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人生の先は谷底

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 振り回されすぎて声が出なくなった頃、やけにびゅーびゅー吹き付ける風が冷たいことに気がついた。
 先ほどまでは爆風だったためか温かみ? 熱? があったと思ったのに、今では体を冷やすのに十分なほどの冷気が漂ってきている。

 素肌に突然感じた風にそちらを見てみれば、先の見えない真っ暗な崖の下から吹き付ける風のようだった。
 
「さて、ここからだなぁ」

 そう言ってオレの入った籠を掴んだ女が背後を振り返ると、明々とした光が顔を映し出す。
 赤い光に照らされているのにそれでもはっきりとわかる緑の宝石のような目と、我の強そうな眉とそれから鼻梁、つんとしているのがよくわかる唇……

 端整な顔立ちと……それから風にあおられてはだけたフードから覗く綺麗な三角形の耳。

 明らかに人のものとは違う大きな毛の生えたそれは……

「猫耳っ!」

 ふさふさと所々長い毛があって、地はびっしりと柔らかくて細かい毛で埋め尽くされている。
 燃えている……多分、オークションの会場だった館から大きな音がするたびに、ぴくぴくと音を拾うために動く。

 その自然な動きは、カチューシャにつけた偽物と言うわけではないだろう。

「何?」
「耳!」
「あー……珍しいか?」
「え⁉︎」
「珍しい? この状況より」

 にんまりと大きな両目が弧を描く。
 アリスのチェシャ猫を思わせるような笑いだと思いながら、燃える館と目の前の猫耳を見比べて……オレは猫耳を取る!

「当たり前だ!」
「はは! いいな!」

 嬉しげに上げられた声は大きかったけれど、向こうから聞こえる音の方が大きい。
 広がり出した炎が生き物のように古い館を舐めていくのはあっと言うまで、ドシャ と崩れる音に震えあがる。

「 っ……あ、の、……あそこにいた、他の人たちは?」
「他? あの貴族共が気になるか?」
「……」

 正直、あの仮面をつけた連中よりも気にかかる存在がいた。

「いや、一緒に売られてた奴ら……」
「…………」

 エメラルドの瞳を細めて、まるで炎の中を透かし見るかのような間を取ってから女は肩をすくめる。
 それは無事だと言いたいのかそれとももうすでに炎にまかれて……?

「トカ、トカゲ……は?」

 虹色の目でオレを見る姿が思い起こされて思わず尋ねたけれど、女はもう一度肩をすくめてみせただけだ。

「商品なんだからいの一番に避難させているだろう。ただ、トカゲなんていたか?」
「はぁ⁉︎ いたさ! オレのま   っ」

 ガクン と籠が揺れる。
 オレの言葉を聞き終わる前に女が駆け出したようで、振れる腕のせいで視界が上下上下と忙しなく動く。

 悲鳴を上げる前に「口を閉じてろよ?」って短い警告を告げた途端、女はオレを掴んだまま一気に崖下へ向かって飛び降りた。



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