棘の鳥籠

Kokonuca.

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「でも、付き合ってる奴連れて行くのは初めてだから」
「   ありがとうございます」

 赤くなった小林に釣られて、こちらも赤くなる。

 雑踏の中とは言え、男二人が赤面しているなんておかしい場面だろうに、面映ゆくて俯いた。

「んじゃ、行こうか」

 電光掲示板に目を遣り、時間を確認した小林が腕を引く。

「はい      ────っ!」

 腕を引かれて歩き出そうとした瞬間、横薙ぎの衝撃に踏ん張れずにバランスを崩した。
 腕が弾かれる感触と天地が回るような感覚に、倒れるかとも思ったけれど、痛みはないままに温かいものに抱きしめられていた。

 通行人にぶつかったのかと思うも、微かに匂う移り香に覚えがあって……


「   ────佐伯、部長?」


 唖然とした小林の声が頭上でして、自分が誰の腕の中にいるのかがわかった。

 弾んだ息と、汗の匂い。

 視界の端に見えた皮靴には、似合わない擦り傷ができていた。

「 なん   」

 僕を抱きかかえる腕はすべてを語ってしまったらしい。
 続かない小林の言葉が、僕達の関係を見抜いたと雄弁に物語る。

 何か、言い訳をと

 けれど、胸が詰まって

 震えて膝から崩れ落ちそうな体を抱きしめる姿に、もう諦めたと思っていた心が喜んで……


「   戻るぞ」


 乱れた呼吸の下からの飾り気のない簡素な言葉には、強制力なんてないはずなのに気づいた時には頷いていた。

 荒く揺れる肩と乱れたスーツに泣きそうだ。
 僕を追ってここまで走ってきたんだってわかるその姿に。


 言葉は、多くない。


 この人は、言葉で言い募るのが苦手で。
 これからも、きっと最低限の言葉ももらえないんだろう。

 好きだとか、

 愛してるだとか、

 甘い言葉は、欲しくてももらえない。
 ホテルの部屋以外は、視線ももらえないかもしれない。

 それでも、指が食い込むほどに僕を抱き締めてくれている腕の感触が、心に刻まれて。


 引き留めるためだけに、ここまで走ってきてくれた事実が……


「ま  っなんでだよっ!!」

 小林の声に何人かの通行人の視線が向いたのが分かった。抱き締められたままだったと、咄嗟に腕の中から逃げようとしたが叶わず、逆に無理矢理佐伯に抱きすくめられた。

 つぃ  と男らしい指が顎を上げさせるのに抗えるわけもなく、

「     っ」

 従順に上げた顔がどんな顔をしていたかなんて、自分ではわからない。
 ただ、見開かれた小林の瞳に映るがぼんやりとした姿だけが見えて……

「  ごめ、    」

 ここで泣くのは、加害者として間違っている。
 何も言わずに、深く眉間に皺を刻んで視線を逸らしてしまった小林に、深く頭を下げた。


「  ごめんなさい」


 雑踏に紛れそうな声が聞こえたのかは、定かじゃない。
 小林の顔が見れないまま、踵を返した佐伯の方へ向き直る。


 背中はもう数歩先を行っていて、きっと並ぶことはない。

 それでも僕は踏み出す。



 振り返らない、この背中について行くしかできないのだと、心に決めて。




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