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5章 くノ一異世界を股にかける!

25 女神の従僕の使徒(リムズアポストル)

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「まずは弱点を探ろう! 大和伝のキャラを使っているなら必ず弱点があるはず。斬打突射、さらには属性もだ!」


 景保さんの指示が飛ぶ。
 それは戦闘の基本だ。より効率と最適解を求めるのは当然な話。
 ゲームでなら攻略サイトを見れば書いてあるけれどこれは一発勝負。自分たちで調べるしかない。
 もちろんそれは皆承知しているから無言で頷き動く。


「―【火遁】爆砕符―」

「―【仏気術】風天の風玉―」

「―【弓術】岩石隆起―」

「―【青龍符】雨霰あめあられ―」

「―【刀術】三爪斬り―」


 様々な属性が飛び交い即座にリムへと向かう。
 美歌ちゃんの矢と彼方さんの剣以外は強化された術ばかりだ。
 普通のボスならこれだけでもかなりの大ダメージ。雑魚なら一瞬で吹き飛ぶ威力があった。


「予想以上の威力アップだが、さすがにこれで終わりって訳じゃないよな?」


 それは半分終わって欲しいという気持ちも籠っていた発言だろう。
 モクモクと噴煙が上がる着弾点を見ながらブリッツが独りごちる。


『無駄なことだ。お前らの死は確定している』


 煙の中から出て来たのは今の苛烈な集中砲火がなんでもないかのように振る舞うリムだ。
 いや、少し違っている。軽装ながら氷の鎧を纏っていた。
 着弾前にあれで防いだのか。でもあれはまさか……。


「霙大夫の氷の鎧だ。あれのせいで大幅にダメージがカットされている!」


 おそらく景保さんの言う通りだろう。
 あれをどう攻略すればいい? 地味にダメージを与えるしかないのだろうか。


「とりあえずやるしかありまセン! ガチンコでいきマスヨー! ―【舞楽術】詩歌管弦 三重奏―」


 ステファニーさんのバフステアップが掛かる。
 今回は攻撃防御アップ、それにバチバチと放電する雷属性が私たちの武器に乗った。
 氷の鎧用に木属性の雷を用意してくれたんだろう。


「よし腹は決まった。前衛組、行くぞお前ら!」

「「おう!」」


 ブリッツの掛け声に私と彼方さんが応えて三人で突っ込む。
 後方支援は景保さん、ステファニーさん、美歌ちゃんだ、
 
 一番槍は最も素早い私。
 3メートルの巨体を前にしても怯えはない。
 ロケットスタートをし横胴で狙う。


「はぁぁぁぁぁ!!!」


 けれど相手もきちんとこっちのスピードに反応した。
 忍刀と爪がかち合い乾いた音がしてそのまま擦り抜ける。
 その隙をリムは追撃しようとするが彼方さんが二番手として追い付いた。


「こっちですよ!」

『ちぃっ!』


 彼方さんの目も覚めるような打突。
 リムは上半身を捻り僅かに顔の頬を薄く斬り裂いたがそれで止まってしまう。
 その回避動作のまま裏拳が彼方さんにヒットした。
 そして交代にブリッツがやってくる。


「休ませねぇぜ!」
 

 ナックルを装備してジャブを連射するブリッツ。
 強化された彼の牽制はそれだけで絶大な火力を生み爪と衝突し快音を奏でる。
 さらに背後から私が遅い掛かった。


「後ろががら空きよ!」


 鎧の隙間を狙ったつもりだったけど、リムも無抵抗じゃなく鎧の表面を削るだけになってしまう。
 

『貴様ら頭に乗るなぁ! ―【八大地獄】不知火しらぬいの尾―』

「きゃあっ!」

『【ステート異常:やけど】レジスト失敗』

 
 瞬間、リムからムチのようにしなる炎の尻尾が生まれ私たちを弾き飛ばす。
 咄嗟に避けようとしたのに間に合わず、強烈な炎の尾は物理的な衝撃と地獄の業火にも匹敵する焦熱を私の左腕に与えてきた。
 触れた箇所がそれだけで真っ黒に炭化し神経が焼き切れ痛みで倒れてしまいたくなる。
 防御アップのバフをしてなおこの威力。


「―【降神術】少彦名命すくなびこなのみこと 薬泉の霧―」

「―【六合符】沈静供出ちんせいきゅうしゅつ―」


 だけどこっちの後衛メンバーの二人がすぐさま私たちを回復させてくれる。
 地獄のような痛みが一瞬で消えすぐに万全になりまた突撃を掛けた。
 三人で必死に代わる代わるリムと抗戦を再開する。
 こっちの攻撃は微妙にしか効かず、されど向こうの反撃は一撃で回復術が無ければ致命傷になり得るものばかり。
 骨身に染みる修羅場はそのまましばらく続いた。
 

