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第5章
宿す者〜ヴァイス〜(フレイヤ過去編①)
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シュタット領土、首都ダンダレイトより、南東に2㎞離れた位置、蒼照の洞窟にフィオナとディアナは訪れていた。
「フィオナ様、時間です! もう引き返しましょう!」
中級モンスターの群れを蹴散らしながら、ディアナがフィオナに話す。
「もう少しだけ! ここのモンスターを倒しきるまで付き合って! 先の、王の盾や王の剣との戦いで私は殆ど役に立てなかった。今のままじゃ駄目なの!
ユウキお兄ちゃんや、ルナマリアに負けないように修行しないと置いていかれてしまうわ!!」
フィオナも中級モンスターを蹴散らしながらディアナに叫ぶ。
「フィオナ様は十分強いですよ。
私とフレイヤが考案した修行によって十分過ぎるほど成長しています!」
ディアナが最後のモンスターを蹴散らして叫んだ。
構えていた杖を下ろしてフィオナが話す。
「ディアナ、思い出してみて。
ユウキお兄ちゃんもルナマリアも異世界に来て、たった一年で私達と肩を並べて戦えるレベルまで急激に成長したのよ。あの2人は、こうしてる今も、今まで以上に凄いスピードで成長している筈だわ」
「……わかりました! この洞窟の魔物も残りわずかです。2人で倒し切りましょう! 私も皆に負けてられません」
ディアナが微笑んで応えた。
「ありがとう、ディアナ!
…………ところで、フレイヤは今回も最後まで来れないの?」
フィオナが尋ねる。
「今日こそは、朝から私たちに付いてくるように約束していたのですよ! あの男、毎回毎回、時間と待ち合わせにルーズ過ぎます!! フィオナ様からも叱ってやって下さい!」
ディアナが怒った表情で話す。
「はは……。フレイヤは縛られるのが嫌いだからね。でも、こうしてる間も街中をブラブラしながら、困ってる人がいないか見て回ってるのよ。少し、ユウキお兄ちゃんに似てるところがあるから怒れないのよね」
フィオナが笑顔で応えた。
「確かに……。普段はダラけて見えるのに、ここぞという時に頼りになるところは似てますね。……でも、それとこれは別の話です! 今回は私が帰って叱ってやります!」
ディアナもユウキとフレイヤを思い出して笑った。
2人はこの後、洞窟内の魔物を倒し切り帰路に着いた。
◇ ◇ ◇
首都ダンダレイトには、いつも通り美しい街並みに人々が溢れていた。
その中の1つの通りで、少女が母親と買い物をしていた。
母親が少女から目を離した隙に、少女は目の前を横切った蝶に目を奪われ、それを捕まえようとついて行ってしまう。
蝶に追いつきそうになった少女だったが、次の瞬間、蝶は宙に舞い上がり逃げてしまう。その瞬間、少女は手に持っていた風船を離してしまった。
「あっ!!」
悲しげな表情に変わって泣きそうになる少女に気付いた母親が、少女の側に駆け寄り空を見上げるが、風船は手に届かない位置まで舞い上がってしまった。
その時!
家と家の間を縫うように人影が飛び回る。
その人影は、家の上まで飛び乗ると、今度は風船目掛けて天高く飛び上がり、その並外れた身体能力で見事に風船をキャッチして地面に降り立った。
風船を掴んだ獣人族が、ゆっくりと少女に近づいて風船を渡した。
「もう、手離したらダメだよ。
風船ちゃんも君と離れたら、寂しくて泣いちゃうからね」
風船を少女に返した猫耳の獣人族フレイヤが微笑んだ。
それを見た少女は、涙を拭いて微笑んで応えた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「はは……私、男なんだけどな」
フレイヤが尻尾をフリフリしながら、頭をかく。
「フレイヤ様だ! また、街の人の為に動いてくださった」
「きゃぁぁぁぁ!! フレイヤ様! こっち向いて~~~」
「いつも、ありがとうございます。フレイヤ様!」
街の人達がフレイヤを褒め讃えた。
「娘の為に本当に有難う御座います! ……持ち合わせがこんな物しかありませんが、大したものじゃないんですが、どうか、お受け取り下さい」
そう言うと少女の母親は、フレイヤにコスティラが入った袋を渡した。
「あ~、いいのに、本当に大したことしてないから」
フレイヤが丁寧に断る。
「そんな事ありません。街のみんな、日頃のフレイヤ様の行いのお陰で奴隷商や、盗賊に襲われる心配もなく安心して暮らせています。感謝しても、しきれないくらいです。どうか、お受け取り下さい」
少女の母親は、頭を下げて頼んだ。
「暇だから街の中をぶらぶらしてるだけなんだけどね……。まあ、わかったよ。頭をあげて。そのお礼の品は頂くよ。実は大好きなんだ、甘いお菓子!」
フレイヤが母親に向けて微笑む。
それを見て安堵の表情に変わった母親は、また一礼して、少女と共にその場を去った。
三ヶ国同盟の日から1週間後、この首都ダンダレイトにフィオナ、ディアナと共に訪れたフレイヤは、国内の治安維持とフィオナの護衛任務に当たっていた。
