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第7章
フレイヤとディアナ
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中継機棟に向けて走っていたディアナは、あと数秒足らずで目的地に辿り着く距離まできた時点で、深呼吸をして闘気を高めた。
ディアナは扉の向こうで待つ強敵との戦いが未だかつて無い死闘になる事を理解していたからである。
ディアナはすぐに中継機棟の扉の前に辿り着き、一度瞳を閉じてフレイヤと過ごした日々を思い返した後、ゆっくり瞳を開けて扉に手をかけた。
ギィイイ……!
扉を開けると円形の建物の中央付近にディアナによく似た獣人族が槍を手に持ったまま、待ち構えていた。
ディアナは何も言わずに中央に待ち構える獣人族に歩み寄る。2人の距離が10m程度まで近づいた所でディアナは足を止めた。
静寂の中、2人が見つめ合う。
「リリィ、君なら必ずここに来ると思ってた……。君は過去の事が知りたくてここに来たんだろ?」
フレイヤがゆっくりと尋ねる。
「……私の名前はディアナだ。昔の名前が例えリリィであってもそれは昔の話……。過去の話より、優先すべきはルナ様とアリシア様を救出する事だ。それを阻む者は例えお前であっても倒さねばならない……」
ディアナが真剣な表情で応える。
「そうかい……? 君の表情から察するに、君は私がここで待ち構えている事を事前に知っていたみたいだが……?」
「……ふっ、いつも嘘を見破っている私が逆にお前に嘘を見破られるとはな……。
……ああ、私情がないと言えば嘘になる……。過去の事が気になるというより……、本気のお前と戦える機会は、この時をおいて2度と訪れないと感じたからな。本気を出したお前に勝ってみたくなったというのが本音だ」
「ははは……。本気の試合ならこの2年半で何度もやりあったじゃないか。君の全勝だった……」
フレイヤの言葉を聞いた瞬間、ディアナの目の色が変わり呟く。
「ビーストモード!」
ディアナの腕や足に毛が生え始め、鼻と口の周りは狼のように変化し始めた。
ディアナの周りから湯気の様なものが立ち込める。
「!!!?」
フレイヤが驚いて身構えた瞬間、ディアナが高速の連続突きを放つ。
フレイヤは険しい表情のまま、何とか全て突きを躱しきり、後方に飛び退いた。
「修行の際のお前なら……、私が全力で突いた今の不意打ちは躱せなかった筈だ!
私の全勝? 笑わせるな。貴様は私との試合で……、いや、私達の前で一度たりとも本気なんて出した事はない! 本来、貴様は王の剣に匹敵する程の力を隠し持っているのだろう? ユウキや王の剣は誤魔化せても、幼い頃から貴様と共に槍術を極めた私は騙されんぞ!」
ディアナが槍の切っ先をフレイヤに向けて叫んだ。
「!!!? リリィ! 記憶が戻ったのかい?」
フレイヤが驚いて尋ねる。
「……この2年半の貴様との修行の際に、断片的に不思議な映像が頭の中に入ってきていた……。幼い頃、見知らぬ村で両親と過ごしていた事……。優しくしてくれた村長の事……。
初めは同じ獣人族であるお前と修行しているから幼い頃の記憶が蘇っているだけだと思っていた……。だが、ナスターシャが貴様が実の兄である事を告げた時に全てを理解したよ。
それからは加速度的に殆どの記憶を取り戻したが……、フレイヤ……、お前の事だけが断片的にしか思いだせないんだ…………」
「ははは……。まさか私の事だけ思い出せないなんてね……。まあ、これも幼い頃、君を救えなかった私の罰なんだろうね……。
それでも……、良かった。君が父さんや母さんの事、村の事を思い出してくれたのは。父さんや母さんが会った時に喜んでくれる筈だ」
「……2人ともまだ生きているのか……?」
ディアナが少し寂しそうな表情で呟く。
「村を出て18年経つが……、2人ともまだ生きている筈だ。今も必ず、村を守る為に日々を生きている!」
「それならいい……。それさえ分かれば、あとは今日ここでお前を倒して、私は先に進む。
……フレイヤ、私は貴様が嫌いだ!
誰かの為に自分を簡単に犠牲にし、
誰かの為に自分の強さを偽り、
誰かの為にすぐに嘘をつく貴様が、
私は心底嫌いなんだ……」
ディアナが槍を強く握りしめて話した。
「……わかってる。長話もここまでだ。
始めよう。……君と私の最後の戦いを!」
フレイヤは槍を構えてビーストモードを使用する。フレイヤの腕や足に毛が生え始め、鼻と口の周りは狼のように変化し始めた。
フレイヤの周りから湯気の様なものが立ち込める。同時にディアナも構えて応えた。
2人を中心に渦を巻くように突風が吹き始める。
闘気を高め終えた2人が深く腰を落とすと同時に突風は一瞬で止み、僅かな間、時が止まる。
次の瞬間、2人は同時にその場から消え、空中に飛びながら激しい突きの応酬が始まる。両者舞うように素早く美しい攻防を繰り広げ、螺旋状に伸びる階段の中心部を登るように飛翔する2人は互いのジャンプの限界点で押し合い、弾けるように離れて地上に降り立った。
息をつく暇もなく互いに再び衝突し、目にも止まらない速度で高レベルの攻防が続く。
「どうした? まだスピードは上げられるだろ? 君らしくない様子見かい?」
フレイヤがディアナの攻撃を槍で捌きながら話しかける。
「……これからだ」
ディアナは澄ました顔で応えると更に1段階スピードを上げ、フレイヤに猛攻を仕掛ける。
フレイヤが真剣な表情に変わり、ディアナの猛攻をギリギリで凌いでいく。突き、水平斬り、振り下ろし、切り上げ、バリエーションの数も速度も申し分のない猛攻を仕掛けるが、フレイヤは見事な槍捌きでディアナの猛攻を凌ぎ切り、ディアナを後方へ押し返した。
「かなり早くなったね……。でもそれじゃあ、私には……っ!」
フレイヤが話し終えようとした瞬間、ディアナが更にスピードを上げてフレイヤの顔面に突きを繰り出す。
