4 / 82
薔薇摘む人
4
しおりを挟む夕飯を二人で摂る。
宅配サービスで届けられたそれは、俺が見た事のない量と豪華さだった。
「明日はきちんと作るからね」
手際よくそれを並べ、保さんは申し訳なさそうに言う。
食べ物を用意したのに、なぜ謝るのか分からない。
「妻がいれば、家庭の味って奴を食べさせて上げれたんだけど」
「…どこ行ったの?」
そう問いかけると、「お?」と優しく微笑み返された。
「ごめんなさい以外は初めてかな?」
「ごめんなさい…」
「いや、怒ってる訳じゃないよ。私の奥さんはね、…空にいるんだ」
指された上を条件反射で見上げると、シミのない綺麗なクリーム色の天上とファンの付いた照明が見える。
「そら?」
「そう」
寂しげに、ふ…と笑ってから、吹っ切るように食事に手を伸ばす。
「さぁ食べよう。いただきます」
そう言って保さんが食事に手をつけようとするのを見る。
湯気の立つ白い液体はいい匂いがしてたけれど、手をつける気にはなれなかった。
いつまでも食べ始めない俺を訝しく思ったのか、保さんは手を止めて首を傾げた。
「シチューは嫌いだったかな?」
「…シチュー?」
「食べてごらん」
そう言われてもまだ手を出せずにいる俺に、保さんはスプーンを握らせる。
「食べていいの?」
いろんな野菜を牛乳でとろとろになるまで煮込んだそれに、そろそろと口をつける。
「あっ…っ……」
ぴりっと舌を刺す痛みに思わずスプーンを取り落とすと、
「熱いかい?」
きょとんとして俺のシチューを掬って飲んで見せた。
「楷くんは猫舌なんだね」
そう言われて俯く。
こんなに温かい物を食べた事がない…と言う事が、情けない事に思えて恥ずかしくて仕方がなかった。
家にいた頃は勿論、施設ですら、皆が席に着き、さぁ食べようと言う頃には冷めていた。
温かい食べ物の食べ方なんて、知らない。
「さぁ、あーんしてごらん」
俯く俺の口元に、保さんはふうふうと息を吹き掛けて冷やしたシチューを宛がう。
「熱くないよ。あーん」
アーン?
それが口を開くのだと言う事に気付いた時には、シチューは冷たくなってしまっていたと思う。
ゆっくりと辛抱強く待っていてくれた保さんのスプーンに口をつける。
煮込まれた野菜と肉と牛乳の味。
もう冷めてしまっている筈のそれは、なんだか仄かに温かい気がした。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる