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第一章 人生そんなに甘くない

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 なのにあの時オレがどこかに飛ばしてしまったはずの鍵は地面に落ちることなく、そのリビング真ん中辺り空中に刺さったまま動かない。


 ────チン


 その鍵が音を立てていることに気がついた。
 何を見ているのか理解はしていなかったけれど、不思議なことが今目の前で繰り広げられているんだって確信だけはある。

 ……と、言うか、心霊現象か?

 事故物件と言うわけではなかったからそっち系は気にしたこともなかったけれど……

「な……なんだ  ?」

 そろりと近づいてみた。
 危険だとか、ヤバいものだったらとか、祟られたとか考える頭はマヒしていた。

 何かあったとしても、もうどうでもいいや なんて気持ちが無きにしも非ずだ。

 何かでつついてみようかと考えてはみたが、あいにく今オレはかろうじてタオルで股間を覆っているだけの全裸状態で、指の代わりになりそうなものはすぐ傍にはなかった。
 だから意を決して指先でソレをちょん と突っついてみる。

 感触は、何かに刺さっている だ。

 何か……ナニに?

 そこは空中で刺さるようなものはなくて……って考えている間に、鍵がカチンと大きな音を立てて床に落ちて転がった。

「は⁉」

 さっと身を引いて様子を見たのは、鍵が抜けたナニかからナニかが出てきたからだ。

 丸いものだ。

 丸くて、薄いピンク色をしている。
 まるで……そう、まるで指先だ! とひらめいた途端、その指がぐっと身を乗り出した。

 とは言え元が鍵が刺さっていた程度のものなので、細い女の指だなってわかる指が一本根本まで差し込まれただけだ。
 短く切られた爪と、それから爪のつつましやかさとは正反対の派手なギラギラと光を反射する宝石をつけた指輪が表れて……

 幻でも見てるのかなって思わず息をつめてその続きを待つ。

 指は探るようにぐにぐにと動いては戸惑うように動きを止め、そして二本になり……ゆっくりとリビングを移動し始める。

「~~~~っ」

 とっさに上げてしまいそうになった悲鳴を押しとどめるために口を押え、目の前を横切っていく腕を目で追った。

 何かを探す、そんな様子だ。

 そこで初めて、動画を撮ろう! と脳のどこかが弾ける。
 ナニに使うんだ? と尋ねられたら……SNSをしていないオレはどうしよう、と答えてしまうのだけれどとりあえず取りたくなるのが現代人だ。

 慌てて携帯電話を放り出していた方に向かおうとすると、背後でカタン と小さな音がした。

 広くない部屋だから、彷徨っている腕がチェストに当たるのはあっと言う間のことだ。

「ぁ  っ」

 カタカタ と母の写真が揺れる。
 



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