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第4章

悲しき過去(アレン過去編①)

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 時は10年以上前のルイン世紀1984年5月10日 。
 カレント領土 王都サンペクルト内の貧民街で当時、9歳のアレン・アルバートは貧しい生活を送っていた。
 アレンは母と妹の3人家族だった。
 王国騎士団に所属していた父は、2年前の戦争で他界し、病気がちな母は、一日のほとんどをベッドの上で過ごしていた為、幼いアレンが家族の生活を支えていた。

 アレンは父の友人であり、貧民街から少し離れた飲食店の店主をしているオフトという男に雇ってもらい、雑用をこなしながら安い給料でなんとかやりくりしていた。

「オフトさん! 店内の掃除終わりました! 他に手伝うことはありませんか?」
 アレンが店主のオフトに尋ねた。

「おお! もう、終わったのか! もう、今日はあがってもらって構わないよ。いつも、済まないねぇ。
アレンは気がきくし、仕事も早い! 出来ればもっと給料を上げてやりたいんだが、ウチもそんなに儲かってないから申し訳ないねぇ……」
 髭面の中年のオフトは、優しい表情で申し訳なそうにアレンに語りかけた。

「いえいえ、父が亡くなって困っていた所に仕事をくれたのは、オフトさんだけでした。家族みんな今でもオフトさんには感謝してるんですよ!」
「……お前の父、グレンは本当にいい奴だったんだ。あいつの周りには、多くの仲間が集まっていたが、ほとんどが戦争で亡くなってしまったからなあ。
他も、戦争の影響で家庭が貧しくなったものが多いから、手助けしたくても出来ない状態だからねぇ……。お前の家庭の状況がわかってても、助けてあげられないんだよ。本当に済まないな……」
「いえ、他の家庭も苦しいのはわかってましたし、オフトさんが謝る事ではありません。
それに、オフトさんの給料のお陰で毎月、母の薬も買えていますし、なんとか3人の生活費は稼げてるんです! 感謝してもしきれません!」
「……ふふ、アレン、君は本当に父親に似ている!    礼儀正しく、人に優しく、気が利いて、仕事もできる! 将来、素晴らしい騎士になれるはずだ」
「いえ、僕なんかまだまだです! でも、ここまで仕事をこなせるようになったのはオフトさんのお陰です」
「お! お世辞が上手だねぇ。
ふふ、じゃあ、今日の給料は、少しだけ増しちゃおうかな! ほら、今日の給料だよ! 早く帰って、お母さんと、アリスちゃんに美味しいものでも買ってあげるんだ!」
 オフトがいつもの給料より、気持ち分だけ給料を足してアレンに渡した。

「ありがとう、オフトさん! 久しぶりに美味しい魚でも買って帰るよ。お疲れ様でした!」
 アレンが嬉しそうに給料袋を懐に入れて、お辞儀をし、走り去っていった。

「お疲れ様、アレン! 気をつけて帰るんだよ」



 アレンは貧民街の自宅の前に着き、玄関を開けた。
「ただいま、母さん! アリス!」

「お帰り! お兄ちゃん!」
 妹のアリスが満面の笑みでアレンに抱きつく。

「お帰り! アレン! スープが出来てるからテーブルに座って」
 母のリリスが台所から声をかけた。

「母さん! 今日は起きてても大丈夫なの? 寝てないと!」
 アレンが心配そうに尋ねた。

「私も言ったんだよ! でも、お母さん頑固で聞いてくれなくて!」
 2歳下のアリスが応えた。

「今日は調子がいいの! それに、家の事くらい少しは私も手伝いたいのよ。いつも、お前たちに悪いからねぇ」
 リリスが笑顔で応えた。

「もう! お母さん、家のことは私が全部出来るから大丈夫っていつも言ってるじゃない! だから早く病気を治して元気になって!」
 アリスが呆れたように話す。

「アリスの言う通りだよ! お母さんには、早く良くなって貰わないと困るからね」
 アレンはテーブルに腰掛けて話した。

「ごめんなさい! ついね。手伝いたくなるのよ。……それにしてもアレン、その手にぶら下げてる袋はなんなの?」
 リリスが尋ねる。

「へへ、今日はさ、オフトさんがちょっと給料をオマケしてくれたから、安い奴だけど新鮮な魚を買ってきたんだ! だから、2人とも食べてよ! いつもは小さなパンばっかりしか買えてないけど、今日は奮発したんだ!」
 アレンが嬉しそうにテーブルの上で袋を広げて魚を見せた。

