上 下
81 / 116
第8章

面影

しおりを挟む
 一度、ヴェルナ村に向かっていたクロードは、ヨルムンガンドの姿を思い出し、不吉な予感がして山岳地帯に引き返していた。
「はぁ……、はぁ……、やっぱり駄目だ!
あの人は死なせられない! まずアリシアの安否を確認してから村に帰ろう!」
 クロードはそう呟きながら全力で走り続けた。
 数分後、山岳地帯の中間地点に差し掛かった時にクロードは地面に倒れている人影を発見する。
「!!!? アリシアっ!!」
 クロードは驚いた様子ですぐに倒れているアリシアに近づく。
 うつ伏せの状態で倒れているアリシアをゆっくり仰向けの状態にして呼吸を確認する。
「……良かった! 息がある!
アリシア! アリシア! 何があった!? 奴はどうなったんだ!?」

 クロードの叫び声に反応して眼を開けたアリシアは囁くように話し始める。
「クロードさん……? わざわざ引き返してきてくれたのね……。
よ……、ヨルムンガンドから……、なんとか逃げ延びたけど……、今のままじゃ勝てないわ……。
お願い……。村まで私を運んで……。アイツの弱点は分かったの……。傷が治り次第、必ずアイツを倒して見せるわ……」

「あ、ああ! 戦いでは君の役に立てないが、必ず君をヴェルナ村まで運んでみせる! まずは……、これを飲むんだ」
 クロードはそう言うと、アリシアに回復薬を飲ませた。
 クロードはアリシアの呼吸が落ち着いたのを確認した後、背中に背負い、ヴェルナ村の方に向かって走り出した。


 ◇ ◇ ◇


 ヴェルナ村の北の入り口を固めていた警備隊と合流したアレンとダリルは、すぐに警備隊に指示を出して陣形を組み始めていた。
 アレンの能力の一部が覚醒した事を感じたダリルはアレンに指揮系統の一部を託す賭けに出たが、これは予想以上に成功する事になる。
 アレンは信じられない程、通った声で200人の歩兵隊を指揮しながら驚くべき速度で陣形を整えていく。
 アレンの指揮の元、出来上がった陣形を見てダリルとイワンは驚きを隠せなかった。
「この短時間でこれだけの人数を……! 信じられない!」
 イワンが周りを見渡して呟いた。

「普段、数百万単位の軍を指揮する彼にとってすれば朝飯前という事ですか……。
これが、彼本来の力という事ですね……」
 ダリルが冷や汗を流しながら呟く。
(いえ、王の剣は確かに戦術やスキル、戦いにおける全ての分野で世界最高級の評価を受けていますが、最も名高いのが本人の個人戦闘力! もし、彼本来の記憶や力が戻った際、どれ程のものだというのか……)

 アレンに続くようにダリルとイワンが他の警備隊を指揮していく。
 アレンの活躍もあり、彼らの到着から10分足らずで全ての陣形が整った。

「さあ、来るならいつでも来い!」
 イワンが呟いた瞬間、目の前の森の方から獣の鳴き声が響く。

「ウォーーーーン!」

「来ます!」
 ダリルが警備隊に向かって叫ぶ。
 静寂が暫しの間、続いた後、アレンが震える手を必死に押さえて腰に差していた剣を1本抜いた。次の瞬間、数種類の魔物の群れ、総勢1000体にも及ぶ中級以上のモンスターが森の中から押し寄せる。

「弓兵隊、放て!」
 ダリルが叫ぶと村に設置された数カ所の高台から弓兵隊が無数の矢の雨を魔物の群れに降らせる。
 第一射目で50体程の魔物が倒れる。
「隊列をすぐに入れ替えろ!」
 アレンが叫ぶと弓兵隊の前列と後列が隙間を縫うように入れ替わり、後列に控えていた弓兵隊が弓を構える。
「第二射、放て!」
 ダリルが叫ぶと弓兵隊が矢の雨を再び魔物の群れに降らせる。
 結局、この流れを繰り返し200体に及ぶ魔物の群れを倒した後、目と鼻の先まで残った魔物群れが近づいた所でアレンが叫んだ。
「弓兵隊はそのまま後続の魔物の撃破を。
歩兵隊は何としてもここを突破されぬよう目の前の敵を倒せ!」

