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第6章
それぞれの誤算
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ワクールは上空で話し合っていたエリーナとメーデイア達のやり取りを4番街の建物の陰から聞いていた。
ワクールは本当は初めから気付いていた。
彼女の話す癖、立ち振る舞い、全ての言動が彼女であるということを。
ワクールは気付いていない振りをしていた。それが真実ではないと思いたかった。人付き合いが苦手な彼女でも、子供や動物には深い愛情を注ぎ、そして、なにより自分には良き友としていてくれた彼女が、今、片翼の女神の隣で人類の命を脅かす存在として、立っているという事実を。
(彼女が月の仮面の従者である場合、全ての疑問に辻褄があってしまう……。なぜ……、なぜなんだ……)
ワクールは残り少ない魔力で宙を浮き、エリーナとメーデイア達の間に移動した。
「ワクール!?」
エリーナが驚いて止めようとしたが、ワクールはエリーナの方に掌をかざして、エリーナの行動を止めた。
月の仮面の従者が間に割って入ってきたワクールに話しかけた。
「貴様……! 大した力もない癖に性懲りもなく我々の間に立つとはどれだけ愚か者なのだ……!」
それを聞いたワクールは笑った。
「ふふふ……。愚か者は君だよ。
わざわざ、自身の店を早く閉店させる不自然な行動を起こし、慌ててこの街から離れるように手紙まで残したんだからね。そう、この街があらかじめ襲撃されると知っているかのように」
月の仮面の従者が仮面に手をかけて話した。
「お前……、いえ、貴方にだけは知られたくなかったのに……。どうしてこの街に残った、ワクール」
それを聞いて自身の予想が間違いなかった事を確信し、ワクールは叫んだ。
「なぜなんだ、オリヴィア! なぜ君が8大災厄の1人なんだ!」
月の仮面の従者は、観念したように仮面をはいで見せた。
仮面の下には間違いなく眼鏡を外したオリヴィアの素顔が隠されていた。オリヴィアは茶色の長い髪を揺らして話した。
「私も聞きたいわ。なぜ、私が認めた貴方が裏切りの巫女達の側近になっているのか……。
その立場でさえなければ、約束の日にメーデイア様と私達、8大災厄の力の封印が解けた後に天界に招待してあげたのに……」
間に入るようにメーデイアが口を開く。
「そうか! 奴がお前が約束してほしいと言っていた男か! 面白い! 奴を本当に説得出来れば天界への移住を認めてやろう」
それを聞いたオリヴィアは目を輝かせて深く頭を下げた。
「どういう事だ、オリヴィア……!?」
ワクールが尋ねる。
「私が貴方から聞いた女神討伐計画をメーデイア様に密告した際に、メーデイア様は褒美を与えてくださる事をお約束してくださった。
だから、私は貴方だけでも密かに保護し、後に私が気に入っている保護したい一般人としてメーデイア様に報告するつもりだったのだが、貴方に私の正体がバレたことにより、それも叶わなくなったと諦めていた。
しかし、メーデイア様は慈悲深いお方……。
貴方の立場が裏切りの巫女の側近と知ってもなお、私の願いを聞いてくださる事を今、お約束して下さったのだ! ワクール、馬鹿な事はやめて私と天界へ行きましょう! 貴方ほど才に恵まれた人なら天界に住むに値する人だわ!」
オリヴィアがいつもの優しい表情に変わり、ワクールに話した。
「……私以外の人はどうなる?」
ワクールがオリヴィアを見つめて尋ねた。
「貴方のような有能な人材と、子供達は生かされるのよ! メーデイア様は約束の日に醜い争いをやめない無能な大人達を滅ぼした後は、新しい世界を作ってそこに次世代を担う人材を住まわせてくれるのよ! そこには貴方や私を馬鹿にしてきた無能な愚か者達は存在しない、素晴らしい世界が待ってるわ! だから、ワクール、メーデイア様の素晴らしい計画に手を貸して! 貴方ほどの頭脳と優しい心があれば、次世代の世界をより素晴らしくしてくれる筈よ」
オリヴィアがワクールに近づき、誘うように手を伸ばした。
ワクールは少しの沈黙の後、オリヴィアの誘う手に自分の手を伸ばした。
「ワクール! わかってくれたのね!」
オリヴィアが喜んだその瞬間、ワクールがオリヴィアの手をはね除ける。
「ワクールっ!!」
オリヴィアが怒った表情に変わりワクールを見つめる。
「争いを起こさない心優しい人間だけを選別し、新世界に移住させる計画……。確かに実現すれば私達にとっては素晴らしい話なのかもしれない……。だが一部の人間だけが救われるのはやはり許される事ではない。それに君の話は余りにも矛盾している。
オリヴィア、君の背後にいるメーデイアに尋ねてみてくれ……。なぜ、わざわざ大陸を3つに分けたのか……。争いのない世界を願う女神が、終焉の巫女に30年という寿命の呪いをつけ、その解除方法が"他の国を滅ぼし、世界統一する事"なのかを……。
これではまるで……、片翼の女神自身が人々の争いを望んでいるようではないか!」
ワクールが真剣な表情でオリヴィアに語りかけた。
ワクールとエリーナは確かに見た。
ワクールの言葉に何も言い返せなくなって考えるオリヴィアの背後で冷笑を浮かべるメーデイアの顔を。
そして、確信した。長年、片翼の女神が計画していた恐るべき本当の目的がワクールとエリーナが予想したものだという事を。
「オリヴィア! 聞け!
片翼の女神の本当の目的は……!」
ピュウウゥン!!
ワクールがメーデイアの真の目的を話そうとした瞬間、メーデイアの指先から放たれたレーザーのような光がワクールの胸を貫通し、ワクールは地上に落ち始めた。
「ワクール!!」
エリーナは慌ててワクールを助けに行き、地上スレスレでキャッチした。
「メーデイア様!? なにを……?」
オリヴィアがメーデイアの方を振り返り、突然の行動の意味を尋ねる。
「奴が私を貶めようとした罰だ。安心しろ。奴は殺してはいない。
私は約束は守る。この世界の愚かな大人達を滅ぼした後、お前に免じて、奴も新世界へ連れて行ってやる。
……しかし、先ほどのような愚行を繰り返すようなら、私にも考えがある。お前がしっかり教育するのだ、わかったな、オリヴィア?」
メーデイアが冷たい目でオリヴィアを見つめた。
「はいっ! メーデイア様! 勿論です。
ワクールには言って聞かせますので、どうかお慈悲を!」
慌てて跪くオリヴィア。
エリーナはワクールの状態が酷いことを知ると、すぐにエレメントを操り、治癒を行い始めた。
それを見たメーデイアがオリヴィアに話しかける。
「チャンスだ! 奴はエレメントで治癒行為を行なっている時は一切、その他の魔法やエレメントが使えない。今なら、無防備状態の奴に私の禁呪魔法を食らわせる事が出来る!
オリヴィア、お前は魔法完全妨害禁呪魔法を準備しておくのだ。万が一治癒行為を中断して、私の禁呪魔法を迎撃しようとしてもお前がそれを阻止するのだ。
治癒行為を中断して、私の攻撃を迎撃する際の短い時間では奴でも禁呪魔法の詠唱は間に合うまい。それ以下の魔法なら、お前の魔法完全妨害禁呪魔法で対処出来る。我々の勝ちだ!」
オリヴィアは困惑した表情で尋ねた。
「メーデイア様……。それではワクールにもメーデイア様の禁呪魔法が当たってしまいます!」
「愚か者! 奴にここで我々が敗北し、世界に争いの火種を残した状態にする事と、ここで我々が勝ち、世界を平和に導く事とどちらが大事だ!!
