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epilogue
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そして、それから一年後。
卒業式の日、僕は朝から彼女の家を訪れていた。
玄関で待っていると、夏織さんが二階から慌てて降りてくる。
「すいません、お待たせしました」
こちらに勢いよく頭を下げる夏織さんに笑って対応する。
「おはよう。大丈夫、待ってないよ」
今日の夏織さんはいつもと違い、彼女の制服を着ている。
彼女の制服に袖を通した夏織さんは落ち着かないのか、何度も自分の制服姿を確認している。
「それにお願いしたのは僕の方だから」
「ありがとうございます」
「そろそろ行こうか?」
「そうですね」
そう言って、玄関の方に見送りに来た夏織さんのお母さんに頭を下げてから歩き出す。
駅へ向かう途中で、夏織さんが不安そうに訊いてくる。
「本当に私が参加しても良いのでしょうか?」
「大丈夫だよ。何度も言うけどお願いしたのは僕の方だから心配ないよ」
そうは言っても夏織さんの立場からすると、初めて行く知り合いの居ない場所は不安になるのも仕方ない。
去年までの僕なら同じ立場なら逃げ出している所だ。
もしかしたら僕が頼りなくて不安にさせている可能性も大いにあるのだけど、それは意図的に考えない事にした。
話題を変える為に朝から気になっていた事を夏織さんに聞いてみる事にする。
「それにしても、別にお姉さんの制服で出席しなくても、自分の学校の制服で良かったけど」
「自分の制服だと目立ちます。TPO的にもこの方が良いかなと思ったので。それに同じ制服なら卒業生からはともかく保護者からは卒業生と見分けつきにくくて余計な注目はされないですから」
「まあ確かに何も知らない人は卒業生と見分けがつかないけど」
「それに、こんな機会でも無いとお姉ちゃんの制服を着る事なんてないですから」
そんな風に言う夏織さんは、どうやら彼女の制服が着られて嬉しかったのだろう。
「そういえば、今更だけど進路どうしたの?」
「本当に今更ですね、春から内部進学です」
「そっか、おめでとう」
「ありがとうございます」
雑談しながら歩いているうちに駅に到着する。
日曜日の駅は人も少なくて、電車も珍しく二人で横並びに座っても余裕がある。
岡山駅で降りると少し早い時間でも、バス停の方には何人も並んでいる。
夏織さんに声を掛けてから僕らも並んでいると、見知ったクラスメイトが声を掛けてくる。
「おはよ、篁君その子が姫柊さんの妹?」
「おはよう、そうだよ」
「本当にお姉さんにそっくりだね」
クラスメイトの方に会釈だけして困惑している夏織さんにクラスメイトを紹介する。
「この人は、お姉さんの去年のクラスメイト」
そう言ってからクラスメイトの方にも夏織さんを紹介する。
「こちらは、姫柊さんの妹の夏織さん」
普段は人見知りをしない夏織さんは、珍しく挨拶だけで緊張で固まっている。
流石に卒業式に参加するだけで精神的に精一杯なのだろう。
「ごめん、卒業式の事で緊張してるいみたいだから」
固まっている夏織さんの代わりにクラスメイトに弁明すると、クラスメイトの方も僕の弁明を聞いて同情的な感じで納得してくれた。
「まあ仕方ないよね、お姉さんの代わりに卒業式に出る訳だから緊張するよ」
その言葉を聞いて、今回の件の発案者である僕は夏織さんに申し訳ない気持ちになってくる。
その後もバスで学校前に到着するまで、何人もの卒業生に話しかけられて同じような説明をする。
みんな夏織さんの卒業式への参加に好意的で、学校に到着する頃には夏織さんの緊張もほぐれていた。
校舎に着き、教室に行く前に夏織さんを連れて職員室へ向かう。
