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第7章

生き延びた者達 ★

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 メーデイア達との死闘の際、生き残った首都ルーメリアの民達と共にアナスタス領土の第2都市ハーメンスに辿り着いたワクールは、ハーメンスの市長と協力し、ルーメリアから移動してきた700万人に及ぶ民達の生活を支える為、あれから20日経った今も粉骨砕身していた。

「ワクール様、やはり当面の問題は移動してきた民の内、50万人ほど住む場所がない事です。
緊急時の政策として、各家庭に最低2人以上、避難民を受け入れて住まわせてもらう事はハーメンスの民に了承してもらい、殆どの避難民の対応は終わっていますが、それでも路頭に迷っている民はまだ数多くいます。特に首都ルーメリアには普通の人間だけでなく、魔族やルナマリア様の加護を受けたモンスターの類の者が多く暮らしていました。それらの普通の人間とは違う者達を受け入れる事に難色を示すハーメンスの家庭が多いのです。やはり、何割かの民はルーメリアに帰ってもらう事は出来ないのでしょうか?」
 困った表情で市長のマイルズがワクールに話した。

「……駄目だ。私の部下にルーメリアの様子を調べに行かせたが、カレント領土とシュタット領土の兵団に占領されている事が分かった。
情報収集の為、私の部下を内部に潜り込ませたのだが、彼らはルナマリア城の地下に封印されているルナマリアの中に眠る悪魔の子ナスターシャを抹殺する為に、この国の首都すらも占領しその計画を進めようとしているのだ。そして、その計画を邪魔されぬようにルーメリアは厳戒態勢を敷いている。この状況では民の受け入れなんてしてもらえる筈がない」
 ワクールが机の上に山積みになった書類に目を通しながら応えた。

「そっ……そんな事が……。
この国はどうなってしまうのでしょう……。ルナマリア様の正体は悪魔の子と判明し、その側近のエリーナ様もお亡くなりになってしまった。殆どの民が混乱している事でしょう」
「……それでもこの街に移動してきた多くの民は今もルナマリアの事を信じている! これはこれまで先代の魔王ソフィアや聖剣ルーク、エリーナ達の実績によるものだ。そしてなにより、ルナマリアは王になって3年足らずで多くの民から絶大な信頼を得るほど民に寄り添う政策を続け、ルーメリアの街を大きくした。これはその結果だ。
我々の使命はその意思を引き継ぎ、ルナマリア達を信じてついて来たこの素晴らしき民達と共にこの街から世界を変えていく事だ!!」
「はい、そうですね! ……ワクール様……、貴方がここにいてくれて良かった。貴方は元々はカレント領土の方、それなのにこの街やこの国の事をここまで考えてくださるとは……」
「……本来の私なら他人の為に行動するような事はしなかっただろう……。だが、私の知識を超え、私より天才で、世界の為に影響を及ぼす程の者からこの使命を託されたのだ。……その者は私を命の危機から救い、片翼の女神かたよくのめがみ達との戦いで命を落としてしまった……」
「……エリーナ様ですね…………」
 マイルズが顔を伏せて呟いた。

「私が心から尊敬出来る唯一の天才が亡くなってしまった……。それも私のミスのせいで……」
 ワクールが握り拳を震わせて話した。

「唯一、尊敬出来る天才ですか……、ワクール様からそれ程思われていたならエリーナ様も幸せだと思いますよ……」
「……エリーナの前にも尊敬出来る女性がいたのだがな……、その人は……、人ではない存在になってしまった……。……私は、自分にとって心から尊敬でき、大切だと思える存在を自分のミスからいつも壊してしまう……。エリーナもそのせいで……。
……もう1人は、いつか私の手で片をつけねばなるまい……」
 ワクールは窓の外を眺めて話した。


