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第8章

新たな旅立ち

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 リーシャ、コルルと別れたアレンは闘気、友愛の加護ゆうあいのかごを最大まで高め、目にも止まらぬ速度で村の北の森を駆けていた。
「アリス! アリシアまでの距離は!?」
 アレンが創造の力そうぞうのちからでアリシアと魂が繋がっているアリスに尋ねる。
 アレンの呼び声に応えるようにブレスレットからアリスがポンっ! と出てきて口を開く。
「アリシアさんは山岳地帯を移動中。約12km先を風魔法を使って凄いスピードで移動しているわ!
お兄ちゃんが追いつくまで……、約10分!!」

「10分……! ヨルムンガンドが山岳地帯の更に北にあるオムロンの森から南下していた場合、アリシアとヨルムンガンドが接触するまでもう時間がない!
ヨルムンガンドの強さにもよるが深く傷ついたアリシアが10分弱の時間を戦い続けられるかどうか……。いや、なんとしても間に合わせなければならない!!」
 アレンが全力で駆けながら話した。

「お兄ちゃん……、やっとお兄ちゃんになったね……」
 アリスが宙を浮きながらアレンに並走して話しかける。

「……アリス……、済まなかった……」
 アレンが辛そうな表情で呟く。

「謝る相手が違うでしょ! 私はいいよ……。でもアリシアさんは何回も泣いてたからね!」
 アリスが少し怒った表情で応える。

「ああ……、分かってる…………」
 アレンが静かに応えた。

「でも……、これだけは言わせて!
おかえり! お兄ちゃん!!」


   ◇ ◇ ◇


 ヴェルナ村の北の森を抜け、更に北の山岳地帯中腹部を越えた辺りでアリシアは異様な殺気を感じ取って、すぐに岩場に隠れた。
(……来る! 
出来れば元いたオムロンの森で闘いたかった。ここは身を隠す場所が少なすぎる……。
自身にとって強敵の気配を感知するヨルムンガンドならば、私がいくらここの岩場に姿を隠しても数秒で見つけてしまうでしょうね……。
私がこれから試そうとしている作戦が失敗に終わり、身を隠そうとしても前回のように上手くはいかないでしょう……。つまり、作戦を失敗した時は私の命が尽きる時……!
それでも、作戦が失敗に終わるとしても絶対にヨルムンガンドに大きなダメージを与えて、村やアレンが万全の状態で戦えるように時間は稼がないと!)
 アリシアが考えを纏め終えると同時にヨルムンガンドの殺気が立ち込める。
 アリシアが身を隠しながら辺りを見渡すがヨルムンガンドの姿が確認出来ない。
(おかしい……! もう、かなり近くにいる筈なのに、姿を確認出来ない)
 アリシアが冷や汗を流しながら、もう少し辺りを見渡せる場所に移動しようとした時、アリシアの背後の岩山から小石が転げる音がした。
「っ!!!?」
 身の危険を感じ、咄嗟に下級風属性魔法ラ・ウインドで上空に逃げるアリシア。
 アリシアが下を見ると、自身が元いた場所に噛み付くヨルムンガンドの姿があった。
 よく見ると身体の半分が岩場の色と同化している。
「岩場に擬態して!」
 アリシアが驚いていると、ヨルムンガンドの瞳の一つが怪しく光り、炎を吐く。
上級水属性魔法ウォータフォール!!」
 咄嗟に水魔法で迎撃するアリシア。すぐにヨルムンガンドから距離を取り、次の魔法を唱える。
超上級水属性魔法タイダルウェイブ!!」
 アリシアの攻撃を見たヨルムンガンドの瞳の一つがまた怪しく光り、今度は巨大な雷を口から吐いてアリシアの攻撃を防いだ。
 更にヨルムンガンドの瞳の一つが怪しく光り、今度は毒液を放つ。
 アリシアはこれを予想しており、風魔法を操って難なく空中で躱す。
(予想通り! ヨルムンガンドは7つある瞳それぞれに強大な特殊スキルが備わっている!
顔に六角形の配置で付いている瞳はそれぞれ、水、炎、土、雷、風、氷属性の少なくとも上級以上の魔法に匹敵する息を吐く事が出来るスキルが備わっている。
それぞれの瞳が光った時、その瞳に応じた攻撃が飛んでくる仕組み。
中央の瞳の毒液攻撃が1番厄介だけど、中央の瞳が光った時に回避行動を開始すれば、私なら躱せる!
……問題は7つの瞳が全て光った時! その7つの瞳から放たれる光を浴びただけで身体が数秒間動かなくなる!! 回避行動の最中や、魔法使用直後に7つの眼光の攻撃を受けてしまえば、その直後に放たれる毒液攻撃を躱す事も、魔法で迎撃する事も出来ずに私は骨も残らずこの世から消えてしまう。
前回の戦いで7つの眼光は1度使用すれば連発出来ずに数秒のインターバルが必要な事は分かった。
しかもそのインターバル中は瞳を閉じる事が出来ない!! それを利用すれば今の私でも勝機はある!!)
 アリシアが超上級炎属性魔法ファイヤストームを放つと、ヨルムンガンドが巨大な水弾を口から放つ。
 ヨルムンガンドがアリシアにダメージを与えようと様々なスキルを使用するが、ヨルムンガンドの攻撃パターンを短時間で見切ったアリシアはヨルムンガンドの攻撃に応じた魔法攻撃で迎撃していく。
 アリシアに中々ダメージを与えられないと感じたヨルムンガンドは遂に7つの瞳を閉じた。
「今だ!!」
 アリシアは叫ぶと、ルナマリア城地下洞窟内で覚醒し、クロードとの数日の修行で身につけた絶技を発動させる。
魔法大覚醒マジックバースト!!」
 全属性の禁呪魔法がアリシアの身体から同時に無詠唱で放たれる。
 ヨルムンガンドの7つの瞳が完全に開き切る前にアリシアの攻撃が炸裂し、ヨルムンガンドが悲鳴をあげる。
「オオォーーーーーーーーン!!」
 アリシアの攻撃が当たった際にヨルムンガンドは瞳が開き、7つの眼光はアリシアがいる場所とは別の方向に放たれた。
 アリシアの思惑通り、7つの眼光使用時に絶技を完璧なタイミングで当てる事により、アリシアの当初の目的であるヨルムンガンドに大ダメージを与える事と、7つの眼光を使用させ、それを受けずに凌ぎ切る事に成功した。
 魔力を全て使い切ったアリシアが空中から地面に降り立ち叫ぶ。
「これで仕上げよ!」
 次の瞬間、アリシアは腰袋から閃光弾を使用し、7つの眼光使用直後で瞳を閉じる事が出来ないヨルムンガンドから視界を奪う。