「「おぉーーーー!!」」
 アレンの叫び声に呼応する様に前線に待機していた歩兵隊が剣を構え、魔物の群れに向けて走り出した。
 歩兵隊と魔物の群れが入り乱れる。
 普段から下級モンスターとしか戦い慣れていない歩兵隊は長く持たずにどんどん倒されていく。
「くっ! やはり強い……。このままでは……」
 イワンが歯を噛み締めた瞬間、魔物の群れに電撃が走る。

中級雷属性魔法ライトニングブレード!!」
 ダリルが叫ぶと歩兵隊を襲っていた魔物の群れが電撃を受け黒焦げになり、その場に倒れる。

「ダリルさん! 流石だ!」
 イワンに笑顔が戻り叫んだ。

 ダリルの魔法による支援攻撃は、危機に陥っている歩兵隊を見極めて継続して行われ、警備隊全体の生命線となっていた。
 暫くの間、ダリルの活躍で大崩れする事なく戦闘を繰り返し、魔物の群れの6割を掃討した頃、アレンは歩兵隊と魔物の群れが入り乱れている更に後方に目を向け、眼を見開いて叫んだ。
「弓兵隊、森の奥だ! 後続に備えろ! 歩兵隊は早く持ち場のモンスターを倒せ! 後続が来るぞ、上級モンスターの群れだ!!」

「なんですって!?」
「なんだと!?」
 ダリルとイワンがアレンの叫び声に驚き森の奥を振り返ると、大型の上級モンスターの群れ約300体が走ってこちらに向かって来ているのが見えた。



 一方その頃、アレンを探して村の北の入り口付近まで辿り着いていたリーシャは青ざめた顔で周りを見渡していた。
「アレンっ! どこなの? お願い、置いていかないで!」

 リーシャの叫び声を聞き、リーシャの存在に気づいた村の若い兵士がリーシャに声をかける。
「リーシャちゃん!? どうしてここに!?
警報音を聞いただろ? 危ないから家の中にいるんだ!」

 リーシャは怯えた表情で若い兵士の顔を見つめて話した。
「アレンがいなくなったの! どこにいるか知りませんか?」

「アレンさん? アレンさんならあそこで歩兵隊の指揮をしてくれている! あの人は凄いよ! 一気に村の兵士を纏めて戦況を動かしている!」
 若い兵士が1km近く離れた歩兵隊の後方部にある高台を指差して応えた。
 リーシャが若い兵士が指差した方を見つめると、いつも穏やかで優しかったアレンとはかけ離れた鬼のような形相で兵士を指揮するアレンの姿があった。
 リーシャは更に震えて呟く。
「どんどん、アレンがアレンじゃなくなっちゃう! 私が止めなくちゃ!」
 リーシャが慌てるようにアレンの方に向かって走り出した。

「リーシャちゃん!? どこに行くんだ!? 危ないからそっちに行っては駄目だ!!」
 若い兵士が止めようとするがリーシャは弓兵隊の列をすり抜けるように駆けていき、人混みの中に消えていった。
 若い兵士は人混みに捕まりその場を動けなくなる。
「くそ! なんて事だ」
 若い兵士が呆然とリーシャが消えた方を眺めていた時、後方から声が聞こえる。

「姉ちゃ~ん! どこにいるんだ!? 返事をしてくれ!」
「リーシャ、どこなの、返事をして!」
 若い兵士が振り返ると、コルルとモニカが村の中央部から走り寄ってくるのが見えた。
「コルル!? それにモニカまで! もう! どいつもこいつも!」
 若い兵士は頭を抱えた後、コルルとモニカの元に駆け寄った。
 モニカが若い兵士に気づき、声をかける。
「すみません。リーシャを見ませんでしたか?」

