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第一部「トバシラ」
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ディーンがそっと城門の方へ顔を向けると、飛び出して来たのは馬に乗った一人の兵士であった。
「ディーン兵長!」
若い兵士に声をかけられ、ディーンは立ち上がり手を振った。
目の前で手綱を引く兵士に対し、ディーンは優しく声をかける。
「やあ、元気かい?」
「え? あ、はい、元気です!」
世間話のようなディーンの問いかけに兵士は戸惑いながらも返答した。
「ハッ! そんなことより、ディーン兵長!」
「ん? どうしたんだい?」
兵士は馬からさっと降り、手綱を握り締めたまま膝をつき頭を下げた。
「で、伝令です!」
「ふふっ、そんなにかしこまらなくていいさ、気楽にいこう」
ディーンはそう言って兵士に手を差し伸べ微笑んだ。
「あ、ありがとうございます……」
兵士がディーンの手をとって立ち上がる。
伝令として初めてディーンに話しかけた兵士はやけに近しい兵長兼国王に困惑していた。自分のような雑兵にも優しく親しくしてくれる上層部の人間など見たことが無かったから。
「……」
兵士は少しだけ背の高い兵長を軽く見上げたまま固まってしまった。
「それで、どうしたんだい?」
兵士はハッと我に返り、背筋を伸ばして敬礼した。
「ア、アレフとギメルが帰還! 敵軍の撤退も確認し、本隊も王都に帰還するとのことであります!」
「そうか、やっぱり直接王城に帰ったんだね」
優しく微笑みながら呟いたディーンの言葉に兵士は首を傾げた。
「ご存じだったのですか?」
「まぁ、彼は速いからね」
「?」
兵士はまた疑問符を浮かべて眉をしかめる。
ディーンは先程の強風がアレフとギメルの帰還を意味していることを知っていた。だが、兵士がその事を知るはずもなかった。
「さてと……」
横に置いていた黄金に煌めく長槍を手に取ったディーンは歩き出す。
「さぁ、帰ろうか」
兵士はその後ろ姿に見惚れていた。兵長らしくもない、国王らしくもない庶民の恰好をしたディーンだが、身に纏うオーラだけは誰しもが目を止めてしまう。
後ろで束ねられた白い髪が揺れ、背は高く、筋肉質な腕が白い半袖から顔を覗かせていた。
「はー……」
思わず兵士は立ち尽くし感嘆の声を漏らした。
「おや、どうしたんだい?」
「あ、い、いえ! なんでもありません!」
「ふふっ、そうか。……さてさて、早く帰りたいし二人で馬に乗って帰ろうか」
言い終えたディーンは徐に馬に近付き鞍に手をかける。
「い、いえ、この馬は一人用ですので、私は歩いて帰ります……」
兵士は少し寂しそうに呟いた。
「こんなの、鞍を取ってしまえばいいんだよ」
「え、でも……」
「よし、取れた。さてさて、君の名前は?」
「へ……?」
兵士の顔を見つめながらディーンは問いかける。鞍は地面に転がり落ちた。
「君の名前を教えてほしいんだが、嫌かな?」
「い、いえ! ミ……ミアと言います……!」
「ミアか。良い名前だ。さて、ミアは二人で馬に乗ったことはあるのかな」
ディーンは馬の背中を優しく撫でながら尋ねる。
「いや、一人でしか乗ったことはありません……」
「ふむ……、なら私が前に、ミアが後ろだ」
「でも、鞍の足場無しに乗馬なんて……――ッ⁉」
ミアと名乗った兵士の悩みは一瞬にして振り払われた。
宙を舞うかの如く、馬の背中へとサッと飛び乗ったディーンに、ミアは釘付けになっていた。
「ほら、手を」
「は、はい……」
ミアは促されるまま手を伸ばし、軽装備ながらも重い鎧を着た彼を、ディーンは軽々と持ち上げ後ろへと座らせた。
「かなり揺れるから腰にしっかりしがみ付きなさい」
「は、はい!」
緊張が解けぬまま、ミアはディーンに遠慮がちにしがみ付く。
兵長であり国王であるディーンとの乗馬に何故か胸が高鳴っていくミア。
「もっとしっかりしがみ付かないと振り落とされるよ」
振り向きながら囁くディーンの言葉にミアはしっかりと腕に力を込めた。
「よし、じゃあ帰ろう。よろしくね……」
最後の一言は馬へと向けられ、聞き終えた馬は高らかに前足を上げて走り出す。
勢いよく城壁に沿って駆け抜ける一頭の馬。
「ディーン、兵長……、一つ、お尋ねしても、よろしい、でしょうか……?」
ミアは舌を噛まないように気を付けながら、おどおどした様子でディーンに問いかけた。
