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5章 くノ一異世界を股にかける!

26 異世界生活閉幕

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 その刹那――


「が、がはっ……な、なんで……?」


 
 彼は自分の肩口から突き出た刀を見て呆然と震える。
 美歌ちゃんを刺そうとしたはずなのになぜか自分が刺されていることに理解が追い付いていないようだった。
 まさかこの場に自分を止めようとする者が私たちの他にいるとは思っていたなかったんだろう。
 軽口を叩きながらも抜かりなく周囲だって警戒していた。
 しかしそれは上空から飛来してガルトの背中めがけて命中したのだ。
 そしてその刀はこの場にいる誰もが見知っていた刀だ。

 その持ち主とは――


『なんや機を窺ってたら虫唾の走る小悪党がええ気になっとるから思わず手を出してしまったわ、堪忍な』


 やや離れた位置からこちらに向かって悠然と黒髪をたなびかせ歩いてくる鹿だった。
 すでに死んでいたと思っていた私たちは彼女が生きているのに驚き固まる。
 いや確かに思い起こせば死体を確認した訳じゃない。ボスモンスターということを考えれば彼女は私たちよりもHPだって多い。むしろ生きている確率の方が多かったんだ。 


「て、手前ぇ……」

『あぁ? 手前ぇ? わえを誰やと思ってんねん。京の猛者共が束になっても討ち取れん三国一のええ女やで? 三下ごときが誰に口聞いてんのかその身で味わえや! 小通連、大通連、そのしょうもない剣叩き割ったり!』


 鈴鹿御前がもう一本の神刀を投げるとそれはガルトに握られた本体の剣を狙う。
 肩に刺さっていた刀も抜け、キン、と金属音がして衝突すると空に弾かれたガルトの剣めがけて二本の刀が左右から同時に迫り、その剣身をまるでハサミのように同時に打ち合い――そして割断した。


「な、なんてことをしやが……あぁぁぁぁ!」


 変化はすぐさまガルトに現れる。
 彼方さんの肉体が苦しみ出し悲鳴を上げた。


『悪党にも悪党の美学があるもんや。それがなかったお前はただの獣や。ど阿呆が』


 鈴鹿御前が冷たく言い放ち、折れた剣に亀裂が入っていき原型を保てなくなるほど粉々になったと連動して彼方さんがピタリと止まる。


「鈴鹿御前……」


 彼方さんからは驚いたような声が漏れた。
 たぶん元の彼方さんに戻ったんだ。 


『無様な姿晒しとったなぁ彼方。ええ気味やで』

「助かりました。でもなぜ?」


 彼方さんは自分を助けてくれた鈴鹿御前に疑問を持つ。
 彼女からしたらあえてこんな勝算の低い戦いに関わる必要がないからだ。むしろそのまま死んだ振りでもしておくのが最もベスト。
 なのにわざわざ出て来た理由が分からなかったからだろう。


『そりゃあ、あのリムいうやつの好きにされたらわえのまだ出会ってもない未来の旦那様も殺されてしまうかもしれんやろ』

「は? はぁ」

『冗談や。あいつがわえを足蹴にした。嫁入り前の女の顔にようやってくれた。そんなもん……あんさんにアゴで使われる以上に許せる訳ないやろ!!』


 憎々しげにリムを睨む。
 どこまでが本気で冗談なのかは分からないけど、手を貸してくれる気はあるらしい。
 

「ホンマに味方になってくれるん?」


 横から口を挟んだのは美歌ちゃん。
 助かったのに少し複雑そうだ。
 それも仕方ない。少し前までは敵だったのだから。特にこの二人の間には因縁がある。
 鈴鹿御前は美歌ちゃんの姿をつまらなさそうに一瞥した。


『あの畜生にもわえがもういっぺん分からせたかったんやけどな。まぁええ、でもなんやお嬢ちゃんあの畜生がおらんようになったら一人でなんも出来んのか? せやったらどっか引っ込んどきや』

「そ、そんなことはない! テンの悪口言うな!」

『ふんっ! ほなやることあるやろ。さっさと立ちや』

「わ、分かってる!」


 発破を掛けられた美歌ちゃんがゆらゆらと地面に手を突きながらも立ち上がろうとする。
 しかしそんな会話を続けられたのもそこまで。
 リムがいつまでも傍観してくれるはずもなかった。