 若い兵士はコルルとモニカを睨んだ後、口を開いた。
「お前達、分かっているのか!? 今は厳戒態勢だぞ! なぜ家にいないんだ!!」

「だって、姉ちゃんが……」
 コルルが若い兵士に言い返そうとしたのを見て、モニカは慌てて手を差し出して止め、代わりに応えた。
「すみません。リーシャがアレンを追って家から飛び出してしまったんです。
コルルが止めたみたいなんですけど、それを振り切って飛び出してしまったみたいで……」

「なぜ、リーシャちゃんはそんな危険な事を……?」
 若い兵士が尋ねる。

「それが……、気が動転してたらしく、アレンがいなくなってしまうと思っていたみたいで……。普段はこんな危険な真似、絶対しないなんですけど……」
 モニカも困惑した表情で応えた。

「俺……、姉ちゃんが普通じゃなくなった理由、なんとなく分かった気がする……」
 コルルが下を向いて呟いた。

「えっ!? 本当なの、コルル?」
 モニカが驚いたように尋ねた。

「うん……、アレン兄ちゃんが、魔物の群れが近づくに連れて別人みたいに変わっていったんだ。まるで記憶が戻っていってるみたいに……。
多分、姉ちゃんは、10年前に人が変わって村からいなくなった兄ちゃんの面影をアレンさんに重ねてるんだよ……」
 コルルが顔を上げてモニカを見つめて呟いた。

「!!? そ、そうか!! だからリーシャは……! 早く見つけてあげなくちゃ危険だわ!」
 モニカも何かに気づき、慌てるように周りを見渡した。

「リーシャちゃんなら、歩兵隊を指揮しているアレンさんの所に行ってしまったぞ」
 若い兵士が歩兵隊の最後尾で指揮をしているアレンの方を指差して話した。

「なんだって!? なんで止めなかっんだ!!」
 モニカが怒った表情で若い兵士の胸ぐらを掴む。

「俺だって止めたさ! でも話を聞かずに弓兵隊の間をすり抜けて行ってしまったんだ!」
 若い兵士が言い返した時、コルルが慌てたようにリーシャの跡を追って走り出した。

「!!!? 待つんだ、コルル! 1人で行っちゃ駄目だよ!」
 モニカがコルルを捕まえようとするが、身体の小さなコルルは話を聞かずに弓兵隊の間を素早くすり抜けていく。
「モニカも行っちゃ駄目だ!」
 若い兵士も声をかけるがモニカもコルルに続いて人混みの中に消えていった。
「くそ! なんでどいつもこいつも話を聞かないんだ!」
 若い兵士がまた頭を抱えて叫んだ。
 


 戦場では上級モンスターの群れが近づき、慌てたように弓兵隊が矢の雨を降らせる。しかし上級モンスターは矢が身体に突き刺さっても物ともせず、そのまま歩兵隊と魔物達が争う戦場に向け前進する。それを見ていたアレンが弓兵隊に向かって叫んだ。
「近くの弓兵隊も剣を取り、歩兵隊と合流しろ! 上級モンスターには弓矢は効かない!!」

 アレンが叫んで間もなく、上級モンスターの群れが歩兵隊と中級モンスター達が争っている場所に合流した事で、歩兵隊は次々に倒され、完全に押され始めた。
 中級モンスターに押されていた歩兵隊の支援攻撃を行っていたダリルが上級モンスターに向け中級雷属性魔法ライトニングブレードを放つが、数秒足止めするだけで殆ど効果が無い。上級モンスターの攻撃は一撃で数人の歩兵隊の命を奪い、戦場の兵士達は混乱して訳の分からない叫び声をあげ始めていた。
 アレンに歩兵隊に加わるように指示された弓兵隊の多くは、目の前に広がる地獄絵図を見て身体を震えさせ、高台から降りる事が出来なかった。
 ダリルは苦虫を噛み潰したような表情で各所の支援攻撃に追われながら呟いた。
「ま、まずい! このままでは全滅する!」