冷や汗を出しながら顔の横移動でなんとか躱したフレイヤだったが、それを予測していたディアナは横に槍を振り、槍の柄をフレイヤの顔面にヒットさせ、壁まで吹き飛ばした。
「どうだ? 私の本気のスピードは? いくらお前でも、なんとか目で追える程度だろう?」
ディアナが真剣な表情で尋ねる。
ゆっくり立ち上がり、壁際で槍を構えてフレイヤは応えた。
「リリィも修行の時、本気のスピードで戦ってなかったんだね……。いいよ、それなら私も……、本気でやろう!」
フレイヤの表情が変わったのを見て、ディアナはフレイヤへの警戒心を高めた。
(これでハッキリする……。修行の時もメーデイア達との戦闘でも見えなかった奴の実力の底が)
少しの沈黙の後、フレイヤは深く息を吸い込んで呟いた。
「ファントムモード!!」
フレイヤの周りは湯気の様なものが激しく立ち込め、白髪が銀色に変化し、光を纏って輝き出した。
「!!!? なっ!? なんだ、その姿は?」
ディアナが驚いて叫んだ。
「……この姿の事はまだ思い出してないようだね。
獣人族の中で選ばれた天才だけが発動できるリミットオーバースキル=ビーストモード。しかし、それから更に別次元のリミットオーバースキルを発動させた人がいた……。
……リリィ、私達の母さんだよ……。私達の母さんは限界を超えたビーストモードを更に超えたこのファントムモードを完璧に使いこなしていた史上最強の獣人族なんだよ。
……そして、私もこの2年半でようやく、この力をコントール出来る様になった!」
「ビーストモードの更に上……!? そんなスキルが存在するのか!?」
「そして、ファントムモードを習得した時に同時に私は絶技を習得した。いや……、この姿でないと発動出来ない絶技を習得したんだ」
「……その姿で初めて発動可能な絶技……?」
「見せてあげるよ、リリィ!」
フレイヤは構えを解いて、槍を握ったまま、両手を下ろし呟いた。
「絶技! 完全絶対反撃領域!!」
パァアーーーーン!!
フレイヤの周りの闘気が弾ける。
「!!!?」
ディアナは驚愕した。
(構えだけでなく、闘気を完全に解いた……!!? 闘気を抑えている訳じゃない! 完全に消している!! どんな生物でも自分の身体を守る為に微力に身体の周りを闘気で覆っているもの! それなのに、フレイヤはその常に発せられている闘気すら完全に消している!! 正気の沙汰じゃない! いくらファントムモードというスキルが身体能力を大幅に上げるスキルだとしても、闘気を覆わずに生身で私の闘気技を受ければ最悪、一撃で死に至る!!
……どんな絶技だというのだ!)
フレイヤは構えを解いて、ただ立ったまま、その場を動かない。闘気も圧力も零の状態でディアナを見つめていた。
(ただそこに立っているだけなのに、寒気が止まらない……。間違いなく、これまで私が対戦してきた中で最強の技だ!)
ディアナが槍を強く握りしめたままフレイヤを見つめる。
(……動かない…………。恐らくカウンター系のスキル! 仕掛けるのは危険だが、スピードが勝負の今回の作戦において何もせずにただ時間を潰すのはあまりにも愚作すぎる。フレイヤはそれを理解して、このスキルを使用している。
……私から仕掛けてフレイヤの絶技を攻略する他ない!)
暫くの間、2人は睨みあったまま動かなかったが、ついにディアナが攻撃を仕掛ける。
高速で直進し、フレイヤの5m手前で左右に分かれるように残像を残して消える。次の瞬間、上空からディアナが現れ、フレイヤに向けて突き下ろす。
ドンっ!! ポタタ……。
次の瞬間、後方に吹き飛ばされたディアナの額から血が流れ床に落ちる。
ブワッと冷や汗が大量に流れ、驚愕するディアナ。
フレイヤが真剣な表情で口を開く。
「今の攻撃……。闘気を消した私に対して手加減して攻撃を与えようとしただろう? 甘いけどそれで正解だった。本気で突きにきていたら、その首飛んでいたかもね……」
「はぁ……! はぁ……!!」
圧倒的な絶技の前に緊迫感が高まり、息を切らし始めるディアナ。
(わ……私の槍がアイツの肩に当たる直前……、身体全体が鞭のようにしなやかに動いて、一瞬で私の突きにカウンターを合わせてきた!! 分身の連用を初見で見切ったというのか……!? いや……、そんな筈はない!)
ディアナはフレイヤの反応がマグレかどうか確認する為、先ほど同様に高速で直進し、フレイヤの5m手前で左右に分かれるように残像を残して消える。次の瞬間、上空からディアナが現れ、フレイヤに向けて突き下ろす。
今度はフレイヤは何も反応しない。
上空から現れたディアナも残像となって消え、フレイヤの目の前に現れ、切り上げを行おうとしたが、フレイヤは今度も完璧にディアナの攻撃にカウンターを合わせた。
ドンっ!!
右肩を切られて出血するディアナは、後方に逃げるように移動する。
(マグレではない!! ……見えているというのか、私の分身の連用技が!? そんな馬鹿な!)
「カウンターの直前に神速を使って身体を捻る事で致命傷を避けるなんて、流石リリィだね……」
ディアナは右肩を手で押さえながら考えた。
(私の動きが見えていたとしても反応出来るものなのか? しかも完璧なタイミングでカウンターを合わせてきている。
このままでは間違いなく、奴の絶技を攻略出来ない……。
…………確かめるには、あの技を使うしかない……。多少、身体に負荷がかかってしまうが……)
「はあっ!!」
ディアナが更に闘気を高めて、構え直す。
次の瞬間、ディアナはフレイヤを取り囲むようにいくつもの残像を残しながら高速移動を繰り返す。
「!!? 凄い! 神速の連用をこれ程まで多く使えるのか!!」
フレイヤが驚いた表情で呟いた。
(一度の使用でも目で追うことが困難な神速! これだけの連用技を目で追うことなどいくら王の剣やユウキでも不可能だ! この技で、フレイヤの絶技の正体を暴く!)
