異世界で永久の愛を誓え

宮々詞羽

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存在した異世界

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 祥行が眠りについて5時間程経ち、短い日中が終わって再び夜になっていた。
 邸宅は辺境の地にあるにも関わらず管理が行き届いていた。そのお陰で台所や風呂が問題なく使うことが出来るのは幸いだった。
 暗くなる前に急いで近くの森で食糧の調達をし、厩舎を整え馬たちの世話をして長い夜に備えた。
 ひとまず祥行の体調が戻るまでは、ここで過ごすことになりそうだった。

「ヨシュー、また熱が上がったんじゃないか?」
 ベックは額の布を交換しなから祥行の体調を心配した。
 祥行には携帯していた回復の魔法水を飲ませたが、効果が現れるのに多少の時間がかかる。
「その回復水は合わないのかもな」
「俺のお気に入りなのに……」
 医療用の魔法は万能ではない。身体機能を活性化させて本来の回復力を一時的に活性化させる事で怪我や病気を治すのが回復魔法だ。大体の怪我や病気を治す事は出来るが、原因が全く分からない病気や、失った物を元に戻す復元の様な事は出来ない。回復魔法をどこにどう使うのかは術者の技術や能力、経験値などが重要になってくる。
 例えば骨折をして自然治癒で1ヵ月かかる場合、回復魔法を使えば半分の日数で治す事が出来る。これも個人差が有り、もっと早く治る人もいれば時間がかかる場合もある。明確な理由は分かっていないが、魔法の相性によるものだと言われている。
 その為、回復の魔法水は元の世界で言う医療メーカーの様に色々な術者の名前で売られており、他にも液体、粉末、錠剤、乾物等、様々な形で販売されている。どんな物であれ回復魔法を体内に取り入れさせることが出来れば効果が出る。術者が直接回復魔法をかけるより効果は下がるが、手軽で比較的安価な為、一般的によく利用されており、元の世界での市販の薬に近い。

「んん……」
 どのくらいの時間が経ったのか、キリキリする腹痛で目が覚めた。熱はまだ下がりきっていないようだが、所々で目覚めていた時ほどの辛さはなく、身体は随分楽になっていた。
 暖炉の薄明かりの中辺りを見回すと、寝台の横の椅子に器用に座ったまま眠るエスガーと、部屋の長椅子に横になって眠るベックが居た。祥行を助ける為にここまで追い掛けて来てくれたのだ、流石に疲れただろう。
 起こさないようにそっと寝台から降り、扉に向かおうとすると腕を掴まれた。
「あ、ごめん。起こしちゃったか……」
「いや、それより大丈夫なのか?一人で何処へ行く?」
 目覚めたエスガーが心配そうに祥行に問いかける。
「まぁ、ちょっと洗面所に……なんか、腹痛くて……」
 祥行は時折キリキリする痛みに耐えながら答えると、エスガーは薄着の状態の祥行に椅子に掛けてあった自分の上着を羽織らせて洗面所まで案内をした。

 用を足して部屋に戻るとベックも起きていた。再び寝台へ戻るように促され、軽い食事を用意してくれた。
「体調はどうだ?大したものは無いが、少し食べれるか?」
「あぁ、ありがとう。スープだけ貰うよ」
 祥行はほどよく温まったスープを受け取り一口飲んだ。干肉と香草と塩味のみのスープだが、空きっ腹に染み渡った。しかし、まだ少し熱があるからか、それ以上は喉を通らなかった。
「無理しなくていい。横になってろ」
 ベックは器を受け取り、祥行に再び眠る様に言った。祥行がごめんと言うと、何でも謝るなと叱った。
 実年齢で言えば祥行の方が年上になるが、ベックの中では弟の様な位置付けになっていた。エスガーと一緒に何かと面倒を見てきたと言うのもあるが、ベックの性格もある。それに加え祥行の実直で妙に人懐っこい性格や、独特なあっさりした見た目やが相まって若く見えるせいでもある。
 祥行は横になったものの、さっきまで十分休めていた事もあり目が冴えていた。ベックはそれならと、話をすることにした。
「それで、エスガーはヨシューが狙われた理由に見当はついてんのか?」
 ベックはエスガーと祥行を見たが、二人とも黙り込んでいた。今までは話したくない事をわざわざ聞く必要は無いと思っていたが、今回はそう言う訳にはいかない。
「あのおっさん、ヨシューの男か?何か理由があって今まであいつから逃げてきたのか?」
「え!?いや 、違う……そう、言うんじゃない…」
 祥行はベックにはっきりと男かと言われ妙な恥ずかしさで更に体温があがった気がした。あの部屋を見て特別な関係と思われるのも無理はないと思った。明らかな情事の後、別れ際のジークの意味深な行動を見たら尚更だっただろう。
「どう、言ったらいいか……」
 ジークとの関係を話すなら、ベックにも祥行がここへ来た経緯を全てを話す必要がある。祥行はどうすべきか迷ってエスガーの方を見た。するとエスガーは祥行の方に向き直ると、姿勢を正して言った。
「実際、俺もまだ聞いていない事もある。その事が関係するなら全て話してくれ」
 エスガーの言葉に、当時は言葉が分からなくて言えないままだった自身の世界の話をすることにした。