 その時アレンの叫び声が響く。
「ダリルさん、上級モンスターにはダリルさんの中級魔法は通用しません! ダリルさんは今まで通り中級モンスターにやられそうになっている歩兵隊を救って下さい!」

 ダリルは困惑した表情で叫んだ。
「し、しかし上級モンスターを放置していては歩兵隊が全滅します! どうするつもりですか……!?」

「私が出ます!」
 アレンがダリルを見つめて叫んだ。

「!!? 言ったでしょう!? それだけは駄目だと!」
 ダリルが慌てて止めに入る。

「私もダリルさんに言いました! "それでも私は戦う"と! このまま黙って村の恩人達が死ぬのを眺めるくらいなら、私自身も死を覚悟して戦います!!」
 アレンはそう叫ぶとダリルに背を向け、魔物の群れと戦い続ける歩兵隊に向けて走り出した。

「イワンさん! アレンさんを止めて下さい!!」
 ダリルがイワンに向かって叫ぶと、イワンは辺りを見渡してアレンが前線に走っていく姿を視界に捉えて話した。
「ちぃっ……! こんな時に……!!」
 イワンはすぐに馬に乗ってアレンの後を追う。
 しかし驚くべき速度で駆けるアレンはイワンが止めに入る前に歩兵隊を襲う中級モンスターの群れに近づく。
「くそ! 間に合わない!」
 イワンが慌てるように話した瞬間、アレンが剣を横に振り中級モンスターの群れが宙に舞う。

「!!!!?」
「!!!!?」
 ダリルとイワンが同時に驚き、イワンは慌てて宙に舞って落ちてくるモンスターの群れに当たらないよう馬を止める。
 アレンはその勢いのまま、上級モンスターの群れに1人突っ込んでいく。アレンの直線上に立っていたモンスター達はアレンが剣を振る度に宙に舞い、血飛沫を上げて葬られていく。

「し……! 信じられん!! 闘気すら使っていない生身の人間が、モンスターの群れを埃を払うように薙ぎ倒していく!!」
 イワンが驚いた表情で呟いた。

 ダリルも驚いた表情でアレンの姿を見つめていた。
(まだ……、記憶は失われたままの筈……。
アリシア様の話が本当ならば少し前までは剣すら握れなかったただの男が、大切な者が傷つけられる危機だと感じるや否や、部隊を指揮し、更に状況が危なくなると兵士が死にゆく死地に迷いなく踏み込んだ。しかも、闘気の扱い方も思い出していない状態で中級モンスター達を一撃で吹き飛ばしている!!)

 アレンは上級モンスターの群れに近づくと、これまで同様に剣を振った。しかし、表面上の傷しか付けられず、すぐに群れに囲まれる。
 モンスター達はアレンに向かって牙や爪で攻撃したり、炎を口から吐いてダメージを与えようとするが、アレンは全ての攻撃をギリギリで躱しながら、連続斬りを放ち、周囲のモンスター達に少しずつダメージを与えていく。

「す、凄い……!!」
 アレンの凄まじい体捌きを見て、ダリルが呟く。

 アレンの活躍により、50体近くの上級モンスターの群れはその場で足を止めたが、それ以外の上級モンスター達はアレンの横をすり抜けていく。
 アレンは目の前のモンスター達を相手にしながら横目で上級モンスター達がすり抜けて行くのを見た。
「くそっ……! このままでは……!!」
 アレンがそう呟くとアレンの周囲を囲むモンスターの数は更に増え、ダリルとイワンの所からアレンの姿が見えなくなった。

「アレンさんっ……!」
 ダリルがアレンを心配して叫んだ瞬間、アレンの周囲の上級モンスター達が一瞬で爆音と共に吹き飛ぶ。

 ドンっ!!