ディアナがフレイヤの後ろにある壁とフレイヤとの僅かな空間に降り立ち、攻撃を加えようとした。
(完璧に背後を捉えた!!)
ディアナはコンマ数秒の世界で確かに見た。
フレイヤの背中目掛けて放たれた突きがゆっくりと進み。
フレイヤはディアナに背を向けたまま、ディアナの高速の突きより早く、身体を捻るように左回りに動き、ギリギリでディアナの突きを躱しながら、水平斬りを放った。
ディアナは神速を使い、右に逃げるように移動しようとするが、神速よりも早いフレイヤの水平斬りを躱す事が出来ず、吹き飛ばされた。
ドンっ!!
数秒間倒れたディアナは、ゆっくり身体を起こすが、今度は血反吐を吐いて苦しみ出した。
「がはっ!」
その様子を見ていたフレイヤが心配そうな表情で口を開く。
「もう……、降参するんだ、リリィ。
今ので分かっただろう? 君の切り札でも私の絶技は破れない。完全絶対反撃領域はどんな近接戦闘スキルに対しても完璧にカウンターを合わせる事が出来る。魔法の使えない君が私の絶技を破る事は不可能なんだ!
アリシア様は、私とアレン様で救ってみせる。心配するな」
「………………ふふふ……。あはははは」
突然ディアナが笑い出す。
「なっ!? 何がおかしいんだ?」
「……いや……、ただ私達の勝ちを確信しただけさ……」
ディアナがゆっくり顔を上げて微笑みながら応えた。
「どういう意味だい……?」
フレイヤがムッと少し怒った表情で尋ねる。
ディアナは息を切らしながら、口元の血を拭って応えた。
「貴様は、アリシア様は自分と王の剣で助けると言った。お前達の救う対象の中にルナ様は含まれていないんだろう? 救うつもりはあったとしても、最悪の場合はルナ様を切り捨てるつもりだった! 王の剣とそういう話をしていたという事だ。
貴様もアレンもルナ様を救う事を半分、諦めている!
……フレイヤ、聞いて驚け。
今回、世界中の国の上役が動き始めた事で、ルナ様を救おうとする者は世界を敵に回す事と同意となった。更にアリシア様を人質にとられたお前達、王の盾、王の剣という最大戦力を相手にしなければならない現実を突きつけられ、アンジェラ様もルナ様の事を諦めるような状況でユウキはどうしたと思う?」
「…………」
フレイヤが真剣な表情でディアナを見つめる。
「あいつは即答したよ。世界を敵に回しても必ずルナ様を助けると! そして、お前達を倒してアリシア様も助けると言い切った!
分かるか? 初めから、アリシア様だけしか助けられないと諦めたお前達と違い、ユウキはお前達より困難な状況下で助けられる人は全員助け出すと言い切ったのだ!」
ディアナが微笑んで応えた。
「!!? ……口だけならなんとでも言えるさ……」
フレイヤが睨むように話した。
「いいや、あいつは無鉄砲でも口にした事は必ずやってきた男だ! それが成功するか、失敗するかは別にしてな。
気持ちの面で上回っているユウキが王の剣に負ける筈がない! そして、私やフィオナ様もユウキと全く同じ気持ちだった。つまり、お前と私のこの戦闘においても当てはまるという事だ……!
ユウキは王の剣に勝つ! そして、フィオナ様も私もお前達、王の盾には負けない!! ルナ様も、アリシア様も私達が助けるからだ!!」
ディアナが闘気を圧縮する様に高め始めた。
「!!? 絶技、白王馬!!
君の最強の技で勝負か!
それでも無駄だよ、私の完全絶対反撃領域の謎を解明しない限り、君は私には勝てない!」
フレイヤがディアナを指差して話した。
「貴様の絶技の謎なら解明したさ……。
闘気は消したんじゃない……。自分の周りに拡散したんだろう? 目に見えない程の小さな粒子状にしてな……」
「!!? ……ご名答! いつわかった……?」
フレイヤが驚いた表情で話した。
「ついさっきさ……。いくらお前でも私の神速の連用技を視界に捉えられない。その証拠にお前の瞳は微動だにしていなかった。そして、背後を完璧にとったにも関わらず、私の攻撃に対してカウンターを完璧に合わせてきた……。
それらの状況から導かれる答えは一つ!
貴様は闘気を自分の周りに拡散し、その闘気に触れた者を感知して、自動的に迎撃するスキルを生み出した! 恐らく貴様の周囲を直線距離で3~4m程度カバー出来る小さな球体状の領域を生み出している」
「……全て正解だ! 恐るべき観察力だね……。
フィオナ様の自動確立式補助魔法からヒントを得たんだけど、私だと感知範囲が3.5mしか生み出せなかった。その範囲内に敵が侵入した後に自動迎撃しようとしても、反応に遅れが出来てしまって、使い物にならないと感じていた」
「その為のファントムモードか……」
「ああ……! ビーストモードですら狭い感知範囲をカバー出来なかった為、ファントムモードで補う事にした。
……実は私は母さんのようにまだファントムモードを上手く扱えない……。動き続けながらこの力を使うと3分も保たないんだ……。だから、自身は動かずに敵が私の感知範囲内に侵入してきた一瞬だけ迎撃するこの絶技と組み合わせる事で、2つのスキルの弱点を克服する事に成功したんだ!
この技でリリィのその想いも、その技も返り討ちにしてあげよう。いかに現実が厳しいか教えてあげるよ!」
フレイヤがまた両手をぶらりと下げてディアナを見つめる。
「何度言えばわかる? 私の名前はディアナだ!」
ディアナが低く構えて闘気を更に高める。
次の瞬間、ディアナが高速でフレイヤに飛びかかる。
(いくらディアナの白王馬が絶技最速の技でも、ファントムモードとビーストモードでは身体能力値で大きな開きが生まれる。
白王馬は発動後から108発もの高速突きを放ち終えるまで速度が増していく技。つまり初撃にカウンターを合わせきれば私の勝ちだ!)