 アリシアは自身の最期を覚悟して呟いた。
「神技の乱用は命に関わるからってフィオナを怒ってた私が……、まさか、フィオナの真似をする事になるなんてね……」
 アリシアはそう言うと、両手を祈るように構えて最期に、これまでの人生を思い出していた。
 幼い頃に愛してくれた両親。
 城の中でいつも支えてくれたクシャナやリグル。
 王の盾の皆んなとの出会い。
 アリスや、リリスと夜遅くまでアレンについて話した事。
 そして、最愛の人との出逢い……。

 アリシアは涙を一筋流して呟いた。
「愛してる……、アレン……」
 次の瞬間、ヨルムンガンドの上空に隕石が出現し、動けなくなっていたヨルムンガンドに降り注いだ。
 


 山岳地帯に到達し、空に突如現れた巨大な隕石を見つめてアレンは呟いた。
「アリシア……!!」
(なぜ2回目の創造の力そうぞうのちからを使ってしまったんだ!!
これでは……、もう…………、私が間に合ったとしてもアリシアは…………)
 歯を噛み締めて顔を伏せて辛そうな表情をするアレンを見つめてアリスが話しかける。
「……大丈夫、お兄ちゃん……! アリシアさんは神技のレベルも上がっていたから、1日に無理して2回使っても死に至らない可能性の方が高いわ! だから諦めないで!」

「……ああ、今はアリシアを信じて急ごう!」
 アレンは顔を上げて応えた。



 隕石が落ちた場所は巨大なクレーターが出来、ヨルムンガンドは影も形もなかった。
 砂埃の中からアリシアの姿がゆっくり見え始める。アリシアはその場に倒れ込んで夜空を見つめた。
「……星が綺麗だわ…………。
…………私の命の火が……、消えようとしている……。
でも……、ここなら1人でも寂しくないかも……。
ここなら……、星になった私の大切な人達が……、見守ってくれているから……。
……アレン……、ちゃんと記憶を取り戻せるかしら……。
アレンと別れる前に……、ブレスレットの創造の力そうぞうのちからを高めておいたから私が死んでも……、アリスちゃんはアレンが年老いてこの世を去るまで一緒にいられる筈……。
リーシャとコルルがいれば、アレンも寂しくないよね……。
……私が死んだら……、記憶がない状態でも……、泣いてくれるかな、アレン……。
……最期に、コスティラお腹いっぱい食べたかったなぁ…………。
…………………………アレン……、最期にもう一度だけ貴方を抱きしめたかった……………………」
 アリシアが涙を零して目を閉じた時、クレーターの中心部が爆発したように岩が吹き飛ぶ。

 ドンっ!!