「「!!!!!?」」
 ダリル、イワンを含む全ての兵士達がアレンの方を見て驚愕する。
 上級モンスター達が吹き飛んだ中心部にアレンが緑色の煌めく光を纏って立っていた。

「なっ……! なんだあの緑色の闘気は……!!」
 イワンが信じられないという表情でアレンを見つめた。
 
 博識なダリルが呟く。
「緑色の煌めく闘気……! 巫女の恩恵!!
友愛の加護ゆうあいのかごだ!! ま、まさかこの眼で見られる日が来るとは!!」

 アレンがもう一本の剣を抜き、その場から消える。

「速い!!」
「速い!!」
 ダリルとイワンが呟いた瞬間、歩兵隊に向かって駆けていた上級モンスターの群れを縫うように緑色の光が移動していく。その光が抜けた後、上級モンスター達はバタバタと倒れていく。
 歩兵隊の最前線までまだ戻ったアレンは、腰を低く構え、緑色の闘気を高め始めた。
 次の瞬間、アレンは水平に2本の剣を回転しながら振ると、剣から広範囲に緑色の闘気が放たれ、前方から押し寄せていた上級モンスターの群れを全て消滅させた。

 その様子を見ていたダリル、イワン、村の兵士達はその場を暫く動けなくなる程驚き固まった。
 アレンの神懸かった姿を見たダリルは残り少なくなった下級及び中級モンスターを見て呟いた。
「村を守れる! アレンさんのお陰だ!」

 イワンも笑顔に戻り、歩兵隊に向かって叫んだ。
「見ろ! 我々には上級モンスターの群れすら一撃で消し飛ばすアレンがついている! 兵士よ恐れるな! 我々の勝利は近いぞ!」

 兵士達の顔に生気が戻り、各所で歓声があがる。完全に士気は復活し、兵士達は魔物の群れに対して善戦し始めた。次第に恐怖を感じ始めた魔物達は続々と森の方へ引き返していく。
 それは、ダリルが周りを見渡しながら勝利を確信した時だった。
 ダリルの視界に戦場に似つかわしくないワンピース姿でアレンの元に駆け寄る女性の姿が目に入る。
「リーシャっ!? なぜここに!?」

 リーシャは変わりゆくアレンを不安げな表情で見つめながら、まだ魔物達が残る戦場を駆けていた。
 ダリルは敗走し始めた魔物の群れとリーシャがアレンの元に向かう延長線上で交差する事に気づき呟いた。
「なんて事だ!!」
 ダリルはリーシャの置かれている状況を瞬時に理解し、慌てて馬に乗ってリーシャを止めに向かう。
 リーシャはすぐに敗走した魔物達が自分の方向に逃げて来ている事に気づき、ようやく正気に戻った。
「きゃあ~~~~!!」
 リーシャは恐怖のあまり、その場に座り込む。
 リーシャの叫び声を聞いて、遅れてアレンとイワンが最悪の状況に気づいた。
 すぐに敗走した魔物の群れの先頭を走っていた中級モンスターのグレイトウルフがリーシャの存在に気づき、目つきを変えてスピードを上げる。
「くそっ! 距離が遠すぎる!」
 アレンも高速で移動しながらリーシャの元に向かうが、距離が離れていて間に合わない。
 グレイトウルフが口を開け、牙を剥き出しにしてリーシャに飛びかかった瞬間、魔物の頭部に弓矢が刺さりグレイトウルフはリーシャをすり抜けて、リーシャの後方に倒れた。
「!!!?」
 アレンが弓矢の飛んできた方向を見つめるとモニカが少し離れた所から弓矢を放っているのが見えた。
 次々にリーシャに魔物が襲いかかるがモニカが次々に弓矢を放って倒していく。

「間に合ってくれ!」
 アレンがそう呟き、リーシャの所まで後、数秒の位置まできた時、モニカの矢を逃れたグレイトウルフがリーシャに飛びかかった。
 アレン、ダリル、モニカ、イワンの表情が絶望の色に染まった瞬間、コルルがリーシャとグレイトウルフの間に立ちナイフを振り抜いた。
 コルルのナイフはグレイトウルフの牙がコルルに届く前より先にグレイトウルフの心臓に突き刺さり、コルルは飛びかかっていたグレイトウルフに覆い被さられる形で後ろに倒れた。

