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自慰
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しおりを挟むその部屋に一歩足を踏み入れると、独身者にしては小綺麗な部屋が見渡せた。
唇を腫らし、顔をうつむかせて所在無げに羽織ったジャケットを握りしめる葉人に光彦が入るように声をかける。
「…とりあえず、風呂に行ってきなさい」
困りきったような顔をした光彦は、そう言って風呂場への扉を開いた。
「…あの……すみません」
「いや…その……本当に家に帰らなくていいのか?」
「…この顔じゃ、帰れないです。母に知られたくないんで…」
顔をそっと触るが、腫れ上がった部分に当たるとぴりっと痛みが走った。
「仕事が看護師なんで……何があったかすぐ気づかれそうで………顔の怪我が目立たなくなるまで…」
「…アリバイ作りはできるんだな?」
こくんと葉人がうなずくと、光彦は安心したような顔をした。
「…わかった。顔の腫れが引くまでなら、ここにいていいから」
「ありがとうございます…」
ただ…とためらうように光彦は続けた。
「警察はどうする?」
知らない間にポタポタ…と頬を伝う涙をぬぐい、葉人は首を振った。
「そうか…まぁ…行くのが正しいとも限らないしな」
「すみません。お風呂お借りします」
未だにどう扱っていいのか決めかねている光彦を背に、風呂場の戸を開ける。
独りになれた事に、ほっとして閉めた戸を背に座り込んでしまう。
膝に力が入らず、立ち上がれる気がしなかった。
動く度に痛みの走る足の間を見て、涙が落ちる。
「っ…ぅっ……」
威に言ってもらった『汚くない』と言う言葉が、からからと壊れて行く気がして胸に爪を立てた。
そうすれば、少しはその言葉が胸に残るような気がして…
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