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第8章

普通の幸せ

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 アリシア捜索の準備を整えた皆は、村の中央部に再び集まり、ダリルの指示の元、捜索範囲を決めてそれぞれ3人1組で行動を開始した。

 ダリルがアリシアに関わった主要メンバーを集めた後、机の上に地図を広げて見せ、声をかける。
「私とイワンさん、ノノおばさんでこの一帯を、クロードさんとリーシャ、モニカはこの一帯の捜索をお願いします!
私達のグループが最も西の森に詳しいので、捜索範囲を広くしています! 気合いを入れて頑張りましょう!」

「「了解!!」」
 指示を受けた皆が頷いて応えた。

 ダリルがアレンの方を向いて話を続ける。
「アレン様は回復したばかりのコルルと村でお待ち下さい。あれ程の仕打ちをして何を今更と思われるかもしれませんが、私達で必ずアリシア様を村に連れ戻してみせます!」

 ダリルがアレンに話しかけるがアレンは辛そうな表情を浮かべて返事をしない。
 リーシャ以外の皆が顔を見合わせ、心配したその時、リーシャが近寄ってアレンに話しかけた。
「アレン……、いえ、アレン様! アリシア様は必ず私が連れ戻して見せます! それが終わったら必ず私は罰を受けます! だから……コルルだけでもお願いします」

 アレンはボーっとした様子で目の焦点が合わない。

「アレン様……?」
 リーシャが顔を覗いて尋ねると、ハッとした様子でアレンが口を開く。
「あ、ああ……。こちらこそアリシアの事を頼む……」

「はい!
それではクロードさん、護衛をお願いします」
 リーシャは真剣な表情で話した。

「任せろ! 早速、西の森に向かおう!
いくらアリシアとは言っても今の状態で強力なモンスターの群れに襲われたら危険だ! 急ぐぞ!」
 クロードはリーシャとモニカに話しかけると2人は頷いて西の森に向け、走り出した。

「それじゃあ、コルル。アレンと共に村で大人しく待っとくんだよ?」
 ノノおばさんがコルルを見つめて話した。

「分かってるよ、ノノおばさん! アレン兄ちゃんと皆んなの帰りをここで待ってるよ」
 コルルが笑顔で応えた。

 それを見つめたノノおばさんは笑顔で頷き、ダリルとイワンに引き連れられ、西の森の方に消えていった。



 アリシア捜索から半刻が経った頃、ダリル、イワン、ノノおばさんの3人は西の森の奥深くまで捜索範囲を広げていた。
「おーーーーい! アリシアちゃーーん!
いるなら返事してくれーーーー!!
……駄目だ! 返事がない。それどころか痕跡すら見つからねぇ。こりゃ、苦労しそうだぜ」
 イワンが周囲を見渡しながら話した。

「アリシア様は風の魔法を使って西の森に移動していたとリーシャが言っていました。だからアリシア様が魔法で移動した後、歩いてその場を離れない限り足跡等の痕跡は見つからないのです!
だから多少魔物に襲われる危険が増すとしてもこうして大声を出して返事が返ってくる事を願う他ありません……」
 ダリルが松明を持ったまま、イワンとノノおばさんに話しかけた。

「弱り切っているアリシアが魔物に襲われてしまう方が心配だよ!
私は早く、あの子に家に帰ってきて欲しい……。そしてあの子が大好きだった私のシチューをお腹一杯食べて欲しいんだよ」
 ノノおばさんが心配そうに呟いた。

「捜索は長引けば長引くほど我々も危険になります。急ぎましょう!」
 ダリルが話すとイワンとノノおばさんは頷いて再びアリシアの名を叫びながら捜索を再開した。



 一方その頃、リーシャ、クロード、モニカは西の森の入り口まで行った後、なぜか元来た道を引き返して北の森の方に移動していた。
「クロードさん! さっきリーシャが言っていた事は可能性としてあり得るんですか?」
 モニカが前を走るリーシャを見つめて、クロードに尋ねた。