「なんだい?」
顔が見えない状況に安堵したのか、ミアは自身の心境を吐露していく。
「私はまだ、半人前の見習い、です……。戦闘となると足手まといで、本隊と一緒に、敵兵と戦うなんて、とても恐れ多いこと、です……。なのに、こんな私を、伝令役にしたのは何故、なのですか……?」
「ふふっ、気になるかい?」
ミアの身体は震えていた。使い物にならない自分を卑下し、いつ捨てられてもおかしくない状況、恐怖に身震いが抑えられない様子のミア。
「は……はい……どうして私、なんかが……」
「ミア」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれて驚くミアにディーンは優しく声をかける。
「人間は得手不得手がどうしても存在してしまう。戦が得意な者もいれば不得意な者もいる。なら、どうする?」
手慣れた手綱さばきで馬の動きに合わせて話すディーンの声は滑らかにミアに語りかけた。
「どうするって、それは……」
ディーンの質問に対してミアは口をつぐんだ。
答えなんて分からない……。それが分かっていればこんな質問なんてしていない……。
ミアは心の中で愚痴を漏らす。
「何も難しい事じゃない。得意なことを探せばいい、ただそれだけさ」
「得意なこと?」
「そう、得意なこと。戦が苦手ならそれ以外に得意を見つければいい」
「見つかるでしょうか……」
ミアの不安は拭いきれていなかった。
「人間の時間は有限だけれど、生きている間は無限にあるんだよ」
「兵長の言うことは、難しくて分かりません……」
「ふふっ……そのうち得意が見つかるってことさ」
「……」
ミアは口を閉じたまま次の言葉を決めあぐねていたその時――
「さぁ、少し飛ばすよ。これ以上は舌が噛み切れてしまうから口を閉じておいて」
「……」
背中にミアの頬がぐっと固定される。
「いい子だね」
ディーンは聞こえない小さな声で呟くと、馬の速度を上昇させた。
先程までとは違う真剣なその眼差しは、確かに兵長らしい熱を帯びている。
戦で勝利を収めてきた者の雄大かつ優雅な乗りこなし。
二人はその後、無言のまま王城へと戻って行った。
――――――――――――――――――――
[人物等の紹介]
ミア
兵士としてディーンの元で働く者。
戦うことが苦手で伝令役として仕えている。
「ディーン兵長!」
若い兵士に声をかけられ、ディーンは立ち上がり手を振った。
目の前で手綱を引く兵士に対し、ディーンは優しく声をかける。
「やあ、元気かい?」
「え? あ、はい、元気です!」
世間話のようなディーンの問いかけに兵士は戸惑いながらも返答した。
「ハッ! そんなことより、ディーン兵長!」
「ん? どうしたんだい?」
兵士は馬からさっと降り、手綱を握り締めたまま膝をつき頭を下げた。
「で、伝令です!」
「ふふっ、そんなにかしこまらなくていいさ、気楽にいこう」
ディーンはそう言って兵士に手を差し伸べ微笑んだ。
「あ、ありがとうございます……」
兵士がディーンの手をとって立ち上がる。
伝令として初めてディーンに話しかけた兵士はやけに近しい兵長兼国王に困惑していた。自分のような雑兵にも優しく親しくしてくれる上層部の人間など見たことが無かったから。
「……」
兵士は少しだけ背の高い兵長を軽く見上げたまま固まってしまった。
「それで、どうしたんだい?」
兵士はハッと我に返り、背筋を伸ばして敬礼した。
「ア、アレフとギメルが帰還! 敵軍の撤退も確認し、本隊も王都に帰還するとのことであります!」
「そうか、やっぱり直接王城に帰ったんだね」
優しく微笑みながら呟いたディーンの言葉に兵士は首を傾げた。
「ご存じだったのですか?」
「まぁ、彼は速いからね」
「?」
兵士はまた疑問符を浮かべて眉をしかめる。
ディーンは先程の強風がアレフとギメルの帰還を意味していることを知っていた。だが、兵士がその事を知るはずもなかった。
「さてと……」
横に置いていた黄金に煌めく長槍を手に取ったディーンは歩き出す。
「さぁ、帰ろうか」
兵士はその後ろ姿に見惚れていた。兵長らしくもない、国王らしくもない庶民の恰好をしたディーンだが、身に纏うオーラだけは誰しもが目を止めてしまう。
後ろで束ねられた白い髪が揺れ、背は高く、筋肉質な腕が白い半袖から顔を覗かせていた。
「はー……」
思わず兵士は立ち尽くし感嘆の声を漏らした。
「おや、どうしたんだい?」
「あ、い、いえ! なんでもありません!」