職員室の扉をノックしてから入ると、担任の先生の机の方へと歩いていく。
「おはようございます、姫柊さんを連れて来ました」
僕に続いて夏織さんも先生に向かって挨拶をする。
「おはようございます、姫柊夏織です。今日は宜しくお願いします。」
言葉と共に深々と頭を下げる。
先生はそんな夏織さんに笑いかけてから自己紹介をした。
「去年、姫柊奏さんの担任をしていた椙田です」
「卒業式への出席なんて我儘を受け入れて頂きありがとうございます
再び頭を下げる夏織さんに先生が笑って否定する。
「我儘を言ったのはそこの篁君ですよ」
先生はおかしそうに笑ってなおも続ける。
「春に姫柊さんに卒業証書を授与して欲しいと言われた時には驚きました」
「すいません」
謝る僕に先生は優しい顔でまたも否定する。
「責める訳ではありません、積極的に人と関わろうとしなかった篁君がそんなお願いをして驚いたのも事実ですが、それ以上に誰かの為に行動した事が嬉しかったのですよ」
「二年生の途中から少しずつ変わり始めた事は職員室でも話題になって知っていましたけど、まさか今日本当に実現するなんてね」
先生から手放しで称賛されて恥ずかしくなって視線を逸らすと、夏織さんが笑いを堪えているのがわかった。
学校での普段の様子を知らない夏織さんからすると、先生から聞く話は面白いのかもしれない。
余計に恥ずかしくなっていると視線に気付いたのか、夏織さんがフォローしてくる。
「すいません。変わらないと思うと可笑しくて」
「変わらない? 随分変わったと思うけど」
自分の言葉が足りてないと思ったのか、一度笑ってから彼女にそっくりな表情で言ってくる。
「学校での様子も私と一緒に居る時と変わらないんだなって思って裏表が無いというか」
「取り繕うのが下手なだけだよ」
「それでも、取り繕うのが上手い人より好きですよ」
その言葉を女子校出身の夏織さんが言うと妙な説得力があった。
最後に先生が真顔で僕に向かって「中学生は犯罪ですよ?」と言って空気を変える様に時計を確認する。
「そろそろ時間ですから教室の方へ向かった方が良いでしょう」
「はい、それでは失礼します」
職員室を出て早足に教室へ向かう。
教室の扉を開けて夏織さんを先に入るよう促すと歓声と共に迎えられた。
恥ずかしそうに顔を赤くする夏織さんに、笑いを誤魔化しながら席を指して勧める。
僕の席の隣にある今回の為に設置された、去年まで彼女が使っていた席だ。
夏織さんが座ると同時にクラスの面々が席に押し寄せるのを見ながら僕も自分の席に座る。
突然押し寄せる人達に困惑する夏織さんを、今回ばかりは放置してしばらくその光景を眺める。
そこには僕が見たかった光景が広がっていて、その中にいるはずだった彼女の姿を幻視する。
「一緒に卒業したかった。」
自然と自分の口から出た言葉は、喧騒に紛れて誰に届くこともなく消えていく。
結局その状態は先生が教室に入って来るまで続いた。
教壇には満足そうな先生の顔でクラス全体を眺めている。
手短にホームルームを終わらせると、体育館に行く準備する様に告げて教壇からの景色を眺めている。
卒業式は滞りなく進んで、卒業証書を受け取った僕は緊張しながら彼女の名前が呼ばれるのを待っていた。
クラスの一番後に彼女の名前が呼ばれて夏織さんが卒業証書を受け取りに壇上に上がる姿を見守る。
綺麗な所作で卒業証書を受け取った夏織さんは、緊張した表情で自分の席まで戻ってくる。
それだけで僕としては一安心して、卒業式の最中なのにすっかり気が抜けていた。
それからも式は滞りなく進んで、式場を後にして最後のホームルームを終えようとしていた。
先生の最後の話が終わると、教壇の前にみんなで集まって先生も入れて記念撮影をしようとする。