 ハーメンスは元々、人口880万人にも及ぶ大都市であり、ソフィアの代からより多くの民を受け入れらるように建築が進められてきた。今回のメーデイア達との戦いで700万人近いルーメリアの民が移住してきたが、半数以上の400万人がすぐに借り家に住む事が出来た。残りの半数はハーメンス市民の家に住まわせて貰う事である程度の問題は解決出来、大事に至らなかった。この緊急事態になんとか対応出来たのはソフィアの功績に依るところが大きいのは明らかだった。
 ワクールはルナマリアの母ソフィアが先読みの巫女さきよみのみこである事をエリーナから聞いていた為、その巫女としての力と世界の為に民を動かす影響力に驚いていた。
 先日も食糧確保について頭を悩ませていたワクールだったが、ハーメンスの地下施設に巨大な食糧庫がある事をマイルズに進言され確認した際も同様に驚かされていた。そこには約1500万人が2ヶ月近く食べても余りある程の膨大な食糧が氷漬けにされ、保管されていたからだ。
 ワクールは2ヶ月あれば、アナスタス領土の各都市と連携し、ハーメンスの民とルーメリアの避難民合わせた約1500万人の食糧を確保する方法を考案していたが、その方法には問題があった。それはハーメンスの元々の備蓄だけでは1500万人に及び民の食糧が1ヶ月で尽き、その政策が成されるまでの残りの1ヶ月の間、食いつなぐ事が不可能なことだった。そこにマイルズがソフィアの緊急時の政策を思い出し、使われていなかった地下施設を解放し、大量の食糧を発見した事で全ての問題が解決したのである。
 それ以外にもハーメンスは港町という利点と、ハーメンスと各都市を結ぶ国道は広く綺麗に整備されており、そこに多くの食糧や医療品等の備品を数年前から備蓄していた事実を知ったワクールは感動の余り言葉を失った程だった。
 ソフィアやルークの下準備、それを活かすだけの頭脳と能力を持ったワクールの功績により、避難民達はなんとか日々の生活を乗り越えていたのである。

「マイルズ、仮設住宅の方は後どれくらいで完成しそうだ?」
「ワクール様がここに来られてすぐ指示して頂いたので、最初に取り掛かったものについては順次完成していってます。全ての仮設住宅完成まで、あと、3週間頂ければ全ての対応が終わります。
とりあえず、路頭に迷っている者の中でも身体の弱い者や年寄り、子供のいる家庭を優先して入居してもらっていますがよろしかったでしょうか?」
 マイルズがメイドに目配せしてワクールのコップにコーヒーを淹れるように頼んだ後、ワクールに応えた。

「その対応で構わない……。全ての対応が終わるまで3週間か……。なんとかなりそうだな……。本当にこの国の王族達は優秀だな」
 ワクールがメイドの淹れたコーヒーを飲んで応えた。

「やはり、ワクール様の考え通りソフィア様が先読みの力さきよみのちからでこの事態を予見しておられたという事でしょうか?」
「建設を進めていた事も、交通のしやすいこのハーメンスを避難所として初めから設定していた事も、貿易を強固なものにしていた事も、地下施設の食糧の件も、全てこの異常事態を乗り切る為に用意されている。間違いなくこの事態を予見しておられたようだな」
 ワクールが書類にサインしながら応えた。

「とりあえず、仮設住宅の件が落ち着けば当面の問題は解決します。ようやく一息つけますな」
「……いや、そこからが重要だ。
ルナマリアの中に眠るナスターシャを抹殺する為、カレント領土とシュタット領土の馬鹿共がアレンを引き連れこの地に滞在している。
ルナマリアの封印を解き放てばその時点で世界は終わってしまうだろう。なんとかアレンが上役達を出し抜いてそれを止めてくれれば良いのだが、アリシアを人質として捕らえられている状況だと、ほぼ期待は出来ない。
もう……、成瀬なるせユウキがあの兵団とアレン達を突破し、封印解除を止めて貰うように祈るしかない。
いずれにしろ、近い未来世界の命運が決まる。我々はどのような結果になっても民の生活を守れるように備えねばならないのだ」
 ワクールが厳しそうな表情で話した。