「……私は短い間だが、アリシアがどういう性格の娘か大体分かったつもりだ。
一見リーシャの予想は馬鹿げた妄想のように聞こえるかもしれないが、アリシアの性格を考慮した場合、その可能性も捨てきれない。……いや、アリシアならばそう行動するようにどうしても思えてしまう」
 クロードが並走するモニカに応えた。

「それじゃあ、本当にアリシアは……!!」
 モニカが驚きながら呟く。

「ああ、異変の調査の際に大怪我をし、コルルを救う為、身体に多大な負荷がかかる巫女の神技みこのしんぎを使って弱り切っているその身体で、村の周辺の異変の原因となっていたヨルムンガンドをたった1人で討伐しに行った可能性が高い!
もし……、本当に村を追い出されても尚、アリシアが自身の命を犠牲にしてまで私達の村の事を考えて行動しているとしたら……、私達は絶対に彼女を死なせてはならない! 絶対にだ!!」
 クロードが握り拳を作って話した。

 前を走るリーシャが冷や汗を流しながら、村の矢倉で見た光景を思い出していた。
(西の森の方に消えていったアリシア様の纏っていた光は、私が矢倉から降りようと梯子に足をかけた際、再び西の森から北の方に向けて低空飛行しながら微かに移動しているように見えた!
もし、アリシア様の本当に行きたい場所がアレンに止められる可能性があり、それを知ったアレンが自分の跡を追ってくるかもしれないと考えていたとしたら、一度、西の森に消えたように見せて、本来、悟られずに行きたかった場所に移動する筈……!
それが私が最後に見た北の森の方角だとして、あのお人好しのアリシア様がそこに何の為に行くのか……。
決まっているわ、そんな事……!! あの人は敵わない可能性があり、自身の命を投げ出す事になったとしても、必ず村の周辺に起きた異変の原因であるその化け物を倒しに行く!
そして、人知れず村を救って、1人満足そうに笑顔を浮かべたまま死んでいくつもりなんだわ!)
「……絶対、そんな事はさせない! 絶対、許さないわよ!」
 息を切らしながら北の森の中を全力で走るリーシャは涙を溜めて話した。

 リーシャ、クロード、モニカの3人が少し走った後、突然、リーシャの前に中級モンスターのオウルベアが出現する。
「きゃあ! クロードさん!」
 リーシャが足を止めて叫ぶ。

「この程度の怪物なら任せろ!」
 クロードは叫ぶとリーシャの前に移動して右手で剣を抜き、左手でリーシャを後ろに押して叫んだ。
「リーシャとモニカは下がってるんだ!」

 リーシャとモニカは頷いて、十数メートル後ろに離れた。
 クロードとオウルベアの戦いが始まった時、リーシャは自身から向かって左手に微かな光が煌めいたのを視界に捉えた。
「!!!? あの時の光!?」
 リーシャは1人、光がした方向に走り出す。

「リーシャ!?」
 少ししてリーシャがいなくなった事に気づいたモニカが、林の奥の方に走って行くリーシャを見つけ、叫んで止めようとしたが、リーシャの姿はすぐに暗闇の中に消えてしまう。

「クロードさん! リーシャが1人で森の奥に……!!」
 モニカが慌てて叫ぶ。

「な、なんだって!? くそっ! こんな時に……!!」
 魔物の相手をしていたクロードは慌てるように剣を振る。



 光が煌めいた方に走っていたリーシャは、茂みを抜けると大人が4、5人座れる程のスペースで、木にもたれかかるように座っているアリシアを見つける。
 アリシアは辛そうな表情で目を瞑りながら、自身の脇腹に左手を当てて治癒魔法で治療をしているところだった。