『それを許すと思うか?』


 リムは完全にターゲットを回復役の美歌ちゃんに見定める。
 今の私たちでは止められない。
 ドキっと心臓が跳ねる。


『近江の鬼姫がええって言ったんや。そしたら黒い烏も白くなるし、馬だって空を飛ぶ。力ずくでも好きにさせてもらうわ!』


 鈴鹿御前が集中し始める。すると雰囲気が変わっていく。
 小さかった角が如実に大きくなっていきバチバチとオーラの電流のようなものが体から噴き出し始めた。
 さらには刀に黄色い炎が纏われる。


『本気中の本気。こっから【天の魔焔】の本領発揮を見せたるわ。だから今のうちに逆転のなんか考え! さぁ小通連、大通連、気張って働きや!』


 鈴鹿御前が瞬発する。
 それに遅れず浮かぶ神刀たちが彼女と一緒に突貫した。
 間違いなくゲームの時やさっきまでよりも動きが速くなっていて私たちに匹敵するかそれ以上の力を感じた。
 ひょっとしたらこれもバージョンアップでの追加要素なのかもしれない。
 飛剣を絡めた鈴鹿御前の動きは鬼気迫るものがあり、リムとまだ押されがちなものの真っ向から打ち合いを出来るほどに強くなっていた。


「私も行きます!」


 助けられた義理や今まで教会側の仲間だった絆もあるのだろう、彼方さんもリムに向かう。


「―【降神術】少彦名命すくなびこなのみこと 薬泉の霧!―」


 その間に美歌ちゃんが回復術を掛け、全員が疲労はあるものの怪我が全快した。
 それからみんなで集まったけど誰もが浮かない顔しかない。
 どうしても良い方策が浮かばないからだ。


「どうするよ? このまま地味に戦うしかないか?」

「それは……」


 ブリッツに話を振られ景保さんが言葉を濁す。
 このまま戦ってあっちの方が先に倒れてくれるならいいが、どう考えてもこっちの限界の方が近い。
 何か綻びがあっただけでさっきの二の舞になる。
 やっぱり合体術は当てたいところだ。でもあの反射術がある限り使う訳にはいかない。

 その時だった。
 私のメニューウインドウに変化があったのは。
 新着アイテムを手に入れたりするとビックリマークが付いたりする。
 今はなにも操作していないのに勝手にアイテム欄にそれが付いたのだ。

 恐る恐るメニューをタップしていくと以前手に入れたアイテムが新着扱いになっていた。
 それをアイテム欄から出し手の平に出す。
 それは雪の結晶のような形をした羽毛のように白く美しい宝石だった。
 アイテム名は『雪女の涙』。
 あの霙大夫との激闘で戦闘終了後に勝利報酬として手に入れたものだ。
 ゲームでは聞いたことがなかったもので今まで取り出したりしてみたけど特に用途も分からないものだった。
 それが今ここでまるで私を呼ぶかのように反応があった。
 

『困ってるみたいねお姉さん』

「へ?」

  
 宝石が私に語り掛けて来る。
 周りにいるみんなもぎょっとなって驚いていた。
 それは聞いたことがある声だ。あの出来れば思い出したくない壮絶な死闘を演じた――霙大夫だった。
 

『あはは。面白い顔してるわね』

「え? だって、えぇ?」


 無邪気そうに笑うその声はやはり間違いない。私が止めを刺した霙大夫だ。
 ただなんだろうか、邪気が抜けているというか本当にちょっと生意気だけど子どものような雰囲気があった。
 

『そうよ、私はもういない。これは私の力の残滓でしかないわ。でもね、私を倒したお姉さんたちがあんまり不甲斐ないものだから見ていられなくなっちゃったの』

「そ、そうなの?」


 宝石に語り掛けるというシュールな絵面は置いておいて、霙大夫が何をしたいのか言いたいのか分からなかった。
 っていうかメニュー欄の中から見られてたの?


