異世界で永久の愛を誓え

宮々詞羽

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第三団隊

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 祥行達と別れたエスガーは急ぎ騎動隊支部へ馬を走らせた。先の報告により、王都から来た応援が数時間前から執務室で待っていると言う。応援は要請したが到着が予想以上に早かった。
 (王都からイリカーナまで通常どれだけ急いでも三日かかる。早打ちですら一日半かかる距離を、一日と数時間で移動したと言うのか?)
 支部へ着くなり、待ち構えていた隊員に馬を預け急いで執務室へ向かった。扉を開けると、先に対応をしていた副隊長のカイが手前の長椅子後ろで待機していた。
 低い長卓を挟んだ奥側の長椅子に座っていた女性がスッと立ち上がった。黒に近い焦茶色をした緩めの巻き髪をおろし、深緑色の目に赤い口紅がよく似合う美しい女性だった。その女性が座っていた長椅子の後ろに、カイと同じように直立している長身の男もまた彫刻の様に整った顔立ちをしていた。ただ残念な事に、右側の顎から頬にかけて一本の切り傷の痕が付いていた。全体的に色素が薄い色白の肌に琥珀色の目の色が、余計にその男の表情を冷たい印象にさせる。
「お待たせして申し訳ありません」
 エスガーは起立した女性隊員に向かって詫びを入れた。部屋に入った瞬間から纏う空気はチリチリと緊張が走り、目の前の隊員が、ただのお使いを任されて来ただけではないことは明らかだった。
「構わん。我々は第三団隊・隊長シルヴェンノイネンだ。そして副団長のユヴァ。早速だが先ずは蜥蜴の報告を」
 (──っ!──第三団隊─)
 エスガーは内心、耳を疑った。
 王都騎動隊第三団隊・隊長スィーリ・ヴァルマ・シルヴェンノイネン
 副隊長カーリン・マティアス・ユヴァ
 第三団隊──別名、特務部隊と言われ、他国への働きかけ、情報収集、諜報活動の防止等、表だって出来ない王宮の仕事を秘密裏に行う精鋭集団である。その性質上、他の団隊への接触が殆どなく、接触があったとしてもそれを知らされることもない。
 そんな第三団隊がわざわざ出向いて直接話を効きに来たと言う事は早急に事態の終息を図るためか。
 エスガーは蜥蜴と接触した時の詳細を報告した。但し祥行とジークとの接触は極て簡素にまとめた。

「ふむ……。その蜥蜴の頭に捕らえられていた被害者にも話を聞く必要があるな」
「──では、明日こちらへ来てもらうようにします」
 エスガーはなるべくなら祥行は王宮と関わって欲しくないと思っていたので気が重かった。
「いや──今から向かう。案内を頼む」
「は──今から、ですか──」
 エスガーの歯切れの悪い反応にスィーリは譴責した。
「──国家の機密に関する事だ。事態は急を要している。また、必要とあらばこちらで保護する。ニールセン地方隊長も、これ以上の被害は望まないだろう?」
 確かに、ジークに目を付けられた祥行の傍にずっといて守る事は不可能だ。今回の様に手段を選ばない相手だと、回りに被害が出てくる可能性は十分にある。そしてそれは祥行は最も嫌う事だ。エスガーは痛いところを突かれて何も言えなかった。
「申し訳ありません。被害者は教会の奉公人をしておりますので、そちらへ向かいます」
 エスガーは第三団隊の二人を連れて教会へ向かった。





 祥行が早めに就寝するつもりで寝具を整えていた時、部屋の扉をコンコンコンと叩かれた。ティモだと思った祥行はドア越しに声を掛けた。
「ティモ?どうした?入っていいぞ」
「ヨシ、俺だ」
 扉の外から返ってきた声の主はエスガーだった。
「エスガー!?おかえり。今日は珍しくこっちで寝るのか?」
 珍しく教会に泊まるのかと思った祥行は扉を開けようと取っ手に手を伸ばした。
「いや、遅くにすまないが、人を連れてきた。今、大丈夫か──?」
「──え?あ、……ちょっと待ってくれ」
 祥行は寝るつもりだったので夜着のみだった為、急いで上着を羽織り下にズボンを履いて扉を開けた。
 入口を塞ぐ様に立っていたエスガーは、中には入らず扉の外で身体を横に向きを変え、連れて来たと言う人物を先に入らせた。その人物がまさか女性とは思わず、祥行は咄嗟に大きめに開いていた襟元を閉じた。
 (──おい、エスガー。女性の客人なら先に言えっての)
 咄嗟に笑顔で迎え入れたものの、祥行は内心で恨み言を呟く。そしてその後から入ってきた長身の男を見て息を飲んだ。
 
