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第7章
決戦の日
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メーデイア達との戦いから31日後、ユウキ達は隠し避難所の食堂に集まり、アンジェラの説明を聞いていた。
「少し前にも話しましたが、本来2ヶ月間、問題ない筈のルナマリアの封印が解けかかってきています。恐らくルナマリアの氷魔法に対して魔法使いを集め、炎属性の魔法で日中夜問わず封印解除を行なっているのでしょう。
私の千里眼による見立てでは期限は明日の正午。
それまでにルナマリア城周辺の兵士約10万人を突破し、ルナマリア城地下に侵入、その先に待ち構えている王の盾であるフレイヤ、ミアを撃破し、最終関門である王の剣アレン・アルバートを倒し、ルナマリアを救出しなければならない。
万が一、封印解除後にナスターシャの人格に入れ替わっていた場合は、マインドダイブで隠されたルナマリアの心を探しだし、心の深淵より救い出さなければならない!
この作戦はユウキ、フィオナ、ディアナ3人で遂行してもらいます。
クシャナさんもかなりの戦力ですが、この避難所が発見された場合の事を考慮し、この場に残って貰います。
……私も作戦に参加出来れば良かったのですが、ナスターシャが私の封印を解き、メーデイアを解放した時点で殆どの力を持っていかれてしまいました。本当に申し訳ない……」
「アンジェラ様、謝る必要はありません。
アンジェラ様がいなければ、今回の作戦自体、実行に移せなかったのですから……」
フィオナが頭を下げて話す。
「そうだぜ。
俺達がこの短期間で更に強くなれたのも、マインドダイブを習得出来たのもアンジェラさんのお陰だ。それだけでも充分過ぎる程役に立ってくれた。
アンジェラさんはここから思念の伝達と、千里眼で作戦をサポートしてくれ! それだけで作戦成功の確率が格段に上がる!」
ユウキが笑顔で応えた。
「……わかりました。それでは私はここから3人の行動を監視し、思念の伝達でサポートしましょう!
……ところでリリスさん、クシャナさん。準備は出来ていますか?」
アンジェラがリリスとクシャナを見つめて話した。
リリスが頷いて話す。
「はい、アンジェラ様。
アンジェラ様から頂いたテレポート用の札と手紙を10日前に街の配送屋に渡し、先ほどワクールさんから最終的な返事が来ました。
"安全な場所に札を貼り付け終えた"という事です」
「良かった……。これで万が一の際はハーメンスまで避難が出来ますね」
アンジェラが笑顔で応えた。
「作戦までにワクールが敵の手に落ちてた場合、危険地帯に飛ぶ事にならないかな……?」
ユウキがアンジェラに尋ねた。
「その心配はありません。送った札は7枚。ルナマリア救出作戦遂行用に近場へ飛ばす用の1枚と、避難所へのテレポート用の5枚と、それを燃やす用の1枚。
ワクールにはまず、ルナマリア救出作戦遂行用にルーメリアに近く、敵に見つからない位置にテレポート用の札を貼って貰っています。
ここが襲われた際に避難する為の札はハーメンスだけでなく、ハーメンスと貿易を交わしている都市の中で安全な街を他に4カ所選定してもらっています。
その都市についても札を貼ってもらう前に千里眼で確認しました。彼の仕事ぶりは素晴らしいものです。安全性でなく、急襲に耐えれる街、医療設備、食料等に関して安定した街を選定してくれています。
万が一ハーメンスが襲われても、その時点でワクールの意思で安全ではなくなった場所の札を燃やせるように特別な札を持ち歩かせているのです」
「よく考えてんなぁ……」
ユウキが腕組みして呟いた。
「話が長くなりましたね……。待たせてしまいました。クシャナさん、報告をお願いします」
「はい、アンジェラ様は悪くありません。
ユウキの馬鹿が質問をした事で発生した無駄な時間です」
「……悪かったな……」
ユウキが"またか"という表情で呟いた。
クシャナがユウキを睨みながら、アンジェラに報告を行う。
「アンジェラ様の希望通り、食料庫を埋める程の食料と大量の医療品の調達が終わっています。部屋自体にテレポート用の札を貼っていますので、私達と同時に避難所へ飛ばす事が可能です」
「素晴らしいですね。本当にこの短期間でやってくれるとは!」
「フィオナ様の父君がここに残していた莫大な資金と、アンジェラ様の変身魔法のお陰です。
街での調達や情報収集の際にも非常に役立ちましたし、ダンダレイトでお世話になった人へのお礼にも行けました。ありがとうございます」
「それは良かった。準備は完璧ですね。
それでは予定通り明朝にユウキ達をルーメリア近辺にテレポートで飛ばします。
リリスさん、クシャナちゃんはここに待機して下さい。私は3人を飛ばした後、ここにすぐ戻ってきますので、万が一の際はワクールの選定した避難所へ飛ぶ事になります。
ユウキ達はルーメリア到着後、10万の兵士達を突破し、ルナマリア城の地下へ突入して下さい。
10万の兵士は全て相手にせず、警戒が薄い場所を狙って一点突破して下さい。体力の無駄です」
「帰りはどうすればいいんだ? 王の盾や王の剣と戦った後に残った10万近い兵士を相手にするのは厳しいぜ?」
ユウキがアンジェラを見つめて尋ねる。
「いえ、フィオナちゃんに既に帰り用のテレポートの札を持たせてあります。
それを作戦終了後に近場に貼り、私に思念の伝達で知らせてくれれば、私がユウキ達の元に瞬時に駆けつけますので心配要りません。
私とリンクしていれば、大陸間の思念の伝達も可能なので、問題なく連絡を行えるでしょう」
「アリシア様の首輪の爆弾を解除する為の中継機は見つかっていますか?」
ディアナがアンジェラに尋ねる。
「はい。先ほどやっと見つけました。
妨害魔法で見つけにくかったのですが、なんとか……。千里眼で見た限り、地下には無く、地下入り口から北1km地点に小さな棟のような物が建設されています。その建物内に中継機があります。
なので、最初の地下突入はユウキとフィオナちゃん。ディアナさんが中継機を破壊しに行って下さい。
地下施設に突入した2人はその後、フィオナちゃんはアリシアの救出に、ユウキは王の剣の撃破後、ルナマリアの封印を解除しようとしている者達を止めに行って下さい」
「アンジェラ様、それならば3人で中継機を破壊しに行った方が良いのではないでしょうか? そうすればアリシア様の首輪の爆弾は解除され、王の盾や王の剣と戦わなくて済みます」