 日本と言う国の事、突然この世界に来た事、ジークに誘われた事等を全て話し終わると、ベックは深いため息をついた。
「異世界ね……まだ、よく理解出来ないな。だけど、実際にヨシューが居るんだもんな……あ、ヨシ、ユキか。」
 ベックは頭の中を整理するかのように呟いた。
「ヨシューでいいよ。ここでの名前だ」
 真面目に本名で呼ぼうとするベックに今まで通りで良いと伝える。
 そんな中、エスガーは別の事が気になっていた。
「異世渡りか──」
「エスガーは何か心当たりでもある?」
 祥行が尋ねると、少し考えてから言った。
「いや……王宮が秘密裏に異世界の扉を開けていた事をあの男がどうやって知ったのかが気になって……。それにヨシが転移者であることにも気付いていた事も引っかかる。単純に容姿だけとは思えん」
「それもそうだな。あのおっさん、ジークだっけ?そいつの情報元が王宮内部の人間と考えるのが妥当だな」
 疑いは王宮内部にあった。
「単純な話、異世界の扉を開けたのなら理由は何だ?」
 ベックが最もな疑問を呈してきた。祥行は日本で噂になった異世界召喚の話をしてみることにした。
「俺がいた世界での異世界の話は転移者は救世主的な役割を持っていたよ。転移と言うか召喚だったけど、破滅の道から世界を救える唯一の方法だったんだ。だから前提として聖なる力を持ち、聖女とか神子と言われてたんだよ。だとしたら、俺は明らかに召喚じゃないだろうし、聖なる力どころか、普通の魔力すら無かったから、ここに呼ばれた意味が無いんだよね」
 ベックは更に想像を遥かに越えた話をされ、思わず眉間を押さえた。
「破滅とか、救世主とか、何かぶっ飛んだ話だな……。エスガー、何かそんな世界が終わる様な危ない話があったりするの?」
 エスガーは職業柄そう言った事案の情報は耳に入りやすいはだろうが、今まで聞いたことが無かった。
「──無いな。強いて言えば、以前から騎動隊で警戒対象である、蜥蜴と言う犯罪集団が目立つ動きをしているくらいだ。この際お前たちだから言うが、数日前イリカーナで蜥蜴と思われる人物の確認が取れていた。あの男、ジークとは別の人物だが、状況を考えると仲間だろうな。今日やり合った感触からすると、今まで情報が無かった蜥蜴の頭がジークの様な気がするな」
「犯罪集団の頭……。ヨシュー、お前厄介な奴に目を付けられたな。誰彼構わず愛想振り撒くから……」
 ベックが心底哀れんだ目で祥行を見た。祥行は大きなお世話思ったが 、エスガーの話を邪魔しないよう、怒りを込めてベックに微笑むにとどめた。その様子を見ながらエスガーは話を続ける。
「おそらく、イリカーナの出来事は奴らが仕掛けた事だと思うが証拠は無いだろう。 ──正直な話、蜥蜴が関わっているならと俺では対処しきれん。念の為、本部に応援の要請をしたが、すでに事は起きてしまったし、肝心の蜥蜴の痕跡が無ければ今後はどうなるか分からんな…」
 しかし、実際はそれどころの話では終わらなくなってきた。蜥蜴はザヨルーク帝国と繋がっている噂があるうえ、ここにきてネスクォーク王国内部にまで入り込んで来ている。
 エスガーはこの事実をどう報告すべきか、考えあぐねていた。