それから1年以上が経った今、日頃から市民の為に働いてきたフレイヤは、アリシア領の王都サンペクルト同様にこの街の人々からも愛されていた。
王族の特別護衛に当たるものは、国の中でも王や、大臣、上役達の次に権限がある為、本来なら市民にとって恐れ多いものだが、フレイヤは、その性格からどんな人にも気さくに話しかけ、街の人々が困った時にひょっこり現れてはトラブルを解決していた為、女性達の間だけでなく、その女のような外見から、男達の間でもファンが出来るほどの人気ぶりだった。
「はぁ~~、今日も空が気持ちいい程、青いねぇ! ちょっと寝転んでゴロゴロしようかなあ~」
街外れの細い道の脇に草むらを見つけたフレイヤは、目を輝かせてそこに飛び込むように寝転んだ。
しばらく空を眺めた後、フレイヤは目を閉じた。
フレイヤは、すぐに夢の中に引きずりこまれ、幼い頃の記憶を見始めた。
❇︎ ❇︎ ❇︎
フレイヤの故郷の獣人族の村には代々獣人族の戦神フェンリルを宿す器を持つもの[宿す者]を約100年に一度見極め、選定してきた。
戦神達の住処である[闇の彼方]に封印されたフェンリルを宿す器は、なぜか獣人族の10歳未満の子供にしか発現せず、その中から宿す者を選定する事が、はるか昔から逃れられない呪いとなっていたのである。
宿す者は成人するとフェンリルの力を完全に覚醒させ、その力を扱えるようになる。
フレイヤの村では世に混乱を陥れ、戦争を起こす者達を裁く者として宿す者が育てられ、封印の儀式の後に、村を離れて生きていかなくてはならなかった。
戦の専門の家系である[武族の隠家]として生まれたフレイヤとその一歳年下の妹リリィは早くからフェンリルの宿す者として期待を受け、育てられた。しかし、当時7歳と6歳の2人はまだ幼かった事もあり、フェンリルの宿す者となり愛する家族の元を離れる事を出来るだけ避けたいと願っていた。その気持ちとは裏腹に、本当に仲の良かった2人は互いのどちらかが村から出て悲しみの中、生きていく運命ならば、自分が身代わりになれればと考えていた。
そして、その運命の日は残酷にもすぐにやってきた。
「いよいよ、今日だな、リリィ」
幼き頃のフレイヤが話す。
「……うん、お兄ちゃん。やっぱりどちらかが選ばれるのは寂しいね」
妹のリリィが悲しそうな表情で応えた。
「大丈夫。
お兄ちゃんが選ばれたら、お前はこの村で父さんや母さんと幸せに暮らせばいい。
お前が選ばれても、僕が20歳になれば、この村から出られる。世界のどこにいてもお前を探しに行くよ。お前を1人にはしない」
フレイヤがリリィを安心させるように笑って話した。
「お、お兄ちゃんが選ばれたとしても私がお兄ちゃんを探しに行く! だから……、その時は、2人で幸せに暮らそうね」
リリィが笑顔になって話した。
「ああ、約束だ!」
そう言うと、フレイヤはリリィを優しく抱きしめた。
(……自分の命よりも大切なリリィ。
物心ついた頃から、リリィだけは絶対に守らないといけないと思ってきた。
こんな想いが何故、自然と溢れてくるのか分からないけど、この想いに従って生きる事が正しいということは、確信を持って言える!! だから、俺がリリィを守るんだ!!)
戦神フェンリルを宿す儀式は深夜に行われる事となっていて、昼過ぎの最終会議で村の長老達とフレイヤの両親が集まって討論し、フレイヤとリリィのどちらが宿す者の儀式を受けさせるかを決定し、儀式の前に2人に発表する事となっていた。
昼過ぎの最終会議には村の長老達と、宿す者候補の両親以外参加してはいけない決まりになっていたが、フレイヤは会議場の屋根裏に忍び込み会議の内容を聞いていた。
「2人とも同じくらいの素晴らしい素質があり、歴代でも最高クラスの宿す者になれるだろう。
しかし、過去の実績からいけば、やはり女の方が儀式の成功率が高い。
この事から、宿す者は、リリィが相応しいだろう。良いな、ダイアナ?」
村で一番の長、ルルド大長老が話した。
「……はい、大長老様」
フレイヤとリリィの母、ダイアナが応えた。
「ダイアナ、仕方のない事だ……。
あの2人が産まれた時から覚悟してきた事だろう? ……リリィなら、1人でも強く生きていけるさ」
フレイヤとリリィの父、キースが話した。
それを聞き、顔を伏せて涙を流すダイアナ。
その会話の流れを聞いていたフレイヤが天窓から飛び降り、長老達の前に姿を現した。
「ふ、フレイヤ! なぜお前がここいる?」
キースが驚いて話した。
「盗み聞きしていたのか?」
長老の一人が問う。
「ああ、話は聞いていた。
……大長老様、宿す者の儀式は僕にやらせてください!」
フレイヤが膝をついて頭下げて話す。
「フレイヤ! 駄目よ! 貴方が村から出て行かなくてはならなくなるのよ?」
ダイアナが涙目で話す。
「……母さん、それはリリィだって一緒だろ? 僕なら大丈夫!
狩りだってリリィより上手くやるし、家の手伝いだって殆どこなせた。1人で問題なく生きていけるよ」
フレイヤが微笑んでみせた。
「……フレイヤよ、1つ問おう。なぜ、宿す者になりたいのじゃ?」
ルルド大長老が尋ねる。
「……世界を見て回りたい!