ディアナがアンジェラに尋ねる。
「いえ、爆弾への信号は3種類あるのです。
1種類目は常時発信型で、無理やり首から外そうとすると爆発するもの。
2種類目は万が一の際に上役達が手動で爆発の信号を送るタイプのもの。
3種類目は中継機から常時信号が送られていて、中継機が壊されたりして、信号が途絶えた場合、それから1分後に爆発するタイプのもの。
つまり、ディアナさんが中継機を壊せば常時発信するタイプの信号は途絶える。それから1分以内に、首輪を取り外せる事を知っている者が、アリシアの元に辿り着き、首輪を外さなければならないという事です」
「なるほど……。それで俺とフィオナがアリシアに辿り着く頃に、アンジェラさんの思念の伝達経由ディアナにその状況を伝えて、中継機を破壊してもらうという事か」
「そういう事です。
やはり障害となるのは上役達にアリシアとルナマリア救出を妨害するように命令されている王の盾と王の剣。
彼らもアリシアの為に死力を尽くすでしょう。かなりの死闘になる筈です」
少しして、フィオナが口を開く。
「そう言えば、アンジェラ様。王の剣が待つ部屋が外部からの魔法や思念の伝達を通さないよう作られていると以前話していましたよね? それだと、アリシアを首輪から解放した後、思念の伝達でいち早くユウキお兄ちゃんに伝えて王の剣との戦いをやめさせたくても出来ない事になりますよね?」
「それについては大丈夫です。終焉の巫女とその従者達との伝達は不可能ですが、私の思念の伝達は特別性ですので、私を経由すれば伝達は可能なのです」
「さ、流石ですね……」
フィオナが驚いた表情で話した。
ユウキは暫く考え込んだ後、リリスの方を向いて話した。
「……リリスさん、俺とアレンがぶつかれば最悪どっちかが死ぬかもしれません。リリスさんはこの作戦立案前からその事は分かってた筈です。それなのになんで俺達の事、助けてくれるんですか……?」
それを聞いたリリスは少しの間、瞳を閉じた後、瞳を開けて微笑んでユウキに応えた。
「……アリシアちゃんが捕まってアレンが拘束される直前にあの子が私に言ったのよ……。
"自分に何かあっても、ユウキ達の手助けをしてくれ!"って……。だから私はあの子を信じて、私が今やれる事をやっているだけよ」
それを聞いたユウキは驚いた後、顔を伏せて呟いた。
「……そう……だったんですね……。
あの馬鹿! カッコつけやがって……」
◇ ◇ ◇
メーデイアは白で統一された玉座の間で、横に置かれたテーブルの上の鏡を見ていた。
微笑むメーデイアを見て、側に立っていたオリヴィアが尋ねる。
「何か良い事でもありましたか?」
メーデイアが各国の状況を見る事が出来る不思議な鏡を見つめたまま応えた。
「地上では私が想像していたよりも面白い事になっているぞ!」
「面白い事……ですか?」
「私がナスターシャの封印が解けた場面を世界に見せた後、下界の各国の上役達は、終焉の巫女とその仲間達が、世界の創造主であり世界の女神である私に歯向かい、ナスターシャの封印を解いた反逆者共と決めつけているのだ。
そして、ナスターシャに恐怖した愚か者共は、ルナマリアの封印を解き、抹殺しようとしているのだ」
「なるほど……。確かに下賤で愚かな行為ですね。自分達でわざわざルナマリアの封印を解いてナスターシャ様を復活させるとは……。
しかし、終焉の巫女や、王の剣、そしてあの成瀬ユウキという男がその暴動を止めてしまうのではないでしょうか?」
「ふふふ……。それが奴ら、上手くアリシアを捕らえて人質にとり、王の剣や王の盾を味方につけたようだぞ。
フィオナや、成瀬ユウキ達はアンジェラのお陰でなんとか逃げ延びれたみたいだが、このままいけば、ルナマリアを助けたい成瀬ユウキ達と王の剣達がぶつかる事になる! 上手くいけば、奴ら潰し合ってくれるかもしれん」
「それは、確かに面白い話ですね。それで、成瀬ユウキ達は今、どこにいるのですか?」
「それが、フィオナ城を脱出するところまでは千里眼で感知出来たが、そこから行方が分からなくなった。アンジェラがテレポート魔法を使っていたようだから、その際に同時に探知妨害魔法を発動させたのだろうな……。
アンジェラの力は私が奴の身体から解き放たれた際に殆ど奪ってやったが、流石は元、極光の巫女。私の千里眼ですら探知出来ないほどの妨害魔法を展開している事になる。全く厄介な姉だ」
「戦闘能力は失われてもその脅威は健在という訳ですね……」
「その通りだ……。
ところでベルヴェルクはどこにいる? 基本、私の側を離れないアイツがいないとは珍しいな」
「ベルヴェルクなら、"アンジェラが生きている限り、この天界とテレポートリンクで繋がっている為、ここに侵入される可能性がある"と言って、門の前に立って監視しています」
「ふふ、奴の愛と忠義は底が知れないな……。
アンジェラの今の力ではこの天界までテレポートする事は不可能だがな……。まあ、万が一に備える事は悪い事ではない。食事も睡眠も休憩もいらない最強の騎士に任せるとしよう」
「……それにしてもメーデイア様。よくルークの魂を丸め込めましたね……。あれだけ強靭な魂を改変してしまわれるとは……」
「なぁに、簡単な事さ……。奴はソフィアに対する愛と忠義は絶対だ。その魂の強さはいくら私でも改変する事は出来ない」
「!? それではなぜ、ベルヴェルクはメーデイア様にあそこまで忠義を尽くすのですか?」
「変えることの出来ない絶対的な愛と忠義だというのであれば、それをそのまま利用すれば良いだけの話だ。
ベルヴェルクは私をソフィアだと勘違いしているのだよ。私が魂を復活させる際にそのように暗示をかけた」
メーデイアが恐ろしい顔で微笑みながら応えた。
オリヴィアはその顔に身震いし、恐怖した。
(世界の為とはいえ、なんて方だ……。
愛の大切さを知りながら、他人の愛を簡単に利用して陥れるなんて……。世界の頂点に立たれるお方は精神的にも普通とは違いすぎる……)
暫くしてオリヴィアが口を開く。
「メーデイア様。ショロトルも姿が見えないのですが、行方を知りませんか?」
「奴にはユウキ達の隠れ家の捜索に当たらせている。シュタット領土の首都ダンダレイトからそう遠くない場所に隠れている筈だ。奴の千里眼は特殊で1km圏内であれば探知妨害魔法を看破する事が可能だからな。
奴らの作戦遂行時に戦力にならないアンジェラとその仲間が隠れ家に残る筈だ。ユウキやフィオナがいなくなって手薄になったところをショロトルに襲わせれば、奴らを一網打尽に出来るかもしれん!
