がった。

「アリシアさんが……?」
 コルルが不思議そうに尋ねる。

「アリシアさん、駄目だ! その身体でどこに行くつもりだ? コルルを生き返らせた事をみんなに言えばみんな君が善人だと信じてくれる筈だ!」
 アレンが必死になって止める。

「えっ!? 本当はアリシアさんが怪我を治してくれたの? ど、どういう事?」
 コルルが驚いたように話した。

「……大丈夫……。西の森の方に小さな洞窟があったから暫くそこで傷を癒せば動けるようになるわ……。
アレン、コルルは貴方が助けたの……! いいわね?」
 脇腹を押さえて大量の汗を流しながらアリシアが話した。

「私はどうすればいい? 君と私はとても大切な仲では無かったのか……!?」
 アレンが不安な表情で尋ねる。

「貴方はこの村を守ってあげて! この村で幸せに暮らすの。
リーシャやコルルと共に平和な日常を生きてほしい。それが私の願いよ」
 アリシアが微笑んで応えた。

「アリシアさん、出て行く必要なんかないよ! ……何をしたか分からないけど、僕も一緒にみんなに謝るからさ」
 コルルも心配そうに説得する。

「ありがとう、コルル……。
でも、もうこれは私が決めた事なの……。ごめんね、一杯お世話になったのに……。
お姉ちゃんにはコルルから謝っておいて……」
 アリシアが眉を寄せて謝るように微笑んで応えた。

「本当に行ってしまうのか……?」
 アレンは悲しそうな表情で尋ねる。

「……生きていれば一生会えない訳じゃないわ。いつか何処かで会えるはずよ。だから貴方も精一杯生きてね」
 アリシアがアレンに背を向け、風魔法で自身の身体を覆い始めた。

「アリシアさん……」
 アレンが下を向いて呟く。

「アレン……、最後にお願いがあるの……」
 アリシアが背を向けたまま話した。

「お願い? ああ、アリシアさんの頼みならなんでも!」
 アレンが真剣な表情で応える。

「"さようなら、エリザベス……。また会おうね!" って言ってくれない?」
 アリシアが背を向けたまま呟く。

「エリザベス? 君の名前はアリシアだろう? その名でいいのかい?」
 アレンが不思議そうに尋ねる。

「……うん、お願い…………」
 アリシアが静かに応えた。

 それを聞いたアレンは頷いて口を開いた。
「分かったよ……。

さようなら、エリザベス!
また、会おうね!」

 アリシアが振り向いて応える。
「アレン、さようなら!
本当にいつも、ありがとう!
またね!」
 
 アレンは、満面の笑みで涙を流しながら応えた彼女を見た瞬間、先程同様にアリスに似た少女が、アリシアと同じ台詞を口にする幻覚を見た。
 アレンの身体中の細胞が、昼間アリシアと別れの挨拶をした時、同様に叫ぶ。
 "彼女を行かせてはいけない!"
 昼間と違い、今度はハッキリと身体の声を聞いたアレンがアリシアを止めようとした次の瞬間、アリシアは風魔法で宙を浮き、自身とアレン、コルルの周囲を覆っていた炎の壁をかき消して、西の森の方に消えていった。
! 行くなっ!」
 アレンは全てを思い出して叫んだ。
 その声はアリシアに届く事なく、暗い空の中へ消えていった。



 少し離れた矢倉の上でアリシアとアレンのやり取りを見ていたリーシャが呟いた。
「コルルが……! 生き返った!!」

 隣で同じ光景を見ていたモニカも口を開く。
「……やっぱりアリシアは良い人だったんだよ! 村の為に、リーシャやコルルの為に常に考えて行動してくれていたのは本当だったんだよ」

 リーシャは青ざめた顔で呟いた。
「私……、なんて事を……。
コルルが亡くなって……、気が動転して……、アリシアに酷い事を…………」
 自身のやった事に初めて気づいたリーシャは涙をポロポロ零して、その場に座り込んだ。

「リーシャ……。
…………悪いと思っているなら早くアリシアを探して謝るんだよ! ほら、早く立って!」
 モニカがリーシャの肩を掴んで話した。

「……もう無理よ……。村の人を煽って何も悪くないアリシアを追い詰めてしまったのよ……。顔を合わせる事も出来ないわ…………」
 両手で顔を覆って泣き続けるリーシャ。

