とある画家と少年の譚

Kokonuca.

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瑞に触れる

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 足元には翠也が螺花と呼んだ花が踏みしだかれて倒れている。

 無残な姿は、手折るよりも酷い。

 翠也はあれからちらとも姿を見せない。
 不意の出来心とは言え、世慣れていない彼には余程の衝撃だったに違いない。

 まずいことをした と言う思いはある。

 まず翠也が南川氏に何があったのかを喋れば、間違いなく不興を買ってしまうだろう。
 隣り合った生活空間で気まずいままなのも、それが気にかかって作業に集中できずにいる。
 出入りの画材屋へも、まだ彼を通してでしか交流がないのも面倒だ。

 何より、聞こえてくる音でそこに居ると分かっていながら、後姿すら見ることができないと言うことが一番の苦痛だった。

 せめて重ねて謝ろうと思うも会えなくてはそれもままならない。
 だからと言ってなんと謝るのかと問われれば……何も思い浮かばない。

 悪いことをした と、思う。

 けれどそれは翠也を驚かせてしまったことに対してで、彼を舐めたことに関しては謝罪はしたくなかった。

 
 あの美しい脚を見て触れた人間はそうなるに違いない。


 反省よりもそう強く思ってしまう方が前面に来るのだから、行き詰まってしまった考えに頭を抱え込みたくなる。


「こちらにおいででしたか」


 急に声をかけられて驚くと、家政婦のみつ子だ。
 
 やっと顔と名前が一致するようになってきた彼女の方へと向くと、大袈裟に手を振って草の間から飛び出す羽虫をしきりに気にしているようだった。

「あ、はい。何か御用でしょうか?」
「奥様がお呼びになってますよ」

 ひやり と肝が冷えるとはこう言うことなのか?
 汗が噴き出すほどの暑さだと言うのに、内臓すべてが氷になったような気がして唾を飲み込んだ。

「奥様が?」
「えぇ、それでは伝えましたからね」

 四十も半ばだと言うのに彼女は虫が嫌いなようだった。
 葉の上の小さな蟷螂に大袈裟に驚きながら母屋の方へと帰って行く。
 
「…………」

 胸の内はどこまでも凍えているのに、激しくなる心臓は全身から汗を押し出してくる。
 その不愉快さは自らの行いの報いだと言うのに、意のままにならない体への苛立ちに顔をしかめた。
  
 翠也にしでかしてしまったことへ謝罪を考えつつも、峯子の部屋へ続く飴色の廊下がどこまでも伸びてくれはしないだろうかと子供じみた妄想に耽ってしまう事実に、他人事のように溜息が漏れた。





 峯子は二藍と萌黄の色合いでできた杜若の夏らしい装いで、気だるげに籐の椅子に腰をかけていた。
 背後の大きく開け放たれた縁側に見える緑は寂しく、そこが今は盛りではないのだと知らしめる。

「お呼びだと……」

 そう尋ねて入り口に控える俺に、峯子は労働を知らない指先でちょいちょいと手招く。

「新山さん、どうぞこちらへ」
「はぃ……」
 
 返事は掠れて明確な音にはならず、俺の緊張を有り体に暴露する。


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