「!!!?」
 アリシアが瞳を開けると、ボロボロになったヨルムンガンドが姿を現して不気味な声をあげた。
「コルルルル……!!」

「……あれをまとも食らって……生きてるなんて………!!」
 アリシアが上半身を震えながら起こそうとするがすぐに地面に倒れた。
「……もう、立つ力もないのね…………」

 ヨルムンガンドがフラフラしながら、アリシアに近寄る。

「……倒す事は出来なかったけど、………大ダメージは与えた……。これだけやれば……、後はアレンがどうにかしてくれる筈…………。
ヴェルナ村も大丈夫だよね…………」
 アリシアが瞳を閉じて呟いた。

 ヨルムンガンドの瞳の一つが光り、口から炎を吐こうとした瞬間、叫び声が響いた。

「闘飛剣!!」
 闘気の刃がヨルムンガンドに直撃し、後方の岩場まで吹き飛ばされる。

「!!!!?」
 アリシアが朦朧とする意識の中、瞳をゆっくり開けると、目の前にいつも見ていた世界で1番頼もしい背中がそこにはあった。
「アレン……!?」
 涙を浮かべてアリシアが呟く。

 すぐにアレンがアリシアに駆け寄り抱き抱える。
「アリシアっ!? 死ぬな! 私には君が必要なんだ!!」
 
 アリシアが微笑んで応える。
「……記憶……、取り戻せたんだね…………。良かった……」

 アレンが涙を浮かべて話す。
「すまない……。いくら記憶を失っていたとはいえ……、君を1人にするなんて……。
君を離さないと……、誓ったのに……」

「いいの……、貴方が生きてさえいてくれれば……。それだけで……」
 アリシアが微笑んで応える。

 アレンのブレスレットからアリスが飛び出して泣きながら話しかける。
「アリシアさん、逝っちゃ駄目! お兄ちゃんにはアリシアがいないと駄目なんだよ!!」

 アリシアが虚な瞳で応える。
「……ううん……、アリスちゃん。
アレンにはヴェルナ村で静かに暮らす道もある……。
それにアレンが辛くても支えてくれる仲間は沢山いるわ……。
王の盾のみんなや、ユウキ達、リーシャ、コルル、ヴェルナ村のみんな、そして、アリスちゃんとリリスさん……。
記憶を取り戻した私の愛したアレンなら……、どんな辛い試練も乗り越えていける筈よ……」

「アリシア……、私は君を幸せにすると誓ったのに…………」
 アレンが抱きしめながら涙を流す。

 目の見えなくなったアリシアの頰にアレンの涙が零れる。
「……それ以上、泣かないで、アレン……。

私は貴方がいなければ……、両親の死に耐えきれず自殺していたかもしれない……。

私は貴方がいなければ……、幸福コスティラの味を知らないまま、人生を終えていたかもしれない……。

私は貴方がいなければ……、幼少期に自殺していなかったとしても……、きっと今も箱庭の中で泣いていた筈……。

暗闇に囚われていた私の人生に……、光をくれたのは貴方よ……、アレン。

私は貴方がいたから、愛を知り、幸せに今日まで生きてこれたのよ……」
 アリシアが瞳を閉じて呟く。

「アリシア……!」
 アレンが涙をポロポロ零して呟いた。

「大好きだったわ……、アレン………………」
 アリシアが微笑んだまま話し終えると、身体から力が完全に失われた。


「……アリシア…………? アリシア? お願いだ。目を開けてくれ……。
君は間違っている! 
私の幸せは、君と約束の日やくそくのひを乗り越え、普通の幸せな日々を、君と一緒に過ごす事だったんだ! 君でなければ意味がないんだ……。
だからお願いだ……、目を開けてくれ…………。アリシア………………!」
 アレンが動かなくなったアリシアを強く抱きしめて涙を流す。

 暫くの間、アレンの泣き声だけが山岳地帯に響き渡る。
 その時、アリスの胸の部分とアリシアの胸の部分が同時に青白く輝き出した。

「!!!!?」
「!!!!?」
 アレンとアリスが驚くと同時にアリスは全てを理解した。
「…………思い出した!!」

「な、なんだこの光は……!」
 アリスが2人の胸の輝きを見て話した。

 アリスは全てを思い出すと同時に嬉しさと悲しさが同居した表情に変わった。
 そして静かに呟く。
「……お兄ちゃん……、もう大丈夫。
私やアリシア、お兄ちゃんが出逢ったのは偶然じゃなかったんだよ」

「ど、どういう事だアリス?」
 アレンが驚いたように尋ねる。

「……私達が小さい頃、私が強盗に襲われて亡くなってすぐにアリシアが突然現れたのも……、アリシアが私の姿だけ何故か創造の力そうぞうのちからで具現化出来るのも……、偶然じゃなかったって話だよ」
 アリスが微笑んで応えた。