成瀬なるせユウキ……。噂の女神の使者ですね……。彼にこの最大の試練を解決出来るでしょうか?」
「……正直わからない。しかし……彼以外、この窮地を解決する可能性がある者はいない。我々は信じて待つしかないのだ」
 ワクールはコーヒーを少し飲み残してカップを置いた後、応えた。


   ◇ ◇ ◇


 メーデイア達との戦いから25日目の夜、暗い石造りの通路を銀髪の男が険しい表情で歩いていた。暫く道なりに進んだ後、小部屋に辿り着く。小部屋の中には、鎖で吊られ大きな鳥籠に似た牢屋の中に青髪の美女が閉じ込められていた。
 牢屋の中の青髪の美女アリシアが銀髪の男に叫んだ。
「アレン、もういいわ! 時間がないのでしょう?
ルナマリアの封印の力が弱まっているのがここからでもハッキリ分かるわ。もって、あと……1週間程度。
貴方と私が永遠の契約を結んだ日から何度も言ってきたでしょ? もし、また私が囚われて世界か私を選ばなければならなくなったとしたら、その時は必ず世界を選んで欲しいと!」

 アレンは悲しげな表情で応えた。
「それならば、私の返答も知っている筈だ……。
"何を捨ててでも君を選ぶ“と……」

「……私は嫌よ……。貴方が私のせいで世界を見捨てるなんて……。フレイヤやミアに私の首輪の爆弾の解除方法を調べるように言っているみたいだけど、進展してないんでしょう? もう、他の方法を探す時間はないわ」
 アリシアの首には機械仕掛けの首輪がつけられている。顔を伏せてアリシアは話した。

「……まだ、希望はある。母さんやクシャナがユウキ達に私達の現状を知らせてくれた筈……。ユウキ達は今頃、アンジェラ様と一緒にいる筈だ。あれだけ強大な力を秘めたメーデイアを長い間、封印されておられたアンジェラ様なら必ず、私達の現状を把握して打開策を考えてくれる……。
世界も、君も救ってくれる筈だ……。だから君は安心して自分の身体だけ気をつけて待っていてくれればいい」
「……アレン、私は貴方やフレイヤ、ミアが心配なの……。
ユウキ達が私やルナマリアの封印の件を解決する為にはどちらにしろここに来なければいけない。貴方達はルナマリアの封印解除の邪魔をする者達を排除、抹殺する様に命令されているのでしょう?
貴方達がぶつかり合えば、両側ともタダでは済まない……。世界にとって大きな損失だわ! だからお願い。私の事はいいからユウキ達と共にルナマリアを救い出して、世界を救って!! それが過去の終焉の巫女しゅうえんのみこやその従者達、いえ、遠い過去からの世界の願いなのよ!!」

 涙を浮かべたアリシアを見たアレンは、顔を横に振って応える。
「……私の答えは変わらない……。君が自分を犠牲にして箱庭に入り、そんな君を救い出した時に心に誓ったんだ。
2度と君を離さないと……。私は例えユウキ達と戦う事になっても、世界を敵に回しても君の為に戦う!」

「私は良くても、フレイヤやミア、リグルさん、クシャナ……。何よりリリスさんはどうするの……?
もし、私の為にユウキ達を倒してナスターシャが封印から解き放たれて、世界が滅ぶ事になっても貴方はそれでもいいの……!? ……そんな滅びゆく世界で生きるくらいならここで私は死んでしまった方がいいわ……」
「……大丈夫。君の言った通りナスターシャの封印が解けたり、世界が滅んだりする事はない!
君も助かるような策を考えているだ……。大丈夫、心配しないで……」
「……どういう事……?」
 アリシアが涙を拭いながら尋ねた。

 アレンはアリシアに微笑んだ後、背中を向けて部屋の扉に手をかけた。
 アリシアは何かに気づいた表情に変わり、叫んだ。
「アレン、貴方まさか……!?
っ……! 駄目よ、アレン!! フレイヤやミアも犠牲にするつもり……!!?」
「フレイヤとミアも覚悟は出来ている……。私の考えに賛同してくれたんだ……。
世界の為にはユウキ達が必要だ。その為に私に出来る事ならなんでもするさ」
 アレンがアリシアを見つめて話した後、部屋を出て扉を閉めてしまった。