「す、―【降神術】少彦名命 薬泉の霧ぃ!―」


 脂汗を滲ませる美歌ちゃんの回復が降り注ぎ、ズタズタに斬られた部分が癒される。
 一体、何分経ったろうか。十分だろうか三十分だろうか、それとも一時間だろうか。
 立ち上がる膝は重い。
 怪我は回復していても疲労はどんどんと蓄積されてきた。
 いくら怪我が何度も治ろうとも死にそうになるぐらいの痛みを何度も浴び心身の消耗は計り知れない。
 さらに美歌ちゃんも辛そうに背を曲げている。
 これも分かる。術を行使するためのSPは精神力だ。それが幾度も減り無理やりアイテムで回復するのを繰り返していれば精神の摩耗は短時間では癒されない。
 ゲームではあり得ないはずのデメリットがここにきて私たちを蝕んでいた。
 それでも膝を折るという選択肢はなく、無様でもみっともなくてもリムに戦いを挑み続けている。

□ ■ □

 そんな中、薙刀を杖代わりによろよろとしている美歌を心配そうに見つめていたテンが小さく息を吐く。


『はぁ、ここまでやな。ワイはただいるだけで何にも出来ん役立たずや。ホンマなら豆坊主やタマ子みたいにすぐ美歌ちゃんの力にならなあかんかったのに。ワイが一番女々しかった』

「テ、テン!?」

『ごめんな。命が惜しい訳じゃない。美歌ちゃんの花嫁姿見るまで死んでも死に切れん思ってただけなんや。やけどそんなん言ってる場合じゃないわ』

「い、いらん! うちはまだ頑張れる! くっ!」


 反抗する美歌だったがすでに足にも負担がきていてバランスを崩し掛ける。
 一人だけパワーアップしていないせいでメンバーの中で負担が最も大きい。
 なのにやられ続ける葵たちのためにずっとバックアップを頑張っていたからだ。
 

『ヘロヘロやんか。それはワイのせいや。美歌ちゃんが【神獣変化】っちゅーのを使えたらそこまで消耗してないはずや』

「ちゃう! うちが弱いからや! テンのせいなんかじゃ絶対ない! それにみんながしてるからって同じことしなあかん理由なんてないやろ!」

『せや。みんなと同じに前にならえする必要はない。でもな、愛する子のためならワイはどんな泥だって被れるんや』

「テン!!」


 テンの意思は固く、もはや美歌の言葉は耳に入っても届いていなかった。
 だからこそ美歌の止めようとする声も大きくなる。


『美歌ちゃん、見た目だけの男に引っかかったらあかんで。顔なんてどうでもええ、芯の通ったワイみたいなええ男探しや。まぁワイほどのはそうそうおらんかもしれんけどな』

「アホ! こんな時に何言ってんのや! あんたはうちのお父さんちゃうやろ! テンは……うちの一番大切な相方や……」

『はは、嬉しいなぁ。ワイは三国一の果報者や!! めっちゃ楽しかったで! って、このままいつまでもしゃべってしまいそうになるわ。だから最後に一言だけな。――元気でな』


 最後の一言だけ感慨深そうに伝え、テンは光の玉となって美歌に同化した。


「テンのアホ!! アホアホアホ!! 言いたいだけ言って行くな!!! ぐす、うっうっ……」

「美歌ちゃん、悲しいだろうけど今は……」


 泣きそうになる美歌を心配して景保が声を掛ける。
 景保とて彼女の気持ちは痛いほど理解していた。なぜなら彼もまたその肉親を失うに等しい喪失感を体験したばかりなのだから。
 本音を漏らし相談し、語り合え、片時も離れない関係。父でもあり兄でもあり親友でもある。それがいなくなるのはどれほどの辛さだろうか。
 けれど戦いは待ってくれない。美歌が悲しんで動きを止めればアウトなのだ。
 誰か一人が欠けた時点ですぐに全滅してしまう。今彼女たちが直面しているのはそういう戦いだった。


「分かってる! ここで止まったらテンに笑われてしまうわ!! もう大丈夫や!」


 美歌は無理やり服の袖で涙を拭いて真っ赤に晴らした目でリムを睨みつける。
 今の彼女の台詞は景保へ、というよりかは自分へだろう。感情に呑まれず自分がすべきことをしっかりと理解していた。
   

「絶対勝つ! せやろ!」

「あぁ、そうだ! みんなの願いを無為にしないためにもうひと踏ん張りだ! ……ただこのままじゃあジリ貧だ。せめて合体術を当てることが出来れば……」


 美歌に応える景保。けれど現実的に不利なことは否めず本音を漏らす。
 霙大夫戦で使ったあの合体術。威力は抜群である。
 あれさえ当てられればこの苦戦をひっくり返すことだって出来るかもしれなかった。
 ただしあれはスピードが非常に遅くリム相手なら簡単に避けられてしまうし、強力がゆえに発動後の術硬直も長い。
 そこを反撃されれば無防備となってしまう。
 また足止め系の術を駆使しても、それを終えてから発動しては絶対に間に合わないだろう。