「わぁ! 凄い! 今日はご馳走だね。お兄ちゃん!」
 アリスが笑顔で応えた。

「オフトさんにまた、お礼を言わないとね! 美味しく料理するから、2人とも席に着いて待ってて!」
 リリスも笑顔で応えた。

 リリスが手早く調理し、数ヶ月ぶりにアルバート家は、十分なパンとスープと魚料理というご馳走にありついた。
 一般家庭ではごく普通の献立だが、日頃から小さなパンとスープで食いつないできた彼らにとっては、久しぶりの至福の時となった。

「お母さん! だいぶ顔色良くなってきたね!」
 アリスが話す。

「うん! アレンが買ってきてくれる薬が良く効くから、もう少しで普通に生活できると思うわ! そしたら、お母さんも働けるようになるから、2人を楽にさせてあげられると思う!」
 リリスが嬉しそうに応えた。

「母さん、元気になっても、アリスの側にいてあげて。家計のことなら、心配しないで!」
 アレンが話した。

「えっ!? 今の稼ぎじゃ、十分とはいえないだろ? どうするつもりなの?」
 リリスが尋ねる。

「おれ、来月10歳の誕生日だろ? そしたら年齢制限の縛りがなくなって王国騎士団見習いに入れる! 入隊に必要な初期費用もコツコツ少しずつ貯めてたから十分な額になったんだ! 騎士団の一員になれば、今よりお金を稼げるから、2人にはもっと楽をさせられる!
おれ、父さんみたいに立派な騎士になりたいんだ!」
 アレンが応えた。

「だめ! お兄ちゃん! そんなの嫌だよ。 お父さんみたいに死んじゃうかもしれないんだよ?」
 アリスが叫ぶ。

「大丈夫だよ! 前回の戦争終結後に各国は疲弊してるから戦争はしばらくない。危ない戦場なんて、そうそうないってオフトさんも言ってたよ!
ねえ、母さん、いいだろ?」
 アレンが応えた。

「……私は、あなたがなりたい夢なら応援するけど、まだ早すぎると思うわ。
確かに規則では10歳以上の者なら王国騎士団に入れるけど、今までそんな歳で入隊した人なんて1人もいないのよ?
私ももう少ししたら働けるようになるから、アレンと私で家計を持ち直して、あなたがもう少し身体が大きくなってからがいいんじゃないかしら?」
 リリスが申し訳なさそうに話した。

「……2人には黙ってたけど、実はもう、予約申請を済ましてきたんだ!
俺、絶対に見習いから正式な王国騎士団になって2人を幸せにするから信じてくれ!!」
 アレンが話す。

 それを聞いて驚く2人。

「わたしは……、 絶対、反対だよ!
なんで……なんで、勝手に決めちゃうの! 王国騎士団見習いになったら、正式な王国騎士団になるまで家に帰ってこられないんだよ? ……お兄ちゃんの、バカ!!」
 アリスは怒って自分の部屋に走り去ってしまった。

「……アレン、私が反対した理由は、もう一つあるわ……。あの子は私といる時も幸せそうだけど、特にあなたとこの家にいる時が一番幸せそうにしてるのよ……。
王国騎士団見習いになればどんなに早い人でも正式な王国騎士団になるのに5年はかかるわ。寂しがりのあの子には耐えられないと感じたから、もう少し、あの子が大きくなるまで待って欲しかったのよ……」
 リリスが悲しそうに話した。

「2人を早く楽にさせたくて……。2人にはわかってもらえると思ったのに……。
おれ、間違ってるのかな……?」
 アレンも悲しそうな顔で話した。

「王国騎士団見習いの予約申請を出す前に、少なくともアリスには相談すべきだったと思うわ……。そこは明日にでも謝っておいた方がいいわね……」
 リリスが話した。

 アレンは静かに頷いて、その日はアリスと顔を合わせることはなかった。


   ◇ ◇ ◇


 次の日の朝、アレンはアリスに謝ろうとしたが、アリスは顔も合わせてくれず、アレンは気持ちを伝えることが出来なかった。
 そんなギクシャクした状態で約ひと月が経ち、明日がアレンの10歳の誕生日となった。