『力を貸してあげるわ。と言ってもそんなに大したことは出来ないけれど、私の氷の制御は失わせる。それであの術を跳ね返すのも一時的に出来なくなるでしょ。あれは八大災厄の力が十全に揃わないと使えない。そういうものよ』

「そんなこと出来るの?」

『もちろん。お姉さんには借りがあるからね』

「借り?」


 そんなものあったっけ? むしろお腹をぶすっと刺しちゃったから恨みしかない気がするけど。


『うふふ、お姉さんの手が暖かったのよ』

「え? 今なんて言ったの?」

『なんでもないわ。さぁやるわね! あくまで少しの間だけだから遅れないでよ!』


 今のは音量が小さめでよく聞こえなかった。
 霙大夫の宝石はそんな私から照れ隠しするかのように青白く光り出してリムへと向かう。


『ぬ!? これはっ!?』


 その光が鈴鹿御前と戦うリムへと直撃すると彼は露骨に顔をしかめる。
 途端にリムが着ていた氷の鎧がまるで太陽の熱に溶かされたかのごとく崩れ落ちていった。
 霙大夫が言っていたように彼女が司る氷の力が使えなくなったらしい。
 さらには綺麗な氷のエフェクトがリムの周りにつき、それがゲームでよく見る『デバフ効果』だと分かった。
 これは信じていいやつなのだろうか? もしあの反射する術が使えたら次こそ私たちは全滅するかもしれない。まだ一抹の不安は過る。
 なんたって霙大夫は敵だったんだ。それが今更出て来て力を貸すなんて都合のいいことを期待してもいいの?
 

「今度は葵さん、君が決めてくれ」


 景保さんやブリッツたちは私に決定権をゆだねるらしい。
 逡巡する。
 リィムが言っていたのを思い出すと、霙大夫たちは私たちの歴史にいた消えてしまった人類に対する脅威だったらしい。
 それが本当ならあの悲しい彼女たちのストーリーだって本当ということになる。なら霙大夫が人間を憎むのは当然のことだろう。
 そんな彼女のとの戦いのラストで霙大夫はとっても満足気な逝き方をした。
 私はあの顔を信じたい。


「……やります! やらせて下さい!」

「うん、分かった。僕は彼女を信じる君を信じよう」

「ま、ここにきたら一蓮托生ってやつだ。もし失敗しても文句は……言うが後悔はねぇよ」

「文句言うんかい! うちも葵姉ちゃんの判断を信じるで!」

「話は決まりましたネー! あとは野となれ大和撫子デース!」


 みんなから許可とエールをもらう。
 失敗するかもしれないのに託してくれる。私はみんなに会えて良かった。この世界に来て良かったと思える。


「じゃああの時と同じ順番でいくよ! 金属は凝結により水が生じる金生水ごんしょうすい ―【白虎符】虎爪舞々こそうまいまい―」

「水によって木は養われる。水生木すいしょうもく 全力を込める!! ―【仏気術】水天すいてんの母神竜ぼしんりゅう―」

「木は燃えて火を助けるらしいデース! 木生火もくしょうか! ―【舞楽術】大地の韻―」

「物が燃えればあとには灰が残り、灰は土に還る。火生土かしょうど、爆ぜろ! ―【火遁】紅梅―」

「土の中にこそ金属がある! 最後はうちや! ―【降神術】大山咋神おおやまくいのかみ―」


 ジロウさんの代わりにステファニーさんが木を担当。
 あの時と同じ、ごてごてに演出された大きな龍が出来上がる。
 それは顎と大きく開けてリムに突進を仕掛けた。


『ほう、また懲りずにやるのか。邪魔だ! どけ!』

『ちぃっ!』

「がっ!」


 リムは鈴鹿御前と彼方さんに足止めされていてもやはりそれに気付く。
 彼女らに相応の傷を負わせさっきの反射術を使おうとする。


『―【八大地獄】因果応報― 何!? 発動しない!? さっきの光か!』


 今更リムが気付いたらしい。
 借り物の力を使って間もない。自分が使える能力を十全に把握していないツケが今ここに出た。
 余裕しゃくしゃくで跳ね返そうとした分、回避不能な間合いにすでに入っている。
 そして激烈な龍の牙がリムを飲み込もうとした。

 が――


『ぐぐぐぐぐぐ!! こ、こんなものにぃぃぃ!!』


 なんとリムは無理やり龍の口を手で抑え込もうとしていた。
 

「ちょ、嘘でしょ!?」


 こっちが使える最大ダメージ技だ。
 それを力ずくでねじ伏せようとされると力の差に背筋が凍る。
 しかも間の悪いことにもう霙大夫の氷のデバフが消えかかっていた。
 短か過ぎでしょ、霙大夫!!


