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幼い神様

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幼子は昼間は外で木材を削る。
眠る前に眷属たち習いながら布を縫う。
そして明け方までぐっすりと眠る。

山神はそんな姿を見つめるこらえ・・・を愛しく思う。
「最近、思うんですよね」
夜に縁側で寄り添いながら告げるこらえ・・・
今日は先日のお礼だと酒の神から貰ったお酒をこらえ・・・と飲んでいる。
飲むと言うよりはぺろりと舌を出して舐めている。
そんな姿が艶かしくて襲いたくなり、視線を逸らす。
お酒に目を落とし、飲みやすい味だと聞いたが物足りない。
甘ったるい果物の味が口内に広がり、葡萄酒と違った良さがあるが酒精が低いのが難点だと思う。
だがこらえ・・・は気に入ったらしい。
覚悟を決めたような表情は匂いで消えて、恐る恐ると口にして、これは美味しいですと言われた笑顔は忘れられない。
一緒に晩酌したいときはこれを基準に用意しよう。
そう決める。
「何をだ」
「指物を教えてくれる父はこんな気持ちだったのか。と。嬉しいような寂しいような。心配でもあり、喜ばしい気持ちもあって」
「そうか。己もだな。親心はなんとも言えぬ感情で困るな」
笑うこらえ・・・を見る。
前に見た父親とは似ていないのに笑顔はそっくりであると思うのはなぜだろうう。
人とは不思議だと思う。
しばらく夜風と夜の音を楽しむ。