「アリシア様!!」
 リーシャが声をかけて駆け寄ると、アリシアがゆっくり瞳を開けた。
「り、リーシャ!? どうしてここが!?」
 驚いたように尋ねるアリシア。

「アリシア様! ごめんなさい……。私……、私……、貴方に本当に酷い事をしてしまった……。……貴方は、村の為に常に必死に行動して……、コルルの事も生き返らせてくれたのに……。
……私は許されるとは思わないけど……、どうか村に戻って下さい……。その身体で歩き回るのは危険です!」
 リーシャが涙を流して話した。

「そうか……、その話し方……、ダリルさんが全部私の事を話したのね……。
でも、いいのリーシャ。私はどの道ヴェルナ村を出て行くつもりだったし、村が憎くて出て行くわけではないから、リーシャや村の皆んなが気にする必要はないのよ?」
 アリシアが微笑んで応えた。

「そのお身体でどこに向かわれるおつもりですか?」
 リーシャがアリシアを見つめて尋ねた。

「私がヴェルナ村を早く出なければならないと思っていた理由に、私の国の民達が上役達に弾圧されていると聞いたの。だから、あの国を治める使命を持った私は早く帰らなければならない!
……だから、まずはこの身体を癒す為に旅の途中に寄るであろう近くの港町を目指すわ」
 アリシアが呟くように応えた。

「……国に戻って民を救うところまでは本当ですが、身体を癒す為に港町を目指す話は嘘です!
傷を癒すのであれば1番近場のヴェルナ村に戻って癒されてから移動した方がアリシア様も効率が良い筈! 
それにカレント領土行きの港町を目指すのであればこの北の森に寄るのは遠回りになります。博識な貴方がそんな事を知らない筈がない!
アリシア様、私は村の矢倉の上で貴方の行動を見ていたのです! 貴方はアレンに北の森に向かう事を悟られぬように西の森に降りたようにわざわざ見せて、北の森に向かった!
アレンや私を欺こうとしてまで一体、北の森に何の用があるのですか?」
 リーシャがアリシアの瞳を見つめて尋ねた。

「……ふふ、ダリルさんが貴方の事を"勘の鋭い"と言っていた理由が分かったわ……。もし、世界の情勢が落ち着いて私が再び王座に戻ったら部下に欲しいくらいよ」
 アリシアが治癒魔法を止め、ゆっくり立ち上がって話した。

「それじゃあ、やっぱりアリシア様はヨルムンガンドを!」
「ええ、ヨルムンガンドは凄まじい速度でヴェルナ村に向かっている。
多分、ヨルムンガンドはこのアナスタス領土でより強い力を秘めた者を感知して襲うように命令されているのでしょう……」
「命令されている!? 伝説級の化け物を使役出来る者がいるのですか!?」
「リーシャもダリルさんから私とアレンがこの村に辿り着いた経緯を聞いたのなら大体分かるでしょう? そんな大それた力を持っている者なんて限られるわ」
「……!!? ま、まさか、片翼の女神かたよくのめがみ!?」
「ええ、片翼の女神かたよくのめがみか、その従者の誰か。
ヨルムンガンドは私との戦闘の後、ヴェルナ村の方に向かって真っ直ぐ南下し始めるのを私は茂みから見てた。
ヨルムンガンドは感知したのよ。私よりもより強力な力を秘めたアレンの存在を!」
「……だから……、アレンや村の為にそんなにボロボロの身体でその化け物と戦うのですか?
一度、村に戻って身体を癒してからでは駄目なのですか!?」
 リーシャが涙を浮かべて尋ねた。

「ダリルさんには3日~5日後にヴェルナ村に辿り着く可能性があると嘘をついたけど、私の予測だとヨルムンガンドはあと数時間後にヴェルナ村に到達してしまう。
だから村に戻って休んでいる暇はないわ」
 アリシアが顔を横に振って応えた。