「コルルっ!?」
「コルルっ!?」
 リーシャとアレンが同時に叫ぶ。
 リーシャは後続の魔物達を見て、側に倒れたコルルの前に両手を広げて立った。
 魔物達がリーシャに襲いかかろうとした瞬間、高速で移動してきたアレンが、リーシャの前に立って剣を水平に振り抜き、残りの魔物全てを消滅させた。
「アレンっ!!」
 リーシャが笑顔に変わり、アレンに抱きつく。
「コルルは!?」
 アレンがリーシャを引き剥がして尋ねる。
 ハッとしてリーシャが慌てたようにコルルに駆け寄り、コルルに覆い被さっているグレイトウルフを退かそうとするが重くてうんともすんとも言わない。
 すぐにアレンが加勢し、すぐにグレイトウルフが横に転げる。

「!!!?」
「!!!?」
 アレンとリーシャは予想していなかった最悪の結果を見てしまう。
「きゃあー! コルル! コルル!」
 リーシャが両手で顔を押さえて叫ぶ。
 アレンはすぐにコルルの側に座り込んでコルルの脇腹付近に手を当てた。

 すぐにモニカ、イワンがアレン達の元に駆けつけ、最悪の状況を理解した。
「牙は躱していただろう!?」
 イワンはコルルの脇腹から溢れている血溜まりを見て、手持ちの医療品で応急処置を開始していたアレンに尋ねた。
「右前脚の爪が深く突き刺さっていたのです……!」
 アレンが応急処置を続けながら、厳しそうな表情で呟いた。
 イワンはコルルの横に倒れていたグレイトウルフを確認すると、確かに右前脚の爪に血のりがついていた。
 モニカは青ざめた表情を浮かべ、両手で口を押さえる。

「アレン、お願い! コルルを助けて!」
 リーシャが泣きながら、コルルの側に座って叫んだ。

 アレンは傷の状況を確認して重い口を開いた。
「……傷口が深い……。早く治癒魔法で傷口を塞いで安静にしないと助からない!
イワンさん、村で治癒魔法を使える方はいませんか?」
 アレンがイワンの方を向いて尋ねた瞬間、アレンの背後から馬で近くまで駆けつけたダリルが走り寄ってきた。

「ちょうど良かった! アレン君、村で治癒魔法を唯一使える人が来てくれたぞ!」
 イワンが笑顔でダリルの方を見つめて話した。

 アレンがダリルの方を振り返って叫んだ。
「ダリルさんが!?」

 すぐにダリルがアレンに近づき口を開く。
「状況は!?」

 アレンが急ぐように早口で話す。
「リーシャを魔物から護ったコルルが重症です! 爪で脇腹を深く刺されているので、早くダリルさんの治癒魔法を!」
 アレンはダリルがコルルの側に座れるように横に退き、ダリルは頷いてアレンが開けたスペースに座って、治癒魔法をかけながら傷の状態を確かめた。
 傷口の状態を確かめたダリルの表情が徐々に行く歪んでいく。
(わ……、私の治癒魔法では傷口を塞ぎ切る前にコルルの体力が尽きてしまう……。
もっと、高位の魔法を使える者でなければ……)

「ダリルさん……!? コルルは助かりますよね?」
 リーシャが涙を浮かべて不安そうに尋ねた。

「……最善を尽くしますが、助かる見込みは50%程度と思って下さい……」
 ダリルが必死の形相で治癒魔法をかけながら応えた。

「ご……、50%…………?」
 リーシャが呆然とし、呟いた。

 アレンはダリルの返答とコルルの状態を見て厳しい状態である事に気づく。
(恐らく、本当の助かる見込みは20%もないだろう……。くそっ! 助かってくれ!)
「アリシアさんがここにいれば……」
 アレンがボソッと呟くと、リーシャはアレンの方を見つめて微笑んで口を開いた。
「そ、そうよ! アリシアに頼めばいいのよ! イワンさん、アリシアを呼んできて下さい!」