余計な事を言わず、私の言う事聞いておけば良いのだ!!」
メーデイアが怒ったように叫んだ。
それでも困惑した表情を解かないオリヴィアを見たメーデイアは今度は優しい表情に変わり話した。
「安心しろと言った筈だ。ここでワクールが死んだとしても、魂は保管しておいてやろう。新世界に移動する際に私が新しい器を創造し与える。お前は新しい世界で愛する男と幸せに暮らす事が出来るのだ」
それを聞いたオリヴィアはやっと、安心した表情に変わり、口を開いた。
「考えが至らず申し訳ありませんでした、メーデイア様。しっかり、務めを果たさせていただきます!」
エリーナに向け、両手を広げたオリヴィアを見たメーデイアはオリヴィアの背後で微笑んだ。
その様子を見て、ワクールを治療しながら冷や汗を出すエリーナ。
ワクールが倒れたまま、エリーナに話しかける。
「に……、逃げてくれエリーナ。元はといえばオリヴィアに計画を話してしまった私の失態。私はどうなっても構わない。……お前だけでも無事なら奴らに対抗できる……」
「私がここで逃げれば間違いなくメーデイアはお前を狙うだろう……。奴は私がお前を庇う事をわかっていて、こちらに聞こえるようにわざと自分達の作戦を叫んだのだから。
……安心しろ。今の私なら禁呪魔法であろうと何度か耐えられる。お前は防御障壁で護るから大丈夫だ」
エリーナが真剣な表情でワクールを見つめた。
「お願いだ、エリーナ! お前の足手纏いになりたくない! 逃げてくれ!!」
ワクールが叫ぶと同時に上空が光った。
「もう、遅い! 2人揃って死ね……!
炎属性禁呪魔法!!」
メーデイアがエリーナに向けて右手をかざすと、エリーナの上空5mの位置で赤い球体が生まれ、凄まじい勢いで広がり始めた。広がった球体がエリーナを飲み込もうとした瞬間大爆発が起きる。
ズォッ!!
爆発は5番街を中心にルーメリア全体に被害を及し、爆風によって、殆どの建物を吹き飛ばした。しばらくして、攻撃を受けた2人が黒煙の中から姿を現す。
エリーナの防御障壁で最小限のダメージで済んだワクールと、ボロボロになりながら、ワクールの治療を続けるエリーナの姿がそこにはあった。
その姿をみて笑うメーデイア。
「ははははは……! 馬鹿な奴だ。
その男を見捨てて1人で戦えば、我々に勝てたかもしれんというのに……。私を裏切った罰だ。これからは、禁呪魔法で一気に殺したりはしない。エリーナ、お前には上級魔法の連撃で嬲り殺してやる!」
エリーナはワクールの方を見て、驚いた表情に変わり、メーデイアを無視して治療を続けた。
「ふふふ……、絶望し、反撃する事すら諦めたか! 少々つまらんが、苦しみながら死ぬのだ!」
メーデイアがエリーナに向け、両手を広げて話した。
それを見て慌ててワクールがエリーナに叫ぶ。
「エリーナ、もういい、十分だ! 私を置いて行くんだ!!」
しかし、エリーナはワクールの治療をやめない。
顔をあげてエリーナが微笑んで話した。
「ワクール、喜べ! 私達の勝ちだ!」
メーデイアから放たれた炎属性魔法がエリーナに向け放たれる。
その瞬間、エリーナの背後にアンナが降り立ち、メーデイアの魔法を迎撃する。
「!!!?」
メーデイアとオリヴィアが驚く。
すぐに背後から声が聞こえる。
「白雷!!」
メーデイアが振り返るとディアナがビーストモードの姿で突きを繰り出していた。
心臓に向け放たれた突きをメーデイアは身体を捻って回避しようとしたが、凄まじい速度のディアナの攻撃に反応が遅れて、左肩を貫かれる。
「メーデイア様!!」
メーデイアを振り返ったオリヴィアが焦ったように叫ぶが、すぐに自身の身の危険を察知して、上を見る。
上空から降りてきたビーストモードの姿をしたフレイヤがオリヴィアに向け槍を振り下ろして呟いた。
「蒼竜!!」
微動だに出来ずに肩口から斜めに斬られるオリヴィア。
直後にメーデイア、オリヴィア共に、その場を消え、地上に瞬間移動する。
それを見て、地上に降りながら呟くフレイヤ。
「神速も使うのか!」
地上に降り立ち、メーデイアの側に移動したオリヴィアが自身の怪我を二の次にし、メーデイアに治癒魔法をかけ始める。
「おのれ……! ルナマリアが駆けつける事は想定内だが、なぜ、他国にいる筈のあの2人までここにいる!」
ディアナとフレイヤを見つめて怒りの表情でメーデイアが話した。
「……や、奴らの中にテレポートに近いスキルを保有した者がいるのかもしれません……」
重傷で辛そうに口を開くオリヴィア。
「くそ! なんたる誤算だ。
各国に戦力を分散している今、各国毎に反旗を翻した終焉の巫女を抹殺すれば済む計画だったが、こんなに早く援軍が来るとは……!
テレポート系の魔法は先読みの巫女ソフィアが死んで以降、誰も使う者がいなかった程の超特殊スキルだ! 奴らの中にその類のスキルを持つ者が本当にいるとでもいうのか!!」
メーデイアが苛立って叫ぶ。
エリーナを助けたアンナは、メーデイア達がすぐに攻撃を仕掛けてこない事を悟ると、エリーナを振り返って話した。
「大丈夫、エリーナ?」
「あ……、ああ、ワクールなら思念の伝達で伝えた通り、危険な状態は脱した。もう少し時間がかかるが、このまま治療を続ければ歩いて避難出来るくらいまでなら回復するだろう」
「違うわ! 私が聞いてるのはエリーナの方よ! そんなにボロボロになるまで無茶して……!
……さっき、衛兵から通信魔法が入って、ルーメリアの民は7割が逃げ切れたみたい。残りの3割は殺されてしまったようだけど……」
「すまない……、私がいながら……」
「……ううん。衛兵の話だと7割でも逃げ切れただけでも奇跡だって聞いたわ。相手が片翼の女神だもんね。
エリーナ、ワクール、…………ありがとう。後は私達に任せて!!」
多くの民を失い、辛そうな声を出しながら、エリーナとワクールを気遣うアンナを見て、エリーナはそれ以上、討論する事をやめて口を開いた。
「……ああ、私はワクールを治療しながら、休ませてもらう」
地上に降りたディアナは、街の状況とエリーナの状態を見て、メーデイア達の方を向き直り怒って叫んだ。
「貴様ら……! 貴様らが何者であっても絶対に許さんぞ!!」
怒りに震えるディアナを見て冷笑を浮かべながら、メーデイアが話した。
「許さなかったらどうなるというのだ……?」
「今度こそ心臓を貫き、息の根を止めてやる!」
ディアナがメーデイアに斬りかかる。
「ディアナ! 迂闊に飛び込むな!」
エリーナが慌てて叫ぶが、ディアナは聞く耳を持たずメーデイアに斬り込む。
メーデイアの前に傷の治療を終えたオリヴィアが入り、魔法を唱えた。
「超上級炎属性魔法!」
灼熱の炎が広範囲に広がり、オリヴィアが叫んだ。
「馬鹿が! 飛んで火にいる夏の虫とはこの事だ」
ゴォオ!!
「ディアナ!」
ディアナが炎に包まれるのを見て、慌てた表情で叫ぶエリーナ。
しかし、フレイヤが落ち着いた声でエリーナに話しかける。
「あー、エリーナさんはまだ、知らないか……。
ディアナなら、大丈夫……。ここ2年半で私達もびっくりするくらい強くなったから!」
フレイヤが話し終えると同時に超上級炎属性魔法を槍の振り上げだけでかき消し、無傷のディアナが姿を現した。
「なっ……!?」
驚いて身体が硬直するオリヴィア。
それを見逃さず、槍でなぎ払おうとしたディアナだったが、寸前でオリヴィアが短剣を抜き、それを防ぐ。
互いに数度打ち合い、少し距離を置く。
その状況を見て、メーデイアは驚いた。
(なんだ、この状況は……!