 アレンが不思議そうな表情でアリスを見つめる。

「私とアリシアは光の番いの命つがいのいのち……! どちらかの魂が失われても、どちらかの肉体が滅びない限り、2人はお互いの命を助け合う事が出来るの!」
 アリスがアレンを抱きしめて呟いた。

「アリシアとアリスが光の番い命つがいのいのち……?」
「うん……。今さっき、アリシアの魂が肉体から離れてしまった時に、全てを思い出したの……」
 アリスがアレンの耳元で呟いた。

「しかし……、番いの命つがいのいのちは片方の魂が死に瀕した時に初めて生まれる存在の筈……。お前は生まれた時からずっと私の妹だっただろう?」
 アレンが困惑した表情で尋ねる。

「うん……、だから、アリシアが家族を失った悲しみで自殺を考え始めた時、は生まれたんだよ。
アリスとしての魂が天に召されようとした時、アリスの魂とアリシアから生まれたもう一つの魂が溶け合い、私の魂をこの世に引き留めた」
 アリスが応える。

「なぜ、アリシアは君を選んだんだ……?」
 アレンが尋ねる。

「……それは、アリシアが家族の愛に飢えていたから……。アリシアのもう一つの魂は同じタイミングで家族の愛に飢えているアレンの心と共鳴して、それを救おうと願っていた私の魂と同化したの!
全ては、闇に囚われていたお兄ちゃんの魂を救って、と巡り合わせる為!」

「……アリシア、君は出逢う前から……、私を救おうとしていたのか…………」
 アレンが涙を零した。

「アリシアはアリスの……、もう1人の私の願い、つまりお兄ちゃんに最期の想いを伝えるという私の願いを叶えてくれた……!
だから……、今度は私がアリシアを助ける番!!」
 アリスはそう話し終えると、両手を合わせて祈るように目を閉じた。すると、アリスの身体が粒子状の光に代わり始め、アリシアに注がれ始める。

「アリス!? 何を……!?」
 アレンが驚いたように尋ねた。

「アリシアから預かっていたアリシアの番いの命つがいのいのち……、もう1人の私をアリシアに返すの……。
そうすれば今さっき、身体から抜けたアリシアの魂はこの世に繋ぎ止められて、肉体に帰る事が出来る!」
 アリスが瞳を開けて、微笑んで応える。

「ほ、本当か!? それは!!」
 アレンがアリシアを見つめて尋ねる。

「うん! だからもう泣かなくていいんだよ、お兄ちゃん!」
 アリスが涙を浮かべて応えた。

 アレンはアリスの涙を見て気づいた。
「……ちょっと待ってくれ……。お前の魂がアリシアの番いの命つがいのいのちでこの世に引き留められているなら、今ここでその魂をアリシアに返したらどうなるんだ!? ……お前がいなくなるなんて事はないよな?」
 アレンが慌ててアリスに尋ねる。

 アリスが涙を零して微笑んで応える。
「大丈夫、お兄ちゃん……。私は同化したアリシアの魂と共にアリシアの中に帰るだけ……。
今こうして小さかった頃のアリスの姿で話す事はもう出来なくなるけど……。いなくなるわけじゃない……」

「!!!? 駄目だ、アリス! そんなの認めない!」
 アレンが慌てて叫んだ。

「アリシアはどうするの!? お兄ちゃんやお母さんの命を助けてくれて、世界で1番、愛してくれたアリシアを見捨てるの!?」
 アリスがアレンを見つめて叫んだ。

「っ……!!!?」
 アレンが何も言えなくなり辛そうに下を向く。

「……お兄ちゃん、聞いて……。私は幼い頃に本当は魂ごとこの世から消える筈だったの……。でもアリシアが時間をくれた……。
その時間はお兄ちゃんに私の最期の想いを伝える願いを叶えてくれたし、それから今日までかけがえのない思い出を残してくれたわ……。だから私は充分過ぎるほど満足してる……。
さっきも言ったけど、私は消える訳じゃない……。アリシアと1つになるだけ……。
だから……、お兄ちゃんがアリシアを愛してくれれば、私も同時にお兄ちゃんの愛を感じる事が出来るの……。
だから……、もう……、泣かなくていいんだよ…………」
 アリスとアレンは抱き合いながら涙を零した。