「それなら、アリシア様より強いアレンに頼んでは駄目なのですか!?」
「アレンの記憶と力はまだ完全に戻っていないわ。今は怪我をしている私とアレンの力は変わらない程度。2人で立ち向かっても負けてしまう可能性がある。
でも、もうほんの少しでアレンの記憶も力も戻る筈! 私はヨルムンガンドを倒す事が出来なくても、その時間は稼いで見せるわ!
ある程度ヨルムンガンドも傷付けば休まざるを得ない。その間に必ずアレンなら記憶と力を取り戻してヴェルナ村の事を救ってくれる筈よ!
だから、今、アレンとヨルムンガンドを戦わせては駄目なの」
「それでは駄目です! アリシア様は死ぬおつもりですか!? アリシア様が亡くなれば、祖国の民達はどうするおつもりですか!?」
「私の命は重要ではないわ。
重要なのは世界を平和に導きたいと願う意思! アレンならばヴェルナ村を救った後、必ず私の意思を引き継いでカレント領土に戻り、反乱軍を立ち上げて民を救ってくれる筈よ」
 アリシアがリーシャの目を真っ直ぐ見つめて応えた。

「あ、アレンはどうするつもりですか!?
貴方が亡くなった後、記憶を取り戻したアレンは貴方が亡くなった事を深く悲しみますよ!?
だって……、だって……、だって2人は恋仲だったのでしょう?
…………私、本当は初めから気付いていたんです……。それなのに……」
 リーシャが下を向いて涙を零した。
 
「リーシャ、アレンの事は貴方に託すわ!」
 アリシアが微笑んで応える。

「!!!? ……本当に……、なんで他人の為にそこまで出来るんですか……。貴方に欲は無いんですか? なぜ、私なんですか?」
 リーシャが涙を流したまま尋ねた。

「ふふ……、勿論、私でも欲はあるわよ。
私の心からの願いは……アレンの幸せ……。
今回、この村に来てアレンが私の記憶を失くし、私の側から離れた時、思ったの……。
アレンは私の側から離れれば、争いに追われる事もなく、リーシャような素敵な女性と普通の幸せの中で生きていけるんじゃないかって……。
……なぜ、私が選んだ相手がリーシャなのか……。
それは簡単よ! だってリーシャはアレンを一眼見た時からこの村で1番アレンを愛してくれたもの……。
だからリーシャ、アレンの事……、宜しくね」
 アリシアは少し涙を浮かべた後、リーシャに背を向け、風魔法を纏った。

「!!!? 待って! アリシア……お願い……置いていかないで…………」
 止めようがない涙が溢れて溢れて溢れ出す。リーシャは叫んで宙に浮いたアリシアに手を伸ばすがギリギリのところで届かず、アリシアは笑顔をリーシャに見せたまま空に消えていく。
「そんな……、そんなのって……、駄目よ! アリシアこそ……、死んではいけない人なのに……! アリシアーーーーー!!」
 アリシアがリーシャの視界から消え、リーシャの叫び声は暗い空に虚しく吸い込まれた。
 
 リーシャはその場に両手をつくように倒れた。
「うぅ……、世界で1番死んではいけない人を……止める事が出来なかった……」

 暫くの間、辺りは静寂に包まれた後、茂みの奥からモニカとクロードが現れる。
「リーシャ!? ここにいたの?
どうしたの、地面に手なんか付いて! 怪我でもした? 大丈夫?」

 リーシャはぐしゃぐしゃの顔をゆっくり上げて、モニカの両方を掴んで話した。
「……私、アリシア様を止める事が出来なかった……。アリシア様はコルルも生き返らせてくれて……、愛しているアレンの事を私に託してくれるくらい……、私の事を想ってくれていたのに…………!」

「!!!? アリシアがここにいたのか!?
それではやっぱりアリシアは1人でヨルムンガンドを?」
 クロードが焦った様子で話した。
 リーシャが力なく頷く。
 モニカが静かにリーシャの顔を覗き込んで話した。
「……それで……、アンタはそこまでしてくれたリーシャをここで止められなかったから諦めんのかい!?」