「ごめん……俺のせいで町がめちゃくちゃになってしまったよな……」
 祥行は再び申し訳ない気持ちで一杯になった。町の事を思うと巻き込んでしまった罪悪感と、過ごしやすい事に甘えてしまった後悔に押し潰されそうだった。
「ヨシ、お前がそんな事を思う必要は全く無い。全て蜥蜴のせいだ。それに町に住まわせたのは俺だ」
 言いながらエスガーはふと祥行が何故、移民登録が出来たのか疑問に思った。
 国外からの移民者がネスクォーク王国に住む場合、短期労働者、長期労働者、永住者の何れかの登録が必要となり、必ず国の認可がいる。祥行は永住者登録をしている。教会預りと言う後ろ楯があったとは言え、当時は言葉も話せないし、何もかも不明だった祥行の認可がよく下りたものだと思った。
 人は財産と考える国政と言えど、魔力や特殊な能力を求めての事。その価値が無い祥行が何故、いとも簡単に認可を得る事が出来たのか。やはりそこには王宮の意志が有る様に思え、異世界の存在を隠す一方で異世界の転移者である祥行を放置する違和感は拭えなかった。

「……破滅はしないから救世主も必要ないが、異世界の扉を開けた理由は結局分からずじまいだな──」
 ベックががそう言うと祥行が思いきったように口を開いた。
「──あのさ、ひとつの可能性なんだけど。前にエスガーに人を探してもらった事があるだろ?」
「ん?ああ、そうだったな。確か……ユ、ダテと言っていたか」
 以前、祥行と似た状況の浮浪者を探した事があったが、一覧には無かったのをエスガーは覚えていた。
「そう、よく覚えてたな。……そいつ、やっぱりこっちに居るんじゃないかと思って……つまり、召喚されたのは弓達で、俺はたまたまそいつの近くに居たから一緒に来たって事じゃないかな……」
「何かこじつけみたいだけど、そうだとしたら運が悪すぎだな」
 再びベックに哀れみの目を向けられ、祥行は乾いた笑いをした。
 しかし、そう考えるのがやはり正しいと思った。色々と合点もいった。未だに生死も不明だが、もしそうなら王宮に居るのかもしれない。もう会うことも無いかもしれないが、何処で何してても無事で生きてさえいればいい。
 二人に弓達の存在を話せた事で、急に懐かしくなった。
 いけ好かない奴で何時も言い合いばかりしていたが、仕事は出来る奴だった。背は高く、顔も綺麗でおまけに声までも落ち着いた低い声の持ち主で女性陣の憧れの的だった。全てが特別な存在だったと今さらながら気付けば、きっとこう言う運命だったんだろうと何となく理解した。
 ただし、巻き込まれた身としては結局文句しかないのだが。

「──どうした、ヨシュー」
 ベックが怪訝な顔をして聞いてきた。
「え!?あ、ごめん。ちょっと、昔を思い出してた…」
「そのユダテとは仲が良かったんだな」
 何気なく言われたエスガーの言葉だったが、弓達とは良い思い出は特に無かった。仕事の都合上、サポートになる事が多いただの同僚で、顔を見れば何かに付けていがみ合っていただけだった。何故か、いつも弓達を相手にすると反抗的な態度になってしまうのだ。
「いや、──久しぶりに懐かしかっただけだ」
 そう言って、祥行は少し感傷的になった。
 (フォローされる事が多かったのに、礼ぐらい言っとけば良かった……)

 いつの間にか数時間後に夜が明けるまでになっていた。祥行の体調も良くなり、イリカーナへ戻る為、夜明けにここを立つ事にした。長時間の移動に備え、時間まで仮眠を取る。
 すでに日付は変わってしまっているが、とても長い1日だった。
     
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