オリヴィアと同じ8大災厄の1人で、力を覚醒させたエリーナに苦戦するのはわかる……。しかし、この状況はなんだ! ただの獣人族1人にあのオリヴィアが苦戦しているだと!? ……本来、我々にダメージを与える事自体、不可能な筈なのに! ここ2年半で奴らも大幅に力を上げたということか……!!)
「よそ見はいけないよ!」
ビュウッ!!
いつの間にかメーデイアの背後に回り込んでいたフレイヤが槍を振り下ろすが、メーデイアがギリギリで躱す。
逃すまいとフレイヤは目にも止まらぬスピードで槍を振り回し、メーデイアに魔法を唱える隙を与えない。
しばらくディアナと、フレイヤがそれぞれの相手と近接戦闘を行った後、ディアナとフレイヤは両脇に逸れるように距離を置いた。
「魔法を使える我らに距離を取るとは、なにを……」
オリヴィアが呟いた瞬間、メーデイアが叫ぶ。
「前だ! オリヴィア!!」
エリーナの前に立ち、詠唱を続けていたアンナがメーデイアとオリヴィアに掌を向けた。
「愚か者……! 我らに魔法は通じない!
魔法完全妨害禁呪魔法!!」
オリヴィアが話すと同時にアンナが微笑んで叫んだ。
「雷属性禁呪魔法!!!!」
ズッガァーーーーーーン!!
5番街全体を覆う程の落雷が落ちる。
辺りは砂埃に包まれ、少しして、エリーナの目の前に大きく成長したアンナの後ろ姿が現れた。
「ルナ……、お前いつの間に禁呪魔法を……!」
驚いてアンナを見つめるエリーナ。
振り返って笑顔で応えるアンナ。
「まだ、エリーナみたいに早く詠唱出来ないし、この雷属性しか禁呪は使えないけどね……。先日、なんとかものにしたわ!」
アンナ達の元にディアナとフレイヤが集まり、ディアナが口を開いた。
「凄かったですよ、ルナ様! 禁呪魔法まで習得しておられるなんて!」
「今のでかなりダメージは与えた。
これから、アレン様達もすぐに駆けつける! このまま攻めれば、計画の日を待たずに今日、片翼の女神を封印出来るかもしれない!」
フレイヤが喜ぶように話した。
次の瞬間、エリーナはメーデイア達の方から寒気を感じて叫んだ。
「油断するな! 新手だ!!」
メーデイア達の周りの砂埃が晴れていくと同時に笑い声が聞こえてきた。
「クヒヒ……! メーデイア様……!! 奴ら、先ほどの攻撃程度で我々を封印出来ると勘違いしたみたいですよ」
「……それは不愉快だ」
砂埃が完全に晴れ、メーデイアとオリヴィアの前に立つピエロのような帽子を被り、派手な格好をした男にメーデイアが命令する。
「奴らを殺せ、ショロトル!」
メーデイアの言葉を聞いたショロトルはそれに応えた。
「仰せのままに……!」
ショロトルがフレイヤの方を見つめる。次の瞬間、フレイヤの背中から血しぶきが舞い、前のめりにフレイヤが膝をつく。
「「!!!!? フレイヤっ!!」」
何が起きたかわからないアンナ達は皆、一斉に叫んだ。
エリーナが焦った表情で思考を巡らせる。
(新手の8大災厄! なんて事だ! まさか、片翼の女神が反乱の制裁だけで、全ての8大災厄を呼び寄せるなんて……!
ショロトルと呼ばれたあいつが、どうやって攻撃したのか分からなかった……! 見ただけで対象の部位を破壊する事が出来るスキルだとでもいうのか!? 反則というレベルを超えている……!
それに、どうやってルナの禁呪魔法を防いだのだ? 防御魔法を展開する時間はなかったのに……。奴のスキル特性を理解しなければ、この場で勝つのは厳しいぞ!)
ディアナがフレイヤの元に駆けつけ、傷の状態を確認する。
「フレイヤ! 大丈夫か!?」
「……はは、君が私を心配とはね……。たまには傷を負うのも悪くないかも……」
「馬鹿なことを言っている場合か!? 早く手当てを!」
「私は大丈夫だ……! まだ戦える。私のことより、新手のあいつをよく見るんだ。いつ、どのタイミングで攻撃が襲ってくるかわからない!」
「上級土属性魔法!!」
オリヴィアが大岩の雨を降らせる。
「土属性防御魔法!」
アンナが上空に防御魔法を展開する。
その隙をつき、ショロトルがアンナの方を見つめて呟いた。
「ナイス、オリヴィアちゃん!」
次の瞬間、アンナの両腕に丸く小さな風穴が空く。
「きゃああ!」
アンナが風穴が空いた箇所を手で抑えて、すぐに治癒魔法を使用する。
「ルナっ!」
アンナの戦況を見ていたエリーナが心配して叫ぶ。
ディアナは一瞬でショロトルとの間合いを詰めて、上から槍を振り下ろそうとした。
(奴の攻撃直後の僅かな隙! 逃さん!)
しかし、次の瞬間、ディアナの足元から黒い矢が打ち上がる。
「上級闇属性魔法!!
……私がいる事も忘れるな!」
メーデイアが冷たい笑みを浮かべて話した。
ディアナがメーデイアの攻撃を受けてフレイヤの位置まで吹き飛ばされる。
ワクールの治療を終えたエリーナが話した。
「ワクール、今のうちに離脱しろ! 街の外にいる民をハーメンスまで導くんだ。お前にしか頼めない!」
エリーナの焦りと、必死に頼む姿を見てワクールは応えた。
「……わかった。今、私に出来る事はそれしかあるまい。必ず生き残った民を安全な場所まで誘導する。エリーナ、みんなを頼む!」
「ああ、お前こそ、我が国の民を頼んだぞ!」
エリーナがワクールに背を向け、立ち上がって応えた。
それを見て、ワクールは覚悟を決め、エリーナ達に背を向け、ルーメリアの外にある避難所へ向け、走り出した。
少し走った後、オリヴィアの方を少しだけ振り返って、迷いを振り払うように首を数度振り、また、前を向いて走り出した。
それを見ていたメーデイアがオリヴィアに話しかける。
「良いのか? お前の大切な男なのだろう?」
オリヴィアは、メーデイアの言葉に少し考えるような顔をした後、口を開いた。
「今は戦闘中です……。目の前の敵の排除が最優先。……あの男とはいづれ、決着をつけます」
それを聞いていたショロトルが笑いながら話す。
「クヒヒ……。お堅いオリヴィアちゃんのお気に入りがいたなんて、これは、面白いね! ちょっと追いかけて遊んじゃおうかな~」
それを聞いたオリヴィアが恐ろしく冷たい目でショロトルを見つめて口を開いた。
「ショロトル……、貴様、あの男になにかしてみろ……。その首、切り落とすぞ!」
「クヒヒヒ……! じょ~だんだよ、オリヴィアちゃん。まったく、オリヴィアちゃんは怖い顔も可愛いなぁ~」
オリヴィアの威嚇に、物怖じするどころか楽しむ様子のショロトル。
次の瞬間、メーデイアに拘束用補助魔法が巻きつき、動きを封じる。
「!!!?」
オリヴィアとショロトルが驚いて横を見ると、一瞬で詠唱を済ませ、高難度特殊魔法の拘束用補助魔法を唱えたエリーナが目に入る。
ショロトルに更に衝撃が走る。
一瞬で距離を詰めていたフレイヤが死角となる足元に屈んだ体制で槍を構えていた。
「死蒼」
ショロトルの顔面に向け、足元から恐ろしく早い突きが襲う。
顔をなんとか捻って避けたショロトルに向け、フレイヤが追撃する。
「黒縫」
顔面に向け、フレイヤの水平切りがショロトルを襲う。
屈んで躱したショロトルは驚く事になる。躱した筈の水平切りは幻覚で、目の前に始めから屈んで水平切りを行ったフレイヤがそこにはいた。
ゴトリっとショロトルの首が落ちる。
拘束されたメーデイアを助けようとしていたオリヴィアは、メーデイアに触れようとした瞬間、後ろに飛び退く。
なぜなら、足元から、アンナが唱えた上級炎属性魔法が発動し、爆炎が上がるのを予見したからだ。
ドォオオーーン!!