 1人部屋に残されたアリシアは大粒の涙を流して呟いた。
「……分かっているのに酷いわ……。
私には貴方が必要なのよ…………」



 廊下に出たアレンにブレスレットから飛び出してアリスが話しかける。
「本当にいいの、お兄ちゃん……? アリシアさん、泣いてたよ…………?」

 アレンが下を向いて握り拳を作った後、アリスの方を振り向いて応えた。
「アリシアと世界の為なら、アリシアに憎まれても、嫌われても構わない……! 最後まで側で見ていてくれ、アリス……!」
 アレンはアリスにそう応えると前を向いて歩き出した。


 アレンの悲しげな背中を見つめ、アリスも静かに涙を零した。


 ◇ ◇ ◇


 アレンがアリシアの捕らえられている部屋を出た頃、フレイヤとミアは同施設であるルナマリア城の地下施設の別部屋でテーブルの前の椅子に座って会話をしていた。

「やっぱり駄目だ! アリシア様の首輪の爆弾を解除する方法が見つからない……。
爆弾の信号を送れる上役達は、遠く離れたシュタット領土にいるから、信号を中継する中継機が近くにある筈なんだけど、それが見当たらないんだ……。それを壊せれば一番簡単なんだけど……」
 ミアが下を向いたまま話した。

「……この地下施設内に無いとなると、地上のどこかという事になる。
アレン様も我々も探知魔法で居場所を常に監視されていて地上に出れないからね……。変な動きをしようものならアリシア様の首輪から電流が流れ、アリシア様を苦しめる……。酷い場合は奴ら首輪を爆発させて亡き者にしようと考えているからな……。メーデイアの恐怖に縛られているとはいえ、本当に愚かな行為だ……」
 フレイヤが真剣な表情で応える。

「前、フレイヤに言われた通りに、私の身体を分裂させて探知魔法を逃れられないか試したけど駄目だった……。身体を分裂させても、探知魔法も全ての身体に分配されてしまうんだ……。これじゃあ、兵士の目を盗んで地上にも行けない。アイツら恐怖で縛られてる割にその辺の事は考えが及んでるよ」
「人としては馬鹿だが、頭はいいからね。本当に厄介な奴らだ……。
結局、アレン様が最初に言った通りになるかもね……」

 ミアが悲痛な表情を浮かべて話した。
「私……、アリシア様やアレン様の為ならなんでもするよ…………。でも……、でも……、ユウキ達と戦ったり、アレン様の言ったような結末になるのは嫌だよ……!」

 フレイヤも下を向いて悔しそうな表情をした後、顔を上げて口を開いた。
「……それでも、私達がやらねばならない……!
アレン様が最初にあの計画を話してくれた時に覚悟を決めた筈だ! どんなに辛くてもアレン様が望んだ結末なら、それを支えるのが我ら王の盾の役目だろ?」

「うん……」
 ミアが大粒の涙を零して応えた。


 ◇ ◇ ◇


 一方その頃、ユウキとフィオナはマインドダイブ習得に向け、修行に励んでいた。

 フィオナは透き通った青空の中を泳ぐように浮遊していた。360°周りを見渡すと、各所に光輝く星が見える。
「さあ、今日は誰に対する想いを覗いちゃおうかな……」
 ニンマリと笑顔を浮かべ、フィオナが目を凝らして眺めていたところ、真上にある巨大な雲間から微かに光が溢れている事に気付いた。
(……あれってまさか……、ユウキお兄ちゃんが恥ずかしがって隠してた私とルナマリアに対する想い!? ……今まで何度もユウキお兄ちゃんの心の中に潜ってきたけど、こんな事は一度もなかった!)
 フィオナはゴクリと喉を鳴らして覚悟を決め、上空の雲をかき分けて雲の上まで移動した。