「アレン! 明日の入隊式は、早いんでしょ? 早く寝なさい」
 約一週間前から、働けるようになったリリスが声をかけた。

「わかったよ、母さん。もう少ししたら休むよ」
 アレンは先に部屋に入ったアリスの部屋の前に向かった。
「アリス……起きてるか? お前が聞いてくれてるかわからないけど、ちゃんと伝えておきたい事があるんだ。
王国騎士団見習いのことを黙ってたことは本当に済まないと思ってる。
本当にごめん……。
だけど、わかって欲しいんだ! 危険だとわかってても、父さんみたいに勇敢で国中に尊敬されるような騎士になりたいんだ!
お金を稼いで、母さんとお前を楽させて、父さんがいたあの日みたいに、お前や母さんが毎日笑顔で暮らせるようにする事が俺の夢なんだ!
だから…………、だから俺、明日、行くよ! 今は、分かってもらえないかもしれないけど、必ず王国騎士団の中でも立派な騎士になって帰ってくるから……、だから信じて待ってて欲しい! お前と母さんの幸せを護れる騎士に必ずなるから!」
 アレンが部屋の中のアリスに声をかけたが、アリスの部屋からは返事はない。アレンは少し顔を伏せ、しばらくして自室に戻った。
 リリスは自室のベッドで横になりながらアレンの言葉を聞き、少し涙を浮かべた後、瞳を閉じた。


   ◇ ◇ ◇


 次の日、アレンは入隊式に朝早く向かおうとしていた。
 この日の夜まではアレンも家に帰ってこれる為、リリスは、アレンの誕生日のお祝いの準備をしていた。

「今日は私の貯金も少し貯まってるから、パーーッとお祝いするわよ! お肉料理に魚料理もして待ってるから、早く帰ってきてね!」
 リリスが笑顔で応えた。

「うん! 母さん、ありがとう! 出来るだけ早く帰ってくるよ!
…………アリスは……?」
「アリスは朝早く出かけたわよ。
……まだ喧嘩した事を気にしているの? 大丈夫よ! アリスはもう怒ってないから、あなたは気にせず行って来なさい!」
「……わかった! 母さん、行ってくるよ。アリスを宜しくね!」
「行ってらっしゃい、アレン!」


 王国騎士団見習いの入隊式は昼過ぎに終わり、入隊手続きと各所の案内を受けた後、解散となった。
 アレンが家路についたのは、夕方頃となった。

 アレンは一般市民街を通り、貧民街に入った後、800m程度まっすぐ進み、角を3つ曲がって自宅が視界に入るところまで来た。
 アレンは自分の家を見てすぐに異変を感じた。
(いつもアリスが、蝋燭ろうそくの火を灯しているはずなのに、家の中が真っ暗だ……。それに、家の中が静か過ぎる!)
 嫌な予感がしたアレンは、足早に家の前まで移動し、玄関のドアをゆっくり開けた。

「母さん……? アリス……?」
 アレンが声をかけるも返事がない。
 アレンは部屋のテーブルに近づいて更に異変に気付く。
 テーブルの上に盛り付けられていたであろうご馳走の山がテーブルの下に散乱している。その奥に誰かが壁にもたれかかるように座り込んでいる……。

「母さん!!!」
 アレンは座り込んでいる人影に走り寄り声をかける。
 リリスの腹には血が滴り落ち、床には真っ赤な液体が広がっていた。

「母さん! 母さん! 何があったの!? 目を覚まして!」
 アレンが焦るように声をかけるとリリスは微かに目を開けた。

「あ……、アレ……ン…………?
泥棒が……入ったの…………。それで……母さん…………刺されちゃって………………
ごめん……ね…………、お祝い……できなくて…………」
 リリスは涙を流しながら話す。

「分かったから、もう喋らないで! すぐに助けを呼ぶから!」
 アレンは涙を流しながら叫ぶ。

「……まだ……近くに……いるかもしれないわ…………。アリスと……逃げて…………」
 そう言うとリリスは、意識を失い眼を閉じた。

「母さん! 母さん!! 嫌だ!! 死なないで!!!」
 アレンがリリス抱きしめると微かに心臓の音が聞こえた。

「まだ、助かる! ……アリスは!? アリスを探さないと! アリスーーーー!!」
 アレンは立ち上がり、アリスの部屋に向かったが、アリスの部屋の前で見たくないものを見てしまう。
 強引にドアノブを破壊されて少しだけドアが開いた状態となっており、明らかにアリスではない何者かが部屋の中に侵入した形跡があった。
 アレンは鼓動が早くなるのを必死に抑えつつ、ゆっくりドアを開けた。

 ギィィィイィィィイ…………!