ディアナがフレイヤの完全絶対反撃領域の感知範囲内に入る直前で叫ぶ。
「絶技! 白王馬!!」
ディアナの白王馬の初撃に合わせるようにフレイヤの身体が自動的に迎撃態勢に移行する。
2人の槍が交差する様に飛び交う。
しかし、次の瞬間、フレイヤの身体がピタリと止まる。
目の前のディアナは粒子状に弾けて無数の弾丸のようにフレイヤ目掛けて襲った。
(!!!? 白王馬ではない!! フェイクだ! 闘気で自身の分身を作り、それをそのまま放出タイプの闘気技に移行させた応用技!!)
フレイヤの完全絶対反撃領域が敵意のある闘気技に自動的に反応し、全ての弾丸を落とし始める。
フレイヤが戦慄する。
フレイヤの完全絶対反撃領域が弾丸に反応している間に後方に回り込んでいたディアナが間髪入れずに呟いた。
「絶技! 白王馬!!」
ディアナの高速の突きがフレイヤに向けて放たれる。
ダメージが少ないと頭で解っていても、完全絶対反撃領域の特性により感知範囲内に入ってくる闘気の弾丸を順番に排除しようと自動的に動くフレイヤの身体。
(マズい!!)
ディアナの白王馬への対応が遅れると感じたフレイヤは完全絶対反撃領域を解除し、右回りに身体を捻ってディアナの攻撃を回避しつつ、カウンターを合わせる戦法へシフトする。
この一瞬の中でのフレイヤの決断は一つの賭けだった。
もし、ディアナが白王馬の初撃を右寄りに放った場合、右回りに身体を捻ってカウンターを合わせにいったフレイヤはディアナの初撃を躱す事が出来ず、致命傷を負ってしまう。
ディアナの白王馬を何度か見てきたフレイヤだったが、初撃をどこから打ち込み始めるかを見切れた事がない為、この判断が吉と出るか凶と出るか見当がつかなかった。
しかし、フレイヤのこの判断は正しかった。
完璧に躱す事は出来ず左脇腹を貫かれるが、致命傷を避ける。そして、そのまま右回りに水平斬りを行いカウンターを合わせた。
ドンっ!!
ディアナの腹部が深くえぐられ、後方に吹き飛ぶ。
「がはっ!!」
壁際まで吹き飛ばされたディアナから大量の血が流れ始める。立ち上がる事が不可能な程の致命傷を負ったのはディアナだった。
脇腹を押さえながら、ファントムモードが切れたフレイヤは驚愕の表情でディアナを見つめる。本来ならすぐに致命傷を負ったディアナの心配をするフレイヤだが、数秒間その場で固まってしまっていた。
なぜなら、短時間で自身の完全絶対反撃領域の特性を解明し、それを完全に攻略して見せたディアナの恐るべき戦闘センスに母の面影を重ねていたからだ。
暫くしてフレイヤがハッと我に返り、上役達が観ている監視カメラに向かって叫んだ。
「見ろ! 私の勝ちだ!
勝負は決した。私は約束通り本気で戦ったぞ! この戦いの前に約束した通り、最低限の治療をさせてもらう! 捕らえるのはその後だ!」
少しして、監視カメラが上下に動いて許可が下りた事を確認したフレイヤに笑顔が戻る。
すぐに床に倒れているディアナの元に駆けつけ、治療の為に膝を折ってディアナに触れて声をかけた。
「リリィ! 大丈夫か!? 今、治療するぞ!」
バシャン!
「!!!!?」
目の前のディアナがフレイヤが触れた場所から水の塊となって崩れ落ちる。
ドガガガガっ……!!
「ぐはっ!!」
フレイヤの後方から衝撃が走り、フレイヤは前のめりに倒れた。
身体を震えさせて顔を上げたフレイヤの視界に、ビーストモードが切れたディアナが立っていた。
「ぐっ!!」
立ち上がろうと、上半身を少し起こすも、また地べたに倒れるフレイヤ。
「安心しろ……。致命傷は避け、四肢の関節部のみダメージを与えた。
この回復薬があれば、貴様なら数十分で立てるようになる筈だ」
ディアナはそう言ってフレイヤの側にレポーゼの小瓶を置く。
「……さっきの……水の分身は一体……」
フレイヤがディアナを見つめて話した。
「水のエレメントを使用した分身だよ」
ディアナがフレイヤを見下ろして応えた。
「水の魔法の……分身…………!!?」
「……簡単に言えば特殊魔法のようなものだな」
「なんで、魔法すら使えない君が……、そんな特殊魔法を!? いつ覚えたんだい?」
「魔法というよりエレメントを使った特殊スキルに近いな……。このスキルは覚えた訳じゃない……。与えられたものだ」
「与えられた……? 一体いつ、誰に?
………………………………!!? まさかっ!?」
「そう……、エリーナ様が亡くなって光の粒となり、私とルナ様、ユウキの中に流れ込んできた時だ」
「あの時……!
それじゃあ、君はこれを初めから狙っていたのか!?」
「ああ! 完全絶対反撃領域を攻略する為に、闘気の弾丸を複数打ち込み、白王馬を放った際に、お前が完全絶対反撃領域を解除して対応する事は予測出来ていた。瞬間的な判断能力は王の剣に匹敵する能力を秘めているからな、お前は。
だから、完全絶対反撃領域の攻略法について話している際に、水のエレメントを溜めておいて、お前が完全絶対反撃領域を解除した瞬間に、水の分身を作り出して後方に飛び退いた。
水の分身は闘気の分身より見分けるのが非常に難しいが、観察眼に優れたお前の前では見抜かれる可能性はゼロではない。
だから、闘気の弾丸をフェイクにして、神速の連用から後方に回り込み、貴様の視界から消えたという訳だ」
「……ふふ……、完敗だね……」
フレイヤが微笑みながら話す。
ディアナが胸に手を当て、エリーナを想いながら応えた。
「そうでもないさ、本来なら完全絶対反撃領域を解除してカウンターに成功したお前の勝ちだったろう……。
勝敗を分けた要因は亡くなってもなお、私達の側に常にいてくれているエリーナ様の存在があったからだ。
一対一では勝てなくても私達は常に繋がっている。繋がりの強さ、それが私達の強さだ」
光の粒がディアナを護るように煌めいている様子をフレイヤは暫く眺めていた。
ディアナは扉の向こうで待つ強敵との戦いが未だかつて無い死闘になる事を理解していたからである。
ディアナはすぐに中継機棟の扉の前に辿り着き、一度瞳を閉じてフレイヤと過ごした日々を思い返した後、ゆっくり瞳を開けて扉に手をかけた。
ギィイイ……!