 一瞬、フィオナは光の強さに右手を顔の前にかざした。ゆっくり瞳を開けると他の星々の何倍もの大きさで光輝く2つの星がそこにはあった。
 フィオナは直感的にその2つのうち左がルナマリアへのユウキの想いで、右が自分に対するユウキの想いである事がわかった。
 フィオナは右の自分の星に近づき、恐る恐るそれに触れてみる。指先がフィオナの星に触れた瞬間、フィオナの頭の中にユウキの想いが流れ込む。

 初めは妹のように想っていた小さな想いが、フィオナとの繋がりが強くなるにつれ、大きくなっていく。
 フィオナが巫女名みこなを告げた後、その意味を知ったユウキは戸惑いの気持ちの中にも嬉しいという想いが溢れ、本当に大切な存在へと変わっていく。
 三ヶ国会談後、離れ離れになってもユウキもフィオナの事を想っていた事が強く感じられた。
 ユウキの中でフィオナの存在は、ルナマリアに並んで掛け替えのない存在へと変化していたのである。

 指先を離したフィオナの顔からポロポロと涙が溢れる。
 暫くして気持ちを落ち着かせたフィオナは、静かに微笑んだ後、ユウキの心の海から海面上に向け、浮上した。


 マインドダイブを終え、ユウキの心の中から自分の心を身体に戻したフィオナは、ゆっくり瞳を開ける。
 そこは明かりのついた地下の隠れ家の一室の真ん中で、目の前にはフィオナ同様にゆっくり瞳を開けたユウキがいた。
 フィオナがユウキの顔をニコニコしながら頬を赤らめて見つめる。

 ユウキは"しまった!"という表情に変わり、頬を赤らめて呟いた。
「なっ……! なんだよ……? 俺の顔になんかついてるか?」

「うーうん、な~んにも。
……そうか~、ユウキお兄ちゃん、私の事、そんなに好きだったのかぁ~」

 ユウキが"げっ!"という表情をした後、顔を真っ赤にして口を開く。
「フィオナっ! お前、ルナへの想いと、それだけは見ないって約束だろ!?」

「そんな約束したかなぁ~? 
……いいじゃない、私はいつもユウキお兄ちゃんに対する想いを見せてるんだから」
 フィオナがユウキに近づいて話した。

「そういう問題じゃないだろ!?
まさか、ルナへの想いは覗いちゃいないよな?」
 ユウキが焦るように尋ねた。

「それは流石にね……。ルナマリアにも悪いし……」
「ルナには気を使うのに、俺には気を使わないのかよ……」
「そんな事より、ユウキお兄ちゃんって私に対する想いがあんなに変わってたんだね~」
「もう、俺の心を弄るのはその辺でいいだろ?」
「そ・れ・に……、大きくなった私の身体、あんなに嫌らしい目で見てたんだ?」
 フィオナが顔を近づけ、胸の谷間を強調する様にして尋ねた。

「えっ……、いや、その……それはあれだ!
急にフィオナが大きくなったからビックリしたっていうか……、そんな感じだよ……」
 ユウキが焦るように話す。

「ふーーん。今もチラチラ見てない?」
 フィオナが更に顔と胸を近づけて脅す。

「見てない、見てない……。あの……、身体つきが良くなったから好意が増したとかじゃないからな。分かるだろ、フィオナ?」
 ユウキが更に焦るように話した。

「そうなんだ。私の好意が増大したのは身体つきが良くなったからなんだね?
確かにユウキお兄ちゃんの好意が大きい人って胸の大きな人ばかりだったもんねぇ?」
 フィオナが冷たい目線でユウキを更に脅す。

「だから、誤解だって! アンジェラさん、助けて!」
 2人の横で修行を見ていたアンジェラにユウキが助けを求める。

 アンジェラはため息を吐いて応えた。
「……フィオナちゃん、お互いに見られたくない想いについては覗かない事がこの修行の条件だったでしょう? ユウキはちょっとヤラしいところがあるけど、年頃だから許してあげて?」