「!!!?」
 リーシャがゆっくり顔をあげる。

「最愛の人が他人に奪われ、目の前からいなくなる悲しみを知っているアンタなら……、最愛の人を他人に託すのがどれほど苦しい選択か分かる筈だ!!
アリシアがヨルムンガンドっていう化け物を倒しに1人で行ったんなら、アリシア様が死なないように村人全員で助けに行くんだよ!!」
 モニカは真剣な表情で話した後、アリシアを発見した時に使用する予定だった銃型の信号弾を夜空に打ち上げた。

 リーシャはゆっくり立ち上がり、モニカを見て頷いた。
「モニカ! クロードさん! ダリルさんや皆んながここに集まったら、今の話を説明して!」

「アンタはどうすんの?」
 モニカが尋ねる。

「村に残っているアレンを呼んでくる!
もう、アリシア様を止める事も、助ける事が出来るのも、アレンしかいないわ!
……モニカの言う通り、このままで終わるのは絶対嫌!
それに……、私アリシア様に言ってやりたい事があるの!」

「言ってやりたい事……?」
 クロードが尋ねる。

「"お下がりは御免よ!"ってね!」
 リーシャはモニカとクロードに向かって微笑み、背を向けて走り出した。

 リーシャは走る。
 息も既に殆ど切れ、数メートル先も見えない程、真っ暗な夜道でも迷いなく走った。
 普段、激しい運動をしないリーシャは、足元の不安定な森の中を駆けている際に転んでしまう。
 その時、右足の靴が抜け、茂みの方に飛んでいき、リーシャはそれを見失う。
 リーシャは起き上がって失くした靴を気にする事なく、前だけを見て走り始めた。徐々にボロボロになって血を流し始める右足から痛みが走り、顔を歪めるリーシャ。
 それでも速度を落とす事なくリーシャは村で待つアレンの元に全力で駆けた。



 村の中央部に設置されていた木製の机の前に置かれている椅子に座り、皆の帰りを待っていたアレンとコルルは、村の北の森から上がった信号弾が夜空から消えるところを目にしていた。
「やっぱり今のってアリシアさんを見つけた合図だよね、アレン兄ちゃん?」
 コルルが嬉しそうに尋ねる。

 アレンは消えた信号弾が西の森ではなく、北の森から打ち上がった事に気付いて呟いた。
「やはり……、君は1人で…………」
 アレンは悲しそうな表情でうつむいた。

「アレン兄ちゃん……?」
 コルルが尋ねる。
 アレンはコルルが声をかけるも下を向いたまま反応する事は無かった。

「……大丈夫だよ、アレン兄ちゃん!
姉ちゃんもアリシアさんも帰ってくるよ! また、皆んな仲良く暮らせる筈さ! だからさ……。アリシアさんに酷い事をした姉ちゃんのこと……、許してやって……。
姉ちゃん、悪気があった訳じゃないんだ! 姉ちゃんが最近取り乱す事が多くなったのに訳があるんだ!」
 コルルが必死になって訴える。