扉を開けると円形の建物の中央付近にディアナによく似た獣人族が槍を手に持ったまま、待ち構えていた。
ディアナは何も言わずに中央に待ち構える獣人族に歩み寄る。2人の距離が10m程度まで近づいた所でディアナは足を止めた。
静寂の中、2人が見つめ合う。
「リリィ、君なら必ずここに来ると思ってた……。君は過去の事が知りたくてここに来たんだろ?」
フレイヤがゆっくりと尋ねる。
「……私の名前はディアナだ。昔の名前が例えリリィであってもそれは昔の話……。過去の話より、優先すべきはルナ様とアリシア様を救出する事だ。それを阻む者は例えお前であっても倒さねばならない……」
ディアナが真剣な表情で応える。
「そうかい……? 君の表情から察するに、君は私がここで待ち構えている事を事前に知っていたみたいだが……?」
「……ふっ、いつも嘘を見破っている私が逆にお前に嘘を見破られるとはな……。
……ああ、私情がないと言えば嘘になる……。過去の事が気になるというより……、本気のお前と戦える機会は、この時をおいて2度と訪れないと感じたからな。本気を出したお前に勝ってみたくなったというのが本音だ」
「ははは……。本気の試合ならこの2年半で何度もやりあったじゃないか。君の全勝だった……」
フレイヤの言葉を聞いた瞬間、ディアナの目の色が変わり呟く。
「ビーストモード!」
ディアナの腕や足に毛が生え始め、鼻と口の周りは狼のように変化し始めた。
ディアナの周りから湯気の様なものが立ち込める。
「!!!?」
フレイヤが驚いて身構えた瞬間、ディアナが高速の連続突きを放つ。
フレイヤは険しい表情のまま、何とか全て突きを躱しきり、後方に飛び退いた。
「修行の際のお前なら……、私が全力で突いた今の不意打ちは躱せなかった筈だ!
私の全勝? 笑わせるな。貴様は私との試合で……、いや、私達の前で一度たりとも本気なんて出した事はない! 本来、貴様は王の剣に匹敵する程の力を隠し持っているのだろう? ユウキや王の剣は誤魔化せても、幼い頃から貴様と共に槍術を極めた私は騙されんぞ!」
ディアナが槍の切っ先をフレイヤに向けて叫んだ。
「!!!? リリィ! 記憶が戻ったのかい?」
フレイヤが驚いて尋ねる。
「……この2年半の貴様との修行の際に、断片的に不思議な映像が頭の中に入ってきていた……。幼い頃、見知らぬ村で両親と過ごしていた事……。優しくしてくれた村長の事……。
初めは同じ獣人族であるお前と修行しているから幼い頃の記憶が蘇っているだけだと思っていた……。だが、ナスターシャが貴様が実の兄である事を告げた時に全てを理解したよ。
それからは加速度的に殆どの記憶を取り戻したが……、フレイヤ……、お前の事だけが断片的にしか思いだせないんだ…………」
「ははは……。まさか私の事だけ思い出せないなんてね……。まあ、これも幼い頃、君を救えなかった私の罰なんだろうね……。
それでも……、良かった。君が父さんや母さんの事、村の事を思い出してくれたのは。父さんや母さんが会った時に喜んでくれる筈だ」
「……2人ともまだ生きているのか……?」
ディアナが少し寂しそうな表情で呟く。
「村を出て18年経つが……、2人ともまだ生きている筈だ。今も必ず、村を守る為に日々を生きている!」
「それならいい……。それさえ分かれば、あとは今日ここでお前を倒して、私は先に進む。
……フレイヤ、私は貴様が嫌いだ!
誰かの為に自分を簡単に犠牲にし、
誰かの為に自分の強さを偽り、
誰かの為にすぐに嘘をつく貴様が、
私は心底嫌いなんだ……」
ディアナが槍を強く握りしめて話した。
「……わかってる。長話もここまでだ。
始めよう。……君と私の最後の戦いを!」
フレイヤは槍を構えてビーストモードを使用する。フレイヤの腕や足に毛が生え始め、鼻と口の周りは狼のように変化し始めた。
フレイヤの周りから湯気の様なものが立ち込める。同時にディアナも構えて応えた。
2人を中心に渦を巻くように突風が吹き始める。
闘気を高め終えた2人が深く腰を落とすと同時に突風は一瞬で止み、僅かな間、時が止まる。
次の瞬間、2人は同時にその場から消え、空中に飛びながら激しい突きの応酬が始まる。両者舞うように素早く美しい攻防を繰り広げ、螺旋状に伸びる階段の中心部を登るように飛翔する2人は互いのジャンプの限界点で押し合い、弾けるように離れて地上に降り立った。
息をつく暇もなく互いに再び衝突し、目にも止まらない速度で高レベルの攻防が続く。
「どうした? まだスピードは上げられるだろ? 君らしくない様子見かい?」
フレイヤがディアナの攻撃を槍で捌きながら話しかける。
「……これからだ」
ディアナは澄ました顔で応えると更に1段階スピードを上げ、フレイヤに猛攻を仕掛ける。
フレイヤが真剣な表情に変わり、ディアナの猛攻をギリギリで凌いでいく。突き、水平斬り、振り下ろし、切り上げ、バリエーションの数も速度も申し分のない猛攻を仕掛けるが、フレイヤは見事な槍捌きでディアナの猛攻を凌ぎ切り、ディアナを後方へ押し返した。
「かなり早くなったね……。でもそれじゃあ、私には……っ!」
フレイヤが話し終えようとした瞬間、ディアナが更にスピードを上げてフレイヤの顔面に突きを繰り出す。
冷や汗を出しながら顔の横移動でなんとか躱したフレイヤだったが、それを予測していたディアナは横に槍を振り、槍の柄をフレイヤの顔面にヒットさせ、壁まで吹き飛ばした。
「どうだ? 私の本気のスピードは? いくらお前でも、なんとか目で追える程度だろう?」
ディアナが真剣な表情で尋ねる。
ゆっくり立ち上がり、壁際で槍を構えてフレイヤは応えた。