 それを見たモニカがリーシャを平手で殴った。
「いい加減にしな! アリシアはアンタに酷い事されても、コルルを助ける事を諦めなかったんだよ!
加害者のアンタが謝る事を諦めてどうすんだよ! …………私もアリシアを助ける事が出来なかった……。アンタや私を含めた村人全員がアリシアに頭を下げるべきだ。
だから……、私とアンタで絶対、アリシアを連れ帰るんだよ」

「モニカ……」
 リーシャはモニカの方を見つめて、少しした後、決心したように頷いて応えた。
「モニカの言う通りだわ! 私……、許して貰えなくても……、恥知らずだって思われてもいいから……、アリシアに謝りに行くわ!」

「やっと、アンタらしくなったじゃないか!
とりあえず、コルルの様子を見に行くのと、村人全員に今起きた事を説明してアリシアが悪くない事を分かって貰う事からだ!
……リーシャ、アンタがアリシアを悪者にした火付け役だ。多分、村人から今度はアンタが悪者扱いされるかもだけど……、覚悟はいいかい?」
 モニカが心配そうに尋ねる。

「アリシアは何も悪くないのにその辛い仕打ちを私のせいで受けてしまったわ。
覚悟があろうがなかろうが私はその罰を受けなきゃならない!
今すぐ行きましょう、モニカ!」
 リーシャが即答したのを見て、モニカは静かに頷いた。



 アレンの周囲の村人はいなくなったアリシアを探そうと周囲を見渡し、すぐにアレンの側に立つコルルに気付いて、皆同様に驚いた。
 ダリルとクロード、イワン、ノノおばさんがアレンの元に駆けつけ、ダリルがコルルを見て口を開く。
「信じられない! 先程まで心の臓が止まっていたのに、本当に生き返っている!」

「アレン、一体、何が起きたんだ!? コルルはなぜ生き返った? アリシアは?」
 クロードが驚いた表情で尋ねる。

「アリシアは西の森の方に飛んで行きました……。コルルは………………」
 アレンはアリシアから自分が生き返らせたように話す事をアリシアから頼まれていたが、どうしてもそうする事が出来ず、黙ってしまった。

「どうしたんだアレン? 黙っていては何もわからんぞ!」
 イワンがアレンに詰め寄る。

「アレン兄ちゃんを責めないで!
……僕の事はアリシアさんが助けてくれたんだよ! アレン兄ちゃんはアリシアさんから僕を治したのはアレン兄ちゃんがした事にするように言われていたから黙ってたんだ!」
 コルルが我慢できなくなって話した。

「コルル!」
 アレンがコルルを叱るように話した。

「だって、みんなおかしいよ! アリシアさんは良い人なのに、みんなで虐めるように責め立てて、村から追い出しちゃうなんて!
アリシアさんは自分で悪さをしたからこの村を出て行くって言ってたけど、アリシアさんがした事って本当にそれだけ酷い事だったの? 村のみんなはアリシアさんが本当にその悪い事をしたところを見たの?」
 コルルが全員に聞こえるように叫んだ。
 先程まで騒いでいた村人は下を向いたり、隣の人の顔を見て黙ってしまった。
 1人の若い男が口を開く。
「しかし、アリシア本人が自分が村の周囲の異変の元凶だと認めたぞ!
それに、コルルを生き返らせたってのも怪しい。そんな大それた力、聞いた事もないぞ! いくら魔族だってそんなことで出来る筈がない!」

「コルルが言っている事は本当よ!」
 村人全員に聞こえるような声が、若い男の後方から響く。
 村人全員が振り返るとそこには、息を切らしたリーシャと、モニカが立っていた。
「リーシャ!? それはどう言う事だい?」
 ノノおばさんがリーシャに尋ねる。

「私とモニカはアレンとコルルが炎の壁で見えなくなった後、あそこの矢倉の上から全てを見てたの! コルルの言う通り、アリシアが不思議な力を使ってコルルを生き返らせていたわ。……その後は魔法で西の森の方へ……。
だから……、アリシアは何も悪くなかったの。
今、思えばアリシアが自身を悪者だと言い始めたのはノノおばさんが乱暴に扱われたあたりから……。多分アリシアはノノおばさんを助ける為に……。
悪いのは私……! みんなを巻き込んでアリシアを悪者にして追い詰めた私こそ、村から出ていかなければならないのよ!」
 リーシャが涙を浮かべながら叫んだ。

「リーシャだけじゃない! 村から出て行くべき人間は、私も含めて恩人であるアリシアを追い詰めたみんなだよ!!
許してもらえるか分からないけど、みんながアリシアに謝らなきゃいけない!!」
 モニカがリーシャの前に立って話した。