「リーシャが取り乱していた訳……?」
 アレンが静かに尋ねる。

「うん……、僕もモニカさんから聞いた話だけど……、約10年前、姉ちゃんには小さい頃からとても仲が良かったレオって言う兄ちゃんがいたんだ。
泣き虫だった姉ちゃんは、レオ兄ちゃんにいつも引っ付いてまわってたんだって。
それで、ある日、アリシアさんやアレン兄ちゃんがこの村の近くの海で倒れていたみたいに、北の森の中に倒れている魔族の女の子を、姉ちゃんとレオ兄ちゃんが保護して村に連れ帰ったんだよ。
倒れていた魔族の女の子の名前はレイチェルって人らしいけど、緑色の美しい長髪でアリシアさんに似て、とても綺麗な人だったってモニカさんが言ってた。
それから暫く、リーシャ姉ちゃんとレオ兄ちゃん、レイチェルさんはいつも3人で遊ぶようになった。そんな中、レオ兄ちゃんとレイチェルさんは次第に惹かれあって恋に落ちたんだって……。
3人はその時、とても幸せそうだったってモニカさんは言ってた。リーシャ姉ちゃんも、レイチェルさんならお兄ちゃんを任せていいって認めるくらい3人は仲が良かったんだ。
でもある日、レイチェルさんが急に村を出ると言い出したんだ。
理由は、レイチェルさんが自分の魔族の街が奴隷商に襲われていると噂を聞いたからなんだ。
実はレイチェルさんはその街の長の娘だったんだ。だからレイチェルさんは自分の街の事が放っておけなくなったんだよ。
レイチェルさんは、問題を解決したらすぐに戻ると言って、レオ兄ちゃんやリーシャ姉ちゃんの反対を押し切って村を1人出て行ってしまったんだ。
けど、一月待っても半年待ってもレイチェルさんは帰って来なかった……。
そして……、今度はレイチェルさんを心配したレオ兄ちゃんが父さんや母さん、リーシャ姉ちゃんの反対を押し切ってレイチェルさんを助けに行ってしまったんだ。
村の一部の人はレオ兄ちゃんがレイチェルさんの魔族の力に魅せられたって馬鹿げた事を言っていたみたいだけど、リーシャ姉ちゃんはレイチェルさんもレオ兄ちゃんもそんな人じゃない、いつか2人とも帰ってくるって言い返してたんだ。
でも……、レオ兄ちゃんもレイチェルさんも帰って来なかった。そんな時、不幸が重なったんだよ。
数年後に僕が生まれてすぐに、両親が疫病にかかって還らぬ人になってしまったんだ。
すぐにノノおばさんが僕らを引き取ってくれたけど、最後の心の支えを失くしたリーシャ姉ちゃんは徐々に弱っていった。
村では魔族に魅せられた長男が村を出て行き、そのショックで両親も亡くなったと噂する人が何人かいたんだ。
心が弱っていたリーシャ姉ちゃんは遂に耐えられなくなって、村人の噂が本当だと思い込むようになってしまった。
誰かを責めなければ……、生きていけなかったんだと思う……。
そしてリーシャ姉ちゃんは……、いつしかレイチェルさんを憎むようになった。レオ兄ちゃんと両親を奪った張本人だと考えるようになっていったんだ……。
だから村や僕に危機が迫って、アレン兄ちゃんの記憶がどんどん戻って人が変わっていく度に、レイチェルさんの側にいて、どんどん変わったいったレオ兄ちゃんの面影をアレン兄ちゃんに重ねて、姉ちゃんは取り乱したんだと思う……。
そして、レイチェルさんに似たアリシアさんを姉ちゃんは無意識に責めたんだと思うんだ……」
 コルルが下を向いたまま話した。

「そんな……、そんな事をしても何も……」
 アレンが呟く。

「うん……、何も解決しないって僕でも分かるのにね……。
レオ兄ちゃんがいなくなった日……、
両親がそれぞれ亡くなった日の事を……、姉ちゃんは1度も僕には語ってくれた事がない……。
きっと……、姉ちゃんはずっと寂しかったんだと思う……。
僕には分かるんだ……。姉ちゃんは僕の前で滅多な事では泣かないけど……、心はずっと今も泣いてるって…………」

「コルル……」
 アレンがコルルの頭に手を置いて慰める。

 コルルが顔を上げ、アレンを見つめて口を開く。
「……姉ちゃんがアリシアさんにした事は許されることじゃないって僕でも分かるけど……、けど……、けど……、もし、アリシアさんが姉ちゃんを許した時は……、アレン兄ちゃんも姉ちゃんの事、許して欲しいんだ」
 コルルは涙を浮かべて話した。

 アレンはコルルを瞳を見つめて、静かに応えた。
「……アリシアは多分、リーシャの事怒ってないよ……。それにいくら記憶を失っていたといってもアリシアを1人にさせてしまった私が、彼女の為にリーシャの事を怒るなんて許された事ではないしね……」