成瀬ユウキ達はなんとしても消しておかねばならないからな」
オリヴィアは自身とショロトルを一撃で倒したユウキを思い出して呟いた。
「……成瀬ユウキ……。
奴らの最大の希望か……」
◇ ◇ ◇
時はルイン世紀1997年6月14日。いよいよ決戦の日となった。
まだ辺りが闇に包まれている早朝午前4:00に隠し避難所のアンジェラの個室にユウキ達は集まっていた。
リリスが真剣な表情で話した。
「いよいよですね。皆さん、世界の為に、どうかルナマリアさんを助けてあげてください。どうかご無事で」
ユウキ、フィオナ、ディアナが頷く。
クシャナが3人にそれぞれベルトポーチを渡す。
「これはアンジェラ様が作った物で、魔法により中に多くの道具を入れる事が出来るポーチです。リリス様と私で作った回復薬が中に入っていて、殆どの傷を癒してくれる筈です。
ポーチ内は魔法で保護されていますので、かなりの衝撃に耐える事ができ、戦闘中でも中に入っている薬用の瓶等が割れる心配は殆どありません。
薬の使い方は分かっていると思いますが、回復薬は1度使用すると30分は次の使用を控えねばなりません。今回の作戦中では使用出来たとしても2、3回が限度だと思います。
回復薬は傷口を治すこの緑色の"レポーゼの小瓶"と、闘気を癒す青色の"ルポの小瓶"があります。この2つは同時に服用する事が出来ません。つまり、レポーゼの小瓶を使用した場合、次に回復薬を使用する場合には、レポーゼの小瓶でも、ルポの小瓶でも30分間隔を開ける必要があるということです」
「オリヴィアはパナケイアの秘薬を連用していたけど、あれは例外なのか?」
ユウキがクシャナに尋ねる。
「パナケイアの秘薬が伝説級の秘薬と呼ばれる理由は、あの小瓶だけで1度に傷、体力、魔力、闘気の全てを完全に癒す効果があるだけでなく、無限に間隔を空けずに連用が可能だからだ。
お前の話だとパナケイアの秘薬を無限に作れる女がメーデイアの仲間にいるらしいが、薬に関してはリリス様級の天才という事になる」
「なるほど、参考になったよクシャナ……」
クシャナは下を向いて握り拳を作り、身体を震わせた後、顔を上げてユウキに話した。
「本当は私がアリシア様達を救いに行きたいが、私では力不足だ。だから頼む、成瀬ユウキ! アリシア様達を助けてくれ!!」
「ああ! 必ずみんなで帰ってくる!」
ユウキがクシャナの肩に手を置いて微笑んで応えた。
「ユウキ、時間だ!」
ディアナがユウキに作戦開始時間を知らせる。
「ああ、行こう! フィオナ、ディアナ。俺たちでみんなを救い出すんだ!」
「うん、ユウキお兄ちゃん!」
「ああ、必ずな!」
フィオナとディアナが頷いて応えた。
「それでは皆さん、私の身体に触れて下さい。ワクールが用意したルナマリア城近辺までテレポートします!」
アンジェラが3人に話すと、ユウキ、フィオナ、ディアナはアンジェラの背中に触れた。
次の瞬間、ユウキ達はリリスとクシャナの前から消え、アナスタス領土のルナマリア城近辺までテレポートした。
ユウキ達がテレポート先で最初に目にした者は、カレント領土内の兵士の格好をした男が1人、テントの中で立っていた。
「「!!!?」」
ユウキ達はワクールが敵兵のいない安全な場所を用意しているとばかり思っていた為、目の前に突然敵兵の格好をした男が現れ、瞬時に武器を抜いた。
「お待ち下さい! 私はワクール様の部下。皆様の味方です!」
敵兵の格好をした男が両手を前に突き出して慌てるように話した。
「!!? どういう事だ?」
ユウキが剣を構えたまま尋ねる。
「私の名前はケインと言います。
私は隠密部隊としてワクール様から育てられた直属の部下です。だから、ワクール様の命令で敵兵の格好をしてここに潜伏しているのです。
先日、アンジェラ様の計画をワクール様から知らされ、周囲を守る兵団の内部にあるこの個室用テント設営地にテレポート用の札を貼り付け、皆様をお待ちしていたということです」
ケインが頭を下げて応えた。
「それでは、ここは10万の兵団の中心部だという事ですか?」
フィオナが驚いて尋ねた。
「その通りです。
ワクール様が作戦成功の可能性を出来るだけ高める為に、ルナマリア城に最も近いこの場所に札を貼るようにとご命令を頂いておりました」
ケインが頭を上げて応えた。
「しかし、ここから先どうする? 周りを固める10万の兵団の真ん中に潜り込めたが、この辺を巡回する兵に見つからず城に辿り着く事は困難だろう?」
ディアナが槍を収めて話した。
「それについても問題ありません。
ワクール様は変身魔法の天才です。このワクール様の魔法が込められた粉を振りかけていただければ、皆様の服が私と同じ軍服に変わります。効果は1時間なのでルナマリア城跡地にある地下施設までは余裕で保ちます。
朝日が登り明るくなれば休んでいる兵達も動き始めます。私が案内しますので暗いうちに早く移動しましょう」
「流石ですね、ワクール。最初の障害を排除してくれるとは……。これで皆、無傷でルナマリア城跡地まで辿り着けるでしょう。
……私はここでお別れですね。隠し避難所に戻り、千里眼と思念の伝達で貴方達をサポートします」
アンジェラが3人を見つめて話した。
「色々とありがとうございます。アンジェラ様」
「アンジェラ様の心強いサポート頼りにしています。ここまでもありがとうございました」
フィオナとディアナが頭を下げて話した。
「ええ……」
アンジェラが微笑んで応えた。
アンジェラがユウキを見つめる。
ユウキもアンジェラを見つめ、少しの沈黙が流れた。
ユウキが真剣な表情で口を開く。
「……俺にとっての母親は……、もう亡くなってしまったけど、元の世界で育ててくれた母さんだ」
「ええ……。わかっているわ……」
アンジェラが少し寂しそうに顔を伏せて話した。
「両親が亡くなった後は、俺を引き取ってくれた三翔おじさんと、優奈おばさんが、俺にとってかけがえのない両親になった」
ユウキがアンジェラを見つめて話した。
アンジェラは下を向いたまま、静かにユウキの話を聞く。
「アンタは俺が赤ん坊の頃に俺を手離したんだったな……」
ユウキが下を向いたままのアンジェラに近づきながら話した。
「ユウキっ……! アンジェラ様はお前の為に……」
ディアナがユウキを制止しようとしたがフィオナが腕を伸ばしてディアナを止めた。
ユウキが近づいてくるのを感じたアンジェラは顔を上げ、涙を浮かべて応える。
「……本当にごめんなさい。……私が憎いでしょう? どんな罰でも受け入れるわ……」
次の瞬間ユウキがアンジェラを抱きしめる。
「……ありがとう、母さん。
赤ん坊で無力だった俺を、優しい両親の元に飛ばしてくれて……。
そのお陰で死んだ両親に逢えた……。
そのお陰で三翔おじさんや、優奈おばさんに逢えた……。
そして何よりルナに逢う事が出来たんだ……。
母さんが愛を込めて、優しい世界、優しい人の元に送ってくれたお陰で、俺は沢山の幸福の中で日々を過ごす事が出来た……。
だから、……本当にありがとう……」
ユウキの言葉にポロポロと涙を流してユウキを抱きしめるアンジェラ。
「……私が憎くないの……?
