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濡羽と黄金
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しおりを挟む「当たり前だろう? 体を気遣っていただけだよ。俺がそんな鬼のようだと思ったのかい?」
誤魔化すように逆に翠也を咎めると、「申し訳ありません」と小さな謝罪が返る。
「本当に、もう……読む本は考えだ方がいいな」
そう苦笑して見せると。彼は恥じらいながら蚊の鳴くような声でもう一度謝罪を繰り返した。
あれから数日経ち、ようやくるりとのことは白昼夢のようなものだったんだと言い聞かせることができた。
あれは幻だったのだとすれば、俺しか知らない純真無垢な翠也は何も気づくことなく俺の傍に居てくれる。
それでいい。
あれもこれもと欲しがるほど愚かではない。
二兎追う者は……と言うではないか。
存分に絵を描ける環境とよき理解者であり情人である翠也がいる生活と、男娼のるりの客になるのとでは比べる意味すらない。
第一、るりは玄上が囲っているようなものだ。
あの時はしょうがなかったが、そもそも玄上と共に一人を弄ぶなんてことは悪趣味極まりない。
「くそっ」
いらっとしながら写生帳の頁を新しいものに替えた。
霍公鳥と川蝉がうまく描けず、描き直しはこれで何枚目になるのか……
空気を通すために開け放っている戸から見える、向かいの翠也の工房は静まり返っている。
今日は所用とかで朝から峯子と出かけなければならないとぼやいていた。
────からり
鉛筆を転がす音がやけに大きく響く。
広くて使い勝手の良さそうだと思った工房も、独りだと広すぎて落ち着かずに集中できないことに気がついた。
以前に住んでいた家は、一間しかない小さな部屋だった。
ぶかぶかとした古い畳の上に万年床が敷いてあり、周りは画材と画布、写生帳と酒瓶に埋もれているような状態で……
何をするにも煎餅布団の上だった。
絵を描くのも、
酒を飲むのも、
多恵を抱くのも。
そう言えば……と行儀悪く這うように棚に寄り、昔描いた写生帳を引っ張り出す。
あのぼろ屋で暮らしていた頃、近くの川縁で野良犬が子供を産んだことがあった。
多恵がずいぶんと興味を持って見てみたいと言ったが、産後で気の立った親犬に近寄らせるわけにもいかず、俺が写生することで納得させた。
それが、どこかにあったはず。
幾つか捲っていると、多恵の絵と、それから目当ての犬の絵を見つけた。
美しい人と翠也は言ったが、俺はそう思ったことはなくて、いつもいつも俺を養うために働き、描けないと落ち込む俺を支え、家事をこなしていた彼女はどこか草臥れていて……
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