「リリィも修行の時、本気のスピードで戦ってなかったんだね……。いいよ、それなら私も……、本気でやろう!」
フレイヤの表情が変わったのを見て、ディアナはフレイヤへの警戒心を高めた。
(これでハッキリする……。修行の時もメーデイア達との戦闘でも見えなかった奴の実力の底が)
少しの沈黙の後、フレイヤは深く息を吸い込んで呟いた。
「ファントムモード!!」
フレイヤの周りは湯気の様なものが激しく立ち込め、白髪が銀色に変化し、光を纏って輝き出した。
「!!!? なっ!? なんだ、その姿は?」
ディアナが驚いて叫んだ。
「……この姿の事はまだ思い出してないようだね。
獣人族の中で選ばれた天才だけが発動できるリミットオーバースキル=ビーストモード。しかし、それから更に別次元のリミットオーバースキルを発動させた人がいた……。
……リリィ、私達の母さんだよ……。私達の母さんは限界を超えたビーストモードを更に超えたこのファントムモードを完璧に使いこなしていた史上最強の獣人族なんだよ。
……そして、私もこの2年半でようやく、この力をコントール出来る様になった!」
「ビーストモードの更に上……!? そんなスキルが存在するのか!?」
「そして、ファントムモードを習得した時に同時に私は絶技を習得した。いや……、この姿でないと発動出来ない絶技を習得したんだ」
「……その姿で初めて発動可能な絶技……?」
「見せてあげるよ、リリィ!」
フレイヤは構えを解いて、槍を握ったまま、両手を下ろし呟いた。
「絶技! 完全絶対反撃領域!!」
パァアーーーーン!!
フレイヤの周りの闘気が弾ける。
「!!!?」
ディアナは驚愕した。
(構えだけでなく、闘気を完全に解いた……!!? 闘気を抑えている訳じゃない! 完全に消している!! どんな生物でも自分の身体を守る為に微力に身体の周りを闘気で覆っているもの! それなのに、フレイヤはその常に発せられている闘気すら完全に消している!! 正気の沙汰じゃない! いくらファントムモードというスキルが身体能力を大幅に上げるスキルだとしても、闘気を覆わずに生身で私の闘気技を受ければ最悪、一撃で死に至る!!
……どんな絶技だというのだ!)
フレイヤは構えを解いて、ただ立ったまま、その場を動かない。闘気も圧力も零の状態でディアナを見つめていた。
(ただそこに立っているだけなのに、寒気が止まらない……。間違いなく、これまで私が対戦してきた中で最強の技だ!)
ディアナが槍を強く握りしめたままフレイヤを見つめる。
(……動かない…………。恐らくカウンター系のスキル! 仕掛けるのは危険だが、スピードが勝負の今回の作戦において何もせずにただ時間を潰すのはあまりにも愚作すぎる。フレイヤはそれを理解して、このスキルを使用している。
……私から仕掛けてフレイヤの絶技を攻略する他ない!)
暫くの間、2人は睨みあったまま動かなかったが、ついにディアナが攻撃を仕掛ける。
高速で直進し、フレイヤの5m手前で左右に分かれるように残像を残して消える。次の瞬間、上空からディアナが現れ、フレイヤに向けて突き下ろす。
ドンっ!! ポタタ……。
次の瞬間、後方に吹き飛ばされたディアナの額から血が流れ床に落ちる。
ブワッと冷や汗が大量に流れ、驚愕するディアナ。
フレイヤが真剣な表情で口を開く。
「今の攻撃……。闘気を消した私に対して手加減して攻撃を与えようとしただろう? 甘いけどそれで正解だった。本気で突きにきていたら、その首飛んでいたかもね……」
「はぁ……! はぁ……!!」
圧倒的な絶技の前に緊迫感が高まり、息を切らし始めるディアナ。
(わ……私の槍がアイツの肩に当たる直前……、身体全体が鞭のようにしなやかに動いて、一瞬で私の突きにカウンターを合わせてきた!! 分身の連用を初見で見切ったというのか……!? いや……、そんな筈はない!)
ディアナはフレイヤの反応がマグレかどうか確認する為、先ほど同様に高速で直進し、フレイヤの5m手前で左右に分かれるように残像を残して消える。次の瞬間、上空からディアナが現れ、フレイヤに向けて突き下ろす。
今度はフレイヤは何も反応しない。
上空から現れたディアナも残像となって消え、フレイヤの目の前に現れ、切り上げを行おうとしたが、フレイヤは今度も完璧にディアナの攻撃にカウンターを合わせた。
ドンっ!!
右肩を切られて出血するディアナは、後方に逃げるように移動する。
(マグレではない!! ……見えているというのか、私の分身の連用技が!? そんな馬鹿な!)
「カウンターの直前に神速を使って身体を捻る事で致命傷を避けるなんて、流石リリィだね……」
ディアナは右肩を手で押さえながら考えた。
(私の動きが見えていたとしても反応出来るものなのか? しかも完璧なタイミングでカウンターを合わせてきている。
このままでは間違いなく、奴の絶技を攻略出来ない……。
…………確かめるには、あの技を使うしかない……。多少、身体に負荷がかかってしまうが……)
「はあっ!!」
ディアナが更に闘気を高めて、構え直す。
次の瞬間、ディアナはフレイヤを取り囲むようにいくつもの残像を残しながら高速移動を繰り返す。
「!!? 凄い! 神速の連用をこれ程まで多く使えるのか!!」
フレイヤが驚いた表情で呟いた。
(一度の使用でも目で追うことが困難な神速! これだけの連用技を目で追うことなどいくら王の剣やユウキでも不可能だ! この技で、フレイヤの絶技の正体を暴く!)
ディアナがフレイヤの後ろにある壁とフレイヤとの僅かな空間に降り立ち、攻撃を加えようとした。
(完璧に背後を捉えた!!)