この世界は約束の日を回避する為に、正義を掲げた戦争をする者がいる一方で、それを私益の為に利用する連中も大勢いる。
それを正し、平和へと導く事は宿す者の使命と同時に、この村で宿す者に縛られる者を解放する事にも繋がる。
僕はこの世界を見て回って、出来るだけ早く世界を平和へと導きたいと思っています」
フレイヤが顔を上げて話した。
「……なるほど、理由は申し分ないが、わかっているのか? 儀式に失敗すれば、忌み子として扱われるか、フェンリル様の力に耐えきれなかった場合、後遺症によりその力の影響で次元の歪みに飛ばされるのじゃぞ?」
ルルド大長老が話した。
「はい。
かつて儀式に失敗した者が、フェンリル様の力を制御できず、記憶を失い、精神を崩壊させ、壊れてしまった事や、次元の歪みに飛ばされ、行方不明になった事は聞き及んでいます。
そして……、男は女に比べて儀式の成功率が極端に下がる事も知っています」
フレイヤが応えた。
「そこまで知っていて、なお、儀式を受けるという事は、覚悟は出来ておるのじゃな?」
ルルド大長老が問う。
「はい、覚悟は出来ています! 必ず儀式は成功させます。僕なら絶対に出来ます!! だから、大長老様、僕を宿す者に!!」
フレイヤが大長老の目を真っ直ぐ見つめて話した。
しばらく考えた後、ルルド大長老が口を開いた。
「……良かろう! 最初の宿す者の儀式からちょうど1000年の節目のこの日に自ら儀式を受けたいと言った者は歴史上でもお主くらいだろう……。なにか、運命のようなものを感じる。
フレイヤ、今回の宿す者の儀式、見事に成功させよ!!」
「はい!! 有難う御座います、大長老様!!」
フレイヤは頭を下げて話した。
「フレイヤ、お前……!!」
ダイアナが何かに気づき、話そうとした。
「母さん……いいんだ。
本当に…………、今日まで育ててくれて有難う」
フレイヤが少し悲しげな表情で話した。
それを見たダイアナとキースはフレイヤの覚悟の意味を理解した。
ダイアナは大粒の涙を流し、キースはフレイヤとダイアナを抱きしめた。
周りが夕闇に沈む頃、フレイヤ、キース、ダイアナ、ルルド大長老は、宿す者の儀式を行う精霊の泉の近くまで来ていた。
獣人族の村から1km近く離れたこの泉は、森を抜けて少し開けた場所にある洞窟を更に進んだ先にあり、昔から宿す者になる者は、月の光を充分に浴びたこの聖なる泉の水を、獣人族の特殊な製法によって作られた神器と呼ばれる聖杯に汲んで飲む事で、戦神フェンリルを宿してきた。
「母さん、リリィは?」
フレイヤがダイアナに尋ねる。
「……貴方が宿す者に選ばれた事を伝えて、家に残ってもらったわ。
お互い、色々と辛く感じる事もあるでしょうし……」
ダイアナがフレイヤを見つめて応えた。
「そうか……。ありがとう、母さん。助かったよ」
フレイヤの優しい笑顔を見たダイアナは、悲しそう表情を浮かべて、フレイヤの頭を撫でた。
精霊の泉に着いたフレイヤ達は、すぐに儀式の準備に移った。
フレイヤが精霊の泉の中心で下半身を沈めた状態で立ち、泉のすぐ目の前で大長老が戦神フェンリルの為に祈りを捧げ始めた。
キースとダイアナは、ルルド大長老の背後で肩を寄せ合いながらその様子を見守る。
ルルド大長老が祈り終えると精霊の泉がより一層、光輝き、フレイヤの周りを照らし始めた。
ルルド大長老は祈り終えると、ゆっくりした動作で泉の水を聖杯に汲み、フレイヤの元まで泉の中を進んで近づく。フレイヤの前まで進んだルルド大長老は、フレイヤの前で一礼し、フレイヤに聖杯を渡した。
フレイヤが儀式の始まりとなる台詞を叫んだ。
「我、汝を宿す者!
我、世界の混沌を正す者!!
光の神レナと、その精霊達に誓う!
汝にこの身を捧げ、我は世界を平和に導く!! 我こそ、全てを統べる者、戦神フェンリルの化身なり!!」
フレイヤは叫び終えると、生まれてから、これまでの家族や親友達との大切な記憶を思い出していた。
自分を親友と呼んでくれた友の顔、
どんな時も自分の為に厳しく、時には優しく導いてくれた父の事、
どんな時も自分の味方であり、愛してくれた母の事、
そして…………、いつも、どんな時も同じ時間を共有し、自分の命より大事な妹リリィの事を。
フレイヤの頰に一筋の涙が零れ落ちた。
それを見たキースは、覚悟を決めた表情に変わり、ダイアナは涙を流してキースを抱きしめた。
全ての覚悟を決めたフレイヤが聖杯を掲げて聖水を飲もうとしたその時だった。
洞窟の入り口の方からキースとダイアナの脇を高速ですり抜け、人影がフレイヤに飛びかかった。
「リリィ!!」
キースと、ダイアナが驚いた表情で同時に叫ぶ。
リリィはフレイヤから、聖杯を奪うとフレイヤから距離を置いた。
「リリィ! どうして、ここに!? なんで聖杯を奪ったんだ!?」
フレイヤが驚いて尋ねた。
「……お兄ちゃんの嘘つき!
どっちが宿す者に選ばれても恨みっこなしだって! 私が選ばれても大人になって、私と一緒にいてくれるって言ったのに!!」
リリィが怒った表情で応えた。
「嘘なんかじゃない! たまたま、今回は俺が選ばれただけだ!!」
フレイヤが叫ぶ。
「それが、嘘よ!!
お母さんが会議から帰ってきてお兄ちゃんが宿す者として選ばれたって言った時の表情や態度を見てすぐ分かったわ! お兄ちゃんが私を庇って自分が宿す者に選ばれるように仕向けたって!!」
リリィが叫んで応えた。
「そ、それは……!」
フレイヤが驚いた表情で口籠る。
「だいたい、おかしいと思ったわ。
基本的に宿す者の儀式の成功率は女性の方が高いのに、お兄ちゃんが選ばれるって聞いた時、何か理由があると思ってたら、お母さんが私を抱きしめて泣いたりするから!」
リリィが更に叫ぶ。
「……もう、正直に話しなさい、フレイヤ。
リリィ、確かに初めは、お前が選ばれた。
……しかし、フレイヤの宿す者となり、世界を平和に導くという決意を聞いたことで考えを改めたのだ」
ルルド大長老が諭した。
「面倒臭がりのお兄ちゃんが本心でそんな事言うはずがないわ!!
お兄ちゃん! 本当の事を言って!! その決意も私を犠牲にさせない為の作り話なんでしょ!?」
「違う! 俺は本当に自分が宿す者になりたかっただけだ!!」
フレイヤが左下に瞳を逸らして話した。
その癖を見て、フレイヤの嘘を看破したリリィは、怒りの頂点を超えて聖水を飲み干してしまった。
「なにを……!!
儀式の最中に宿す者以外の者が聖水を飲めば、どうなるか分からんのだぞ!!」
ルルド大長老が慌てて叫ぶ。
「リリィ!! なんて事を!!」
キースも叫び、ダイアナも驚きを隠せない。
開いた口が塞がらないフレイヤが、リリィに歩みよろうとした時だった。
フレイヤとリリィの前に光の球体が発生し、その中から、高さ10m以上の狼に似た白銀の獣が現れた。
「フェンリル様……!!
なんて事だ!! 最悪のタイミングで降臨されてしまった!! まだ、儀式が不完全な状態な為、このままではフェンリル様はフレイヤとリリィのどちらが宿す者か判断か出来ない!! フェンリル様の逆鱗に触れれば、ここいいる者だけでなく、村ごと焼き払われるぞ!!」
ルルド大長老が慌てて叫ぶ。
フェンリルは儀式の不完全さを感じ取り、怒るように吠えた。
「グオォォォオォォォオ!!!!!」
フェンリルから、周囲に向けて衝撃波が放たれる。
ドン!!!!!