夏織さんがカメラマンをしようとするのをみんなで説得して、彼女の写真と共に真ん中に座らせてみんなで記念撮影をする。
そんな風に一通りの記念撮影を終えて解散した。
教室を後にする時にまた謝恩会でとクラスメイトと挨拶をしてから、最後の用事を済ませる為に夏織さんに声を掛ける。
校門から出る時に夏織さんから改まって名前を呼ばれる。
「篁さん、改めて卒業おめでとうございます」
「ありがとう、夏織さんこそ今日はお疲れ様。それと無茶なお願いを叶えてくれてありがとう」
「そんなに無茶でも無いですから大丈夫ですよ」
そう言って照れ笑いを浮かべる夏織さんに再度感謝を伝える。
「そういえば、まだ記念撮影していませんでしたよね?」
卒業式と書かれた看板の前で夏織さんが聞いてくる。
「そうだね。朝からそんな余裕も無かったし」
「良ければ一緒にどうですか?」
そう言ってスマホを出す夏織さんに笑って頷いてから写真を撮る。
「そろそろ行かないと待ちくたびれている頃かな?」
「かもしれませんね。あまり待たせるのも悪いのでそろそろ行きますか?」
「そうだね。この日を随分待っていただろうからね」
それからバスを乗り継いで、途中で買い物を済ませて目的地へ急いだ。
バスを降りて見慣れた湖畔から階段を登ると、彼女のお墓が見えてきた。
久しぶりに訪れる彼女のお墓は家族が定期的に掃除をしているのか、綺麗に手入れされている。
お墓の前に買ってきていたお供物を置いてから、夏織さんが今日受け取った卒業証書を出して無事に卒業式を終えた事を報告する。
彼女は今の僕らの姿を見てどう思っているのだろう。
「君が亡くなってからの一年は本当にあっという間で、君に言われた後悔しないように生きる事は言葉で言う程簡単じゃなかった」
「今日の卒業式だって先生やクラスの人達、何より夏織さんの協力が無いと実現しなかった」
結局自分一人では至らない事ばかりで、周りの人達のおかげで後悔しないようにどうにか生きる事が出来ている。
特にこの一年間は夏織さんにはどれだけ感謝しても足りないだろう。
手紙を届けてくれた日から、不器用な僕に歩み寄ってくれて見守ってくれていた。
彼女が亡くなってから初めて家を訪れた時に改めて、夏織さんと話す機会があった。
僕らは手始めにお互いに彼女との思い出を話した。
僕はこの一年近く過ごした彼女との日々の話をした。
彼女が遺してくれていた共有アプリのアルバムと共に。
夏織さんは今までの彼女の話を、十七年分の分厚い沢山のアルバムを見せながら話してくれた。
流石に僕が夏休みの旅行の話をした時にはかなり怒っていたけど、身の潔白を何度も訴えてどうにか笑って許してもらう事が出来た。
恐らくこの一年で沢山話して一番関係性が変わったのは夏織さんだろう。
出会ってから色々あった夏織さんだけど、それだけに彼女の事を一緒に偲んで思い出話が出来る夏織さんの存在はありがたかった。
「僕は暫くそちらには行けそうにないから、君を待たせる事になるけど次に会えた時には今度こそずっと一緒にいよう」
最後に彼女に近況報告と別れの挨拶をしてから、お墓の周りに広がる早咲きの桜を眺める。
隣で同じように桜を眺めていた夏織さんと湖畔の方へ来た道を歩き始めると「またね」と聞こえた気がした。
慌てて振り返ると僕の肩に一匹の蝶が止まっていた。
僕が気付くと、蝶は彼女のお墓の方へ飛んで行ってしまった。
そんな僕の惚けた様子を見ていた夏織さんが不思議そうに問いかけてくる。
「どうかしましたか?」
「肩に蝶がいたから」
「蝶ですか?」
「うん」
「蝶は昔から復活のシンボルや幸運の前触れって言われているんですよ」
そう言って笑いかけてくれる夏織さんにつられて僕も笑うと、今度こそ彼女の笑い声が聞こえた。
今度は夏織さんにも聞こえたのか二人共彼女のお墓の方へ振り返っている。