ディアナはコンマ数秒の世界で確かに見た。
フレイヤの背中目掛けて放たれた突きがゆっくりと進み。
フレイヤはディアナに背を向けたまま、ディアナの高速の突きより早く、身体を捻るように左回りに動き、ギリギリでディアナの突きを躱しながら、水平斬りを放った。
ディアナは神速を使い、右に逃げるように移動しようとするが、神速よりも早いフレイヤの水平斬りを躱す事が出来ず、吹き飛ばされた。
ドンっ!!
数秒間倒れたディアナは、ゆっくり身体を起こすが、今度は血反吐を吐いて苦しみ出した。
「がはっ!」
その様子を見ていたフレイヤが心配そうな表情で口を開く。
「もう……、降参するんだ、リリィ。
今ので分かっただろう? 君の切り札でも私の絶技は破れない。完全絶対反撃領域はどんな近接戦闘スキルに対しても完璧にカウンターを合わせる事が出来る。魔法の使えない君が私の絶技を破る事は不可能なんだ!
アリシア様は、私とアレン様で救ってみせる。心配するな」
「………………ふふふ……。あはははは」
突然ディアナが笑い出す。
「なっ!? 何がおかしいんだ?」
「……いや……、ただ私達の勝ちを確信しただけさ……」
ディアナがゆっくり顔を上げて微笑みながら応えた。
「どういう意味だい……?」
フレイヤがムッと少し怒った表情で尋ねる。
ディアナは息を切らしながら、口元の血を拭って応えた。
「貴様は、アリシア様は自分と王の剣で助けると言った。お前達の救う対象の中にルナ様は含まれていないんだろう? 救うつもりはあったとしても、最悪の場合はルナ様を切り捨てるつもりだった! 王の剣とそういう話をしていたという事だ。
貴様もアレンもルナ様を救う事を半分、諦めている!
……フレイヤ、聞いて驚け。
今回、世界中の国の上役が動き始めた事で、ルナ様を救おうとする者は世界を敵に回す事と同意となった。更にアリシア様を人質にとられたお前達、王の盾、王の剣という最大戦力を相手にしなければならない現実を突きつけられ、アンジェラ様もルナ様の事を諦めるような状況でユウキはどうしたと思う?」
「…………」
フレイヤが真剣な表情でディアナを見つめる。
「あいつは即答したよ。世界を敵に回しても必ずルナ様を助けると! そして、お前達を倒してアリシア様も助けると言い切った!
分かるか? 初めから、アリシア様だけしか助けられないと諦めたお前達と違い、ユウキはお前達より困難な状況下で助けられる人は全員助け出すと言い切ったのだ!」
ディアナが微笑んで応えた。
「!!? ……口だけならなんとでも言えるさ……」
フレイヤが睨むように話した。
「いいや、あいつは無鉄砲でも口にした事は必ずやってきた男だ! それが成功するか、失敗するかは別にしてな。
気持ちの面で上回っているユウキが王の剣に負ける筈がない! そして、私やフィオナ様もユウキと全く同じ気持ちだった。つまり、お前と私のこの戦闘においても当てはまるという事だ……!
ユウキは王の剣に勝つ! そして、フィオナ様も私もお前達、王の盾には負けない!! ルナ様も、アリシア様も私達が助けるからだ!!」
ディアナが闘気を圧縮する様に高め始めた。
「!!? 絶技、白王馬!!
君の最強の技で勝負か!
それでも無駄だよ、私の完全絶対反撃領域の謎を解明しない限り、君は私には勝てない!」
フレイヤがディアナを指差して話した。
「貴様の絶技の謎なら解明したさ……。
闘気は消したんじゃない……。自分の周りに拡散したんだろう? 目に見えない程の小さな粒子状にしてな……」
「!!? ……ご名答! いつわかった……?」
フレイヤが驚いた表情で話した。
「ついさっきさ……。いくらお前でも私の神速の連用技を視界に捉えられない。その証拠にお前の瞳は微動だにしていなかった。そして、背後を完璧にとったにも関わらず、私の攻撃に対してカウンターを完璧に合わせてきた……。
それらの状況から導かれる答えは一つ!
貴様は闘気を自分の周りに拡散し、その闘気に触れた者を感知して、自動的に迎撃するスキルを生み出した! 恐らく貴様の周囲を直線距離で3~4m程度カバー出来る小さな球体状の領域を生み出している」
「……全て正解だ! 恐るべき観察力だね……。
フィオナ様の自動確立式補助魔法からヒントを得たんだけど、私だと感知範囲が3.5mしか生み出せなかった。その範囲内に敵が侵入した後に自動迎撃しようとしても、反応に遅れが出来てしまって、使い物にならないと感じていた」
「その為のファントムモードか……」
「ああ……! ビーストモードですら狭い感知範囲をカバー出来なかった為、ファントムモードで補う事にした。
……実は私は母さんのようにまだファントムモードを上手く扱えない……。動き続けながらこの力を使うと3分も保たないんだ……。だから、自身は動かずに敵が私の感知範囲内に侵入してきた一瞬だけ迎撃するこの絶技と組み合わせる事で、2つのスキルの弱点を克服する事に成功したんだ!
この技でリリィのその想いも、その技も返り討ちにしてあげよう。いかに現実が厳しいか教えてあげるよ!」
フレイヤがまた両手をぶらりと下げてディアナを見つめる。
「何度言えばわかる? 私の名前はディアナだ!」
ディアナが低く構えて闘気を更に高める。
次の瞬間、ディアナが高速でフレイヤに飛びかかる。
(いくらディアナの白王馬が絶技最速の技でも、ファントムモードとビーストモードでは身体能力値で大きな開きが生まれる。
白王馬は発動後から108発もの高速突きを放ち終えるまで速度が増していく技。つまり初撃にカウンターを合わせきれば私の勝ちだ!)