「リリィ!!」
フレイヤがリリィに飛びつきながら泉の中に潜り、間一髪、衝撃波を避ける。
暫くして、フレイヤとリリィが泉の中から這い上がり周りを見渡す。
キース、ダイアナ、ルルド大長老が周囲の岩壁まで吹き飛ばされていた。
「うっ……!!
みんな……無事か…………?」
キースが周りを見渡し、ダイアナが近くで倒れている事に気づく。
「ダイアナ!! ダイアナ!! 無事か!!」
キースがダイアナに駆け寄り、ダイアナを抱き抱えて声をかけた。
「う……! あなた…………。
私は大丈夫よ。それより、フレイヤとリリィ、大長老様は無事なの?」
ダイアナが身体を起こして話した。
「そうだ……! フレイヤ! リリィ!!」
キースが周囲を見渡し、すぐに衝撃波を躱して事なきを得たフレイヤとリリィを見つけて安堵する。
「フレイヤ!! リリィ!! ……ダイアナ、あの子達は無事だ! フレイヤがリリィを守ったみたいだ! 大した子だ!」
「良かった……! 大長老様は?」
ダイアナも立ち上がり、周囲を見渡してすぐにルルド大長老を見つける。
「大長老様!!」
ダイアナとキースがルルド大長老に駆け寄り、ルルド大長老の身体を起こして声をかける。
「だ……大丈夫じゃ……!
衝撃波が到達する直前に皆の者に魔法障壁を張った。壁に叩きつけられた時に腰を強く打ったが歩けそうじゃ……。こ、この場を早く離れて、村の者を避難させねばならん!!」
ルルド大長老が焦るように話す。
「お、お兄ちゃん……、私…………。なんてことを…………」
ガタガタ震えながらリリィが話す。
「リリィのせいじゃない……。
僕が本来の宿す者を偽ろうとしたからだ……。今は、この場を離れることを考えるんだ」
リリィの手を掴んで起き上がらせ、フレイヤが話した。
周りを見渡した戦神フェンリルは、起き上がったばかりのフレイヤとリリィ目掛けて大きな口を開けて叫んだあと、左前足を振り上げて2人に襲いかかった。
「きゃああああ!!」
「うわぁああ!!!」
リリィとフレイヤが抱き合うようにして目を閉じた。
ガキィイイイーーーーン!!
間一髪、2人の目の前で、フェンリルの攻撃を槍で受け止めるキース。
「2人とも! 私とダイアナがフェンリル様を抑えている間に、早く大長老様を連れて村まで逃げるんだ!!」
「父さん!! それじゃあ、父さんと母さんが!!」
フレイヤが慌てたように話す。
「私達の事は気にしないで!! 時間を稼いだら私達も逃げ延びるわ!!
忘れたの!? 母さんと父さんは貴方達の両親で、この村1~2位を争う武家の一族の血を引いているのよ!! 簡単にやられはしないわ!!」
ダイアナが美しい槍でフェンリルの腕を切り上げた。
「グォオオオーー!!」
フェンリルに多少のダメージが入り、後退させる。
「今だ!! フレイヤ、リリィ!!」
キースが叫ぶ。
しかし、緊張と不安から、その場を動けないリリィ。
「リリィ! 俺達が、この事を村に伝えて避難させないと大変なんだ! 今は父さんと母さんを信じるしかない!!」
フレイヤが叫ぶ。
「でも……! 相手はあの戦神様なんだよ! いくら父さんや母さんでも勝てってこない!!」
リリィが涙を浮かべて叫んだ。
「リリィ! 村の避難が終われば、その合図として信号用に魔法で上空に光弾を放ってくれればいい!
その時間だけなら間違いなく母さんと父さんなら、稼いで逃げることが出来る!
お願いだ! 今こうしてる時間も惜しいんだ!」
キースが槍を構えながら話す。
2人はお互いの顔を見て覚悟を決めたように頷き、ルルド大長老の元に走り寄った後、両脇から抱えるようにして3人で村の方に走り出した。
「キース、ダイアナ、良いか!
危険で応援が必要または、自分達も避難する場合は赤の光弾を!
その場合は、近隣の村や街に緊急応援要請を行う!
フェンリルを弱らせ、再び封印出来そうならば青の光弾で返事をするのじゃぞ?」
ルルド大長老の叫びを聞いて、キースと、ダイアナが頷いた。
「大長老様! 青の信号弾でも一応、村人と子供達はしっかり避難させて下さい」
キースが話した。
「わかっておる!」
ルルド大長老が頷いて応えた。
「フレイヤ! リリィ! どうか2人とも無事に生き延びて!」
ダイアナが叫んだ。
「父さんも母さんも、どうかご無事で!」
「お父さん、お母さん、お願い! 死なないで!」
フレイヤとリリィは叫んだ後、洞窟の中に消えていった。
「ガァアアアアーーーーーー!!」
フェリンルが本格的に戦闘態勢に入る。
ダイアナがキースの横に移動し話しかける。
「……大丈夫? その腕」
「ああ、筋を少し痛めたがまだ戦える。
……やはり、戦神と呼ばれるだけある。受け流しの構えで攻撃を受けたが、片腕をやられた」
「しかも封印から目覚めたばかりで殆ど力を出しきれてない状態でアレでしょう?
……本当に、逃げ切れると思う…………?」
「村の為にも……、何よりもあの子らの為にも、避難の時間だけは稼がなくてはならない。
例え私達の逃げる力さえ使い切る事になったとしても……」
「そうね! 私達でなんとかやりきりましょう!」
「……いつもすまないな…………。
もう少し、私が強ければ私一人でフェンリル様を抑えて、君にこんな役をさせなくて済んだのに…………」
キースが少し顔を伏せて話した。
「何を言うのですか……。貴方ほど強い獣人族は歴代でもいないと大長老様がおっしゃっていました。
……それに、まだ私がか弱き頃、森で魔物から襲われ、貴方から命を救って貰ったあの日から、貴方の側で貴方の為に戦うと決めてきたのです。
……むしろ貴方の伴侶となり、フレイヤやリリィと出会う事が出来ました。本当の幸せを教えてくれた貴方には感謝の気持ちしかありません」
ダイアナが微笑んで応えた。
「……ありがとう、ダイアナ。
必ず生き延びよう! 2人で!」
「はい! あなた」
2人がフェンリルに向かって槍を構え直した。
「フィオナ様、時間です! もう引き返しましょう!」
中級モンスターの群れを蹴散らしながら、ディアナがフィオナに話す。
「もう少しだけ! ここのモンスターを倒しきるまで付き合って! 先の、王の盾や王の剣との戦いで私は殆ど役に立てなかった。今のままじゃ駄目なの!