「いや、フォローになってないし!」
 ユウキがアンジェラを睨みながら叫んだ。

「はーい、わかりました……」
「いや、なにがわかったの? 誤解されたままだろ、今の返事は!」
「フィオナちゃんはだいぶ上手く潜れるようになったみたいね! マインドダイブのスキルレベルが上がれば心の海に潜れる時間と、対象が隠していたり隠れている想いを探れるようになる。
今回、ナスターシャに沈められたルナマリアの心を心の海から救い出さなきゃならないけど、ナスターシャはルナマリアの心を、[心の深淵]と呼ばれる心の墓場に閉じ込めている。心の深淵は心の中で特に探すのが困難な場所、それは人によって場所が変わったり、難しさがかなり変わるから出来るだけスキルレベルは上げておくに越したことはないわ」
「アンジェラ様、本人が隠している想いはわかるんですけど、隠れている想いって何ですか?」
 フィオナが不思議そうに尋ねた。

「隠れている想いというのは、本人も忘れてしまっている想いの事。本人が忘れてしまっている分、隠している想いよりも遥かに探すのが困難なのよ。
例えるなら、広大な砂漠の中から一粒のダイヤモンドを探すくらい奇跡に近い確率なのよ。それを探している間に相手の心に閉じ込められて自分の身体に帰れなくなったら終わりよ。2人とも今、マインドダイブのスキルレベルは35を超えたけど、そのレベルでは到底隠れている想いは探せないから間違っても探そうとしないことよ」
 アンジェラが2人を見つめて話した。

 ユウキとフィオナは顔を見合わせた後、アンジェラの方を向き直って応えた。
「はい!」
「はい!」

「さあ、今度はユウキの番よ。フィオナちゃんの心の中に入ってみて! ……そうね、今度はより難しくしてみましょう。
フィオナちゃん、今度は出来るだけユウキへの想いを抑えてみて。好きな相手じゃなくて、興味の無い人間としてみるの」
「う~ん、ユウキお兄ちゃんの事、本当に好きだからこの気持ち抑えられるかな……。難しいですけど、やってみます」
「ユウキはフィオナちゃんが抑えている心をマインドダイブで探してみて」
「わかった! フィオナ、行くぞ!」

 すると、フィオナはゆっくり瞳を開けて応えた。
「……誰に口を聞いてるの? 貴方、誰? ゴミ屑?」

「えっ!? ……あの、フィオナ? 目が据わってて怖いんだけど……」
 ユウキは、フィオナの一瞬の変わり様にビクっと驚き、話した。

「あら~、フィオナちゃん、心を閉じるのも演技も上手ね。スキル系もセンス抜群だし、なんでも器用にこなすのねー。
ユウキ、頑張りなさい!」
「いや、さっきから何度もマインドダイブしようとしてるけど、完全に心がシャットアウトされてて、心の中に潜れないんだけど、海の手前の門が開かないのよ」
 ユウキが瞳を閉じた状態で慌てるように話す。

「もし、本番もナスターシャに入れ替わった状態で封印が解ければ、間違いなくナスターシャは心の門を閉じるわ。今ここでフィオナちゃんの心の門を開けれないようなら、ナスターシャの心の門を開く事なんて絶対無理な話よ」
「そうは言っても、うんともすんとも言わないんだよ! なんか、方法はないのか?」
「……そうね、一旦、マインドダイブを中断して、相手の心を揺さぶる事をしてみるとか……。
マインドダイブ中でも心の門を通る前なら身体と心がまだ半分リンクしている状態だから、今のユウキみたいに話す事も可能だし、マインドダイブを中断してすぐに身体に戻れるわ。やってみて」

 ユウキはマインドダイブを中断し、心を自分の身体に戻す。そして、自分に冷たい視線を送るフィオナを見つめた。
(心を揺さぶる事って言っても……、なにすりゃいんだよ)
 ユウキは暫く考えた後、フィオナに近づく。

「近寄らないでよ、ウジ虫」
 フィオナが睨むようにユウキに話しかけるが、ユウキはそれでも真剣な表情でフィオナに近づき、耳元で小さく呟いた。
「大好きだ、フィオナ」

