理葬境

忍原富臣

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プロローグ

~とある山の村奥にて~

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「いやだ…………こんなの嫌だ……違う……こんな……こんな別れ方は違う……」


 胸が刺されたように痛い、心が握りつぶされたように痛い、感情が掻かき混ぜられてどうしようもない。憎い……この結果を生み出した全てが憎くてたまらない……。


 でも、きっと貴方はこう言う。
 誰かが悪いわけではない、誰も責めてはいけない、と。
 そんなことは分かってます。分かっているんです……。

 なのに――――――
 なぜ、こんなにも苦しいのだろう。
 なぜ、こんなにも悲しいのだろう。
 なぜ、こんなにも辛いのだろう。

 変わり果てた姿のあの人が、優しい笑みを浮かべて眠っているかのように横たわっている。頭を抱えたって視界に映った現実は変わらない。変えられない。

「ぁあああああああああああああああああああ…………!」

 いやだ、こんな……こんな終わり方じゃ……貴方が救われないじゃありませんか……。

「いやぁああああああああ! あああああああああ! あああああああああ!」

 地面を何回も叩きつけては何度も叫んだ。力任せに殴った拳が痛い。でも、胸にある痛みに比べればこんなものは比較するまでもなかった。

「やめなさい……」
「っ!」

 力いっぱい殴りつけていた拳を誰かに宙で掴まれた。

「うぅ……うわああぁあああああああああ…………!」

 なぜ、こうなってしまったのだろう。


 どこかで、この結末を変えることは出来なかったのだろうか。
 どこかで、この結末を理解していたのではないだろうか。
 どこかで……そう、どこかで変えられたはずなんだ…………。

「大丈夫か?」

 後ろで誰かが呼んでいる。でも、もうどうでもいい。もう、何もかもどうでもいい。何もかも失った。大切な人が亡くなった。消えた。居なくなった。
 生きている意味を失った。生きている理由が無くなった。生きていたって辛いだけじゃないか。なんで生きるなんて道を望んでしまったんだろう。

 もう誰の声も聞きたくない。聞こえない。

 こんな事になるんだったらあの時に死んでおくべきだったんだ。ひとりぼっちのまま、誰にも知られることなく死ねば良かったんだ。

「……」

 止まらない涙を誰かがそっと拭いてくれた。その優しさが怖かった。この優しさもいずれ私の前から消えてしまう。なら、いっそのこと、先に消えてしまいたかった。

「……すまない」

 誰かの謝る声が聞こえた。けど、もう眠たいな――





 魂の抜け殻になった壊れそうな彼を、何者かが優しく包み込むように抱き寄せた。

「本当に……すまない……」
「……」

 眠った彼を抱き寄せて涙を零こぼす者、その隣で静かに佇む一人の男の姿。彼だけは目を伏せるだけだったが、その雰囲気は哀愁を纏まとっていた。

 三人の間を山から吹き下ろした風がすり抜けていく。

 世界から切り取られたような空間。世界が止まったかのように思えるその空間は、他の誰も近寄ることが出来ない領域と化していた。




 さて、まずはここに至るまでの物語を話さねばなるまい――――
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