ユウキお兄ちゃんや、ルナマリアに負けないように修行しないと置いていかれてしまうわ!!」
フィオナも中級モンスターを蹴散らしながらディアナに叫ぶ。
「フィオナ様は十分強いですよ。
私とフレイヤが考案した修行によって十分過ぎるほど成長しています!」
ディアナが最後のモンスターを蹴散らして叫んだ。
構えていた杖を下ろしてフィオナが話す。
「ディアナ、思い出してみて。
ユウキお兄ちゃんもルナマリアも異世界に来て、たった一年で私達と肩を並べて戦えるレベルまで急激に成長したのよ。あの2人は、こうしてる今も、今まで以上に凄いスピードで成長している筈だわ」
「……わかりました! この洞窟の魔物も残りわずかです。2人で倒し切りましょう! 私も皆に負けてられません」
ディアナが微笑んで応えた。
「ありがとう、ディアナ!
…………ところで、フレイヤは今回も最後まで来れないの?」
フィオナが尋ねる。
「今日こそは、朝から私たちに付いてくるように約束していたのですよ! あの男、毎回毎回、時間と待ち合わせにルーズ過ぎます!! フィオナ様からも叱ってやって下さい!」
ディアナが怒った表情で話す。
「はは……。フレイヤは縛られるのが嫌いだからね。でも、こうしてる間も街中をブラブラしながら、困ってる人がいないか見て回ってるのよ。少し、ユウキお兄ちゃんに似てるところがあるから怒れないのよね」
フィオナが笑顔で応えた。
「確かに……。普段はダラけて見えるのに、ここぞという時に頼りになるところは似てますね。……でも、それとこれは別の話です! 今回は私が帰って叱ってやります!」
ディアナもユウキとフレイヤを思い出して笑った。
2人はこの後、洞窟内の魔物を倒し切り帰路に着いた。
◇ ◇ ◇
首都ダンダレイトには、いつも通り美しい街並みに人々が溢れていた。
その中の1つの通りで、少女が母親と買い物をしていた。
母親が少女から目を離した隙に、少女は目の前を横切った蝶に目を奪われ、それを捕まえようとついて行ってしまう。
蝶に追いつきそうになった少女だったが、次の瞬間、蝶は宙に舞い上がり逃げてしまう。その瞬間、少女は手に持っていた風船を離してしまった。
「あっ!!」
悲しげな表情に変わって泣きそうになる少女に気付いた母親が、少女の側に駆け寄り空を見上げるが、風船は手に届かない位置まで舞い上がってしまった。
その時!
家と家の間を縫うように人影が飛び回る。
その人影は、家の上まで飛び乗ると、今度は風船目掛けて天高く飛び上がり、その並外れた身体能力で見事に風船をキャッチして地面に降り立った。
風船を掴んだ獣人族が、ゆっくりと少女に近づいて風船を渡した。
「もう、手離したらダメだよ。
風船ちゃんも君と離れたら、寂しくて泣いちゃうからね」
風船を少女に返した猫耳の獣人族フレイヤが微笑んだ。
それを見た少女は、涙を拭いて微笑んで応えた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「はは……私、男なんだけどな」
フレイヤが尻尾をフリフリしながら、頭をかく。
「フレイヤ様だ! また、街の人の為に動いてくださった」
「きゃぁぁぁぁ!! フレイヤ様! こっち向いて~~~」
「いつも、ありがとうございます。フレイヤ様!」
街の人達がフレイヤを褒め讃えた。
「娘の為に本当に有難う御座います! ……持ち合わせがこんな物しかありませんが、大したものじゃないんですが、どうか、お受け取り下さい」
そう言うと少女の母親は、フレイヤにコスティラが入った袋を渡した。
「あ~、いいのに、本当に大したことしてないから」
フレイヤが丁寧に断る。
「そんな事ありません。街のみんな、日頃のフレイヤ様の行いのお陰で奴隷商や、盗賊に襲われる心配もなく安心して暮らせています。感謝しても、しきれないくらいです。どうか、お受け取り下さい」
少女の母親は、頭を下げて頼んだ。
「暇だから街の中をぶらぶらしてるだけなんだけどね……。まあ、わかったよ。頭をあげて。そのお礼の品は頂くよ。実は大好きなんだ、甘いお菓子!」
フレイヤが母親に向けて微笑む。
それを見て安堵の表情に変わった母親は、また一礼して、少女と共にその場を去った。
三ヶ国同盟の日から1週間後、この首都ダンダレイトにフィオナ、ディアナと共に訪れたフレイヤは、国内の治安維持とフィオナの護衛任務に当たっていた。
それから1年以上が経った今、日頃から市民の為に働いてきたフレイヤは、アリシア領の王都サンペクルト同様にこの街の人々からも愛されていた。
王族の特別護衛に当たるものは、国の中でも王や、大臣、上役達の次に権限がある為、本来なら市民にとって恐れ多いものだが、フレイヤは、その性格からどんな人にも気さくに話しかけ、街の人々が困った時にひょっこり現れてはトラブルを解決していた為、女性達の間だけでなく、その女のような外見から、男達の間でもファンが出来るほどの人気ぶりだった。
「はぁ~~、今日も空が気持ちいい程、青いねぇ! ちょっと寝転んでゴロゴロしようかなあ~」
街外れの細い道の脇に草むらを見つけたフレイヤは、目を輝かせてそこに飛び込むように寝転んだ。
しばらく空を眺めた後、フレイヤは目を閉じた。
フレイヤは、すぐに夢の中に引きずりこまれ、幼い頃の記憶を見始めた。
❇︎ ❇︎ ❇︎
フレイヤの故郷の獣人族の村には代々獣人族の戦神フェンリルを宿す器を持つもの[宿す者]を約100年に一度見極め、選定してきた。
戦神達の住処である[闇の彼方]に封印されたフェンリルを宿す器は、なぜか獣人族の10歳未満の子供にしか発現せず、その中から宿す者を選定する事が、はるか昔から逃れられない呪いとなっていたのである。