「ちぃ……! たかが、終焉の巫女のくせに、詠唱が早い!」
呟いたオリヴィアに戦慄が走る。背後を完全にとったディアナが呟いた。
「絶技……! 白王馬!!」
オリヴィアは、ディアナの両手と槍がコンマ数秒の間、見えなくなる。1秒にも満たない時間の中で、オリヴィアは必死に後方に飛び退いた。
ディアナの動きが止まったのを見て、オリヴィアは安堵して口を開いた。
「お前はスピードが取り柄のようだが、私も中々早いだろう? 絶技は発動までに時間が少々かかる……。いくらお前が早かろうが……」
オリヴィアが続きを話そうとした時、ディアナがそれを止めるように話した。
「108回……」
ディアナがオリヴィアを指差す。
オリヴィアが不機嫌そうな表情を浮かべ、ディアナを睨んで口を開いた。
「なんだ、それは……」
「お前を突いた回数だ……。残念ながら、私の絶技は、発動から発動終わりまで、音速を超える。初見で躱すのは不可能だ。……私とルナ様の勝ちだ」
ドバっ!!
ディアナが話し終えると同時にオリヴィアの身体中から血が吹き出し、その場にオリヴィアは倒れた。
目の前で起きた信じられない光景に驚くエリーナ。
(いくら、力を封印されているとはいえ、あの8大災厄を倒すなんて……。ディアナ、フレイヤ、本当に強くなった! あとは、片翼の女神を弱らせて、アンナの首にかけてあるソフィア様の首飾りに封印するのみ!)
ショロトルを倒したフレイヤと、オリヴィアを倒したディアナが、拘束用補助魔法に拘束されている片翼の女神を囲むように距離を詰める。
槍を構えてディアナが話す。
「お前の部下は倒した! 覚悟しろ、メーデイア!」
それに呼応する様にフレイヤも槍を構えた。
拘束用補助魔法に拘束されたまま、メーデイアが微笑んで話した。
「背後を取るのは得意でも、取られる事には慣れていないようだな……」
「なにっ……!?」
ディアナとフレイヤが驚いた瞬間、アンナとエリーナはディアナの背後に忍び寄るオリヴィアと、フレイヤの背後で斬り落とされた筈の首を元に戻し、笑いながら立ち上がるショロトルの姿を見た。
アンナはディアナに向かって、エリーナはフレイヤに向かって叫んだ。
「ディアナ、後ろ!」
「フレイヤ、後ろだ!」
ズババっ!!
ディアナはオリヴィアに背後から短剣で刺され、フレイヤはショロトルの特殊スキルにより、背中から切り刻まれた。
「うわぁ!!」
「ぐぅっ!!」
前方に倒れるディアナと、フレイヤ。
すぐに拘束用補助魔法を強引に解除するメーデイア。
パキンっ!
「なっ!? 私の拘束用補助魔法をいとも簡単に!」
驚愕の表情を浮かべて、エリーナが叫んだ。
「本気で、私を拘束出来ると思っていたのか? 鬱陶しい獣人族を誘い出す為に、わざと捕まったフリをしていただけだ」
「なんで……!? 確かに敵の2人はディアナとフレイヤが倒したのに!」
身体を震わせながら、アンナが呟く。
オリヴィアは手に持っていた小瓶を横に投げ捨てる。
それを見ていたエリーナが驚いて話した。
「パナケイアの秘薬……! それをどこで!?」
エリーナの台詞を聞いて、オリヴィアが答えた。
「……それをどこでだと? 発明者が、薬の調合方法を知らない訳がないだろう? 身体の傷を瞬時に治し、殆どの内部エネルギーを回復するこんな便利な薬を、戦闘に向かう際に持ち歩かない程、私は愚かではないのでね……」
「幻の薬の発明者がお前だと……!?
癒しの神が作った世界に10個だけ存在する薬ではないのか……?」
エリーナがオリヴィアに尋ねる。
「それは開発の一歩目すら考えられない人間どもが流した作り話だ。
私は、この薬を好きなだけ調合できる。まあ、材料を手に入れるのはかなり苦労するから私も手に持てる程しか持っていないがな……。
まあ、これがある限り、私の首をはねるか、身体を完全に消し去る以外、私を殺す方法はないと言う事だ」
オリヴィアが微笑みながら話した。
「……それでは、ショロトルはなぜ、首を飛ばしても死なない! いくらパナケイアの秘薬でも、首を飛ばした者は復活出来ない筈だ!」
エリーナが焦るように尋ねた。
「僕はオリヴィアちゃんから助けられた訳ではないのよ、アテナちゃん……、ん? 今はエリーナちゃんだっけ? ……まぁ、それはどうでもいいとして、僕は首をはねられてもこの通り、元に戻せるし、死なないという事さ」
ふざけた口調でショロトルが応えた。
「そ、そんな馬鹿なこと……」
アンナが驚きながら呟く。
「そんな馬鹿なことを可能にするのが、8大災厄というだけの話だ!」
メーデイアがニヤリと笑って応えた。
傷ついた身体を震わせながら、ディアナとフレイヤが立ち上がろうとする。
「その獣人族2人を回復されると厄介だ。お前らトドメを刺せ!」
メーデイアがオリヴィアとショロトルに向け話した。
「仰せのままに!」
「仰せのままに!」
オリヴィアとショロトルがディアナとフレイヤにそれぞれ攻撃を加えようと構えた時、アンナが目を瞑って叫んだ。
「やめてーーーー!!」
ガキィーーーーン!!
「!!!?」
オリヴィアとショロトルが驚く。
次の瞬間、オリヴィアの短剣を突然現れたミアが受け止め、ショロトルの目に見えない攻撃をアレンが全て捌いて見せた。
「水弾!!」
「絶空!!」
ミアは身体中から弾丸を飛ばし、アレンは闘気を込めた突きを繰り出した。
オリヴィアは後方に躱し、ショロトルはアレンの素早い攻撃を躱せず、脇腹を貫かれ、はるか後方に飛ばされる。
「アレン! ミア!!」
ギリギリでディアナとフレイヤを救ったアレンとミアとの再会を喜ぶアンナ。
ミアの攻撃を後方に躱したオリヴィアに全方位から風魔法が襲う。
「上級風属性魔法!!」
動きを拘束され、オリヴィアが呟く。
「だ……、誰だ!? こんな魔法を……!!」
上空を見ると青髪を揺らして空を飛ぶアリシアがそこにいた。
「アリシアまで……!」
窮地を乗り越え、笑顔が戻るアンナ。
「ここに来る前に思念の伝達でワクールから色々聞かせて貰ったわ。貴方は、その両手を向けた対象の魔法を防ぐのでしょう? ならば、動きを封じれば良いだけ」
アリシアが冷静に話した。
鼻で笑ったように応えるオリヴィア。
「風魔法で拘束か! いつまで続くかな? 上級魔法程度では私はダメージなど受けんぞ」
「ええ、だから、これからダメージを与えるのですもの……」
アリシアが微笑んで応えた。
「なにっ!?」
オリヴィアが驚いた時、アリシアの力量を見抜いたメーデイアが焦るようにアリシアに向け、魔法を唱えようとしたが、一瞬だけ、アリシアが早く魔法を唱えた。
「超上級風属性魔法!!」
ゴォオオオオ!!
いくつもの竜巻が発生し、メーデイアとオリヴィアにダメージを与える。
しばらくして、嵐が止み、メーデイアとオリヴィアが怒った表情でアリシアに反撃しようとアリシアを見た。しかし、アリシアは更に詠唱を唱えて叫んだ。
それを見たメーデイアが呟く。
「馬鹿な……!!」
「風属性禁呪魔法!!!!」
ドンっ!!!!