 フィオナの冷たい表情が一瞬で崩れ、顔がボッ! と赤くなり、フィオナは両手で顔を抑えた。
「えっ、……えぇぇえぇぇ~!!」

「マインドダイブ!!」
 ユウキがその隙を逃すまいとマインドダイブを発動させる。
 ユウキは先程まで何重にも鍵がかけられていたフィオナの心の門の扉を見ると、鍵は全て壊されて、扉は全開状態になっている。近くにはフィオナの顔をした小さな天使が3人ほど笑顔で宙を舞い、門の中に手招きしているのが見えた。
「いや、あいつ、どんだけわかりやすいねん!」
 ユウキはツッコミを入れた後、走って門をくぐり、その先のフィオナの心の海に飛び込んだ。その先の光景はユウキにとって見慣れたもので、海の真ん中にドン! と巨大なユウキへの想いの星が綺麗に飾られて置かれている。その周りには色取り取りの多くの星が煌めいていた。ユウキの星から少し離れた位置にユウキの星よりは少し小さいが殆ど大きさが変わらない星が煌めいている。ユウキはそれを見つめて笑顔になって口を開いた。
「最初は俺みたいに他に好きな奴がいるのか心配したけど、まさかルナの事、あそこまで想ってくれてたなんてな……。俺を好きでいてくれるのと同じくらい嬉しかったな」
 ユウキが満足して心の海から出ようとした時だった。
 ユウキは自分の星の近くに透明に近い小さな星を見つける。
(今まで、星の煌めきで気づかなかったけど、あそこにも星があったのか! スキルレベルが上昇した状態で目を凝らさなきゃ、わからなかった!)
 ユウキはその小さな星に触れてみる。
 その瞬間、フィオナの幼い頃の記憶がユウキの頭の中に入ってきた。

 幼い頃、両親を病で亡くし、上役達から時守りの巫女ときもりのみことして祭り上げられ、辛く、悲しい時期を過ごした事。
 そしてそんな時、夢の中で自分を慰めてくれる男の子に出会った事。

 ユウキはこの瞬間、無数の光が頭に流れ込み、昔の記憶を取り戻していた。
 ユウキは14歳の頃、毎日のように泣いていたアンナが自立し始め、自分の助けが要らなくなった頃、それまで勉強もスポーツも人より優れていたユウキは、ある日突然、全ての能力が伸び悩み、得意なものが何も無くなってしまっていた。自暴自棄に陥り、全てがどうでもよくなっていた。その頃からユウキはよく夢を見るようになっていた。誰かに呼ばれるように暗闇の夢の中を駆け、その泣き声のするほうへ急ぐ。そこにはオレンジ髪の少女がうずくまって泣いていた。少女に声をかけ、その少女が顔を上げてユウキの方を向いた瞬間、ユウキのマインドダイブは強制的に解除され、ユウキは目の前のフィオナを慈しむように抱きしめていた。

 フィオナにとっては、ユウキの愛の告白から抱きしめるまで一瞬の出来事だった為、フィオナは顔を真っ赤にしてオドオドしながら話した。
「ゆ、ユウキお兄ちゃん……? 急にどうしたの?」

「フィオナが、夢の中の女の子だったんだな……」

「!!!?」
 フィオナが信じられないという表情で驚く。

「……俺もあの頃、色々悩んでた時で、夢の中の君と話をした事で心が救われたんだ……。
フィオナは……、ずっと……、ずっと前から俺の事を支えてくれてたんだな……。
……随分、待たせたけど、ようやくあの頃の気持ちを取り戻す事が出来た! ……本当にありがとう、フィオナ」
 ユウキがフィオナを抱きしめたまま、涙を零して話した。

「…………気づくのが遅いよ…………」
 フィオナはポロポロ涙を零しながら笑顔を浮かべ、応えた。

 ユウキがフィオナの顔が見えるように腕を解いて、両肩に手を置く。
 2人はそれ以上、言葉を発さず、互いに見つめ合った。

 これが、2人が初めて唇を重ねた時となった。
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