宿す者は成人するとフェンリルの力を完全に覚醒させ、その力を扱えるようになる。
フレイヤの村では世に混乱を陥れ、戦争を起こす者達を裁く者として宿す者が育てられ、封印の儀式の後に、村を離れて生きていかなくてはならなかった。
戦の専門の家系である[武族の隠家]として生まれたフレイヤとその一歳年下の妹リリィは早くからフェンリルの宿す者として期待を受け、育てられた。しかし、当時7歳と6歳の2人はまだ幼かった事もあり、フェンリルの宿す者となり愛する家族の元を離れる事を出来るだけ避けたいと願っていた。その気持ちとは裏腹に、本当に仲の良かった2人は互いのどちらかが村から出て悲しみの中、生きていく運命ならば、自分が身代わりになれればと考えていた。
そして、その運命の日は残酷にもすぐにやってきた。
「いよいよ、今日だな、リリィ」
幼き頃のフレイヤが話す。
「……うん、お兄ちゃん。やっぱりどちらかが選ばれるのは寂しいね」
妹のリリィが悲しそうな表情で応えた。
「大丈夫。
お兄ちゃんが選ばれたら、お前はこの村で父さんや母さんと幸せに暮らせばいい。
お前が選ばれても、僕が20歳になれば、この村から出られる。世界のどこにいてもお前を探しに行くよ。お前を1人にはしない」
フレイヤがリリィを安心させるように笑って話した。
「お、お兄ちゃんが選ばれたとしても私がお兄ちゃんを探しに行く! だから……、その時は、2人で幸せに暮らそうね」
リリィが笑顔になって話した。
「ああ、約束だ!」
そう言うと、フレイヤはリリィを優しく抱きしめた。
(……自分の命よりも大切なリリィ。
物心ついた頃から、リリィだけは絶対に守らないといけないと思ってきた。
こんな想いが何故、自然と溢れてくるのか分からないけど、この想いに従って生きる事が正しいということは、確信を持って言える!! だから、俺がリリィを守るんだ!!)
戦神フェンリルを宿す儀式は深夜に行われる事となっていて、昼過ぎの最終会議で村の長老達とフレイヤの両親が集まって討論し、フレイヤとリリィのどちらが宿す者の儀式を受けさせるかを決定し、儀式の前に2人に発表する事となっていた。
昼過ぎの最終会議には村の長老達と、宿す者候補の両親以外参加してはいけない決まりになっていたが、フレイヤは会議場の屋根裏に忍び込み会議の内容を聞いていた。
「2人とも同じくらいの素晴らしい素質があり、歴代でも最高クラスの宿す者になれるだろう。
しかし、過去の実績からいけば、やはり女の方が儀式の成功率が高い。
この事から、宿す者は、リリィが相応しいだろう。良いな、ダイアナ?」
村で一番の長、ルルド大長老が話した。
「……はい、大長老様」
フレイヤとリリィの母、ダイアナが応えた。
「ダイアナ、仕方のない事だ……。
あの2人が産まれた時から覚悟してきた事だろう? ……リリィなら、1人でも強く生きていけるさ」
フレイヤとリリィの父、キースが話した。
それを聞き、顔を伏せて涙を流すダイアナ。
その会話の流れを聞いていたフレイヤが天窓から飛び降り、長老達の前に姿を現した。
「ふ、フレイヤ! なぜお前がここいる?」
キースが驚いて話した。
「盗み聞きしていたのか?」
長老の一人が問う。
「ああ、話は聞いていた。
……大長老様、宿す者の儀式は僕にやらせてください!」
フレイヤが膝をついて頭下げて話す。
「フレイヤ! 駄目よ! 貴方が村から出て行かなくてはならなくなるのよ?」
ダイアナが涙目で話す。
「……母さん、それはリリィだって一緒だろ? 僕なら大丈夫!
狩りだってリリィより上手くやるし、家の手伝いだって殆どこなせた。1人で問題なく生きていけるよ」
フレイヤが微笑んでみせた。
「……フレイヤよ、1つ問おう。なぜ、宿す者になりたいのじゃ?」
ルルド大長老が尋ねる。
「……世界を見て回りたい!
この世界は約束の日を回避する為に、正義を掲げた戦争をする者がいる一方で、それを私益の為に利用する連中も大勢いる。
それを正し、平和へと導く事は宿す者の使命と同時に、この村で宿す者に縛られる者を解放する事にも繋がる。
僕はこの世界を見て回って、出来るだけ早く世界を平和へと導きたいと思っています」
フレイヤが顔を上げて話した。
「……なるほど、理由は申し分ないが、わかっているのか? 儀式に失敗すれば、忌み子として扱われるか、フェンリル様の力に耐えきれなかった場合、後遺症によりその力の影響で次元の歪みに飛ばされるのじゃぞ?」
ルルド大長老が話した。
「はい。
かつて儀式に失敗した者が、フェンリル様の力を制御できず、記憶を失い、精神を崩壊させ、壊れてしまった事や、次元の歪みに飛ばされ、行方不明になった事は聞き及んでいます。
そして……、男は女に比べて儀式の成功率が極端に下がる事も知っています」
フレイヤが応えた。
「そこまで知っていて、なお、儀式を受けるという事は、覚悟は出来ておるのじゃな?」
ルルド大長老が問う。
「はい、覚悟は出来ています! 必ず儀式は成功させます。僕なら絶対に出来ます!! だから、大長老様、僕を宿す者に!!」
フレイヤが大長老の目を真っ直ぐ見つめて話した。
しばらく考えた後、ルルド大長老が口を開いた。
「……良かろう! 最初の宿す者の儀式からちょうど1000年の節目のこの日に自ら儀式を受けたいと言った者は歴史上でもお主くらいだろう……。なにか、運命のようなものを感じる。
フレイヤ、今回の宿す者の儀式、見事に成功させよ!!」
「はい!! 有難う御座います、大長老様!!」
フレイヤは頭を下げて話した。