アリシアの禁呪魔法が炸裂し、メーデイアとオリヴィアに深いダメージを与えた。
初めて膝をついたメーデイアと、身体を震わせながら立ち上がるオリヴィアに向け、アレンが微笑んで口を開いた。
「さあ……、反撃開始だ!!」
ワクールは本当は初めから気付いていた。
彼女の話す癖、立ち振る舞い、全ての言動が彼女であるということを。
ワクールは気付いていない振りをしていた。それが真実ではないと思いたかった。人付き合いが苦手な彼女でも、子供や動物には深い愛情を注ぎ、そして、なにより自分には良き友としていてくれた彼女が、今、片翼の女神の隣で人類の命を脅かす存在として、立っているという事実を。
(彼女が月の仮面の従者である場合、全ての疑問に辻褄があってしまう……。なぜ……、なぜなんだ……)
ワクールは残り少ない魔力で宙を浮き、エリーナとメーデイア達の間に移動した。
「ワクール!?」
エリーナが驚いて止めようとしたが、ワクールはエリーナの方に掌をかざして、エリーナの行動を止めた。
月の仮面の従者が間に割って入ってきたワクールに話しかけた。
「貴様……! 大した力もない癖に性懲りもなく我々の間に立つとはどれだけ愚か者なのだ……!」
それを聞いたワクールは笑った。
「ふふふ……。愚か者は君だよ。
わざわざ、自身の店を早く閉店させる不自然な行動を起こし、慌ててこの街から離れるように手紙まで残したんだからね。そう、この街があらかじめ襲撃されると知っているかのように」
月の仮面の従者が仮面に手をかけて話した。
「お前……、いえ、貴方にだけは知られたくなかったのに……。どうしてこの街に残った、ワクール」
それを聞いて自身の予想が間違いなかった事を確信し、ワクールは叫んだ。
「なぜなんだ、オリヴィア! なぜ君が8大災厄の1人なんだ!」
月の仮面の従者は、観念したように仮面をはいで見せた。
仮面の下には間違いなく眼鏡を外したオリヴィアの素顔が隠されていた。オリヴィアは茶色の長い髪を揺らして話した。
「私も聞きたいわ。なぜ、私が認めた貴方が裏切りの巫女達の側近になっているのか……。
その立場でさえなければ、約束の日にメーデイア様と私達、8大災厄の力の封印が解けた後に天界に招待してあげたのに……」
間に入るようにメーデイアが口を開く。
「そうか! 奴がお前が約束してほしいと言っていた男か! 面白い! 奴を本当に説得出来れば天界への移住を認めてやろう」
それを聞いたオリヴィアは目を輝かせて深く頭を下げた。
「どういう事だ、オリヴィア……!?」
ワクールが尋ねる。
「私が貴方から聞いた女神討伐計画をメーデイア様に密告した際に、メーデイア様は褒美を与えてくださる事をお約束してくださった。
だから、私は貴方だけでも密かに保護し、後に私が気に入っている保護したい一般人としてメーデイア様に報告するつもりだったのだが、貴方に私の正体がバレたことにより、それも叶わなくなったと諦めていた。
しかし、メーデイア様は慈悲深いお方……。
貴方の立場が裏切りの巫女の側近と知ってもなお、私の願いを聞いてくださる事を今、お約束して下さったのだ! ワクール、馬鹿な事はやめて私と天界へ行きましょう! 貴方ほど才に恵まれた人なら天界に住むに値する人だわ!」
オリヴィアがいつもの優しい表情に変わり、ワクールに話した。
「……私以外の人はどうなる?」
ワクールがオリヴィアを見つめて尋ねた。
「貴方のような有能な人材と、子供達は生かされるのよ! メーデイア様は約束の日に醜い争いをやめない無能な大人達を滅ぼした後は、新しい世界を作ってそこに次世代を担う人材を住まわせてくれるのよ! そこには貴方や私を馬鹿にしてきた無能な愚か者達は存在しない、素晴らしい世界が待ってるわ! だから、ワクール、メーデイア様の素晴らしい計画に手を貸して! 貴方ほどの頭脳と優しい心があれば、次世代の世界をより素晴らしくしてくれる筈よ」
オリヴィアがワクールに近づき、誘うように手を伸ばした。
ワクールは少しの沈黙の後、オリヴィアの誘う手に自分の手を伸ばした。
「ワクール! わかってくれたのね!」
オリヴィアが喜んだその瞬間、ワクールがオリヴィアの手をはね除ける。
「ワクールっ!!」
オリヴィアが怒った表情に変わりワクールを見つめる。
「争いを起こさない心優しい人間だけを選別し、新世界に移住させる計画……。確かに実現すれば私達にとっては素晴らしい話なのかもしれない……。だが一部の人間だけが救われるのはやはり許される事ではない。それに君の話は余りにも矛盾している。
オリヴィア、君の背後にいるメーデイアに尋ねてみてくれ……。なぜ、わざわざ大陸を3つに分けたのか……。争いのない世界を願う女神が、終焉の巫女に30年という寿命の呪いをつけ、その解除方法が"他の国を滅ぼし、世界統一する事"なのかを……。
これではまるで……、片翼の女神自身が人々の争いを望んでいるようではないか!」
ワクールが真剣な表情でオリヴィアに語りかけた。
ワクールとエリーナは確かに見た。
ワクールの言葉に何も言い返せなくなって考えるオリヴィアの背後で冷笑を浮かべるメーデイアの顔を。
そして、確信した。長年、片翼の女神が計画していた恐るべき本当の目的がワクールとエリーナが予想したものだという事を。
「オリヴィア! 聞け!
片翼の女神の本当の目的は……!」
ピュウウゥン!!
ワクールがメーデイアの真の目的を話そうとした瞬間、メーデイアの指先から放たれたレーザーのような光がワクールの胸を貫通し、ワクールは地上に落ち始めた。
「ワクール!!」
エリーナは慌ててワクールを助けに行き、地上スレスレでキャッチした。
「メーデイア様!? なにを……?」
オリヴィアがメーデイアの方を振り返り、突然の行動の意味を尋ねる。
「奴が私を貶めようとした罰だ。安心しろ。奴は殺してはいない。
私は約束は守る。この世界の愚かな大人達を滅ぼした後、お前に免じて、奴も新世界へ連れて行ってやる。
……しかし、先ほどのような愚行を繰り返すようなら、私にも考えがある。お前がしっかり教育するのだ、わかったな、オリヴィア?」
メーデイアが冷たい目でオリヴィアを見つめた。
「はいっ! メーデイア様! 勿論です。
ワクールには言って聞かせますので、どうかお慈悲を!」
慌てて跪くオリヴィア。
エリーナはワクールの状態が酷いことを知ると、すぐにエレメントを操り、治癒を行い始めた。
それを見たメーデイアがオリヴィアに話しかける。
「チャンスだ! 奴はエレメントで治癒行為を行なっている時は一切、その他の魔法やエレメントが使えない。今なら、無防備状態の奴に私の禁呪魔法を食らわせる事が出来る!
オリヴィア、お前は魔法完全妨害禁呪魔法を準備しておくのだ。万が一治癒行為を中断して、私の禁呪魔法を迎撃しようとしてもお前がそれを阻止するのだ。
治癒行為を中断して、私の攻撃を迎撃する際の短い時間では奴でも禁呪魔法の詠唱は間に合うまい。それ以下の魔法なら、お前の魔法完全妨害禁呪魔法で対処出来る。我々の勝ちだ!」
オリヴィアは困惑した表情で尋ねた。
「メーデイア様……。それではワクールにもメーデイア様の禁呪魔法が当たってしまいます!」
「愚か者! 奴にここで我々が敗北し、世界に争いの火種を残した状態にする事と、ここで我々が勝ち、世界を平和に導く事とどちらが大事だ!!