 亜麻色の髪、高く整った鼻梁、少し薄めの唇、祥行より少し高い位置から見下ろす琥珀色の瞳──心臓がドクリと大きく脈打った。

 (──弓…達……)

 祥行が思わず名前を呼ぼうとした時 、エスガーの声で我に返った。
「就寝前に急にすまない。──こちらは王都第三団騎動隊、シルヴェンノイネン隊長と、ユヴァ副隊長だ。祥行に蜥蜴の事で話を聞きにいらした」
 エスガーが二人の紹介をしたが、祥行は聞き間違いかと思った。
 (──ユヴァ、副隊長……?…第三……?)
 祥行は困惑の眼差しでユヴァと言う名の男を見た。あれから四年も経っていた。頬に痛々しい傷痕があり、少し痩せた様見える為か甘さが消え、より精悍な顔付きになっていた。
 (別人なのか……?)
 この四年間、祥行は弓達の身を案じてきた。無事なのか、飯は食えているのか、眠れる場所を見付けられたのか──。
 同僚で、ずっと一緒に仕事をしてきたから、お互いそれなりに募る思いもあると思っていた。だが男の目にはなんの感情も無いように思えた。その冷たい眼差しを受け頭が混乱する。
 (──何が、どうなっているんだ?……意味が、分からない……)
 祥行はそれ以上、男を見る事が出来ず、不自然に目を反らした。それでも精一杯平静を装った。
 「──そう、か。分かった。私が答えられる事は全部話します。……ここは狭いので、客室へご案内します…」
 起きて寝るだけの小さな部屋に大人が四人いると、とても窮屈に感じた。祥行は事務的に対応していたが、理由はそれだけではない。ユヴァの冷たい視線に鳩尾がずきりと痛む様で息が詰まった。
「こちらも仕事であるから気遣いは無用。早速だが蜥蜴について聞きたい」
 スィーリは本題に入ろうとした。
「はい。承知しました。ですが、せめてこちらにお掛けください」
 女性を何時までも立たせる訳にもいかないと思い、祥行は部屋の机の椅子を差し出した。そして祥行は寝台へ腰掛け視線を合わせた。この国は身分による階級制度を撤廃して久しいと言うが 、未だに名残が残っているのも事実だ。上流階級の礼儀など知る由もない祥行だが、せめて客人として失礼のない対応を心掛ける。
「分かった。心遣い感謝する」
 スィーリは軽く微笑み、祥行の好意を受け取り椅子に座った。カーリンはその斜め後ろに付き従うように立ち、エスガーは先程から扉の前で静かに直立している。その対応から目の前の人物がただの隊長と言う肩書きだけではないのが窺い知れた。
 隊長らしく毅然とした振る舞いは猛々しく厳しい印象を持つが、ささやかな笑みは柔らかく、美しい女性の顔になる。
 それも束の間で、すぐに厳しい表情に戻すと祥行に尋ねた。
「本題に戻ろう。蜥蜴と何を話した?」
 (──何を話したか、ときたか。まるで取り調べだな。まぁ…無理もないか)
 祥行はふうと溜め息がでた。
「結論から言うと、彼等が望む様な事は話しておりません。そもそも、私は何も知りません」
 祥行は限定的に答えた。
「ふむ。では何を聞かれた?」
 スィーリはもっと質問を深く掘り下げるかと思ったがあっさり質問を変えた。
「"異世渡り"について聞かれました。それから転移者、術者、そして"扉"の開け方。この"扉"の開け方はある程度は知っている様でした」
 祥行がそう答えるとスィーリは俄に立ち上がった。
「なるほど。やはり少々面倒な事になっているな。」
 そう言って後ろに立っているカーリンに顔を向けて言った。
「──王都へ戻る」
 カーリンは静かに頷くだけの返事をする。
「数刻の後に第三の隊員が二名到着する。その者達に護衛を任せる。貴殿はその者達と一緒に明日朝一でここを発ち、王都へ参られよ」
 スィーリの言葉に祥行は反射的に反発した。
「──ちょっと、待って下さい。急に言われても困ります!」
 だが、スィーリは意に介する様子を見せず言い放つ。
「貴殿の身は我々第三で預かる。蜥蜴に関わった以上、このまま何事もなく終わると思う程めでたくはないだろう?明日の朝まで身辺を整える時間を与える。この町や町の者達にこれ以上迷惑を掛けたくなければ戻らぬ覚悟もしておくことだ」
 祥行はあまりにも急な展開に頭が付いていかなかった。代わりにエスガーが割って入った。
「シルヴェンノイネン隊長、護衛ならここで我々も出来ます」
 エスガーもまさか祥行を王都に連れていくとは思っておらず、思わず口が出てしまっていた。それに対してスィーリはエスガーを見据え答える。
「──二度目だぞ、ニールセン地方隊長。貴殿は地方隊長と言う立場にも関わらず、この地の任務を放棄し、第三の任務を担うと言うのか?」
 エスガーの明かに私情を交えた進言に釘を刺した。
「──!……いえ…」
「先ずはこの地の復旧に全力を注げ。蜥蜴については第三が全力で取り組む。その為の措置だ」
 その答えにエスガーは姿勢を正して謝罪した。
「はっ。出過ぎた事をしてしまい申し訳ありませんでした」
 本来なら上官に対する無礼だが、スィーリはそれ以上対応を咎める事はなかった。
「貴殿の事は高く評価している。今回の件についてもだ。いずれ力を借りる時も来るだろう」
 そう言ってエスガーの肩をポンと叩いて部屋を出た。その後をカーリンが付いて行く。
 隊長と副隊長と言うが、祥行にはそれがまるで主人と従者の様に感じた。エスガーとカイの対等な関係を知っているだけに、二人の関係が特別なものに思え妙な気分になった。
 (弓達じゃないのかもな……)