『があああああ!!!』


 渾身の振り絞りった吠え声を上げリムが龍を上空に打ち上げる。
 そしてそれを追撃して跳び、


『よくもやってくれたな!! ―【八大地獄】因果応報―』
 

 標的がいなくなった龍を闇の空間に引きずり込んで、こちらに再び反射させた。
 上からやってくる龍。 
 さっきの二の舞を連想して脂汗が浮く。
 もう彼方さんの奥義はないので守ってもらうことも無理だ。
 

「そんなんずっこいって!」

「馬鹿野郎! 逃げろ!」


 美歌ちゃんが感情のまま呆然と文句を吐き捨て、ブリッツが咄嗟に抱き上げて逃げ出す。
 みんな一斉に散会し、そこに龍が炸裂して大爆発が起こる。 


「うわぁ!!!」


 直撃は免れた。
 けれど無傷ではない。
 さっきみたいにみんなみっともなく地面に転がり痛みですぐに立ち上がるのも難しい反撃を食らってしまった。


「はぁ……はぁ……世界の安寧を揺るがそうとする悪は滅びる! これで終わりだ! ―【八大地獄】火宅かたく―」


 対するリムも表面がただれて肉の内側まで見えている箇所があって肩で息をしている。
 強引に弾いた過程でダメージはしっかりと蓄積されていたらしい。

 それでもリムの勝利の確信は揺らがず大きく胸を反らしながら手に煉獄の炎を凝縮させていく。
 発動までに時間が掛かる代わりに辺り一帯を火の海にする術だ。それが強化されているとなるとその範囲は想像を絶する。
 発動されれば離れたところにいるアレンたちも危ないかもしれない。


「ん? どこだ?」


 リムはエネルギーを溜めながら顔をしかめる。
 その視線は倒れている景保さんたち向けられていたが、必死にぎょろぎょろと何かを探している風だった。
 しかしいくら目を皿のように動かしても肝心のものが見つからない。


「一体どこに行った!? 

「ここよ!!!」
 
    
 リムが探していたのは
 実は私だけ一日一回だけ使える木遁の術でリムの上空に退避していた。
 もちろんただ逃げたかっただけじゃない。不意を突くためだ。

 可能な限り風の抵抗を受けないよう、頭を下に向け地面と垂直に落下する。
 さながら人間ロケット。そして着弾地点はもちろんリム。
 重力に引かれ超スピードで特攻を掛けた。


「はあああああああ!!!」


 空からの渾身のダイブ突撃!
 瞬きするほどの時間でリムの肩口に忍刀の切っ先が入った。
 左手は柄の下を持ち右手はしっかりと刃が負けないよう握り締め袈裟斬りのように引き裂き――振り抜いた。


『がああああぁぁぁ!!』


 斬った傷口からは大量の『闇』が溢れる。
 着地して顔を上げるとリムの胸の辺りの傷口にキラリと光るものが覗けた。
 これは……。


「魔石?」


 この世界に来てけっこう見たものだ。
 お金を溜めるためや途中からはスキルを獲得するために膨大に集めた。
 もちろん純度や大きさは違うけどそれがリムの体の中にあった。
 そういえばリムが閻魔の体を召喚するために集めたのが魔石だ。
 ひょっとしたら魔石が核だったりする?


『ぐっ!』


 リムは私の視線に気付いて露骨に手で露出した魔石を隠そうとする。
 ピンときた。やっぱりこれがこいつの弱みなんだ!


「やあぁぁぁぁ!!!」


 見る間に皮膚が再生していき、そうさせじとすかさず忍刀を返しそこに突き入れる。
 固い感触がしてピシリと魔石にひびが入ったけど、そこから腕が動かなくなった。
 リムが刃を素手で掴んで止めていたのだ。
 

『させるかぁぁ!! 虫がぁ!』

「あああぁぁぁ!!!」

「葵姉ちゃん!!!」


 リムは空いた片手の爪を下から掬い上げるように私のお腹に突き刺した。
 灼熱の痛みが腹部を貫き、途端に力が入らなくなり、後ろから美歌ちゃんの心配する声が届く。


『【ステート異常:麻痺】レジスト抵抗失敗


 土蜘蛛姫戦のラストの巻き返しだ。
 あの時と違って油断した訳じゃないけど最後の詰めで全く同じ状態異常効果が起こる。
 全身が痺れて刀の柄を握る指が滑ってズレてきた。
 