「……母さんにはなんて言えば…………」
 アレンが呟く。

「……お兄ちゃんがアリシアさんばっかり可愛がるから嫉妬して合体しちゃったって……」
 アリスが涙を浮かべて微笑む。

「……私はやっぱり駄目な兄だな…………」
 アレンが涙を流しながら応えた。

「そんな事ないよ……、みんなお兄ちゃんのことが好きだから側にいるの…………。
だから……、今度こそ、幸せにしてね?」
 アリスは涙を浮かべて微笑んだまま、アリシアの中に消えていった。
 次の瞬間、アリシアの身体中が輝き、その光が収まると、アリシアの力強い鼓動がアレンの耳元まで聞こえ始めた。
 アレンは涙を零して呟く。
「……必ず、必ず今度こそ幸せにしてみせるよ! ありがとう……、アリス!」
 アレンはアリシアを強く抱きしめた。

 アリシアがゆっくり瞳を開けてアレンを見つめる。アレンも無言のまま、アリシアを見つめた。
 アリシアが涙を浮かべて口を開く。
「アレン……、アリスちゃんが……」

「分かってるアリシア……。が今日まで紡いでくれた本当の思いを、私はようやく理解する事が出来たよ……」
 アレンがアリシアを見つめて応えた。


「キシューーーー!!」
 アレンの闘飛剣で吹き飛ばされていたヨルムンガンドが最後の力を振り絞ってアレンとアリシアの元に戻ってきた。

「アレン! 気をつけて!!」
 アリシアが上半身を起こして叫ぶ。

 アレンは立ち上がり、アリシアに背を向けたまま応えた。
「もう大丈夫……。私とだけが知っている名前を受け取ったから……」

 ヨルムンガンドの瞳が光り、口に炎の息を溜め込む。
 
 アレンが息を吸い込んで、2人の本当の名前を叫ぶ。
・マナ・エリザベス!!」

 ドォオオーーーーーーン!!

 アレンは青色の光に包まれ、その光は柱となった。
 その後、その光の柱はアレンの体型に収束し、周りに留まった。更に身体中から黄金色の粒子状の光が立ち昇るように煌めいている。

 次の瞬間、ヨルムンガンドが炎の息をアレンに向けて吐いた。
 アレンは避ける事も剣を抜く事もせず、炎の息が直撃する。

「アレンっ!?」
 アリシアが慌てて叫ぶ。
 しかし、次の瞬間、何事もなかったかのように炎の中からアレンが姿を現す。

「!!!?」
「!!!?」
 ヨルムンガンドとアリシアが同様に驚き、ヨルムンガンドは今度は氷の息を吐く。
 氷の息はアレンの纏う加護の光の前にかき消される。
 ヨルムンガンドが慌てて、水、土、雷、風属性の息を次々、アレンに向けて放つがアレンは何事もなくヨルムンガンドとの距離を歩いて詰め始めた。
 アレンの異常な加護の力を恐れたヨルムンガンドが全ての瞳を閉じる。
 それを見たアリシアが慌てて叫んだ。
「アレン! それは受けちゃ駄目!」

 次の瞬間、ヨルムンガンドが全ての瞳を開けて光らせ、アレンの動きを止める。そのままヨルムンガンドは毒液をアレンに向けて吐いた。
 しかし、毒液は他の息同様にアレンの纏う加護の光にかき消された。

「!!!?」
 ヨルムンガンドは慌てて、尻尾を何度も振り、動かなくなったアレンにぶつけたが、アレンは顔色一つ変えずにヨルムンガンドの行動を静観した。
 ヨルムンガンドは激痛が走り、自身の尻尾を見つめるとアレンの加護に触れた部分の皮膚が焼け落ちている事に気付いた。

「もう終わりか……?」
 アレンがヨルムンガンドを睨みつけると、ヨルムンガンドは怯えた表情に変わり、口を開いてアレンに襲いかかった。

 アレンは剣を一本抜き、両手でゆっくり上段に構えた後、ヨルムンガンドを引き付けて剣を振り下ろした。

 ドンっ!!

 地響きが鳴り、アレンから前方一直線上に大気が割れ、空に浮かぶ雲が地平線の彼方まで2つに割れた。
 次の瞬間、ヨルムンガンドが真っ二つに割れ、切れた傷口から青白い光が発生して、ヨルムンガンドは完全に消滅した。

 アレンの加護の力がフッと静かに消える。
 アレンはゆっくりアリシアの方を振り返って呟いた。
「アリシア……」

「アレンっ!!」
 アリシアがアレンに走り寄り抱きついた。
 2人は何も話さず、暫く互いの身体を強く抱きしめ合う。
 
 少しして、2人は顔を見つめ合い、アリシアが口を開いた。
「さっきの光は一体なんだったんの……?」

「……アリシアと……、アリスの加護の力を感じた」
 アレンが微笑んで応える。

「!!!? それじゃあ、あれは……!」
 アリシアが驚いた表情で呟く。

「ああ……、2人分の寵愛の加護ちょうあいのかごの力、寵愛の秘跡ちょうあいのひせきだ。
アリシアの番いの命つがいのいのちと同化した時から、アリスも巫女としての力を宿していたんだろう……。
そして君と一つになった事で、アリスも巫女の力を覚醒させ、私達を助けてくれたんだ」
 アレンがアリシアの胸の中心部に手を当てて話した。