余計な事を言わず、私の言う事聞いておけば良いのだ!!」
メーデイアが怒ったように叫んだ。
それでも困惑した表情を解かないオリヴィアを見たメーデイアは今度は優しい表情に変わり話した。
「安心しろと言った筈だ。ここでワクールが死んだとしても、魂は保管しておいてやろう。新世界に移動する際に私が新しい器を創造し与える。お前は新しい世界で愛する男と幸せに暮らす事が出来るのだ」
それを聞いたオリヴィアはやっと、安心した表情に変わり、口を開いた。
「考えが至らず申し訳ありませんでした、メーデイア様。しっかり、務めを果たさせていただきます!」
エリーナに向け、両手を広げたオリヴィアを見たメーデイアはオリヴィアの背後で微笑んだ。
その様子を見て、ワクールを治療しながら冷や汗を出すエリーナ。
ワクールが倒れたまま、エリーナに話しかける。
「に……、逃げてくれエリーナ。元はといえばオリヴィアに計画を話してしまった私の失態。私はどうなっても構わない。……お前だけでも無事なら奴らに対抗できる……」
「私がここで逃げれば間違いなくメーデイアはお前を狙うだろう……。奴は私がお前を庇う事をわかっていて、こちらに聞こえるようにわざと自分達の作戦を叫んだのだから。
……安心しろ。今の私なら禁呪魔法であろうと何度か耐えられる。お前は防御障壁で護るから大丈夫だ」
エリーナが真剣な表情でワクールを見つめた。
「お願いだ、エリーナ! お前の足手纏いになりたくない! 逃げてくれ!!」
ワクールが叫ぶと同時に上空が光った。
「もう、遅い! 2人揃って死ね……!
炎属性禁呪魔法!!」
メーデイアがエリーナに向けて右手をかざすと、エリーナの上空5mの位置で赤い球体が生まれ、凄まじい勢いで広がり始めた。広がった球体がエリーナを飲み込もうとした瞬間大爆発が起きる。
ズォッ!!
爆発は5番街を中心にルーメリア全体に被害を及し、爆風によって、殆どの建物を吹き飛ばした。しばらくして、攻撃を受けた2人が黒煙の中から姿を現す。
エリーナの防御障壁で最小限のダメージで済んだワクールと、ボロボロになりながら、ワクールの治療を続けるエリーナの姿がそこにはあった。
その姿をみて笑うメーデイア。
「ははははは……! 馬鹿な奴だ。
その男を見捨てて1人で戦えば、我々に勝てたかもしれんというのに……。私を裏切った罰だ。これからは、禁呪魔法で一気に殺したりはしない。エリーナ、お前には上級魔法の連撃で嬲り殺してやる!」
エリーナはワクールの方を見て、驚いた表情に変わり、メーデイアを無視して治療を続けた。
「ふふふ……、絶望し、反撃する事すら諦めたか! 少々つまらんが、苦しみながら死ぬのだ!」
メーデイアがエリーナに向け、両手を広げて話した。
それを見て慌ててワクールがエリーナに叫ぶ。
「エリーナ、もういい、十分だ! 私を置いて行くんだ!!」
しかし、エリーナはワクールの治療をやめない。
顔をあげてエリーナが微笑んで話した。
「ワクール、喜べ! 私達の勝ちだ!」
メーデイアから放たれた炎属性魔法がエリーナに向け放たれる。
その瞬間、エリーナの背後にアンナが降り立ち、メーデイアの魔法を迎撃する。
「!!!?」
メーデイアとオリヴィアが驚く。
すぐに背後から声が聞こえる。
「白雷!!」
メーデイアが振り返るとディアナがビーストモードの姿で突きを繰り出していた。
心臓に向け放たれた突きをメーデイアは身体を捻って回避しようとしたが、凄まじい速度のディアナの攻撃に反応が遅れて、左肩を貫かれる。
「メーデイア様!!」
メーデイアを振り返ったオリヴィアが焦ったように叫ぶが、すぐに自身の身の危険を察知して、上を見る。
上空から降りてきたビーストモードの姿をしたフレイヤがオリヴィアに向け槍を振り下ろして呟いた。
「蒼竜!!」
微動だに出来ずに肩口から斜めに斬られるオリヴィア。
直後にメーデイア、オリヴィア共に、その場を消え、地上に瞬間移動する。
それを見て、地上に降りながら呟くフレイヤ。
「神速も使うのか!」
地上に降り立ち、メーデイアの側に移動したオリヴィアが自身の怪我を二の次にし、メーデイアに治癒魔法をかけ始める。
「おのれ……! ルナマリアが駆けつける事は想定内だが、なぜ、他国にいる筈のあの2人までここにいる!」
ディアナとフレイヤを見つめて怒りの表情でメーデイアが話した。
「……や、奴らの中にテレポートに近いスキルを保有した者がいるのかもしれません……」
重傷で辛そうに口を開くオリヴィア。
「くそ! なんたる誤算だ。
各国に戦力を分散している今、各国毎に反旗を翻した終焉の巫女を抹殺すれば済む計画だったが、こんなに早く援軍が来るとは……!
テレポート系の魔法は先読みの巫女ソフィアが死んで以降、誰も使う者がいなかった程の超特殊スキルだ! 奴らの中にその類のスキルを持つ者が本当にいるとでもいうのか!!」
メーデイアが苛立って叫ぶ。
エリーナを助けたアンナは、メーデイア達がすぐに攻撃を仕掛けてこない事を悟ると、エリーナを振り返って話した。
「大丈夫、エリーナ?」
「あ……、ああ、ワクールなら思念の伝達で伝えた通り、危険な状態は脱した。もう少し時間がかかるが、このまま治療を続ければ歩いて避難出来るくらいまでなら回復するだろう」
「違うわ! 私が聞いてるのはエリーナの方よ! そんなにボロボロになるまで無茶して……!
……さっき、衛兵から通信魔法が入って、ルーメリアの民は7割が逃げ切れたみたい。残りの3割は殺されてしまったようだけど……」
「すまない……、私がいながら……」
「……ううん。衛兵の話だと7割でも逃げ切れただけでも奇跡だって聞いたわ。相手が片翼の女神だもんね。
エリーナ、ワクール、…………ありがとう。後は私達に任せて!!」
多くの民を失い、辛そうな声を出しながら、エリーナとワクールを気遣うアンナを見て、エリーナはそれ以上、討論する事をやめて口を開いた。
「……ああ、私はワクールを治療しながら、休ませてもらう」
地上に降りたディアナは、街の状況とエリーナの状態を見て、メーデイア達の方を向き直り怒って叫んだ。
「貴様ら……! 貴様らが何者であっても絶対に許さんぞ!!」
怒りに震えるディアナを見て冷笑を浮かべながら、メーデイアが話した。
「許さなかったらどうなるというのだ……?」
「今度こそ心臓を貫き、息の根を止めてやる!」
ディアナがメーデイアに斬りかかる。
「ディアナ! 迂闊に飛び込むな!」
エリーナが慌てて叫ぶが、ディアナは聞く耳を持たずメーデイアに斬り込む。
メーデイアの前に傷の治療を終えたオリヴィアが入り、魔法を唱えた。
「超上級炎属性魔法!」
灼熱の炎が広範囲に広がり、オリヴィアが叫んだ。
「馬鹿が! 飛んで火にいる夏の虫とはこの事だ」
ゴォオ!!
「ディアナ!」
ディアナが炎に包まれるのを見て、慌てた表情で叫ぶエリーナ。
しかし、フレイヤが落ち着いた声でエリーナに話しかける。
「あー、エリーナさんはまだ、知らないか……。
ディアナなら、大丈夫……。ここ2年半で私達もびっくりするくらい強くなったから!」
フレイヤが話し終えると同時に超上級炎属性魔法を槍の振り上げだけでかき消し、無傷のディアナが姿を現した。
「なっ……!?」
驚いて身体が硬直するオリヴィア。
それを見逃さず、槍でなぎ払おうとしたディアナだったが、寸前でオリヴィアが短剣を抜き、それを防ぐ。
互いに数度打ち合い、少し距離を置く。
その状況を見て、メーデイアは驚いた。
(なんだ、この状況は……!
オリヴィアと同じ8大災厄の1人で、力を覚醒させたエリーナに苦戦するのはわかる……。しかし、この状況はなんだ! ただの獣人族1人にあのオリヴィアが苦戦しているだと!? ……本来、我々にダメージを与える事自体、不可能な筈なのに! ここ2年半で奴らも大幅に力を上げたということか……!!)