 動揺しておかしくなっているリーシャを見て、イワンは落ち着かせるように話す。
「リーシャちゃん、アリシアさんは中級モンスターの大量発生の原因を調査しにクロードさんと出かけただろう? 暫くは帰らない筈だ……」

「ど、どうして!? 私とコルルは死にかけていたあの人を必死に助けたのに、なんでアリシアはコルルが死にかけているのにここにいないの!!」
 リーシャが涙を零しながら怒るようにイワンに向かって叫んだ。

「リーシャ、落ち着いて! イワンさんもアリシアも悪くないだろう? それより、コルルに声をかけてあげるだ」
 モニカが背後からリーシャを押さえるように抱きついて話した。

「いやっ! 早くアリシアを呼んできて! コルルを助けるように言って!」
 リーシャが手足をバタつかせて暴れるのを見て、アレンも前からリーシャを押さえた。
「リーシャ、私がアリシアさんを呼んでくる! きっとコルルは助かる筈だ! 君はここでコルルを見てあげるんだ。いいね?」

 アレンの言葉を聞いて、リーシャは少し落ち着きを取り戻し、辛そうな表情で微笑みながら話す。
「ああ……、アレン。やっぱりアレンは頼りになる……。
お願い、アレン。早くアリシアを連れて来て!」

「ああ! 必ず!」
 アレンが頷き立ち上がった時、ダリルが慌てたように口を開く。
「くそっ! 脈が弱くなっていく! このままじゃ……」

 コルルの顔から生気が失われていくのを見て、リーシャがまた泣き叫ぶ。
「いやぁーー!! 嫌よ、コルル! 私を置いて逝かないで! 私を1人にしないで!
もう……、置いていかれるのは嫌よ!」
 リーシャがコルルの手を握って声をかけるが、出血は止まらない。

「くそっ! 何も出来ないのか!」
 アレンは周りを見渡してコルルを助ける方法を模索するが、時間だけが過ぎていく。

 月明かりが雲間から漏れ、アレン達の周囲を照らした時、ダリルが顔を伏せてそっと呟いた。
「…………脈が止まった……」

 その場の全員が固まり、動けなくなった。
 少ししてリーシャが口を開く。
「えっ……? ダリルさん……、どういう事ですか…………」

「……リーシャちゃん、すまない……。
コルルは助けられなかった…………」
 ダリルが涙を零して呟いた。

 リーシャは青ざめた顔でコルルを見つめて肩を揺すり始める。
「コルル……、起きて……。ねぇ、コルル……」
 コルルを激しく揺すり始めたのを見て、モニカがリーシャを押さえる。
「リーシャ…………。ごめん……。本当にごめん…………」
 モニカはリーシャを背後から押さえながら涙をポロポロ零して呟いた。

「嘘よ! だってコルルは誓ってくれたもの! 自分は私を置いていなくならないって! ずっと私の側にいるって! だから、コルルが死ぬわけないわ! ダリルさんは嘘つきよっ!」
 リーシャが泣き叫びながらモニカを振り解き、コルルの握っていたナイフを持って立ち上がってダリルに向けた。

「お、落ち着くんだリーシャちゃん!」
 イワンが慌てたように両手を広げる。

「リーシャ! ダリルさんは最善を尽くしたんだ! ナイフを私に渡して!」
 アレンがダリルの前に立ってリーシャに話しかける。

 リーシャは次第に呼吸が荒くなり、苦しそうに顔を歪め始めた。

「いけない! 過呼吸だ!」
 ダリルが慌てるように話す。

「リーシャ!?」
 モニカが叫んだ瞬間、リーシャの目の前は暗闇に包まれ、フッと身体の力が抜けてその場に倒れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貴方に側室を決める権利はございません

章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。 思い付きによるショートショート。 国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...