 アリシアが涙を浮かべて、アレンの手を取り呟く。
「アリスちゃん……。本当に凄い子だわ……」

「昔から私よりずっとしっかりしてて、何をさせても天才的だった……。
……これまで支えて貰った分……、アリスに返さなければならない。
……君を、愛する事で……!」
 アレンも涙を浮かべて呟き、2人はゆっくり唇を重ねる。

 長い夜を経て、ようやく日が昇り始めた。


 ◇ ◇ ◇


 ヨルムンガンドとの死闘の後、アレンとアリシアはヴェルナ村に引き返した。
 2人が山岳地帯を抜けた頃、森の方からヴェルナ村の村人達が武装した状態でこちらに向かっているのが見え、2人は顔を見合わせて微笑んだ後、手を振りながら駆け寄る。

 リーシャ、コルル、ダリル、クロード、モニカ、イワンを含む村人全員がアリシアを心配して駆けつけてくれていたのだ。
 アレンとアリシアは驚いた表情の村人達と合流し、ヨルムンガンドの危機が去った事を告げた。
 2人はアリスの事を上手く隠すつもりだったが、リーシャやコルルがアリスの事も忘れず心配してくれていて、その事を2人に問い詰めた事で、山岳地帯で起きた全てを話す事になったのである。
 村人達は皆、涙を流して感謝を伝えた後、自分達の行動を悔やみ、アレンとアリシアに両膝をついて謝った。
 アレンやアリシアは死にかけていた自分達を助けてくれたヴェルナ村の皆には顔をあげてほしいと伝えたが、それでも村人達は自分達の行動を深く後悔し、気持ちの整理がついていなかった為、アリシアはわざとある条件を出した。そして特に自分を責めていたリーシャには、より特別な条件を出したのである。それはリーシャを少し困惑させるものだったが、その場にいた皆の後押しにより、リーシャは、それを承諾した。
 アリシアの出した条件により、村人達の心は少しだけ落ち着き、全員でヴェルナ村に帰る事になったのである。


 アリシアが村人全員に出した条件は3つ。
 ①自身の傷が癒えるであろう7日の間、ゆっくり休める場所と、食事を提供して欲しい事。
 ②ヴェルナ村で採れる良質の果物と小麦粉の5%を毎年、カレント領土、王都サンペクルトにあるバルナガレという名の料理店に安値で売る契約を交わす事。
 ③ ①、②の条件を呑んだ場合、それ以降、自身の誤ちや後悔を明日に持ち込まない事。

 そして……、リーシャに出した条件も3つ。
 ①7日の間、アリシア、アレン、リーシャ、コルルの4人分の朝、昼、晩の食事を用意し、それを同じテーブルで食べる事。
 ②これから先、アリシアとアレンの事を付けせずに名前を呼ぶ事。
 ③もし、約束の日やくそくのひを乗り越えた際、王都サンペクルトに渡り、アリシアの元で働く事(コルルやリーシャが連れてきたい人間の同伴を認める)。

 村人達は村人全員に出された条件①、②を喜んで受け入れたが、条件③を聞いた際、皆、再び涙を流してアリシアに頭を下げた為、アリシアは苦笑いしながら対応を間違えたかもと考えた。

 リーシャがアリシアから出された条件に困惑した理由は、それは全てリーシャが願ってもこれから先、手に入らないものばかりだっからだった。
 リーシャは「それでは罰にならない」とか、「なぜ、自分にそこまで優しくするのか」などと呟き、両手で顔を押さえて泣いていた為、アリシアは再び森でリーシャに言った言葉を繰り返す事になった。
 


 それから7日目の朝、アレンとアリシアは遂にヴェルナ村を離れる事になったのである。
 村の入り口でアレンとアリシアに別れを言う為に、全ての村人が集まった。

「もう行っちまうのかい? 寂しくなるねぇ」 
 ノノおばさんが寂しそうな表情でアレンとアリシアに話しかける。

「世界を平和に導けたら、顔を出しに戻って来ます!」
 アリシアが笑顔で応える。

「アレンとアリシアならきっとやれるさ! ……世界を頼んだぜ」
 イワンが2人を見つめて話した。

「ありがとうございます、イワンさん。期待に応えられるように頑張ります」
 アレンが頭を下げて話した。

「お得様のお店との取引はこの村の果物と小麦粉だけで良かったのですか? 他にも安値でお渡し出来るものならなんでも言ってくれていいのですが……」
 ダリルがアリシアに話しかける。