「フレイヤ、お前……!!」
ダイアナが何かに気づき、話そうとした。
「母さん……いいんだ。
本当に…………、今日まで育ててくれて有難う」
フレイヤが少し悲しげな表情で話した。
それを見たダイアナとキースはフレイヤの覚悟の意味を理解した。
ダイアナは大粒の涙を流し、キースはフレイヤとダイアナを抱きしめた。
周りが夕闇に沈む頃、フレイヤ、キース、ダイアナ、ルルド大長老は、宿す者の儀式を行う精霊の泉の近くまで来ていた。
獣人族の村から1km近く離れたこの泉は、森を抜けて少し開けた場所にある洞窟を更に進んだ先にあり、昔から宿す者になる者は、月の光を充分に浴びたこの聖なる泉の水を、獣人族の特殊な製法によって作られた神器と呼ばれる聖杯に汲んで飲む事で、戦神フェンリルを宿してきた。
「母さん、リリィは?」
フレイヤがダイアナに尋ねる。
「……貴方が宿す者に選ばれた事を伝えて、家に残ってもらったわ。
お互い、色々と辛く感じる事もあるでしょうし……」
ダイアナがフレイヤを見つめて応えた。
「そうか……。ありがとう、母さん。助かったよ」
フレイヤの優しい笑顔を見たダイアナは、悲しそう表情を浮かべて、フレイヤの頭を撫でた。
精霊の泉に着いたフレイヤ達は、すぐに儀式の準備に移った。
フレイヤが精霊の泉の中心で下半身を沈めた状態で立ち、泉のすぐ目の前で大長老が戦神フェンリルの為に祈りを捧げ始めた。
キースとダイアナは、ルルド大長老の背後で肩を寄せ合いながらその様子を見守る。
ルルド大長老が祈り終えると精霊の泉がより一層、光輝き、フレイヤの周りを照らし始めた。
ルルド大長老は祈り終えると、ゆっくりした動作で泉の水を聖杯に汲み、フレイヤの元まで泉の中を進んで近づく。フレイヤの前まで進んだルルド大長老は、フレイヤの前で一礼し、フレイヤに聖杯を渡した。
フレイヤが儀式の始まりとなる台詞を叫んだ。
「我、汝を宿す者!
我、世界の混沌を正す者!!
光の神レナと、その精霊達に誓う!
汝にこの身を捧げ、我は世界を平和に導く!! 我こそ、全てを統べる者、戦神フェンリルの化身なり!!」
フレイヤは叫び終えると、生まれてから、これまでの家族や親友達との大切な記憶を思い出していた。
自分を親友と呼んでくれた友の顔、
どんな時も自分の為に厳しく、時には優しく導いてくれた父の事、
どんな時も自分の味方であり、愛してくれた母の事、
そして…………、いつも、どんな時も同じ時間を共有し、自分の命より大事な妹リリィの事を。
フレイヤの頰に一筋の涙が零れ落ちた。
それを見たキースは、覚悟を決めた表情に変わり、ダイアナは涙を流してキースを抱きしめた。
全ての覚悟を決めたフレイヤが聖杯を掲げて聖水を飲もうとしたその時だった。
洞窟の入り口の方からキースとダイアナの脇を高速ですり抜け、人影がフレイヤに飛びかかった。
「リリィ!!」
キースと、ダイアナが驚いた表情で同時に叫ぶ。
リリィはフレイヤから、聖杯を奪うとフレイヤから距離を置いた。
「リリィ! どうして、ここに!? なんで聖杯を奪ったんだ!?」
フレイヤが驚いて尋ねた。
「……お兄ちゃんの嘘つき!
どっちが宿す者に選ばれても恨みっこなしだって! 私が選ばれても大人になって、私と一緒にいてくれるって言ったのに!!」
リリィが怒った表情で応えた。
「嘘なんかじゃない! たまたま、今回は俺が選ばれただけだ!!」
フレイヤが叫ぶ。
「それが、嘘よ!!
お母さんが会議から帰ってきてお兄ちゃんが宿す者として選ばれたって言った時の表情や態度を見てすぐ分かったわ! お兄ちゃんが私を庇って自分が宿す者に選ばれるように仕向けたって!!」
リリィが叫んで応えた。
「そ、それは……!」
フレイヤが驚いた表情で口籠る。
「だいたい、おかしいと思ったわ。
基本的に宿す者の儀式の成功率は女性の方が高いのに、お兄ちゃんが選ばれるって聞いた時、何か理由があると思ってたら、お母さんが私を抱きしめて泣いたりするから!」
リリィが更に叫ぶ。
「……もう、正直に話しなさい、フレイヤ。
リリィ、確かに初めは、お前が選ばれた。
……しかし、フレイヤの宿す者となり、世界を平和に導くという決意を聞いたことで考えを改めたのだ」
ルルド大長老が諭した。
「面倒臭がりのお兄ちゃんが本心でそんな事言うはずがないわ!!
お兄ちゃん! 本当の事を言って!! その決意も私を犠牲にさせない為の作り話なんでしょ!?」
「違う! 俺は本当に自分が宿す者になりたかっただけだ!!」
フレイヤが左下に瞳を逸らして話した。
その癖を見て、フレイヤの嘘を看破したリリィは、怒りの頂点を超えて聖水を飲み干してしまった。
「なにを……!!
儀式の最中に宿す者以外の者が聖水を飲めば、どうなるか分からんのだぞ!!」
ルルド大長老が慌てて叫ぶ。
「リリィ!! なんて事を!!」
キースも叫び、ダイアナも驚きを隠せない。
開いた口が塞がらないフレイヤが、リリィに歩みよろうとした時だった。
フレイヤとリリィの前に光の球体が発生し、その中から、高さ10m以上の狼に似た白銀の獣が現れた。
「フェンリル様……!!
なんて事だ!! 最悪のタイミングで降臨されてしまった!! まだ、儀式が不完全な状態な為、このままではフェンリル様はフレイヤとリリィのどちらが宿す者か判断か出来ない!! フェンリル様の逆鱗に触れれば、ここいいる者だけでなく、村ごと焼き払われるぞ!!」
ルルド大長老が慌てて叫ぶ。
フェンリルは儀式の不完全さを感じ取り、怒るように吠えた。
「グオォォォオォォォオ!!!!!」
フェンリルから、周囲に向けて衝撃波が放たれる。
ドン!!!!!