『はぁ……はぁ……危なかった。しかしこれで終わりだ』

「ぐぅぅぅぅ!」


 リムの爪がさらに深く私の体に沈み込み背中から貫通した。
 神経が痺れているはずなのにその痛みだけは骨身に響いてきて、ついに指が忍刀の柄からはがれてしまい、支えを失くした刀は乾いた音を響かせ地面に落ちて転がった。
 お腹の中をずっと火で焙られているかのような衝動に膝もガクっと折れて倒れそうになる。
 HPバーもどんどん減少し――

 そして体が光に包まれ全ての感覚がなくなる。
 偽彼方にやられた時と同じ、この世界からのドロップアウトする予兆だ。

 今のがラストチャンスなのに……ここまでなの?
 これだけやって、ここまできて、そんな結末しか私には導き出せなかったの?
 悔し過ぎる。なんでこんな……。
 ごめんみんな……豆太郎……。

 諦めそうになった時――


『あーちゃん、がんばれ! まけないで!』


 空耳かもしれない。
 でも私の耳に、いや心に豆太郎の声が確かに聞こえた気がした。
 衝動的にスイッチが入る。
 

「ああああああああああぁぁぁぁっ!!!」


 吠える。叫ぶ。叫喚する。
 不甲斐ない自分を叱咤するように腹の底から声を出す。
 そうだ、私は豆太郎と一緒にいる。きっと豆太郎が見ているんだ。
 だったら情けない姿は見せられないだろ、葵!!!
 私を包む光が止まり、肉体に色が戻ってくる。

 でも気合だけで状態異常は治らない。
 落ちた刀を拾い直す力も戻らない。
 

「だったらぁぁぁぁ!! ―【火遁】爆砕符ぅぅぅ― !!」


 気合で崩れる膝をふんばり顔だけ上げ、符が付いているくないを宣言ショートカットで呼び出し、リムの治ろうとしている傷口に歯を食いしばり頭突きでねじこんだ。


「解ぃぃ!!!」


 刃先が魔石のひび割れた部分に突き刺さり、そして火遁を超至近距離で爆発させた。
 爆破は私にも当然被弾し吹っ飛ばされる。焦熱が顔を焼き、息すら出来ない自傷ダメージ。
 でもその瞬間、私は見た。
 リムの魔石が砕ける瞬間を!


『ががががががああ!! リ、リィム様……』

「あんたが千年も言いつけを守ってきたことには敬意を評するわ。でもね、小鳥はいつか親鳥の元を離れるの。もう自由にさせてあげていいじゃない。そんであんたはあっちの世界でリィムに会ったらいっぱい文句言ってやんなさい!」


 死んだらあのリィムがいる空間に誰でもいくらしい。
 ただの操り人形であれば無理だろうけど、もしリムに豆太郎みたいに自我が芽生えていて自分の意思でリィムの言いつけを精一杯守ろうとしたのならきっと会えるはずだ。

 リムの体が真っ黒に変色していき崩れ分解し、そして風に吹かれ消え去った。
 後にはもう何も残らない。
 心には達成感と満足感がゆっくりと充満していく。


「……勝ったんだ」


 ようやく、ようやく終わる。
 この長い長い異世界生活に終止符を打った。


「葵さん!」


 景保さんたちがこちらにやって来る。
 みんな身なりはボロボロだけど朗らかな顔をしていた。


「葵姉ちゃんさすがやな!」

「おいしいとこ全部持っていっちまいやがって。いやでも大したもんだよお前!」

「ワンダフルガールの爆誕デスネー! 今度一緒に動画撮りまショウ!」


 この世界で合えた仲間たち。
 彼らもかけがえのない人たちだ。リィムが送ってきたのが景保さんたちで本当に良かったと思う。


「おめでとう。いやありがとうと言うべきですかね。本当にありがとう」

『まぁ、わえの次ぐらいにはええ女かもな。ようやったわ』


 彼方さんと鈴鹿御前もゆっくりとこちらに向かってくる。
 この二人にはかなりかき回された。
 当初は敵だと思っていたのにいつの間にか味方になったりでもう無茶苦茶だったね。


「アオイー!! すごいじゃない!!」

「まったく、その根性には参るぜ」

「おいクソ女、今度またリベンジさせろ!」


 アレンたちも不時着した場所から駆け付けてきた。
 こっちの世界で出来た友人たちだ。オリビアさんがいないのは残念だけど色んなことを学んだ。
 良い友達になっていたと思う。