「大丈夫! それだけあれば、お店は大助かりだから。気を使ってくれてありがとうございますダリルさん」
 アリシアが笑顔で応えた。

「それにしても一体、何に使う予定なんだい?」
 クロードはアリシアとアレンにも渡した大量の果物と小麦粉を見て尋ねた。

「実は私の好きなお菓子に必要な材料は、私の国ではあまり手に入らない貴重な物ばかりなのです。
だから、この村でお世話になり始めた頃に村の特産品を見た時、この村の近くの海岸に流れ着いたのは運命だと思ったんですよ」
 アリシアが満面の笑みで応えた。

「それじゃあ、この村で採れる果物や、小麦から作られる小麦粉がアリシア様の好きなお菓子の材料だったの?」
 モニカが尋ねる。

「そういうこと!」
 アリシアが人差し指を上げて、片目を瞑って笑顔で応えた。

「アリシアさんの好きなお菓子ってどんな味がするの?」
 コルルが目を輝かせて尋ねた。

「だから、今日ここに大量の必要な材料を持ってきてもらったの!
最後にみんなで食べようと思って!」
 アリシアが微笑んで応える。

「い、今ここで作れるの?」
 リーシャが目をパチクリさせて尋ねる。

創造の力そうぞうのちからでね!
本来、創造の力そうぞうのちからは何もない所から私の知識や記憶を元にイメージされたものを創り出す力だけど、素となる材料が有れば比較的簡単に、大量に創り出す事が出来るの!
ここに持ってきてもらった材料を使えば、村人全員が1つずつ食べられる量のお菓子を創れるって事ね。
1つ残念なのは、私のイメージから創り出されるものだから本物より若干味が落ちちゃうところね……。本物が食べたくなったら、世界が平和になった後に、取引先のお店まで来てくれれば味わう事が出来るわ」
 アリシアがみんなに向かって話した。

「僕、早く食べたーい!」
 コルルがワクワクした表情で叫んだ。

「分かったわ! それじゃあ、早速創ってみるわね!」
 アリシアはそう言うと、両手を材料の入った大きな袋の方に向けて創造の力そうぞうのちからを使った。
 次の瞬間、村人全員の頭上に青白い光が輝き、そこから1人1つずつ、袋に包まれたコスティラが降りてきた。

「さあ、みんな食べてみて!」
 アリシアが微笑んで話す。

 村人は全員一口ずつコスティラを食べる。
「美味しい!」
 コルルが目を輝かせて叫ぶ。

 ダリルも口に含んだ瞬間、目を見開き驚く。
「こんなものが……!」

 イワンも興奮気味に呟く。
「おお……! 病みつきになりそうだ!」

 モニカも笑顔で口を開く。
「甘酸っぱいわね!」

 クロードがアリシアを見つめて話した。
「君が契約を条件に出す訳だ……!」

 そして、リーシャは昔、レオやレイチェルと幸せに暮らしていた日々を思い出して涙を浮かべて話した。
「……幸せの味だわ」

 アリシアがリーシャを見つめて微笑みながら話す。
「……私はこの味を世界に広めたい……。
人が他愛のない事で笑えるような世界を作る為に生きてきた。
だからヴェルナ村のみんなが私とアレンを助けてくれた事は……、本当に感謝の言葉もありません。
だからヴェルナ村の皆様の好意に応えられるよう、必ず世界を平和に導いて見せます!!」
 アリシアが力強い表情で叫んだ。

 村中から歓声が飛ぶ。
「必ず、帰ってきてねー!」
「アリシア様、アレン様、ありがとうー!」
「また、遊びにきてねー!」
「世界を頼んだよー!」
「寂しいよー!」
「…………!」

 歓声の中、リーシャが2人の前に出る。
 リーシャがアリシアを見つめると、アリシアは静かに頷いた。それを見てリーシャが口を開く。
「アレン……、私、貴方の事が好きだった……」

 アレンは驚いた表情に変わり、アリシアを見つめる。アリシアはアレンに対しても静かに頷いた。
 そして、アレンはリーシャの方を振り返り口を開いた。
「……ああ、知っていた……」

「……でも、今はもう好きじゃないわ!
……だって、この村での貴方は、いつも女の子を泣かしているし、
……記憶を失ったくらいで、アリシアの事を忘れるような薄情な人だし、
……自分に非があるとすぐに落ち込んで、誰かに支えられないと立ち直れないような弱虫だし……。
……そんな、……そんな人を好きになってしまった自分が恥ずかしいわ!」
 リーシャはアレンとの日々を思い出しながら涙を溜めて話した。