僕らは顔を見合わせてもう一度笑うと、湖畔へと歩き出した。
卒業式の日、僕は朝から彼女の家を訪れていた。
玄関で待っていると、夏織さんが二階から慌てて降りてくる。
「すいません、お待たせしました」
こちらに勢いよく頭を下げる夏織さんに笑って対応する。
「おはよう。大丈夫、待ってないよ」
今日の夏織さんはいつもと違い、彼女の制服を着ている。
彼女の制服に袖を通した夏織さんは落ち着かないのか、何度も自分の制服姿を確認している。
「それにお願いしたのは僕の方だから」
「ありがとうございます」
「そろそろ行こうか?」
「そうですね」
そう言って、玄関の方に見送りに来た夏織さんのお母さんに頭を下げてから歩き出す。
駅へ向かう途中で、夏織さんが不安そうに訊いてくる。
「本当に私が参加しても良いのでしょうか?」
「大丈夫だよ。何度も言うけどお願いしたのは僕の方だから心配ないよ」
そうは言っても夏織さんの立場からすると、初めて行く知り合いの居ない場所は不安になるのも仕方ない。
去年までの僕なら同じ立場なら逃げ出している所だ。
もしかしたら僕が頼りなくて不安にさせている可能性も大いにあるのだけど、それは意図的に考えない事にした。
話題を変える為に朝から気になっていた事を夏織さんに聞いてみる事にする。
「それにしても、別にお姉さんの制服で出席しなくても、自分の学校の制服で良かったけど」
「自分の制服だと目立ちます。TPO的にもこの方が良いかなと思ったので。それに同じ制服なら卒業生からはともかく保護者からは卒業生と見分けつきにくくて余計な注目はされないですから」
「まあ確かに何も知らない人は卒業生と見分けがつかないけど」
「それに、こんな機会でも無いとお姉ちゃんの制服を着る事なんてないですから」
そんな風に言う夏織さんは、どうやら彼女の制服が着られて嬉しかったのだろう。
「そういえば、今更だけど進路どうしたの?」
「本当に今更ですね、春から内部進学です」
「そっか、おめでとう」
「ありがとうございます」
雑談しながら歩いているうちに駅に到着する。
日曜日の駅は人も少なくて、電車も珍しく二人で横並びに座っても余裕がある。
岡山駅で降りると少し早い時間でも、バス停の方には何人も並んでいる。
夏織さんに声を掛けてから僕らも並んでいると、見知ったクラスメイトが声を掛けてくる。
「おはよ、篁君その子が姫柊さんの妹?」
「おはよう、そうだよ」
「本当にお姉さんにそっくりだね」
クラスメイトの方に会釈だけして困惑している夏織さんにクラスメイトを紹介する。
「この人は、お姉さんの去年のクラスメイト」
そう言ってからクラスメイトの方にも夏織さんを紹介する。
「こちらは、姫柊さんの妹の夏織さん」
普段は人見知りをしない夏織さんは、珍しく挨拶だけで緊張で固まっている。
流石に卒業式に参加するだけで精神的に精一杯なのだろう。
「ごめん、卒業式の事で緊張してるいみたいだから」
固まっている夏織さんの代わりにクラスメイトに弁明すると、クラスメイトの方も僕の弁明を聞いて同情的な感じで納得してくれた。
「まあ仕方ないよね、お姉さんの代わりに卒業式に出る訳だから緊張するよ」
その言葉を聞いて、今回の件の発案者である僕は夏織さんに申し訳ない気持ちになってくる。
その後もバスで学校前に到着するまで、何人もの卒業生に話しかけられて同じような説明をする。
みんな夏織さんの卒業式への参加に好意的で、学校に到着する頃には夏織さんの緊張もほぐれていた。
校舎に着き、教室に行く前に夏織さんを連れて職員室へ向かう。
職員室の扉をノックしてから入ると、担任の先生の机の方へと歩いていく。
「おはようございます、姫柊さんを連れて来ました」
僕に続いて夏織さんも先生に向かって挨拶をする。