……私を責めないの……?
……なんで、お前はこんな私に優しい言葉をくれるの……?」
ユウキは微笑んで応えた。
「……だって、母さんだもん…………」
アンジェラはそれを聞いてユウキを強く抱きしめて泣いた。
「……ユウキっ……。……ユウキっ…………。
私の可愛い坊や…………。
どうか……、どうか無事帰ってきて……、まだ話したい事がいっぱいあるの…………」
「ああ、俺もだよ母さん。必ずここに帰ってくる」
ユウキがアンジェラを抱きしめたまま応えた。
フィオナ、ディアナは涙を流し、2人のやり取りを見守っていた。
アンジェラはその後、テレポートで隠し避難所に戻って行った。
ユウキ達はアンジェラを見送った後、ワクールの用意した変身用の魔法が込められた砂を振りかけ、軍服に衣装を変えた後、ルナマリア城跡地に向け移動を開始した。
テントの外に出ると無数の個室用のテントが設営されており、数km先に半壊したルナマリア城が見えた。
「少し遠回りになりますが一応、巡回している兵士が少ないルートで移動します。私について来て下さい」
ケインがユウキ達に話すとユウキ達は頷いて応えた。
ケインの用意したルナマリア城までのルートは完璧で、道中3回ほど巡回の兵に声をかけられたが、軽い挨拶で済み、難なくルナマリア城跡地の地下施設入り口付近の物陰まで辿り着いた。
崩れたルナマリア城の物陰から地下施設入り口付近を覗き込んでケインが話した。
「あそこが地下施設への入り口です。
地下施設は流石に兵団の中でも限られた者しか中に入れません。だから入り口に立つ2人の兵士は倒すしかありません。静かに倒して、どこか見つからない場所に隠して下さい」
「中継機のある中継棟は?」
ディアナがケインに尋ねる。
「ちょうどここから真っ直ぐ北に1km進めばあります。……しかし1つ問題があります」
ケインが緊張した表情で話した。
「問題……?」
ディアナが尋ねる。
「いよいよルナマリア様の封印解除が近づき、上役達は中継棟を守らせる為に、フレイヤ様を中継棟の中に配置しているのです」
「「!!!?」」
ユウキ、フィオナ、ディアナが驚く。
「ディアナ、中継棟には俺が行く! お前とフィオナでアリシアを助けてくれ」
ディアナが首を横に振って応えた。
「いや、気を使わなくていい……。
この際だ……。兄と名乗ったあいつに私の過去を全て話してもらう。
……必ず私が勝ってみせる! 信じてくれ、ユウキ!」
「スピードはディアナの方が上だけど、多分それ以外はフレイヤの方が上だぞ?」
ユウキが緊張した表情で話した。
「奴の強さはこの約2年半でお前よりよく知っている。だが、奴も知り得ない秘策があるんだ。
お願いだ。私にやらせてくれ!」
ディアナがユウキを見つめ返して応えた。
ユウキは少し考えた後、話した。
「わかった……。お前が勝算があるって言うんなら大丈夫だろう……。ディアナ、絶対死ぬなよ?」
「ああ、お前こそ!」
ディアナとユウキは拳を合わせた。
ディアナはユウキとフィオナと別れ、1人北に向かった。
ユウキはケインの方を向いて口を開いた。
「ありがとうございました。ケインさん。
お陰でかなりスムーズに作戦を進められます」
「いえ、ユウキ様。全てはワクール様の考案されたものです」
「ありがとうね、ケインさん。
ワクールさんにもよろしく伝えて下さい」
フィオナも頭を下げてケインに礼を言った。
「ありがとうございます。フィオナ様。
お二人ともどうかご無事で!」
ユウキ達は物陰を利用しながら地下施設入り口に近づき、フィオナが閃光用に魔法を唱えて、見張りが目を眩ませた間にユウキが峰打ちで瞬時に倒した。
ユウキとフィオナはすぐに近場の人の通らない物陰に見張りを隠し、フィオナがついでに気絶している見張りに睡眠魔法を唱えた。
「良し! これで数時間は起きないわ。
ベットに寝せてあげられないのは少し可哀想だけど許してね……」
フィオナが頭を下げて話した。
ユウキとフィオナは地下施設入り口の扉を開け、松明の灯された長い地下通路を走る。
数分後、2人の衣装が軍服からいつもの服装に戻った。2人は幾重にも別れた道をアンジェラの思念の伝達による案内で進んでいく。
そして、10個目の分かれ道に来た時にアンジェラが緊張した声で思念を送ってきた。
《ここから左の道はルナマリアへ繋がる道、
右がアリシアが捕らえられている部屋に繋がる道となります。
ルナマリアの封印解除が予想よりも更に早まっています!
ユウキはルナマリアの元へ、
フィオナちゃんはアリシアを救出に向かって下さい》
ユウキとフィオナは顔を見合わせて頷いた。
2人は抱き合い、ユウキが口を開く。
「フィオナ、アリシアを頼む!」
「うん、ユウキお兄ちゃん!