「よそ見はいけないよ!」
ビュウッ!!
いつの間にかメーデイアの背後に回り込んでいたフレイヤが槍を振り下ろすが、メーデイアがギリギリで躱す。
逃すまいとフレイヤは目にも止まらぬスピードで槍を振り回し、メーデイアに魔法を唱える隙を与えない。
しばらくディアナと、フレイヤがそれぞれの相手と近接戦闘を行った後、ディアナとフレイヤは両脇に逸れるように距離を置いた。
「魔法を使える我らに距離を取るとは、なにを……」
オリヴィアが呟いた瞬間、メーデイアが叫ぶ。
「前だ! オリヴィア!!」
エリーナの前に立ち、詠唱を続けていたアンナがメーデイアとオリヴィアに掌を向けた。
「愚か者……! 我らに魔法は通じない!
魔法完全妨害禁呪魔法!!」
オリヴィアが話すと同時にアンナが微笑んで叫んだ。
「雷属性禁呪魔法!!!!」
ズッガァーーーーーーン!!
5番街全体を覆う程の落雷が落ちる。
辺りは砂埃に包まれ、少しして、エリーナの目の前に大きく成長したアンナの後ろ姿が現れた。
「ルナ……、お前いつの間に禁呪魔法を……!」
驚いてアンナを見つめるエリーナ。
振り返って笑顔で応えるアンナ。
「まだ、エリーナみたいに早く詠唱出来ないし、この雷属性しか禁呪は使えないけどね……。先日、なんとかものにしたわ!」
アンナ達の元にディアナとフレイヤが集まり、ディアナが口を開いた。
「凄かったですよ、ルナ様! 禁呪魔法まで習得しておられるなんて!」
「今のでかなりダメージは与えた。
これから、アレン様達もすぐに駆けつける! このまま攻めれば、計画の日を待たずに今日、片翼の女神を封印出来るかもしれない!」
フレイヤが喜ぶように話した。
次の瞬間、エリーナはメーデイア達の方から寒気を感じて叫んだ。
「油断するな! 新手だ!!」
メーデイア達の周りの砂埃が晴れていくと同時に笑い声が聞こえてきた。
「クヒヒ……! メーデイア様……!! 奴ら、先ほどの攻撃程度で我々を封印出来ると勘違いしたみたいですよ」
「……それは不愉快だ」
砂埃が完全に晴れ、メーデイアとオリヴィアの前に立つピエロのような帽子を被り、派手な格好をした男にメーデイアが命令する。
「奴らを殺せ、ショロトル!」
メーデイアの言葉を聞いたショロトルはそれに応えた。
「仰せのままに……!」
ショロトルがフレイヤの方を見つめる。次の瞬間、フレイヤの背中から血しぶきが舞い、前のめりにフレイヤが膝をつく。
「「!!!!? フレイヤっ!!」」
何が起きたかわからないアンナ達は皆、一斉に叫んだ。
エリーナが焦った表情で思考を巡らせる。
(新手の8大災厄! なんて事だ! まさか、片翼の女神が反乱の制裁だけで、全ての8大災厄を呼び寄せるなんて……!
ショロトルと呼ばれたあいつが、どうやって攻撃したのか分からなかった……! 見ただけで対象の部位を破壊する事が出来るスキルだとでもいうのか!? 反則というレベルを超えている……!
それに、どうやってルナの禁呪魔法を防いだのだ? 防御魔法を展開する時間はなかったのに……。奴のスキル特性を理解しなければ、この場で勝つのは厳しいぞ!)
ディアナがフレイヤの元に駆けつけ、傷の状態を確認する。
「フレイヤ! 大丈夫か!?」
「……はは、君が私を心配とはね……。たまには傷を負うのも悪くないかも……」
「馬鹿なことを言っている場合か!? 早く手当てを!」
「私は大丈夫だ……! まだ戦える。私のことより、新手のあいつをよく見るんだ。いつ、どのタイミングで攻撃が襲ってくるかわからない!」
「上級土属性魔法!!」
オリヴィアが大岩の雨を降らせる。
「土属性防御魔法!」
アンナが上空に防御魔法を展開する。
その隙をつき、ショロトルがアンナの方を見つめて呟いた。
「ナイス、オリヴィアちゃん!」
次の瞬間、アンナの両腕に丸く小さな風穴が空く。
「きゃああ!」
アンナが風穴が空いた箇所を手で抑えて、すぐに治癒魔法を使用する。
「ルナっ!」
アンナの戦況を見ていたエリーナが心配して叫ぶ。
ディアナは一瞬でショロトルとの間合いを詰めて、上から槍を振り下ろそうとした。
(奴の攻撃直後の僅かな隙! 逃さん!)
しかし、次の瞬間、ディアナの足元から黒い矢が打ち上がる。
「上級闇属性魔法!!
……私がいる事も忘れるな!」
メーデイアが冷たい笑みを浮かべて話した。
ディアナがメーデイアの攻撃を受けてフレイヤの位置まで吹き飛ばされる。
ワクールの治療を終えたエリーナが話した。
「ワクール、今のうちに離脱しろ! 街の外にいる民をハーメンスまで導くんだ。お前にしか頼めない!」
エリーナの焦りと、必死に頼む姿を見てワクールは応えた。
「……わかった。今、私に出来る事はそれしかあるまい。必ず生き残った民を安全な場所まで誘導する。エリーナ、みんなを頼む!」
「ああ、お前こそ、我が国の民を頼んだぞ!」
エリーナがワクールに背を向け、立ち上がって応えた。
それを見て、ワクールは覚悟を決め、エリーナ達に背を向け、ルーメリアの外にある避難所へ向け、走り出した。
少し走った後、オリヴィアの方を少しだけ振り返って、迷いを振り払うように首を数度振り、また、前を向いて走り出した。
それを見ていたメーデイアがオリヴィアに話しかける。
「良いのか? お前の大切な男なのだろう?」
オリヴィアは、メーデイアの言葉に少し考えるような顔をした後、口を開いた。
「今は戦闘中です……。目の前の敵の排除が最優先。……あの男とはいづれ、決着をつけます」
それを聞いていたショロトルが笑いながら話す。
「クヒヒ……。お堅いオリヴィアちゃんのお気に入りがいたなんて、これは、面白いね! ちょっと追いかけて遊んじゃおうかな~」
それを聞いたオリヴィアが恐ろしく冷たい目でショロトルを見つめて口を開いた。
「ショロトル……、貴様、あの男になにかしてみろ……。その首、切り落とすぞ!」
「クヒヒヒ……! じょ~だんだよ、オリヴィアちゃん。まったく、オリヴィアちゃんは怖い顔も可愛いなぁ~」
オリヴィアの威嚇に、物怖じするどころか楽しむ様子のショロトル。
次の瞬間、メーデイアに拘束用補助魔法が巻きつき、動きを封じる。
「!!!?」
オリヴィアとショロトルが驚いて横を見ると、一瞬で詠唱を済ませ、高難度特殊魔法の拘束用補助魔法を唱えたエリーナが目に入る。
ショロトルに更に衝撃が走る。
一瞬で距離を詰めていたフレイヤが死角となる足元に屈んだ体制で槍を構えていた。
「死蒼」
ショロトルの顔面に向け、足元から恐ろしく早い突きが襲う。
顔をなんとか捻って避けたショロトルに向け、フレイヤが追撃する。
「黒縫」
顔面に向け、フレイヤの水平切りがショロトルを襲う。
屈んで躱したショロトルは驚く事になる。躱した筈の水平切りは幻覚で、目の前に始めから屈んで水平切りを行ったフレイヤがそこにはいた。
ゴトリっとショロトルの首が落ちる。
拘束されたメーデイアを助けようとしていたオリヴィアは、メーデイアに触れようとした瞬間、後ろに飛び退く。
なぜなら、足元から、アンナが唱えた上級炎属性魔法が発動し、爆炎が上がるのを予見したからだ。
ドォオオーーン!!