「……その通りだ」
 アレンが苦笑いを浮かべて応えた。

 リーシャが両手を胸に当て、涙を流す。
 暫く下を向いた後、顔を上げて口を開いた。
「だから……! アリシアをうんと幸せにしてあげて!
2人が幸せでいてくれれば……、私も幸せだから!」
 リーシャが涙をポロポロ零して叫んだ。

「……ああ、必ず!」
 アレン力強く微笑んで応えたのを見て、リーシャも微笑み頷いた。



 ヴェルナ村から離れても、暫く遠くまで聴こえていた村人達の別れの声はもう聞こえない。
 2人は同時に後ろを振り返り、微笑んで呟いた。
「「ありがとう、ヴェルナ村」」

 2人はお互いに顔を見合わせて微笑んだ。
 少ししてアレンが口を開く。
「アリシア、カレント領土に戻る前に少し寄り道してもいいか?」

「あら、奇遇ね、私も寄り道したい所があったの!」
 アリシアが微笑んで応える。

「それじゃあ、君も初めからそのつもりだったのか!?」
 アレンが驚いたように尋ねる。

「話を聞いた時から、祖国に戻る前に片付けなくちゃって思ってたの!
大丈夫。私とアレンなら3日と掛からず終わらせられるわ!」
 アリシアがアレンを見つめて応えた。

「ああ! 先を急ごう!!」
 アレンが微笑んで応えた。


   ◇ ◇ ◇


 アレン、アリシアと別れて約1ヶ月が過ぎた頃、リーシャの家の玄関の扉がノックされる。
「あら、誰か来たみたい!
コルル、私、手が離せないから出てくれる?」
 リーシャが料理を作りながら話した。

「え~、僕もちょっと手が離せないよ~」
 コルルが自室から応えた。

「もうっ! ……今、火を止めたら味が落ちちゃうのに……」
 リーシャは鍋にかけていた火を止めて、早歩きで玄関に向かった。

 コンコン……!

 もう一度ノックが聞こえて慌てるようにリーシャがドアノブに手をかけながら話す。
「はいはーい、すみません、今から開けます」

 ガチャ……!

 リーシャがゆっくり扉が開けると、栗色、短髪の男性と、緑色の美しい髪を腰まで伸ばした魔族の女性が目の前に立っていた。
 男性が涙を浮かべて口を開く。
「リーシャ……、ただいま!」

「レオお兄ちゃん……? それに……、レイチェルさん……?」
 リーシャは驚いた表情で呟く。

「そうだ! 長い間、待たせたけど……、2人で帰ってきたよ!」
 レオが涙を零して応える。

「本当に……、本当に……2人が帰ってきたの……?」
 リーシャがポロポロ涙を零す。

 レオがリーシャを抱きしめて応える。
「父さんと母さんが亡くなった事はある人から聞いたよ……。辛い思いをいっぱいさせて済まなかった……。帰りたくても帰れない事情があったんだ……」

「ううん……。2人が帰ってくれたから……、もういいの……。
お兄ちゃん……、レイチェルさん……、お帰りなさい」
 レオを抱きしめながら涙を零してリーシャが話した。

 少ししてリーシャがレオを引き離して尋ねる。
「でも、なんでお父さんとお母さんの事を知っていたの……?」
 
 レイチェルが微笑んで応える。
「私達がここに帰ってこれなかった理由を解決してくれた人達から聞いたのよ」

「帰ってこれなかった理由を解決した人達……?」
 リーシャが尋ねる。

「私は10年前、この村を出た後、レイチェルの故郷にレイチェルを助けに行ったんだ。しかし、レイチェルは既に奴隷商に捕まった後だった。
だから私はレイチェルを救おうとしていた正規軍に参加し、奴隷商のアジトに乗り込んだのだが、罠にかけられ私も捕まってしまったんだ。
それから10年、辛い日々を過ごしていたが、約1ヶ月前に奴隷商を壊滅させて私達を助けてくれた人達がいたんだ!」
 レオが涙を浮かべて微笑む。

「その人達がね、亡くなったリーシャの両親の事や、リーシャ、コルルの事、それにヴェルナ村のみんな事を教えてくれたのよ」
 レイチェルも微笑んで応える。

「……約1ヶ月前…………? …………!!!? まさか!?」
 リーシャがハッとして話した。

「アレンとアリシアと名乗る人達が私達を救い出し、この村での出来事を話してくれたんだ! お世話になったリーシャとコルルの事をよろしくと!」
 レオが微笑んで話した。


 リーシャは溢れて溢れて溢れる涙を両手で押さえて呟いた。
「ありがとう……、アレン……、アリシア」
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