ルナマリアをお願いね。ユウキお兄ちゃんは絶対死んじゃ駄目だよ?」
「ああ、必ずみんなで帰ろう」
ユウキがフィオナを引き離して応えた。
フィオナが頷いたのを見て、ユウキは左の通路に向け走り出した。
ユウキの背中を見送った後、名残惜しそうにフィオナが振り返り、右の通路に向け走り出した。
「少し前にも話しましたが、本来2ヶ月間、問題ない筈のルナマリアの封印が解けかかってきています。恐らくルナマリアの氷魔法に対して魔法使いを集め、炎属性の魔法で日中夜問わず封印解除を行なっているのでしょう。
私の千里眼による見立てでは期限は明日の正午。
それまでにルナマリア城周辺の兵士約10万人を突破し、ルナマリア城地下に侵入、その先に待ち構えている王の盾であるフレイヤ、ミアを撃破し、最終関門である王の剣アレン・アルバートを倒し、ルナマリアを救出しなければならない。
万が一、封印解除後にナスターシャの人格に入れ替わっていた場合は、マインドダイブで隠されたルナマリアの心を探しだし、心の深淵より救い出さなければならない!
この作戦はユウキ、フィオナ、ディアナ3人で遂行してもらいます。
クシャナさんもかなりの戦力ですが、この避難所が発見された場合の事を考慮し、この場に残って貰います。
……私も作戦に参加出来れば良かったのですが、ナスターシャが私の封印を解き、メーデイアを解放した時点で殆どの力を持っていかれてしまいました。本当に申し訳ない……」
「アンジェラ様、謝る必要はありません。
アンジェラ様がいなければ、今回の作戦自体、実行に移せなかったのですから……」
フィオナが頭を下げて話す。
「そうだぜ。
俺達がこの短期間で更に強くなれたのも、マインドダイブを習得出来たのもアンジェラさんのお陰だ。それだけでも充分過ぎる程役に立ってくれた。
アンジェラさんはここから思念の伝達と、千里眼で作戦をサポートしてくれ! それだけで作戦成功の確率が格段に上がる!」
ユウキが笑顔で応えた。
「……わかりました。それでは私はここから3人の行動を監視し、思念の伝達でサポートしましょう!
……ところでリリスさん、クシャナさん。準備は出来ていますか?」
アンジェラがリリスとクシャナを見つめて話した。
リリスが頷いて話す。
「はい、アンジェラ様。
アンジェラ様から頂いたテレポート用の札と手紙を10日前に街の配送屋に渡し、先ほどワクールさんから最終的な返事が来ました。
"安全な場所に札を貼り付け終えた"という事です」
「良かった……。これで万が一の際はハーメンスまで避難が出来ますね」
アンジェラが笑顔で応えた。
「作戦までにワクールが敵の手に落ちてた場合、危険地帯に飛ぶ事にならないかな……?」
ユウキがアンジェラに尋ねた。
「その心配はありません。送った札は7枚。ルナマリア救出作戦遂行用に近場へ飛ばす用の1枚と、避難所へのテレポート用の5枚と、それを燃やす用の1枚。
ワクールにはまず、ルナマリア救出作戦遂行用にルーメリアに近く、敵に見つからない位置にテレポート用の札を貼って貰っています。
ここが襲われた際に避難する為の札はハーメンスだけでなく、ハーメンスと貿易を交わしている都市の中で安全な街を他に4カ所選定してもらっています。
その都市についても札を貼ってもらう前に千里眼で確認しました。彼の仕事ぶりは素晴らしいものです。安全性でなく、急襲に耐えれる街、医療設備、食料等に関して安定した街を選定してくれています。
万が一ハーメンスが襲われても、その時点でワクールの意思で安全ではなくなった場所の札を燃やせるように特別な札を持ち歩かせているのです」
「よく考えてんなぁ……」
ユウキが腕組みして呟いた。
「話が長くなりましたね……。待たせてしまいました。クシャナさん、報告をお願いします」
「はい、アンジェラ様は悪くありません。
ユウキの馬鹿が質問をした事で発生した無駄な時間です」
「……悪かったな……」
ユウキが"またか"という表情で呟いた。
クシャナがユウキを睨みながら、アンジェラに報告を行う。
「アンジェラ様の希望通り、食料庫を埋める程の食料と大量の医療品の調達が終わっています。部屋自体にテレポート用の札を貼っていますので、私達と同時に避難所へ飛ばす事が可能です」
「素晴らしいですね。本当にこの短期間でやってくれるとは!」
「フィオナ様の父君がここに残していた莫大な資金と、アンジェラ様の変身魔法のお陰です。
街での調達や情報収集の際にも非常に役立ちましたし、ダンダレイトでお世話になった人へのお礼にも行けました。ありがとうございます」
「それは良かった。準備は完璧ですね。
それでは予定通り明朝にユウキ達をルーメリア近辺にテレポートで飛ばします。
リリスさん、クシャナちゃんはここに待機して下さい。私は3人を飛ばした後、ここにすぐ戻ってきますので、万が一の際はワクールの選定した避難所へ飛ぶ事になります。
ユウキ達はルーメリア到着後、10万の兵士達を突破し、ルナマリア城の地下へ突入して下さい。
10万の兵士は全て相手にせず、警戒が薄い場所を狙って一点突破して下さい。体力の無駄です」
「帰りはどうすればいいんだ? 王の盾や王の剣と戦った後に残った10万近い兵士を相手にするのは厳しいぜ?」
ユウキがアンジェラを見つめて尋ねる。
「いえ、フィオナちゃんに既に帰り用のテレポートの札を持たせてあります。
それを作戦終了後に近場に貼り、私に思念の伝達で知らせてくれれば、私がユウキ達の元に瞬時に駆けつけますので心配要りません。
私とリンクしていれば、大陸間の思念の伝達も可能なので、問題なく連絡を行えるでしょう」
「アリシア様の首輪の爆弾を解除する為の中継機は見つかっていますか?」
ディアナがアンジェラに尋ねる。
「はい。先ほどやっと見つけました。
妨害魔法で見つけにくかったのですが、なんとか……。千里眼で見た限り、地下には無く、地下入り口から北1km地点に小さな棟のような物が建設されています。その建物内に中継機があります。
なので、最初の地下突入はユウキとフィオナちゃん。ディアナさんが中継機を破壊しに行って下さい。
地下施設に突入した2人はその後、フィオナちゃんはアリシアの救出に、ユウキは王の剣の撃破後、ルナマリアの封印を解除しようとしている者達を止めに行って下さい」
「アンジェラ様、それならば3人で中継機を破壊しに行った方が良いのではないでしょうか? そうすればアリシア様の首輪の爆弾は解除され、王の盾や王の剣と戦わなくて済みます」