「それ以上、近づくな!」
 部屋のドアを開けてまず初めに男の声が部屋の奥から響き渡り、アレンはその者の姿を視界に捉えた。
 男の格好は、服がボロボロで髪も肌も酷く汚い状態で、貧民街の中でも特に貧しい地区の出身者と分かった。男は立ったまま、少女を拘束し、右手は少女の口を押さえ、左手で少女の喉元にナイフを突きつけている。

「アリス!」
 アレンが悲痛な表情で叫んだ。

「小僧! それ以上近づくなと言っただろ! コイツを殺すぞ!
くそっ! 家の中の灯りが点いてないから留守かと思ったら、母親と子供がいるなんて! 殺すつもりなんてなかったんだ!」
 泥棒の男が正気を失った顔で叫んだ。

「お願いだ! 妹には手を出さないでくれ! 金目のものなら、なんでも持っていっていいから!」
 アレンが落ち着かせるように話した。

「お前がこの前の朝、ぶら下げていた袋の中に大金があるはずだ! そいつをよこせ!」
 泥棒が叫ぶ。

「お前! あれを見てたのか!
……あれは、王国騎士団見習い入隊金として使ったからもう、ないんだ! 信じてくれ!」
 アレンが話す。

「な……なんだと! じゃあ、俺は人を刺して衛兵隊に追われる為だけにこんなボロ家に忍び込んじまったってことか! ふざけるな!」

 その時、驚いたアリスのポケットから何かが床に落ちた。

 ガラン!

「ん? なんだ、これは?」
 泥棒が床に落ちた物をアリスの口を押さえていた方の手で拾い上げる。

「こ、これは! 銀のブレスレットじゃないか! なんで、こんな高価な物が! これさえあれば半年は楽に暮らせる!」
 泥棒が銀のブレスレットを見て驚く。

「それは! ダメぇぇぇぇえ!!」
 アリスが銀のブレスレットを奪い返そうと泥棒の手を掴んだ。

「てめぇ!!」
 泥棒はアリスを振り解こうと必死にもがく。

「やめろ、アリス! 大人しくしとくんだ!!」
 アレンが焦るように叫ぶ。

 泥棒は、アリスを振り解こうとナイフを振り回した。
 次の瞬間、泥棒のナイフがアリスの胸に深く突き刺さった。
「ああ!!」
 泥棒が驚いてナイフを離す。
 アリスは、ナイフが胸に突き刺さったまま、後ろに倒れてしまった。

「アリスーーーーーーーー!!!!!」
 慌ててアリスに駆け寄るアレン!

「く、くそ!! なんで、こんな事になっちまったんだ!!」
 そう言い残すと、泥棒は銀のブレスレットを握りしめたまま、逃げ去ってしまった。

「アリス!! アリス!! 死ぬな!!! お前に謝らなければならない事があるんだ!! アリス! お願いだ! 1人にしないでくれ!!」
 アレンがアリスに声をかけるが応答がない。

 その時、髭面の中年の男が部屋に入ってきた。
「何があった! アレン!?」

「オフトさん!! アリスが! 母さんが!!」
 アレンが泣きながら焦るように話す。

「落ち着きなさいアレン! お母さんは応急処置をした。医者と衛兵隊を近所の人に頼んだからすぐに駆けつける筈だ! アリスちゃんの状態はどうなんだ?」
 オフトがアレンを落ち着かせるように話す。

「……アリスが! アリスが泥棒に胸を刺されて動かないんだ…………!」
 アレンが泣きながら説明する。

 オフトはアリスの状態を見て、かなり厳しいと感じ、苦しい表情になった。
 緊迫した状態が続いた影響でアレンは過呼吸気味になり、苦しみ出した。

「アレン! 落ち着け! 2人とも助かる筈だ! ゆっくり呼吸をするんだ!!」
 オフトが慌てて話す。

「オフト……さん…………おれ…………」
 そう言うとアレンの視界はゆっくりと暗闇に包まれた………………。
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