「山神様。僕、奉納舞を踊れたんですよ」
「そういえばそういう家だと言っていたな」
「でも、踊れなくなりました」


長い年月が経っているから仕方がないとも思う。
だが綺麗なのだったのだろうと想像する。
「いえ。元々奉納する感情がないので踊っていなかったとも言えますが」
「ん、ん?」
トンチでも聞かされているのかと悩む。
「家を追い出されるまで寝る間も惜しんで、神様への信仰を押し付けられました。舞もその一つです。神事のためにとお酒を朝からずっと飲まされたこともありますね。だから嫌いなんです」
これは美味しいですけどとお酒を舐める。
だが、と考える。
「七歳に満たない子に、か。辛いな」
酒精がどれだけあるかは知らないが、むしろ生きている方が不思議なぐらいだ。
「今思えば暴力ではないにしても虐待ですよねぇ。寝る時間だって一時間ぐらいだったときもありますし。だから捨ててくれて感謝しています。まぁ、こんなのお酒がないと話せませんけどね」
「そうだな」
今酔っているのだと邪推する。
だが自分のことに饒舌な姿も珍しいので満足するまで喋らせる。
むしろ、あまり話そうとしなかったからいい機会だと髪の毛に触れながら聞く。
「奉納舞を踊ることは指の先、足の先まで、髪の毛一筋まで神への信仰を持って踊るべし。だそうですよ。神様はどう思いますか?」
「己は楽しそうに踊った嫁の指先が掴めればそれでよいがなぁ。今度一緒に踊りでもどうだ。大層なもんじゃない。盆踊りとかな。楽しいと思うぞ」
こらえ・・・の楽しそうな笑い声。
盆踊りってどう踊るんですかねぇと笑うから教えると胸を叩く。
しばらく手でこうだと示していれば、こらえ・・・は手に、傷痕に触れてくる。
「楽しく踊るなんてとんでもないって扇子ぶつけられましたよ。神事の時には重い神具を持つのでそれに似通った鉄仕込んだ物ですけどね。痛かったなぁ」
それはそれで暴力ではないかと口にしそうになる。
「服は重いし、練習用の道具は重いし、かと言って不出来だからって神事には一切出してくれないし。同い年の他の子は神事のお祭りにも行くし遊んでいるし、神事には踊らせてくれているのに。格子戸からそれを見ながら練習です。おかげで姉に遊びを教わるまで何を遊びとするのか知りませんでした」
お陰で山神様と遊べてよかったです。と、笑う。
それはそれで光栄ではあるが、ひどい話だとも思う。
「僕はストックだったんですって。男に産まれたから血と舞を継ぐための。でも他に生まれそうだからいらないって捨てられたんです。こんな嫁嫌ですか?」
「おかげでこらえ・・・がここにいるならありがたいが」
あんな血好き滅べばいいのにと毒づく姿に、だからあまり話したがらないのかと納得。
「やっぱり山神様は優しいですね。僕ね。捨てられてからしばらく空っぽで過ごしたんですよ。舞を踊らなくてもいいし、むしろ踊っても、両親への恐怖を宿らせたから踊るほうが失礼だと思って踊れなくなりました。姉にも踊らないでほしいって泣きながら言われましたからね。僕が苦しそうだからって。だから踊れないんです。山神様の穢れを祓えるかもしれないのに」
「むしろ逆に穢れるやもしれぬな。親への恐怖を持って踊られると」
冗談交じりに言えばそれもそうだとこらえ・・・は楽しげ。
「だからね、信仰を持たずやりたいこともなくなった僕は空っぽだったんです。父の姿を見てかっこいいと指物師を目指しましたけど、やっぱり空っぽで」
だから来た当初は好きじゃないからとやろうとしなかったのだと納得する。
だが、出会ったときから、己への信仰心を持つこらえ・・・とは結びつかないと首をひねる。
「だけど、ある日、神様の物語を聞いたんですよね。すっごくいい神様。人に酷いことを書かれているのに土地を守ってくれる神様。邪険にされつつも人に信仰されている優しい神様」
「それは」
思わずこらえ・・・を見る。
「醜く人を狂わすと言われたこの土地の神様。山神様。その話を聞いたとき、思わず父に山に帰るときが来ればこの山神様の下に行きたいって言ったんですよねぇ。父は僕を山からの授かりものだから何時か返せと言われるんだろうかと悩んでいましたからね」
あの時、父親であったときに、ただ、他人のフリをされ、父親と告げず去ったのか疑問に思った。
だがそれが息子の願いでもあったと言うなら、笑顔の息子を見せれたから引き下がったのだと思いたい。
「父の口癖でした。山に帰っても父や姉のことを忘れるなよ。何時でも帰ってこいよって。僕、山の子ではないんですけどねぇ」
「事情を知らぬものからすれば似たようなものだろう」
山で拾われたのだから神の子や、山の子と思うのがいるのも人の性だろう。
「でも、山神様の話を聞いたときには決めてました。あの日花嫁にならなかったのは僕が空っぽだったからじゃなくて、山神様を好きになって出会うためなのだと」
こらえ・・・はじゃあ、贄ではなかったのか」
「あー。形は何故か生贄ですね。でも頼まれていても嫁になると承諾しますね。むしろ立候補しました。本当一言相談してくれれば父もあの村を見放さなかっただろうに」
「いやいや。望んで己の嫁になる物好きはおらん」
「僕物好きですか」
「すまぬ。言い過ぎた」
そうだったと思い直す。
「いいんですよ。それに最初に言ったじゃないですか。故郷を守る優しい山神様が好きって」
「すまぬがそれでわかるものか?」
「まぁ、引かれて突っ返されても嫌なのでお手つきになるか家のこと話すまではそれについては何も言わないでおこうとは思ったので言葉足らずは認めましょう。父には捨てられた可能性も否めませんでした」
「英断だな。しかしそれでよく顔を見たいと言わなかったものだ」
「見て狂うのは正直嫌ですよ。そりゃあ」
何を言っているんだと言われた気がする。
確かにと、頷くしかないが。
「もっと山神様とお話したいですし、山神様にいろいろやりたかったですし。下手なことを言って嫌われるより先に僕にメロメロにしたかったですしね。言われたことを守れないのははしたないです。ただ、いざそうなったら思ったより愛されてます」
「本当に、今は手放す気はないぐらい愛しているからな。こらえ・・・に惚れてもらうためには必要と思っていたからな」
満面の笑顔を向ければ、こらえ・・・は顔を背ける。
「元々好きなんですってば。空っぽだった僕に、貴方で満たされて。指物師だってあなたに認められたくて。正直貴方の存在を聞いたときから一目惚れなんですから。貴方が僕の作った家具を使ってくれていたことがわかったときどれだけ嬉しかったか」
耳まで真っ赤な様子に、お酒を奪って飲む。
「あっ」
「よし。今からどれだけ愛しているか布団の中で踊るぞ」
「やまっ」
抱き上げて布団に押し倒すと口を塞ぐ。
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