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用心すべきは人生

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 もうちょっと細かく紹介してくれても罰は当たらないと思うのだけれど、籠をあさり始めたカティノにはもうこれ以上の説明をする気はないようだった。

 置いてかれた気分で、気まずげにラセルトと紹介された女性の方へ会釈をすると、穏やかな動きて緩く頭を下げてくれる。

「こんにちは。眠れた? きちんと」
「あ……そう、ですね、……夢も見ずに眠り込んだので」

 正確には気絶してそのままだった みたいな感じだったけれど、そこまで細かく話す必要はないだろう。
 ラセルトはカティノとは正反対の柳のようにほっそりとした流線形の体をしていて、タイプの違うこの二人を交互に見比べる。

 誰か何か会話のきっかけを作ってくれやしないかとカティノを見るも、籠の中から赤い木の実を見つけてご機嫌にしているせいか、オレのことを気にかけるそぶりもなかった。

「座って、そちらに」

 示されたのは小さな二人掛けのテーブルだ。
 三人目の座席がないために、オレは慌てて手を振って「どうぞお二人で」と指し示す。

「いいのよ、カティノはベッドにでも戻るでしょうから」
「あ……」

 見ていると、赤い木の実とパンを籠から見つけたカティノは長くて立派な尾をご機嫌そうに振りながらベッドの方へと行ってしまった。
 二人残されて……なんとなく気まずく思いながらも椅子に浅く腰かける。

「体は平気? 籠から出したのだけれど」
「籠……あ、はい。大丈夫です、どこも痛むところもないし……」
「心配していたの、かなり無理やり籠から出したから」

 そう言うとラセルトは華奢な肩を可愛らしくすくめてから、テーブルの上の籠をあさって赤い木の実を手渡してきた。
 赤いからお約束としてリンゴに近いものだろうと思っていたが、実際に手の中で転がしてみると洋ナシの形に近い気がする。

「大丈夫よ、よく熟れているのを選んできたから」
「あ……はい」

 とは言え、この果物をどう食べるのか見当もつかない。
 せめてリンゴに似てくれていたらかぶりつくこともできただろうに、目の前の果物は洋ナシの形をしているのになんだか表面は柔らかくて剥けそうな雰囲気でもある。

 とは言え、皮を食べる果物もあるのだからかぶりつくのかもしれない。

 少なくとも、ナイフやフォークを手渡されないところを見るとそれらが入用な食べ方はしないはずで……

「い、いただきます!」

 正直腹は、カティノの意見に賛成なくらい減っていた。
 馬車では何も食べることができず、籠に入れられてからもそうだった。

 目覚めてからこれが初めて見る食べ物で……



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