 エスガーは二人の付き添いの為一緒に部屋を出ていき、祥行は一人部屋に残っていた。急な話しに何をすべきか頭の整理がついていかず、扉を叩く音ではっと我に返った。何も考えずに扉を開けると部屋を訪れたのはカーリンだった。
 副隊長が何の用なのか黙って見上げていると、まじまじと祥行を見下ろしていたカーリンが祥行の頬骨を親指でなぞった。
 そこはミリヤが襲われている時に殴られた後がまだ少し残っている場所だった。祥行は一瞬ビクリとなったが、カーリンの行動の意図が分からずされるがまま見上げていた。
「──あの男と寝たのか─」
 思いがけない突然の問いに思考が停止した。
 弓達の顔をしたカーリンが弓達の声で何を聞いているのか──。
「──は?」
 祥行の反応に若干の苛立ちを見せる様にカーリンの眉間に僅かに皺が寄る。その癖までも弓達だった。
「──合意の上か、これは」
 カーリンは祥行の襟元を大きく広げた。押さえ付けられた時に出来た痣に隠れる様に付いている痣は、ジークが祥行のうなじに残した口付けの後だった。
 祥行は思わずパシッっと襟を掴んだ手を払い除けた。そんな所に痕付いている痕に気付くはずもなく、この男に男に抱かれた事実を見抜かれ、カッとなった。
 カーリンにそんな事を言われる筋合いはない。突然苛立った様に無遠慮に聞かれ、考えるより先に行動に出てしまっていた。その行動は肯定しているようなものだった。
「──あんたに、関係ないだろ」
 祥行は自分より少し上から見下ろす琥珀色の目から逃れる様に首元を隠した。
「……そう、だな……」
 カーリンは小さく呟くと祥行の前に光沢のある紺色のボールペンを差し出した。
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