ディアナがアンジェラに尋ねる。
「いえ、爆弾への信号は3種類あるのです。
1種類目は常時発信型で、無理やり首から外そうとすると爆発するもの。
2種類目は万が一の際に上役達が手動で爆発の信号を送るタイプのもの。
3種類目は中継機から常時信号が送られていて、中継機が壊されたりして、信号が途絶えた場合、それから1分後に爆発するタイプのもの。
つまり、ディアナさんが中継機を壊せば常時発信するタイプの信号は途絶える。それから1分以内に、首輪を取り外せる事を知っている者が、アリシアの元に辿り着き、首輪を外さなければならないという事です」
「なるほど……。それで俺とフィオナがアリシアに辿り着く頃に、アンジェラさんの思念の伝達経由ディアナにその状況を伝えて、中継機を破壊してもらうという事か」
「そういう事です。
やはり障害となるのは上役達にアリシアとルナマリア救出を妨害するように命令されている王の盾と王の剣。
彼らもアリシアの為に死力を尽くすでしょう。かなりの死闘になる筈です」
少しして、フィオナが口を開く。
「そう言えば、アンジェラ様。王の剣が待つ部屋が外部からの魔法や思念の伝達を通さないよう作られていると以前話していましたよね? それだと、アリシアを首輪から解放した後、思念の伝達でいち早くユウキお兄ちゃんに伝えて王の剣との戦いをやめさせたくても出来ない事になりますよね?」
「それについては大丈夫です。終焉の巫女とその従者達との伝達は不可能ですが、私の思念の伝達は特別性ですので、私を経由すれば伝達は可能なのです」
「さ、流石ですね……」
フィオナが驚いた表情で話した。
ユウキは暫く考え込んだ後、リリスの方を向いて話した。
「……リリスさん、俺とアレンがぶつかれば最悪どっちかが死ぬかもしれません。リリスさんはこの作戦立案前からその事は分かってた筈です。それなのになんで俺達の事、助けてくれるんですか……?」
それを聞いたリリスは少しの間、瞳を閉じた後、瞳を開けて微笑んでユウキに応えた。
「……アリシアちゃんが捕まってアレンが拘束される直前にあの子が私に言ったのよ……。
"自分に何かあっても、ユウキ達の手助けをしてくれ!"って……。だから私はあの子を信じて、私が今やれる事をやっているだけよ」
それを聞いたユウキは驚いた後、顔を伏せて呟いた。
「……そう……だったんですね……。
あの馬鹿! カッコつけやがって……」
◇ ◇ ◇
メーデイアは白で統一された玉座の間で、横に置かれたテーブルの上の鏡を見ていた。
微笑むメーデイアを見て、側に立っていたオリヴィアが尋ねる。
「何か良い事でもありましたか?」
メーデイアが各国の状況を見る事が出来る不思議な鏡を見つめたまま応えた。
「地上では私が想像していたよりも面白い事になっているぞ!」
「面白い事……ですか?」
「私がナスターシャの封印が解けた場面を世界に見せた後、下界の各国の上役達は、終焉の巫女とその仲間達が、世界の創造主であり世界の女神である私に歯向かい、ナスターシャの封印を解いた反逆者共と決めつけているのだ。
そして、ナスターシャに恐怖した愚か者共は、ルナマリアの封印を解き、抹殺しようとしているのだ」
「なるほど……。確かに下賤で愚かな行為ですね。自分達でわざわざルナマリアの封印を解いてナスターシャ様を復活させるとは……。
しかし、終焉の巫女や、王の剣、そしてあの成瀬ユウキという男がその暴動を止めてしまうのではないでしょうか?」
「ふふふ……。それが奴ら、上手くアリシアを捕らえて人質にとり、王の剣や王の盾を味方につけたようだぞ。
フィオナや、成瀬ユウキ達はアンジェラのお陰でなんとか逃げ延びれたみたいだが、このままいけば、ルナマリアを助けたい成瀬ユウキ達と王の剣達がぶつかる事になる! 上手くいけば、奴ら潰し合ってくれるかもしれん」
「それは、確かに面白い話ですね。それで、成瀬ユウキ達は今、どこにいるのですか?」
「それが、フィオナ城を脱出するところまでは千里眼で感知出来たが、そこから行方が分からなくなった。アンジェラがテレポート魔法を使っていたようだから、その際に同時に探知妨害魔法を発動させたのだろうな……。
アンジェラの力は私が奴の身体から解き放たれた際に殆ど奪ってやったが、流石は元、極光の巫女。私の千里眼ですら探知出来ないほどの妨害魔法を展開している事になる。全く厄介な姉だ」
「戦闘能力は失われてもその脅威は健在という訳ですね……」
「その通りだ……。
ところでベルヴェルクはどこにいる? 基本、私の側を離れないアイツがいないとは珍しいな」
「ベルヴェルクなら、"アンジェラが生きている限り、この天界とテレポートリンクで繋がっている為、ここに侵入される可能性がある"と言って、門の前に立って監視しています」
「ふふ、奴の愛と忠義は底が知れないな……。
アンジェラの今の力ではこの天界までテレポートする事は不可能だがな……。まあ、万が一に備える事は悪い事ではない。食事も睡眠も休憩もいらない最強の騎士に任せるとしよう」
「……それにしてもメーデイア様。よくルークの魂を丸め込めましたね……。あれだけ強靭な魂を改変してしまわれるとは……」
「なぁに、簡単な事さ……。奴はソフィアに対する愛と忠義は絶対だ。その魂の強さはいくら私でも改変する事は出来ない」
「!? それではなぜ、ベルヴェルクはメーデイア様にあそこまで忠義を尽くすのですか?」
「変えることの出来ない絶対的な愛と忠義だというのであれば、それをそのまま利用すれば良いだけの話だ。
ベルヴェルクは私をソフィアだと勘違いしているのだよ。私が魂を復活させる際にそのように暗示をかけた」
メーデイアが恐ろしい顔で微笑みながら応えた。
オリヴィアはその顔に身震いし、恐怖した。
(世界の為とはいえ、なんて方だ……。
愛の大切さを知りながら、他人の愛を簡単に利用して陥れるなんて……。世界の頂点に立たれるお方は精神的にも普通とは違いすぎる……)
暫くしてオリヴィアが口を開く。
「メーデイア様。ショロトルも姿が見えないのですが、行方を知りませんか?」
「奴にはユウキ達の隠れ家の捜索に当たらせている。シュタット領土の首都ダンダレイトからそう遠くない場所に隠れている筈だ。奴の千里眼は特殊で1km圏内であれば探知妨害魔法を看破する事が可能だからな。
奴らの作戦遂行時に戦力にならないアンジェラとその仲間が隠れ家に残る筈だ。ユウキやフィオナがいなくなって手薄になったところをショロトルに襲わせれば、奴らを一網打尽に出来るかもしれん!