「リリィ!!」
フレイヤがリリィに飛びつきながら泉の中に潜り、間一髪、衝撃波を避ける。
暫くして、フレイヤとリリィが泉の中から這い上がり周りを見渡す。
キース、ダイアナ、ルルド大長老が周囲の岩壁まで吹き飛ばされていた。
「うっ……!!
みんな……無事か…………?」
キースが周りを見渡し、ダイアナが近くで倒れている事に気づく。
「ダイアナ!! ダイアナ!! 無事か!!」
キースがダイアナに駆け寄り、ダイアナを抱き抱えて声をかけた。
「う……! あなた…………。
私は大丈夫よ。それより、フレイヤとリリィ、大長老様は無事なの?」
ダイアナが身体を起こして話した。
「そうだ……! フレイヤ! リリィ!!」
キースが周囲を見渡し、すぐに衝撃波を躱して事なきを得たフレイヤとリリィを見つけて安堵する。
「フレイヤ!! リリィ!! ……ダイアナ、あの子達は無事だ! フレイヤがリリィを守ったみたいだ! 大した子だ!」
「良かった……! 大長老様は?」
ダイアナも立ち上がり、周囲を見渡してすぐにルルド大長老を見つける。
「大長老様!!」
ダイアナとキースがルルド大長老に駆け寄り、ルルド大長老の身体を起こして声をかける。
「だ……大丈夫じゃ……!
衝撃波が到達する直前に皆の者に魔法障壁を張った。壁に叩きつけられた時に腰を強く打ったが歩けそうじゃ……。こ、この場を早く離れて、村の者を避難させねばならん!!」
ルルド大長老が焦るように話す。
「お、お兄ちゃん……、私…………。なんてことを…………」
ガタガタ震えながらリリィが話す。
「リリィのせいじゃない……。
僕が本来の宿す者を偽ろうとしたからだ……。今は、この場を離れることを考えるんだ」
リリィの手を掴んで起き上がらせ、フレイヤが話した。
周りを見渡した戦神フェンリルは、起き上がったばかりのフレイヤとリリィ目掛けて大きな口を開けて叫んだあと、左前足を振り上げて2人に襲いかかった。
「きゃああああ!!」
「うわぁああ!!!」
リリィとフレイヤが抱き合うようにして目を閉じた。
ガキィイイイーーーーン!!
間一髪、2人の目の前で、フェンリルの攻撃を槍で受け止めるキース。
「2人とも! 私とダイアナがフェンリル様を抑えている間に、早く大長老様を連れて村まで逃げるんだ!!」
「父さん!! それじゃあ、父さんと母さんが!!」
フレイヤが慌てたように話す。
「私達の事は気にしないで!! 時間を稼いだら私達も逃げ延びるわ!!
忘れたの!? 母さんと父さんは貴方達の両親で、この村1~2位を争う武家の一族の血を引いているのよ!! 簡単にやられはしないわ!!」
ダイアナが美しい槍でフェンリルの腕を切り上げた。
「グォオオオーー!!」
フェンリルに多少のダメージが入り、後退させる。
「今だ!! フレイヤ、リリィ!!」
キースが叫ぶ。
しかし、緊張と不安から、その場を動けないリリィ。
「リリィ! 俺達が、この事を村に伝えて避難させないと大変なんだ! 今は父さんと母さんを信じるしかない!!」
フレイヤが叫ぶ。
「でも……! 相手はあの戦神様なんだよ! いくら父さんや母さんでも勝てってこない!!」
リリィが涙を浮かべて叫んだ。
「リリィ! 村の避難が終われば、その合図として信号用に魔法で上空に光弾を放ってくれればいい!
その時間だけなら間違いなく母さんと父さんなら、稼いで逃げることが出来る!
お願いだ! 今こうしてる時間も惜しいんだ!」
キースが槍を構えながら話す。
2人はお互いの顔を見て覚悟を決めたように頷き、ルルド大長老の元に走り寄った後、両脇から抱えるようにして3人で村の方に走り出した。
「キース、ダイアナ、良いか!
危険で応援が必要または、自分達も避難する場合は赤の光弾を!
その場合は、近隣の村や街に緊急応援要請を行う!
フェンリルを弱らせ、再び封印出来そうならば青の光弾で返事をするのじゃぞ?」
ルルド大長老の叫びを聞いて、キースと、ダイアナが頷いた。
「大長老様! 青の信号弾でも一応、村人と子供達はしっかり避難させて下さい」
キースが話した。
「わかっておる!」
ルルド大長老が頷いて応えた。
「フレイヤ! リリィ! どうか2人とも無事に生き延びて!」
ダイアナが叫んだ。
「父さんも母さんも、どうかご無事で!」
「お父さん、お母さん、お願い! 死なないで!」
フレイヤとリリィは叫んだ後、洞窟の中に消えていった。
「ガァアアアアーーーーーー!!」
フェリンルが本格的に戦闘態勢に入る。
ダイアナがキースの横に移動し話しかける。
「……大丈夫? その腕」
「ああ、筋を少し痛めたがまだ戦える。
……やはり、戦神と呼ばれるだけある。受け流しの構えで攻撃を受けたが、片腕をやられた」
「しかも封印から目覚めたばかりで殆ど力を出しきれてない状態でアレでしょう?
……本当に、逃げ切れると思う…………?」
「村の為にも……、何よりもあの子らの為にも、避難の時間だけは稼がなくてはならない。
例え私達の逃げる力さえ使い切る事になったとしても……」
「そうね! 私達でなんとかやりきりましょう!」
「……いつもすまないな…………。
もう少し、私が強ければ私一人でフェンリル様を抑えて、君にこんな役をさせなくて済んだのに…………」
キースが少し顔を伏せて話した。
「何を言うのですか……。貴方ほど強い獣人族は歴代でもいないと大長老様がおっしゃっていました。
……それに、まだ私がか弱き頃、森で魔物から襲われ、貴方から命を救って貰ったあの日から、貴方の側で貴方の為に戦うと決めてきたのです。
……むしろ貴方の伴侶となり、フレイヤやリリィと出会う事が出来ました。本当の幸せを教えてくれた貴方には感謝の気持ちしかありません」
ダイアナが微笑んで応えた。
「……ありがとう、ダイアナ。
必ず生き延びよう! 2人で!」
「はい! あなた」
2人がフェンリルに向かって槍を構え直した。
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