「なんて事だ……! 我々は村の恩人に唾を吐きかけるような真似を……」
 ダリルが下を向いて話した。

「い、生き返らせた!? 本当にそんな事出来るのか!?」
 若い男が慌てるように尋ねる。

「出来るんですよ、彼女なら……」
 ダリルの目つきが変わって叫んだ。

「ダリルさん、まさか……、全部話すのかい?」
 クロードが驚いたように尋ねた。

 ダリルはクロードに向かって頷いた後、全員に聞こえるように叫んだ。
「彼女はカレント領土、最高位であられる創造の巫女そうぞうのみこアリシア様!
彼女はその人知を超えた力で側近で王の剣であるアレン・アルバートに巫女の加護を与え、村を魔物の襲撃から守っただけでなく、重傷者を死の淵から癒して見せた!
それだけではない! 先程コルルやリーシャが話したように1度、心臓が止まったコルルを生き返らせて見せたのだ!
これら奇跡の数々が彼女が終焉の巫女しゅうえんのみこである証拠だ!!」

「「!!!!?」」
 全ての村人が驚愕の表情を浮かべて驚いた。
「アリシアが……終焉の巫女しゅうえんのみこ……!?」
 ノノおばさんが尻餅をついて呟いた。

「アレンが……、世界最強と名高い王の剣だったの……!?」
 リーシャが両手で口を覆って驚く。

「し、しかし最近の噂で終焉の巫女しゅうえんのみことその従者達は片翼の女神かたよくのめがみに反旗をひるがえした罪人と聞いたぞ……!」
 イワンが冷や汗を流しながら話した。

「それこそ約束の日やくそくのひに人類を滅ぼそうとしていた片翼の女神かたよくのめがみの嘘だったのです!
アリシア様とアレン様はその嘘のせいで世界の上役達から立場を追われ、この地に逃げ延びた。
だからこそ、この村でも身分を偽り、暮らしておられたのです」
 ダリルが真剣な表情で応えた。

終焉の巫女しゅうえんのみこ達の方が人類の味方だっただと……!? それは本当なのか、ダリルさん?」
 イワンが再び尋ねる。

「私もアリシア様から聞いただけですが、それが本当かどうかは皆さんも分かるでしょう?
それだけ高位の方が、村に来てから今日まで平等に村の為に必死になって働き、今回の異変の調査の件も快く引き受けて下さった。そして村を魔物達の襲撃からその加護の力で救い、傷ついた者を全て癒して見せたのです!
そんな方が皆さんは世界を滅ぼす悪人だと本当に思いますか?
皆さんは異変の調査の際に深い傷を負い、更に村の怪我人を救う為に奇跡の力を使って弱り果てた恩人を森に追い出し、みすみす死なせるような恥知らずな人間なのですか!?」
 ダリルが必死に訴えた。

 それを聞いた皆は、これまでのアリシアの行動を思い出して涙を浮かべてそれぞれ叫び始めた。
「みんなでアリシア様を連れ戻しましょう!」
 リーシャが1番に叫ぶ。

「アリシア様に皆で謝るのだ!」
 イワンが次に叫んだ。

「村の恩人を死なせるな!!」
 若い男が叫ぶ。

「アリシアは、私が連れ戻すよ!!」
 ノノおばさんも叫ぶ。

 村人は大人から子供まで、涙を拭いてそれぞれ西の森の捜索の準備を始めた。
 クロードがダリルに近づいて話す。
「絶対にアリシアは死なせては駄目だ!」

「ええ! 必ずあの方を見つけて、許していただけるまで謝った後、この村に連れ戻しましょう!」
 ダリルが頷いて応えた。

「アイツは怪我してんだ! 強引にでも連れ帰って治療してから謝りゃいいだろ?」
 クロードがニヤリと笑って話した。

「弱り切っているとしてもあの方は3大魔王の1人! 村人全員で強引に連れ帰ろうとしても返り討ちに遭いますよ?」
 ダリルも微笑んで応える。

「はは! アイツはそんな事する訳ねぇが、万が一返り討ちにあったとしたら……、それは俺達のしでかした事に対する罰が執行されたってだけの話だ」
 クロードが西の森を見つめて話した。

「……そうですね。
アリシア様は何をしてでも、無事にこの村に帰ってきてもらいましょう!」
 ダリルも暗闇に包まれた西の森を見つめて応えた。
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