成瀬ユウキ達はなんとしても消しておかねばならないからな」
オリヴィアは自身とショロトルを一撃で倒したユウキを思い出して呟いた。
「……成瀬ユウキ……。
奴らの最大の希望か……」
◇ ◇ ◇
時はルイン世紀1997年6月14日。いよいよ決戦の日となった。
まだ辺りが闇に包まれている早朝午前4:00に隠し避難所のアンジェラの個室にユウキ達は集まっていた。
リリスが真剣な表情で話した。
「いよいよですね。皆さん、世界の為に、どうかルナマリアさんを助けてあげてください。どうかご無事で」
ユウキ、フィオナ、ディアナが頷く。
クシャナが3人にそれぞれベルトポーチを渡す。
「これはアンジェラ様が作った物で、魔法により中に多くの道具を入れる事が出来るポーチです。リリス様と私で作った回復薬が中に入っていて、殆どの傷を癒してくれる筈です。
ポーチ内は魔法で保護されていますので、かなりの衝撃に耐える事ができ、戦闘中でも中に入っている薬用の瓶等が割れる心配は殆どありません。
薬の使い方は分かっていると思いますが、回復薬は1度使用すると30分は次の使用を控えねばなりません。今回の作戦中では使用出来たとしても2、3回が限度だと思います。
回復薬は傷口を治すこの緑色の"レポーゼの小瓶"と、闘気を癒す青色の"ルポの小瓶"があります。この2つは同時に服用する事が出来ません。つまり、レポーゼの小瓶を使用した場合、次に回復薬を使用する場合には、レポーゼの小瓶でも、ルポの小瓶でも30分間隔を開ける必要があるということです」
「オリヴィアはパナケイアの秘薬を連用していたけど、あれは例外なのか?」
ユウキがクシャナに尋ねる。
「パナケイアの秘薬が伝説級の秘薬と呼ばれる理由は、あの小瓶だけで1度に傷、体力、魔力、闘気の全てを完全に癒す効果があるだけでなく、無限に間隔を空けずに連用が可能だからだ。
お前の話だとパナケイアの秘薬を無限に作れる女がメーデイアの仲間にいるらしいが、薬に関してはリリス様級の天才という事になる」
「なるほど、参考になったよクシャナ……」
クシャナは下を向いて握り拳を作り、身体を震わせた後、顔を上げてユウキに話した。
「本当は私がアリシア様達を救いに行きたいが、私では力不足だ。だから頼む、成瀬ユウキ! アリシア様達を助けてくれ!!」
「ああ! 必ずみんなで帰ってくる!」
ユウキがクシャナの肩に手を置いて微笑んで応えた。
「ユウキ、時間だ!」
ディアナがユウキに作戦開始時間を知らせる。
「ああ、行こう! フィオナ、ディアナ。俺たちでみんなを救い出すんだ!」
「うん、ユウキお兄ちゃん!」
「ああ、必ずな!」
フィオナとディアナが頷いて応えた。
「それでは皆さん、私の身体に触れて下さい。ワクールが用意したルナマリア城近辺までテレポートします!」
アンジェラが3人に話すと、ユウキ、フィオナ、ディアナはアンジェラの背中に触れた。
次の瞬間、ユウキ達はリリスとクシャナの前から消え、アナスタス領土のルナマリア城近辺までテレポートした。
ユウキ達がテレポート先で最初に目にした者は、カレント領土内の兵士の格好をした男が1人、テントの中で立っていた。
「「!!!?」」
ユウキ達はワクールが敵兵のいない安全な場所を用意しているとばかり思っていた為、目の前に突然敵兵の格好をした男が現れ、瞬時に武器を抜いた。
「お待ち下さい! 私はワクール様の部下。皆様の味方です!」
敵兵の格好をした男が両手を前に突き出して慌てるように話した。
「!!? どういう事だ?」
ユウキが剣を構えたまま尋ねる。
「私の名前はケインと言います。
私は隠密部隊としてワクール様から育てられた直属の部下です。だから、ワクール様の命令で敵兵の格好をしてここに潜伏しているのです。
先日、アンジェラ様の計画をワクール様から知らされ、周囲を守る兵団の内部にあるこの個室用テント設営地にテレポート用の札を貼り付け、皆様をお待ちしていたということです」
ケインが頭を下げて応えた。
「それでは、ここは10万の兵団の中心部だという事ですか?」
フィオナが驚いて尋ねた。
「その通りです。
ワクール様が作戦成功の可能性を出来るだけ高める為に、ルナマリア城に最も近いこの場所に札を貼るようにとご命令を頂いておりました」
ケインが頭を上げて応えた。
「しかし、ここから先どうする? 周りを固める10万の兵団の真ん中に潜り込めたが、この辺を巡回する兵に見つからず城に辿り着く事は困難だろう?」
ディアナが槍を収めて話した。
「それについても問題ありません。
ワクール様は変身魔法の天才です。このワクール様の魔法が込められた粉を振りかけていただければ、皆様の服が私と同じ軍服に変わります。効果は1時間なのでルナマリア城跡地にある地下施設までは余裕で保ちます。
朝日が登り明るくなれば休んでいる兵達も動き始めます。私が案内しますので暗いうちに早く移動しましょう」
「流石ですね、ワクール。最初の障害を排除してくれるとは……。これで皆、無傷でルナマリア城跡地まで辿り着けるでしょう。
……私はここでお別れですね。隠し避難所に戻り、千里眼と思念の伝達で貴方達をサポートします」
アンジェラが3人を見つめて話した。
「色々とありがとうございます。アンジェラ様」
「アンジェラ様の心強いサポート頼りにしています。ここまでもありがとうございました」
フィオナとディアナが頭を下げて話した。
「ええ……」
アンジェラが微笑んで応えた。
アンジェラがユウキを見つめる。
ユウキもアンジェラを見つめ、少しの沈黙が流れた。
ユウキが真剣な表情で口を開く。
「……俺にとっての母親は……、もう亡くなってしまったけど、元の世界で育ててくれた母さんだ」
「ええ……。わかっているわ……」
アンジェラが少し寂しそうに顔を伏せて話した。
「両親が亡くなった後は、俺を引き取ってくれた三翔おじさんと、優奈おばさんが、俺にとってかけがえのない両親になった」
ユウキがアンジェラを見つめて話した。
アンジェラは下を向いたまま、静かにユウキの話を聞く。
「アンタは俺が赤ん坊の頃に俺を手離したんだったな……」
ユウキが下を向いたままのアンジェラに近づきながら話した。
「ユウキっ……! アンジェラ様はお前の為に……」
ディアナがユウキを制止しようとしたがフィオナが腕を伸ばしてディアナを止めた。
ユウキが近づいてくるのを感じたアンジェラは顔を上げ、涙を浮かべて応える。
「……本当にごめんなさい。……私が憎いでしょう? どんな罰でも受け入れるわ……」
次の瞬間ユウキがアンジェラを抱きしめる。
「……ありがとう、母さん。
赤ん坊で無力だった俺を、優しい両親の元に飛ばしてくれて……。
そのお陰で死んだ両親に逢えた……。
そのお陰で三翔おじさんや、優奈おばさんに逢えた……。
そして何よりルナに逢う事が出来たんだ……。
母さんが愛を込めて、優しい世界、優しい人の元に送ってくれたお陰で、俺は沢山の幸福の中で日々を過ごす事が出来た……。
だから、……本当にありがとう……」
ユウキの言葉にポロポロと涙を流してユウキを抱きしめるアンジェラ。
「……私が憎くないの……?