「ちぃ……! たかが、終焉の巫女のくせに、詠唱が早い!」
呟いたオリヴィアに戦慄が走る。背後を完全にとったディアナが呟いた。
「絶技……! 白王馬!!」
オリヴィアは、ディアナの両手と槍がコンマ数秒の間、見えなくなる。1秒にも満たない時間の中で、オリヴィアは必死に後方に飛び退いた。
ディアナの動きが止まったのを見て、オリヴィアは安堵して口を開いた。
「お前はスピードが取り柄のようだが、私も中々早いだろう? 絶技は発動までに時間が少々かかる……。いくらお前が早かろうが……」
オリヴィアが続きを話そうとした時、ディアナがそれを止めるように話した。
「108回……」
ディアナがオリヴィアを指差す。
オリヴィアが不機嫌そうな表情を浮かべ、ディアナを睨んで口を開いた。
「なんだ、それは……」
「お前を突いた回数だ……。残念ながら、私の絶技は、発動から発動終わりまで、音速を超える。初見で躱すのは不可能だ。……私とルナ様の勝ちだ」
ドバっ!!
ディアナが話し終えると同時にオリヴィアの身体中から血が吹き出し、その場にオリヴィアは倒れた。
目の前で起きた信じられない光景に驚くエリーナ。
(いくら、力を封印されているとはいえ、あの8大災厄を倒すなんて……。ディアナ、フレイヤ、本当に強くなった! あとは、片翼の女神を弱らせて、アンナの首にかけてあるソフィア様の首飾りに封印するのみ!)
ショロトルを倒したフレイヤと、オリヴィアを倒したディアナが、拘束用補助魔法に拘束されている片翼の女神を囲むように距離を詰める。
槍を構えてディアナが話す。
「お前の部下は倒した! 覚悟しろ、メーデイア!」
それに呼応する様にフレイヤも槍を構えた。
拘束用補助魔法に拘束されたまま、メーデイアが微笑んで話した。
「背後を取るのは得意でも、取られる事には慣れていないようだな……」
「なにっ……!?」
ディアナとフレイヤが驚いた瞬間、アンナとエリーナはディアナの背後に忍び寄るオリヴィアと、フレイヤの背後で斬り落とされた筈の首を元に戻し、笑いながら立ち上がるショロトルの姿を見た。
アンナはディアナに向かって、エリーナはフレイヤに向かって叫んだ。
「ディアナ、後ろ!」
「フレイヤ、後ろだ!」
ズババっ!!
ディアナはオリヴィアに背後から短剣で刺され、フレイヤはショロトルの特殊スキルにより、背中から切り刻まれた。
「うわぁ!!」
「ぐぅっ!!」
前方に倒れるディアナと、フレイヤ。
すぐに拘束用補助魔法を強引に解除するメーデイア。
パキンっ!
「なっ!? 私の拘束用補助魔法をいとも簡単に!」
驚愕の表情を浮かべて、エリーナが叫んだ。
「本気で、私を拘束出来ると思っていたのか? 鬱陶しい獣人族を誘い出す為に、わざと捕まったフリをしていただけだ」
「なんで……!? 確かに敵の2人はディアナとフレイヤが倒したのに!」
身体を震わせながら、アンナが呟く。
オリヴィアは手に持っていた小瓶を横に投げ捨てる。
それを見ていたエリーナが驚いて話した。
「パナケイアの秘薬……! それをどこで!?」
エリーナの台詞を聞いて、オリヴィアが答えた。
「……それをどこでだと? 発明者が、薬の調合方法を知らない訳がないだろう? 身体の傷を瞬時に治し、殆どの内部エネルギーを回復するこんな便利な薬を、戦闘に向かう際に持ち歩かない程、私は愚かではないのでね……」
「幻の薬の発明者がお前だと……!?
癒しの神が作った世界に10個だけ存在する薬ではないのか……?」
エリーナがオリヴィアに尋ねる。
「それは開発の一歩目すら考えられない人間どもが流した作り話だ。
私は、この薬を好きなだけ調合できる。まあ、材料を手に入れるのはかなり苦労するから私も手に持てる程しか持っていないがな……。
まあ、これがある限り、私の首をはねるか、身体を完全に消し去る以外、私を殺す方法はないと言う事だ」
オリヴィアが微笑みながら話した。
「……それでは、ショロトルはなぜ、首を飛ばしても死なない! いくらパナケイアの秘薬でも、首を飛ばした者は復活出来ない筈だ!」
エリーナが焦るように尋ねた。
「僕はオリヴィアちゃんから助けられた訳ではないのよ、アテナちゃん……、ん? 今はエリーナちゃんだっけ? ……まぁ、それはどうでもいいとして、僕は首をはねられてもこの通り、元に戻せるし、死なないという事さ」
ふざけた口調でショロトルが応えた。
「そ、そんな馬鹿なこと……」
アンナが驚きながら呟く。
「そんな馬鹿なことを可能にするのが、8大災厄というだけの話だ!」
メーデイアがニヤリと笑って応えた。
傷ついた身体を震わせながら、ディアナとフレイヤが立ち上がろうとする。
「その獣人族2人を回復されると厄介だ。お前らトドメを刺せ!」
メーデイアがオリヴィアとショロトルに向け話した。
「仰せのままに!」
「仰せのままに!」
オリヴィアとショロトルがディアナとフレイヤにそれぞれ攻撃を加えようと構えた時、アンナが目を瞑って叫んだ。
「やめてーーーー!!」
ガキィーーーーン!!
「!!!?」
オリヴィアとショロトルが驚く。
次の瞬間、オリヴィアの短剣を突然現れたミアが受け止め、ショロトルの目に見えない攻撃をアレンが全て捌いて見せた。
「水弾!!」
「絶空!!」
ミアは身体中から弾丸を飛ばし、アレンは闘気を込めた突きを繰り出した。
オリヴィアは後方に躱し、ショロトルはアレンの素早い攻撃を躱せず、脇腹を貫かれ、はるか後方に飛ばされる。
「アレン! ミア!!」
ギリギリでディアナとフレイヤを救ったアレンとミアとの再会を喜ぶアンナ。
ミアの攻撃を後方に躱したオリヴィアに全方位から風魔法が襲う。
「上級風属性魔法!!」
動きを拘束され、オリヴィアが呟く。
「だ……、誰だ!? こんな魔法を……!!」
上空を見ると青髪を揺らして空を飛ぶアリシアがそこにいた。
「アリシアまで……!」
窮地を乗り越え、笑顔が戻るアンナ。
「ここに来る前に思念の伝達でワクールから色々聞かせて貰ったわ。貴方は、その両手を向けた対象の魔法を防ぐのでしょう? ならば、動きを封じれば良いだけ」
アリシアが冷静に話した。
鼻で笑ったように応えるオリヴィア。
「風魔法で拘束か! いつまで続くかな? 上級魔法程度では私はダメージなど受けんぞ」
「ええ、だから、これからダメージを与えるのですもの……」
アリシアが微笑んで応えた。
「なにっ!?」
オリヴィアが驚いた時、アリシアの力量を見抜いたメーデイアが焦るようにアリシアに向け、魔法を唱えようとしたが、一瞬だけ、アリシアが早く魔法を唱えた。
「超上級風属性魔法!!」
ゴォオオオオ!!
いくつもの竜巻が発生し、メーデイアとオリヴィアにダメージを与える。
しばらくして、嵐が止み、メーデイアとオリヴィアが怒った表情でアリシアに反撃しようとアリシアを見た。しかし、アリシアは更に詠唱を唱えて叫んだ。
それを見たメーデイアが呟く。
「馬鹿な……!!」
「風属性禁呪魔法!!!!」
ドンっ!!!!
アリシアの禁呪魔法が炸裂し、メーデイアとオリヴィアに深いダメージを与えた。
初めて膝をついたメーデイアと、身体を震わせながら立ち上がるオリヴィアに向け、アレンが微笑んで口を開いた。
「さあ……、反撃開始だ!!」
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