とある画家と少年の譚

Kokonuca.

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霍公鳥と川蝉

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 噛み締められた唇で真っ直ぐにこちらを見る姿は、抱き締めてやらないと倒れてしまいそうだった。
 外套の裾を握っていたるりの手を外させてから、翠也へと近づく。

「  」
「急ですまないね」
「  」
「短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう」

 小さく口が動き、声を出さないままに言葉を告げる。


 ────行かないで


 確かにそう読み取れた。

 たった一言を声に出して言うことが厭われる。
 人に聞かれるのを憚られる。

 そんな歪な関係。

「君の絵を見かけることを、楽しみにしているからね」

 よく涙を流す翠也が、皆の前で泣いてはいないかと気になったが俺は振り返ることができなかった。






 馨子から用意されたのは工房も兼ねた一軒家でるりと共に居を構え、奥野に乞われるままに絵を描き続ける生活が始まった。

 あの日の南川邸での別れ以来、翠也とは会っていない。
 いや、正確には度か公の場で会場を共にすることもあったが 話す機会は無かった。

 お互いに避けていると言うわけではなかったのだけれど、俺の傍らにはるりがいたし翠也の傍らにはいつかの少女が隣に立つようになっていたからだ。
 かつてはその少女を突き飛ばし、翠也は俺のものだと叫びたいと思っていたのに、今度はその初々しい姿に委縮するしかできなかった。

 俺と翠也の関係を考えるならば今のこの状態が一番いいことだと言うのに、火箸を喉に突き立てられたかのような苦痛が常につきまとっていたせいか近づこうとは思えなかったせいもある。

 彼に逢いたくて、触れたくて、欲しくて、恋しくて……

 けれど、酷く冷え込んだ冬のある日に、俺は翠也の訃報を知った。




 
 何日も泣き、るりですら近寄れないほど荒れた。
 そうしたところで翠也が甦るはずもないし、俺には泣く資格なんかないと言うのに……

 寒い季節だ、その傍らに居て暖めてやれていれば風邪を拗らせることもなかっただろうかと馬鹿なことばかり考えていた。

 傍らにいる勇気も無く。
 忘れることも出来ず。
 
 後を追うことにも失敗した俺はるりが独り立ちしたことを見届け、 ずいぶんと昔にした翠也との約束の絵を仕上げてそれを最後の絵として筆を折った。


 この絵を仕上げてしまえば もう他に何も描きたいとは思わなかったから……




 
「先生」

 呼ばれて振り返る。

「お待たせしました」
「いや……今回もまた無理をいったね」

 そういうと、父から画廊を継いだ奥野の息子は苦笑した。
 今に始まったことじゃないでしょうと言いたげな雰囲気に、けれど付き合いが長いせいかそのやり取りも苦ではない。
 
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