「みんなごめんね。でもありがとう」


 私の言葉に全員が訝しげなリアクションをする。 
 私が一万回の失敗をしてきたことはみんなの記憶には残っていない。説明は出来ないけどそれでも言わずにはいられなかった。
 ――だってもう私には時間が残されていないから。


「あ、葵姉ちゃん!? その光!?」

 
 一度だけ光の粒子から戻った私の肉体が再び光に分解されていくのを見て美歌ちゃんが目を丸くする。
 この体の異変とのにもほんの少し前から気付いていた。
 HPバーは依然ゼロのまま。おそらく最後の最後でまた私は豆太郎に助けられた。全損しているのに動けたのは豆太郎にちょっとだけ時間をもらってそのおかげで勝てたんだと思う。
 ありがとう……私の最高のパートナー……。


「うん、もうダメみたい。ごめんね」

「そんなん嫌や! 逝かんといて! すぐに回復させる!」

「ううん、こうなったらもう無理なの。でも大丈夫よ、先に元の世界に戻るだけだから」


 せっかく止めたはずの涙をまた流す美歌ちゃんにそう言って諭す。
 でもリィムの説明通りなら私の魂ってやつはもう傷だらけで、こっちの世界でも次に死んだらもう戻れない。
 またあのリィムのいる世界にいって今度こそ私という存在は消えてなくなる。
 まぁだったとしてもそれをいちいちここでみんなに説明する必要はない。そんな無駄な情報を教えて悲しまれるだけの別れなんて私は嫌だ。


「葵さん、僕はまだこの世界に残って後処理をします。この世界の外側にいる人たちのことも気になりますし、出来れば彼方さんを手伝って橋渡しをしたいと思っています」

「うん、景保さんなら出来そうですね」
 

 思えば私が一番最初に出会って一番付き合いが長い人が景保さんだ。
 たった数か月だけど美歌ちゃん並みに成長して本当に頼りになる人になった。
 景保さんならきっとこの世界を良くしてくれるはずだ。


「お前が犠牲になる必要はなかったんだ。体を張るなら年上から。爺さんならそう言うだろう。すまねぇ」

「そんなのどうでもいいことよ。ジロウさんは本物じゃなかったみたいだけど思考は寸分違わないコピーみたいだから本物でもそんなこと言って気にしたんでしょうけどね」


 リィム曰く、ジロウさんは異世界に行くというのを断ったらしい。
 『家族を置いてそんなとこに行ける別ないだろ』って言われたんだとか。
 別の世界に逃げたくなる人が多いのに格好良いよね。それだけ今の生活に満足しているということでもあるんだろう。
 だから交渉して人格のコピーだけ作らせてもらったんだそうな。


「アオイ、本当にいっちまうのか? もう会えないのか?」

「そうだよ。何? 悲しいの?」

「そんなこと! いや……そうだよ。お前は俺の目標だったんだ! 俺がもっと強くなったところを見て欲しかった!」


 ちょっと驚いた。
 うちの男共は素直じゃないのが多いし、特に意地っ張りなアレンがこんな本音を話してくれるなんてめったにない。
 私がこの世界に来て特にお世話になったのがアレン、ミーシャ、オリビアさんだった。
 彼らに出会わなかったら今の私はなかった。そう断言できる。


「アレンは十分今でも強いよ。きっと良い冒険者になれるわ」


 レベルアップの恩恵はあった。
 それでもアレンからしたら私たちの戦いは普通は足が竦むほどのものだったはずだ。
 なのに自分が出来ることをやり遂げていたし、土蜘蛛姫戦ではアレンがいなかったら勝てなかった。
 勇気がある。そんな人が良い冒険者になれないはずがない。


「あ……もう時間がないみたい」


 唐突に体の感覚が抜けてきて最後だと分かった。
 だから無理やりにでも笑顔を作る。


「じゃあみんな――元気でね!」」


 せっかく世界を救って勝利した後なのにお通夜みたいな雰囲気なんだもの。
 せめてみんなに悔いが残らないようにしてあげないと。
 名残惜しくはもちろんある。この後、どうなるのか見れないのだけが残念だけどみんながいるならきっと大丈夫だろう。
  
 ――そうして私の異世界生活は、いや私という存在は幕を閉じた。
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