……私を責めないの……?
……なんで、お前はこんな私に優しい言葉をくれるの……?」
ユウキは微笑んで応えた。
「……だって、母さんだもん…………」
アンジェラはそれを聞いてユウキを強く抱きしめて泣いた。
「……ユウキっ……。……ユウキっ…………。
私の可愛い坊や…………。
どうか……、どうか無事帰ってきて……、まだ話したい事がいっぱいあるの…………」
「ああ、俺もだよ母さん。必ずここに帰ってくる」
ユウキがアンジェラを抱きしめたまま応えた。
フィオナ、ディアナは涙を流し、2人のやり取りを見守っていた。
アンジェラはその後、テレポートで隠し避難所に戻って行った。
ユウキ達はアンジェラを見送った後、ワクールの用意した変身用の魔法が込められた砂を振りかけ、軍服に衣装を変えた後、ルナマリア城跡地に向け移動を開始した。
テントの外に出ると無数の個室用のテントが設営されており、数km先に半壊したルナマリア城が見えた。
「少し遠回りになりますが一応、巡回している兵士が少ないルートで移動します。私について来て下さい」
ケインがユウキ達に話すとユウキ達は頷いて応えた。
ケインの用意したルナマリア城までのルートは完璧で、道中3回ほど巡回の兵に声をかけられたが、軽い挨拶で済み、難なくルナマリア城跡地の地下施設入り口付近の物陰まで辿り着いた。
崩れたルナマリア城の物陰から地下施設入り口付近を覗き込んでケインが話した。
「あそこが地下施設への入り口です。
地下施設は流石に兵団の中でも限られた者しか中に入れません。だから入り口に立つ2人の兵士は倒すしかありません。静かに倒して、どこか見つからない場所に隠して下さい」
「中継機のある中継棟は?」
ディアナがケインに尋ねる。
「ちょうどここから真っ直ぐ北に1km進めばあります。……しかし1つ問題があります」
ケインが緊張した表情で話した。
「問題……?」
ディアナが尋ねる。
「いよいよルナマリア様の封印解除が近づき、上役達は中継棟を守らせる為に、フレイヤ様を中継棟の中に配置しているのです」
「「!!!?」」
ユウキ、フィオナ、ディアナが驚く。
「ディアナ、中継棟には俺が行く! お前とフィオナでアリシアを助けてくれ」
ディアナが首を横に振って応えた。
「いや、気を使わなくていい……。
この際だ……。兄と名乗ったあいつに私の過去を全て話してもらう。
……必ず私が勝ってみせる! 信じてくれ、ユウキ!」
「スピードはディアナの方が上だけど、多分それ以外はフレイヤの方が上だぞ?」
ユウキが緊張した表情で話した。
「奴の強さはこの約2年半でお前よりよく知っている。だが、奴も知り得ない秘策があるんだ。
お願いだ。私にやらせてくれ!」
ディアナがユウキを見つめ返して応えた。
ユウキは少し考えた後、話した。
「わかった……。お前が勝算があるって言うんなら大丈夫だろう……。ディアナ、絶対死ぬなよ?」
「ああ、お前こそ!」
ディアナとユウキは拳を合わせた。
ディアナはユウキとフィオナと別れ、1人北に向かった。
ユウキはケインの方を向いて口を開いた。
「ありがとうございました。ケインさん。
お陰でかなりスムーズに作戦を進められます」
「いえ、ユウキ様。全てはワクール様の考案されたものです」
「ありがとうね、ケインさん。
ワクールさんにもよろしく伝えて下さい」
フィオナも頭を下げてケインに礼を言った。
「ありがとうございます。フィオナ様。
お二人ともどうかご無事で!」
ユウキ達は物陰を利用しながら地下施設入り口に近づき、フィオナが閃光用に魔法を唱えて、見張りが目を眩ませた間にユウキが峰打ちで瞬時に倒した。
ユウキとフィオナはすぐに近場の人の通らない物陰に見張りを隠し、フィオナがついでに気絶している見張りに睡眠魔法を唱えた。
「良し! これで数時間は起きないわ。
ベットに寝せてあげられないのは少し可哀想だけど許してね……」
フィオナが頭を下げて話した。
ユウキとフィオナは地下施設入り口の扉を開け、松明の灯された長い地下通路を走る。
数分後、2人の衣装が軍服からいつもの服装に戻った。2人は幾重にも別れた道をアンジェラの思念の伝達による案内で進んでいく。
そして、10個目の分かれ道に来た時にアンジェラが緊張した声で思念を送ってきた。
《ここから左の道はルナマリアへ繋がる道、
右がアリシアが捕らえられている部屋に繋がる道となります。
ルナマリアの封印解除が予想よりも更に早まっています!
ユウキはルナマリアの元へ、
フィオナちゃんはアリシアを救出に向かって下さい》
ユウキとフィオナは顔を見合わせて頷いた。
2人は抱き合い、ユウキが口を開く。
「フィオナ、アリシアを頼む!」
「うん、ユウキお兄ちゃん!
ルナマリアをお願いね。ユウキお兄ちゃんは絶対死んじゃ駄目だよ?」
「ああ、必ずみんなで帰ろう」
ユウキがフィオナを引き離して応えた。
フィオナが頷いたのを見て、ユウキは左の通路に向け走り出した。
ユウキの背中を見送った後、名残惜しそうにフィオナが振り返り、右の通路に向け走り出した。
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