「ふふっ、そうか。……さてさて、早く帰りたいし二人で馬に乗って帰ろうか」
言い終えたディーンは徐に馬に近付き鞍に手をかける。
「い、いえ、この馬は一人用ですので、私は歩いて帰ります……」
兵士は少し寂しそうに呟いた。
「こんなの、鞍を取ってしまえばいいんだよ」
「え、でも……」
「よし、取れた。さてさて、君の名前は?」
「へ……?」
兵士の顔を見つめながらディーンは問いかける。鞍は地面に転がり落ちた。
「君の名前を教えてほしいんだが、嫌かな?」
「い、いえ! ミ……ミアと言います……!」
「ミアか。良い名前だ。さて、ミアは二人で馬に乗ったことはあるのかな」
ディーンは馬の背中を優しく撫でながら尋ねる。
「いや、一人でしか乗ったことはありません……」
「ふむ……、なら私が前に、ミアが後ろだ」
「でも、鞍の足場無しに乗馬なんて……――ッ⁉」
ミアと名乗った兵士の悩みは一瞬にして振り払われた。
宙を舞うかの如く、馬の背中へとサッと飛び乗ったディーンに、ミアは釘付けになっていた。
「ほら、手を」
「は、はい……」
ミアは促されるまま手を伸ばし、軽装備ながらも重い鎧を着た彼を、ディーンは軽々と持ち上げ後ろへと座らせた。
「かなり揺れるから腰にしっかりしがみ付きなさい」
「は、はい!」
緊張が解けぬまま、ミアはディーンに遠慮がちにしがみ付く。
兵長であり国王であるディーンとの乗馬に何故か胸が高鳴っていくミア。
「もっとしっかりしがみ付かないと振り落とされるよ」
振り向きながら囁くディーンの言葉にミアはしっかりと腕に力を込めた。
「よし、じゃあ帰ろう。よろしくね……」
最後の一言は馬へと向けられ、聞き終えた馬は高らかに前足を上げて走り出す。
勢いよく城壁に沿って駆け抜ける一頭の馬。
「ディーン、兵長……、一つ、お尋ねしても、よろしい、でしょうか……?」
ミアは舌を噛まないように気を付けながら、おどおどした様子でディーンに問いかけた。
「なんだい?」
顔が見えない状況に安堵したのか、ミアは自身の心境を吐露していく。
「私はまだ、半人前の見習い、です……。戦闘となると足手まといで、本隊と一緒に、敵兵と戦うなんて、とても恐れ多いこと、です……。なのに、こんな私を、伝令役にしたのは何故、なのですか……?」
「ふふっ、気になるかい?」
ミアの身体は震えていた。使い物にならない自分を卑下し、いつ捨てられてもおかしくない状況、恐怖に身震いが抑えられない様子のミア。
「は……はい……どうして私、なんかが……」
「ミア」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれて驚くミアにディーンは優しく声をかける。
「人間は得手不得手がどうしても存在してしまう。戦が得意な者もいれば不得意な者もいる。なら、どうする?」
手慣れた手綱さばきで馬の動きに合わせて話すディーンの声は滑らかにミアに語りかけた。
「どうするって、それは……」
ディーンの質問に対してミアは口をつぐんだ。
答えなんて分からない……。それが分かっていればこんな質問なんてしていない……。
ミアは心の中で愚痴を漏らす。
「何も難しい事じゃない。得意なことを探せばいい、ただそれだけさ」
「得意なこと?」
「そう、得意なこと。戦が苦手ならそれ以外に得意を見つければいい」
「見つかるでしょうか……」
ミアの不安は拭いきれていなかった。
「人間の時間は有限だけれど、生きている間は無限にあるんだよ」
「兵長の言うことは、難しくて分かりません……」
「ふふっ……そのうち得意が見つかるってことさ」
「……」
ミアは口を閉じたまま次の言葉を決めあぐねていたその時――
「さぁ、少し飛ばすよ。これ以上は舌が噛み切れてしまうから口を閉じておいて」
「……」
背中にミアの頬がぐっと固定される。
「いい子だね」
ディーンは聞こえない小さな声で呟くと、馬の速度を上昇させた。
先程までとは違う真剣なその眼差しは、確かに兵長らしい熱を帯びている。
戦で勝利を収めてきた者の雄大かつ優雅な乗りこなし。
二人はその後、無言のまま王城へと戻って行った。
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[人物等の紹介]
ミア
兵士としてディーンの元で働く者。
戦うことが苦手で伝令役として仕えている。
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