「おはようございます、姫柊夏織です。今日は宜しくお願いします。」
言葉と共に深々と頭を下げる。
先生はそんな夏織さんに笑いかけてから自己紹介をした。
「去年、姫柊奏さんの担任をしていた椙田です」
「卒業式への出席なんて我儘を受け入れて頂きありがとうございます
再び頭を下げる夏織さんに先生が笑って否定する。
「我儘を言ったのはそこの篁君ですよ」
先生はおかしそうに笑ってなおも続ける。
「春に姫柊さんに卒業証書を授与して欲しいと言われた時には驚きました」
「すいません」
謝る僕に先生は優しい顔でまたも否定する。
「責める訳ではありません、積極的に人と関わろうとしなかった篁君がそんなお願いをして驚いたのも事実ですが、それ以上に誰かの為に行動した事が嬉しかったのですよ」
「二年生の途中から少しずつ変わり始めた事は職員室でも話題になって知っていましたけど、まさか今日本当に実現するなんてね」
先生から手放しで称賛されて恥ずかしくなって視線を逸らすと、夏織さんが笑いを堪えているのがわかった。
学校での普段の様子を知らない夏織さんからすると、先生から聞く話は面白いのかもしれない。
余計に恥ずかしくなっていると視線に気付いたのか、夏織さんがフォローしてくる。
「すいません。変わらないと思うと可笑しくて」
「変わらない? 随分変わったと思うけど」
自分の言葉が足りてないと思ったのか、一度笑ってから彼女にそっくりな表情で言ってくる。
「学校での様子も私と一緒に居る時と変わらないんだなって思って裏表が無いというか」
「取り繕うのが下手なだけだよ」
「それでも、取り繕うのが上手い人より好きですよ」
その言葉を女子校出身の夏織さんが言うと妙な説得力があった。
最後に先生が真顔で僕に向かって「中学生は犯罪ですよ?」と言って空気を変える様に時計を確認する。
「そろそろ時間ですから教室の方へ向かった方が良いでしょう」
「はい、それでは失礼します」
職員室を出て早足に教室へ向かう。
教室の扉を開けて夏織さんを先に入るよう促すと歓声と共に迎えられた。
恥ずかしそうに顔を赤くする夏織さんに、笑いを誤魔化しながら席を指して勧める。
僕の席の隣にある今回の為に設置された、去年まで彼女が使っていた席だ。
夏織さんが座ると同時にクラスの面々が席に押し寄せるのを見ながら僕も自分の席に座る。
突然押し寄せる人達に困惑する夏織さんを、今回ばかりは放置してしばらくその光景を眺める。
そこには僕が見たかった光景が広がっていて、その中にいるはずだった彼女の姿を幻視する。
「一緒に卒業したかった。」
自然と自分の口から出た言葉は、喧騒に紛れて誰に届くこともなく消えていく。
結局その状態は先生が教室に入って来るまで続いた。
教壇には満足そうな先生の顔でクラス全体を眺めている。
手短にホームルームを終わらせると、体育館に行く準備する様に告げて教壇からの景色を眺めている。
卒業式は滞りなく進んで、卒業証書を受け取った僕は緊張しながら彼女の名前が呼ばれるのを待っていた。
クラスの一番後に彼女の名前が呼ばれて夏織さんが卒業証書を受け取りに壇上に上がる姿を見守る。
綺麗な所作で卒業証書を受け取った夏織さんは、緊張した表情で自分の席まで戻ってくる。
それだけで僕としては一安心して、卒業式の最中なのにすっかり気が抜けていた。
それからも式は滞りなく進んで、式場を後にして最後のホームルームを終えようとしていた。
先生の最後の話が終わると、教壇の前にみんなで集まって先生も入れて記念撮影をしようとする。
夏織さんがカメラマンをしようとするのをみんなで説得して、彼女の写真と共に真ん中に座らせてみんなで記念撮影をする。
そんな風に一通りの記念撮影を終えて解散した。
