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用心すべきは人生

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 でも、オレは「何か?」と尋ねることもなく、種の辛さにとにかく差し出されたそれが救いになるんだって思って飛びついて口に入れてしまった。

「……」

 ……もしやこれは、ミルクではないのか?
 ミルクと言われて素直に飲み込んだけれど、これがミルクと言う名称だかはオレにはわからない。
 
 それにこれは本当にミルクなのか? ミルクを飲めば と言われながら渡されたからと言って、これがそうだとは言わなかった。

「……」

 辛みをマシにしてくれたコレは……なんだ?
 オレが、「ミルク」と呼んでしまったこれは……ミルクじゃない?

 沈黙をどうにかひっくり返すことを考えたけれど焦り出したオレにはどうにもいい案が浮かばなかった。
 綺麗な形の四つの目に見つめられて辛みで腫れぼったい感覚のする唇をもごもごと動かしては見たが、耐えきれなくなって項垂れるしかできない。

「尋ねてもいい? 貴方の素性を」
「オレ、は、   」

 オレを片手で持ち上げることのできるカティノから逃げ出すことはできるのかと言う疑問は、考える前に排除した。
 じゃあここからオレがどうにか不審がられないようにこの問題を切り抜けるには……

「あ、あはは……あの、オレ、か、かなりの……田舎から……     」

 ラセルトのにこやかな笑みはそれでどうにかなるようなものではなくて、何をしても突き崩せない鉄壁に見えた。
 吸い込まれるように橙色の瞳を見つめて、観念してぎゅっと身を小さくする。

 荒唐無稽なオレの身に起こった話は、頭がおかしいと思われるかもしれないとそろりと二人の様子を窺った。
 
「…………オレ自身も、よくわからないんです。記憶がないとかそう言うのではなく   」

 なんと説明するべきか迷うオレを二人は急かさずにじっと息を詰めるようにして待ってくれている。

「  あー……の、なんと言うか、全然、違う 世界、から   」

 「きたんです」の言葉は口の中で呟いた。
 オレ自身、自分の身に起きたことが不思議で不思議でしょうがないし、何が起こったのかさっぱりわからない。

 全然違う世界と思ってはいるけれど、もしかしたらそれすら考えが違うのだとしたらもう訳が分からないことになってくる。

 オレは自分の身に起きたことを説明できる気がしなかった。

「 ──── そう」

 ほっと詰めていた息を吐いたのはラセルトだ。
 まるで蝉の羽化を見守り続けた時のように、一瞬で脱力した体はそれまでどれだけ緊張していたのかを物語る。

「本当なんだな?」
「? 本当って聞かれても。ただ、突然引っ張られてこの世界にいたってだけで……」
「腕に?」
「腕に」

 
 
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