ディアナがフレイヤの完全絶対反撃領域の感知範囲内に入る直前で叫ぶ。
「絶技! 白王馬!!」
ディアナの白王馬の初撃に合わせるようにフレイヤの身体が自動的に迎撃態勢に移行する。
2人の槍が交差する様に飛び交う。
しかし、次の瞬間、フレイヤの身体がピタリと止まる。
目の前のディアナは粒子状に弾けて無数の弾丸のようにフレイヤ目掛けて襲った。
(!!!? 白王馬ではない!! フェイクだ! 闘気で自身の分身を作り、それをそのまま放出タイプの闘気技に移行させた応用技!!)
フレイヤの完全絶対反撃領域が敵意のある闘気技に自動的に反応し、全ての弾丸を落とし始める。
フレイヤが戦慄する。
フレイヤの完全絶対反撃領域が弾丸に反応している間に後方に回り込んでいたディアナが間髪入れずに呟いた。
「絶技! 白王馬!!」
ディアナの高速の突きがフレイヤに向けて放たれる。
ダメージが少ないと頭で解っていても、完全絶対反撃領域の特性により感知範囲内に入ってくる闘気の弾丸を順番に排除しようと自動的に動くフレイヤの身体。
(マズい!!)
ディアナの白王馬への対応が遅れると感じたフレイヤは完全絶対反撃領域を解除し、右回りに身体を捻ってディアナの攻撃を回避しつつ、カウンターを合わせる戦法へシフトする。
この一瞬の中でのフレイヤの決断は一つの賭けだった。
もし、ディアナが白王馬の初撃を右寄りに放った場合、右回りに身体を捻ってカウンターを合わせにいったフレイヤはディアナの初撃を躱す事が出来ず、致命傷を負ってしまう。
ディアナの白王馬を何度か見てきたフレイヤだったが、初撃をどこから打ち込み始めるかを見切れた事がない為、この判断が吉と出るか凶と出るか見当がつかなかった。
しかし、フレイヤのこの判断は正しかった。
完璧に躱す事は出来ず左脇腹を貫かれるが、致命傷を避ける。そして、そのまま右回りに水平斬りを行いカウンターを合わせた。
ドンっ!!
ディアナの腹部が深くえぐられ、後方に吹き飛ぶ。
「がはっ!!」
壁際まで吹き飛ばされたディアナから大量の血が流れ始める。立ち上がる事が不可能な程の致命傷を負ったのはディアナだった。
脇腹を押さえながら、ファントムモードが切れたフレイヤは驚愕の表情でディアナを見つめる。本来ならすぐに致命傷を負ったディアナの心配をするフレイヤだが、数秒間その場で固まってしまっていた。
なぜなら、短時間で自身の完全絶対反撃領域の特性を解明し、それを完全に攻略して見せたディアナの恐るべき戦闘センスに母の面影を重ねていたからだ。
暫くしてフレイヤがハッと我に返り、上役達が観ている監視カメラに向かって叫んだ。
「見ろ! 私の勝ちだ!
勝負は決した。私は約束通り本気で戦ったぞ! この戦いの前に約束した通り、最低限の治療をさせてもらう! 捕らえるのはその後だ!」
少しして、監視カメラが上下に動いて許可が下りた事を確認したフレイヤに笑顔が戻る。
すぐに床に倒れているディアナの元に駆けつけ、治療の為に膝を折ってディアナに触れて声をかけた。
「リリィ! 大丈夫か!? 今、治療するぞ!」
バシャン!
「!!!!?」
目の前のディアナがフレイヤが触れた場所から水の塊となって崩れ落ちる。
ドガガガガっ……!!
「ぐはっ!!」
フレイヤの後方から衝撃が走り、フレイヤは前のめりに倒れた。
身体を震えさせて顔を上げたフレイヤの視界に、ビーストモードが切れたディアナが立っていた。
「ぐっ!!」
立ち上がろうと、上半身を少し起こすも、また地べたに倒れるフレイヤ。
「安心しろ……。致命傷は避け、四肢の関節部のみダメージを与えた。
この回復薬があれば、貴様なら数十分で立てるようになる筈だ」
ディアナはそう言ってフレイヤの側にレポーゼの小瓶を置く。
「……さっきの……水の分身は一体……」
フレイヤがディアナを見つめて話した。
「水のエレメントを使用した分身だよ」
ディアナがフレイヤを見下ろして応えた。
「水の魔法の……分身…………!!?」
「……簡単に言えば特殊魔法のようなものだな」
「なんで、魔法すら使えない君が……、そんな特殊魔法を!? いつ覚えたんだい?」
「魔法というよりエレメントを使った特殊スキルに近いな……。このスキルは覚えた訳じゃない……。与えられたものだ」
「与えられた……? 一体いつ、誰に?
………………………………!!? まさかっ!?」
「そう……、エリーナ様が亡くなって光の粒となり、私とルナ様、ユウキの中に流れ込んできた時だ」
「あの時……!
それじゃあ、君はこれを初めから狙っていたのか!?」
「ああ! 完全絶対反撃領域を攻略する為に、闘気の弾丸を複数打ち込み、白王馬を放った際に、お前が完全絶対反撃領域を解除して対応する事は予測出来ていた。瞬間的な判断能力は王の剣に匹敵する能力を秘めているからな、お前は。
だから、完全絶対反撃領域の攻略法について話している際に、水のエレメントを溜めておいて、お前が完全絶対反撃領域を解除した瞬間に、水の分身を作り出して後方に飛び退いた。
水の分身は闘気の分身より見分けるのが非常に難しいが、観察眼に優れたお前の前では見抜かれる可能性はゼロではない。
だから、闘気の弾丸をフェイクにして、神速の連用から後方に回り込み、貴様の視界から消えたという訳だ」
「……ふふ……、完敗だね……」
フレイヤが微笑みながら話す。
ディアナが胸に手を当て、エリーナを想いながら応えた。
「そうでもないさ、本来なら完全絶対反撃領域を解除してカウンターに成功したお前の勝ちだったろう……。
勝敗を分けた要因は亡くなってもなお、私達の側に常にいてくれているエリーナ様の存在があったからだ。
一対一では勝てなくても私達は常に繋がっている。繋がりの強さ、それが私達の強さだ」
光の粒がディアナを護るように煌めいている様子をフレイヤは暫く眺めていた。
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