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闇夜の皓
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しおりを挟む「あの方がいらっしゃるなら、僕はいらないでしょう?」
苦悶に歪んだ顔が背けられると、輪郭を追うように涙が伝う。
それを拭うために、俺を引き留めるように縋っていた手が離れた。
「君は、玄上にもこんなことをしていると思っているのかい?」
逡巡を見せ、翠也はほとほとと泣きながら頷く。
「どうして泣くんだ?」
声を上げないその泣き方は、俺の罪悪感を刺激してどうにも落ち着かない気分にさせる。
「何も 」
「何もなければ泣く必要なんかないだろ⁉」
ついきつい口調になった言葉に怯えるように首を振った。
「違うんです! これは、僕が勝手に……」
「勝手に?」
反省して優しい口調で問いかけ、陶器のような頬を流れる涙を掬い取る。
「言ってごらん?」
「……僕以外の人にも同じようなことをと……思うと 嫌だって、自分勝手に思ってしまって……」
合間に嗚咽を挟みながらも彼は続けた。
「卯太朗さんは病で大変なのに……っみ、身勝手なことを っ」
すみません、と繰り返す彼の手を握り締める。
「翠也くん」
名を呼び、涙の絡む指先を舐めた。
「あっ」
「君じゃないと、この発作は治まらないんだ」
ちゅぷりと舐める毎に彼のしゃくりが止まって行く。
「他に舐めたい奴もいないよ」
「でもっさきほど 」
顔が歪み、再び涙が溢れ出す。
「さきほど他を探すと言いましたっ!」
涙で汚れ歪んだ顔が美しいと思う。
それが俺のために思い悩み、感情を昂らせてのことだと思うと瘧のような震えに襲われそうになる。
「あれは、君が妬いているのか確かめたかったんだ」
「……や?」
ぽかんとした面が次の瞬間にきゅっとしかめられ、
「からかわないでくださいっ!」
そう声があがる。
狼狽えた表情は朱に染まり、彼は逃げようと身を引きながら拳を振り回した。
「待ってっ!」
「放してっ! 放してくださいっ!」
暴れる翠也の手を掴まえ、工房の床に引き倒す。
それでももがいて逃げようとする彼の四肢を押さえ、その上でほっと息を吐いた。
「俺が他の人を舐めるのは嫌かい?」
「も、もう、言いませんっ」
「じゃあ、舐めてもいいかい?」
「いやっもう嫌です!」
「じゃあ、君以外に触れないと約束したら、舐めさせてくれるかい?」
暴れようとしていた手足から力が抜けて、ぽかんとした顔がこちらを向く。
「俺がこんなことをするのは、君だけだよ」
「そんな、冗談は……」
「俺を苦しめ続けることができるのも、俺の発作を治めることができるのも君だけだよ、翠也」
物言いたげな唇がわずかに緩む。
「俺を、助けてくれるかい?」
縋るような俺の言葉に、苦悩を見せたままそれでも翠也はこくりと頷いてくれた。
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