教室を後にする時にまた謝恩会でとクラスメイトと挨拶をしてから、最後の用事を済ませる為に夏織さんに声を掛ける。
校門から出る時に夏織さんから改まって名前を呼ばれる。
「篁さん、改めて卒業おめでとうございます」
「ありがとう、夏織さんこそ今日はお疲れ様。それと無茶なお願いを叶えてくれてありがとう」
「そんなに無茶でも無いですから大丈夫ですよ」
そう言って照れ笑いを浮かべる夏織さんに再度感謝を伝える。
「そういえば、まだ記念撮影していませんでしたよね?」
卒業式と書かれた看板の前で夏織さんが聞いてくる。
「そうだね。朝からそんな余裕も無かったし」
「良ければ一緒にどうですか?」
そう言ってスマホを出す夏織さんに笑って頷いてから写真を撮る。
「そろそろ行かないと待ちくたびれている頃かな?」
「かもしれませんね。あまり待たせるのも悪いのでそろそろ行きますか?」
「そうだね。この日を随分待っていただろうからね」
それからバスを乗り継いで、途中で買い物を済ませて目的地へ急いだ。
バスを降りて見慣れた湖畔から階段を登ると、彼女のお墓が見えてきた。
久しぶりに訪れる彼女のお墓は家族が定期的に掃除をしているのか、綺麗に手入れされている。
お墓の前に買ってきていたお供物を置いてから、夏織さんが今日受け取った卒業証書を出して無事に卒業式を終えた事を報告する。
彼女は今の僕らの姿を見てどう思っているのだろう。
「君が亡くなってからの一年は本当にあっという間で、君に言われた後悔しないように生きる事は言葉で言う程簡単じゃなかった」
「今日の卒業式だって先生やクラスの人達、何より夏織さんの協力が無いと実現しなかった」
結局自分一人では至らない事ばかりで、周りの人達のおかげで後悔しないようにどうにか生きる事が出来ている。
特にこの一年間は夏織さんにはどれだけ感謝しても足りないだろう。
手紙を届けてくれた日から、不器用な僕に歩み寄ってくれて見守ってくれていた。
彼女が亡くなってから初めて家を訪れた時に改めて、夏織さんと話す機会があった。
僕らは手始めにお互いに彼女との思い出を話した。
僕はこの一年近く過ごした彼女との日々の話をした。
彼女が遺してくれていた共有アプリのアルバムと共に。
夏織さんは今までの彼女の話を、十七年分の分厚い沢山のアルバムを見せながら話してくれた。
流石に僕が夏休みの旅行の話をした時にはかなり怒っていたけど、身の潔白を何度も訴えてどうにか笑って許してもらう事が出来た。
恐らくこの一年で沢山話して一番関係性が変わったのは夏織さんだろう。
出会ってから色々あった夏織さんだけど、それだけに彼女の事を一緒に偲んで思い出話が出来る夏織さんの存在はありがたかった。
「僕は暫くそちらには行けそうにないから、君を待たせる事になるけど次に会えた時には今度こそずっと一緒にいよう」
最後に彼女に近況報告と別れの挨拶をしてから、お墓の周りに広がる早咲きの桜を眺める。
隣で同じように桜を眺めていた夏織さんと湖畔の方へ来た道を歩き始めると「またね」と聞こえた気がした。
慌てて振り返ると僕の肩に一匹の蝶が止まっていた。
僕が気付くと、蝶は彼女のお墓の方へ飛んで行ってしまった。
そんな僕の惚けた様子を見ていた夏織さんが不思議そうに問いかけてくる。
「どうかしましたか?」
「肩に蝶がいたから」
「蝶ですか?」
「うん」
「蝶は昔から復活のシンボルや幸運の前触れって言われているんですよ」
そう言って笑いかけてくれる夏織さんにつられて僕も笑うと、今度こそ彼女の笑い声が聞こえた。
今度は夏織さんにも聞こえたのか二人共彼女のお墓の方へ振り返っている。
僕らは顔を見合わせてもう一度笑うと、湖畔へと歩き出した。
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