「アレン兄ちゃん……?」
 コルルが辛そうなアレンを見つめて呟いた。
 その時、村の北の入り口の方から声が響く。
「アレーーーーン!!」

「!!!?」
「!!!?」
 アレンとコルルが呼び声に気づき、声のする方を見つめる。
「姉ちゃんの声だ! 行こう! アレン兄ちゃん!」
 コルルがアレンの手を引いて走り出す。
 アレンはコルルに手を引かれて、躓きそうになりながらも体勢を整えて走り出した。
 2人はすぐにボロボロの格好で走り寄るリーシャを視界に捉えて、アレンが叫んだ。
「リーシャ!!」

「アレンっ!!」
 リーシャがアレンの元に駆け寄り、息を整えるように下を向いて深く呼吸をした後、顔を上げて口を開いた。
「アレン! 大変! アリシアは西の森に身体の傷を癒す為に移動したんじゃなくて、北の森から、今回の異変の元凶であるヨルムンガンドを1人で倒しに行ってしまったの……!
私が必死に止めようとしたけど……、私じゃ駄目だった……! お願い! あの人を助けて! もう……、アレンしかあの人を止める事も……、助ける事も出来ないの……!」
 リーシャが涙を浮かべて話した。

「…………。がそう決めたのなら、私でも口は出せない……」
 アレンが下を向いて話した。

「!!!? アレン……!? 貴方、記憶が……!
まさか……! 貴方、アリシアが西の森に消えた時から……、初めからこうなる事を分かっていたのね……!!
なら、なんで愛し合っていた筈の貴方が彼女を助けに行かないの!? 早く助けに行かないと……、彼女は死んでしまうのよ!!」
 リーシャが涙を零して叫んだ。

「彼女は私に"この村で普通に生きろ"と言った!! 最期を迎えるその時まで共にあろうと誓い合った筈なのに……!
……記憶を失くし、彼女を蔑ろにした私は彼女から捨てられたんだ……。
彼女はこの村の為に死ぬ事を選んだ……。私には……、いくら辛くても、それを止める権利はないんだ……」
 アレンが下を向いたまま、涙を流して応えた。

「違うよ、アレンっ!!」
 リーシャが悲痛な表情で叫ぶ。

「何が違うんだ! 私は王の剣になった時、2度と彼女を離さないと誓った筈なのに……、それを守れなかった……。アリシアが怒るのも当たり前だ!」
 アレンが顔を上げてリーシャに向かって叫んだ。

「違うよ……! 違うの……、アレン……。
アリシアは……、貴方を捨てたんじゃなくて……、貴方の事を思って……、貴方を私に託したの……」
 リーシャが涙をポロポロ零して話した。

「!!!? どういう事だ!?」
 アレンが涙を流したまま尋ねる。

「アリシアは……、この村に来て記憶を失くした貴方が、この村で穏やかに過ごす姿を見て……、争いのない普通の幸せを手に入れて欲しいと考えるようになったの……。
だから……、アリシアは貴方を捨てたんじゃなくて……、最後まで貴方の事を想って……、貴方を私に託したの…………。
だからお願い……、そんなあの人を死なせないで…………!!」
 リーシャが涙を流したまま、アレンにしがみつくように話した。

 アレンは目の焦点が合わない状態で、呟いた。
「それを……、彼女が君に言ったのか……?」

「……うん」
 リーシャが静かに頷くと、アレンはリーシャをコルルの方に退かして背を向けた後、口を開いた。
「……リーシャ……、ありがとう」

 リーシャはアレンが"ありがとう"に込めた意味を理解し、涙を流して微笑んで応えた。
「うん……、アレンは、彼女を幸せにしてあげて……!」

「……ああ! 必ず!!」
 アレンはリーシャに背を向けたまま応えると、闘気を高めた後、リーシャとコルルの前から凄まじい速度で北の森の方に消えて行った。

 静まり返った村の入り口でリーシャは呟く。
「さようなら……、私の初恋の人……」
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