上 下
131 / 303

おまけ 7

しおりを挟む



 間近に接して、気さくに話して、安心していた気持ちが急に萎んで、この人も王と同じ虎なんだと思って息苦しく呼吸を繰り返す。

「私、クラドは先の褒章にて王家より籍を抜く許可を頂きました」
「それで?」
「つきましては、それに伴いバトラクスの名で大公家を興したいと思っております」

 『バトラクス』の名を聞いて、陛下は物憂げに入り口近くに控えているロニフに視線を一瞬だけ遣り、またクラドへと視線を戻した。

 たしん と白と黒の長い尾が揺れて一度だけ音を立てる。

「ヒロのためにか」
「はい」

 急に息子の名前を出されて、なんのことかわからないオレはさっと視線をミロクに向けるも、肩を竦められて終わってしまった。

「ではシルルを使えばいいのでは?何もわざわざゴトゥスで名を上げた英雄が王籍を抜ける必要などなかろう」

 そう返されてクラドはきつい目元を更に険しくさせて、物思うように膝に視線を落とし、「それは 」と呻く。

 傍らで話を聞いていたオレは何が何やらわからず、不安な気持ちを隠すこともできないまま二人の顔を交互に見るしかできない。
 何か改まって、しかも重大な話をしているのを間近で見て、その内容に息子も絡んでいると言うのに内容が一切わからないのはひどく嫌な気分だった。

「それは、はるひのために嫌 か」
「はい」

 ぴく とクラドのしっかりと立ち上がった耳が後ろに寝たそうに震える。

「王族の義務をそう易々と捨てることができると思って貰っても困るのだが?」

 そこでやっと、陛下はこちらを圧するような雰囲気を和らげ、ロニフにお茶のお代わりを頼む。

 食器の触れ合う音くらいはしそうなものなのに、ロニフは一切の音を立てずに白磁の器に新しいお茶を注ぐと、やはりコトリとも音を立てずにそれを陛下の前に置く。

「…………」
「王族の義務を言ってごらん」
「   この国の治と、血の繁栄 です」

 血の繁栄

 そう口の中で繰り返し、ミロクにあやされているヒロに目を遣る。

「バトラクスを興すことに、はるひの意見を聞こうか」
「  !?」

 急に話を振られて飛び上がりそうになるのを堪え、正直に話がわからないと言ってしまうべきなのか、それともこのままのらりくらりと当たり障りのないことを言ってこの場を乗り切るべきなのか逡巡し、結局項垂れるように視線を下げた。

 廊下よりも更に複雑な寄木の床が目に入り、言葉を探す間それを眺め続ける。

「   ──── 私には、この国で言うところの家門の大事さや、名前の大事さを本質的な部分では理解しきれないので……」
「『腹の探り合いじゃなく、ちゃんとわかる言葉で言えって言ってやれ』」

 オレの言葉を遮るようにしてミロクが声を上げると、じっとりとしたその場の空気が霧散し、オレの言葉の続きも奪い取ってしまう。

 ミロクは面倒そうに頭をばりばりと掻き、隣に座っている陛下を肩でどすんと突き飛ばした。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

生きることが許されますように

小池 月
BL
☆冒頭は辛いエピソードがありますが、ハピエンです。読んでいただけると嬉しいです。性描写のある話には※マークをつけます☆ 〈Ⅰ章 生きることが許されますように〉  高校生の永倉拓真(タクマ)は、父と兄から追いつめられ育っていた。兄による支配に限界を感じ夜の海に飛び込むが、目覚めると獣人の国リリアに流れ着いていた。  リリアでは神の川「天の川」から流れついた神の御使いとして扱われ、第一皇子ルーカスに庇護される。優しさに慣れていないタクマは、ここにいつまでも自分がいていいのか不安が沸き上がる。自分に罰がなくては、という思いに駆られ……。 〈Ⅱ章 王都編〉  リリア王都での生活を始めたルーカスとタクマ。城の青宮殿で一緒に暮らしている。満たされた幸せな日々の中、王都西区への視察中に資材崩壊事故に遭遇。ルーカスが救助に向かう中、タクマに助けを求める熊獣人少年。「神の子」と崇められても助ける力のない自分の無力さに絶望するタクマ。この国に必要なのは「神の子」であり、ただの人間である自分には何の価値もないと思い込み……。 <Ⅲ章 ロンと片耳の神の御使い> 獣人の国リリアに住む大型熊獣人ロンは、幼いころ母と死に別れた。ロンは、母の死に際の望みを叶えるため、「神の子」を連れ去り危険に晒すという事件を起こしていた。そのとき、神の子タクマは落ち込むロンを優しく許した。その優しさに憧れ、タクマの護衛兵士になりたいと夢を持つロン。大きくなりロンは王室護衛隊に入隊するが、希望する神の子の護衛になれず地方勤務に落ち込む日々。  そんなある日、神の子タクマ以来の「神の御使い」が出現する。新たな神の御使いは、小型リス獣人。流れ着いたリス獣人は右獣耳が切られ無残な姿だった。目を覚ましたリス獣人は、自分を「ゴミのミゴです」と名乗り……。 <Ⅳ章 リリアに幸あれ> 神の御使いになったロンは神の子ミーと王都に移り住み、ルーカス殿下、神の子タクマとともに幸せな日々を過ごしていた。そんなある日、天の川から「ルドからの書状」が流れ着いた。内容はミーをルドに返せというもので……。関係が悪化していくリリア国とルド国の運命に巻き込まれて、それぞれの幸せの終着点は?? Ⅰ章本編+Ⅱ章リリア王都編+Ⅲ章ロンと片耳の神の御使い+Ⅳ章リリアに幸あれ ☆獣人皇子×孤独な少年の異世界獣人BL☆ 完結しました。これまでに経験がないほど24hポイントを頂きました😊✨ 読んでくださり感謝です!励みになりました。 ありがとうございました! 番外Ⅱで『ミーとロンの宝箱探し』を載せていくつもりです。のんびり取り組んでいます。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

処理中です...