『ならば拙の出番ではないか?』


 そこに現れたのは玄武だった。


「玄武? もう終わったの?」

『あぁ、あっちの妖怪共は片付いた。主、敵首魁の足止めの役、この玄武にお任せ下さい』


 妖怪たちを掃討して駆け付けたらしい。
 けれどいくら強くなったところでしょせんは【陰陽師】の生み出した召喚獣。
 パワーアップしたプレイヤー6人が必死になってギリギリ抑え込めてるぐらいなのに一人で敵うはずがない。
 だからこそ景保は不安を隠しきれないでいた。


「気持ちは分かるが無理だ。あれはそういう生易しい相手じゃない」

「だったら私もお供します」

「彼方さん?」

 
 リムに吹き飛ばされちょうど景保たちの近くにいた彼方が話に乗っかってくる。
 

「あの合体術がアップデートで来る予定のものだったのならおそらく1パーティ、つまり5人で作り出せるものなはずです。6人目の私は不要。ならば足止めに徹するのが良策というものでしょう?」


 彼方はボロボロの鎧をメニューで新しいのに変える操作をしながら自分の考えを口ずさむ。
 呼吸は細かく荒い。彼方もここで一発賭けないといけないのは実感しているようだった。
 

「それは……」


 理屈の上では筋が通っている。
 ただしそれはたった二人で化け物であるリムを止めないといけないという相当な難題に挑戦しなければならないという話だ。
 だからこそ景保はすぐにうんとは首を縦に振れないでいる。


『主、拙を信じてもらえないのですか?』

「そういう訳じゃ……ずるい言い方だね。そんなふうに言われたらそう答えるしかないじゃないか」

『拙も学びます。ですがご安心を。学んでいるのは口だけではないことをお見せ致します』

「本当にいけるのかい?」

『この命に代えて、反撃の糸口を作り出してみせましょう』

「……分かった。頼んだ!」

『はっ! お任せあれ!』


 景保がこの世界にやってきて数か月、最も極限での戦闘で召喚したのが玄武だった。
 性格も戦闘も頼りになる一番信用出来るパートナーだった。
 それゆえに土蜘蛛姫に殺されしばらく呼び出せなくなり記憶を失ったとしった時は彼の中でかなりの悔いを得た。
 ひょっとしたらまた、と嫌な予感が過ぎる中、それでも景保は玄武を信じて送り出す。


『拙は大和を守る十二柱が一人玄武なり! 武に自信があるのなら拙が相手を仕ろう!』

『ぬぅ?』


 よく通る大声を出しながら玄武は挑発スキルを使いリムの注意を惹き付ける。
 戦いの最中だというのに抗い切れないリムは玄武を振り返った。


「ブリッツさん! 葵さん! 一旦こっちへ!」


 その隙に景保が前衛で戦っている二人を呼び戻し、何事かと退く二人の代わりに玄武と彼方がスイッチする。
 

『死んでいった者たちへの弔い合戦だ! 行くぞ!』


 突撃する玄武の姿がいつかのように黒く変色していく。
 この変貌の条件は『自分以外のパーティーの全滅』であったが、タマの力を得た今なら条件が緩和され、玄武が味方だと認識した教会騎士団ジルボワの壊滅がトリガーとなったのだった。
 多くの死が彼女にもう一つの姿である死を司る『玄冥』を与えた。

 玄武は槍を携え突貫し、リムはそれを煩わしそうに爪で迎撃する。


『愚かな。今更、使い魔風情が……なに!?』


 が、プレイヤーなら崩されたはずのリムの薙ぐような攻撃を玄武は槍の穂先をくるりと回して力を逃して耐えきった。
 これに最も仰天したのはリムである。  
 ステータス的には葵たちよりも下の玄武が微動だにしない。計算上ではあり得ない話だったからだ。


『驚くことはない。これが技というものだ。圧倒的な力を前にして人が打ち勝とうと研鑽してきたのが武術。その身で味わうがいい』


 玄武は足で自分の左手で持っている盾を離し蹴り上げリムの肘めがけて叩きつける。
 そのおかげでリムの右手は僅かに硬直し拮抗が崩れた。
 するりと巨体の下から肉薄し一瞬の間に短く持った槍で斬り裂く。


『くっ、壁役が盾を放棄するだと?』

『乾坤一擲、時間を稼ぐのではなく拙の役目は別にあるのでな!』


 玄武の奇策はダメージは与えられた。
 しかしながら傑出した強者を相手に槍一本でその身を守らなければならない。


「そのために私がいます! ―【刀術】三爪斬り!―」
 

 玄武に恐ろしい爪が迫る直前、彼方が横から刀術を発動しその反撃を中断させる。
 

『ええい鬱陶しい! ―【八大地獄】風槌かぜつち!―』

「ぐはっ!」


 大きな木槌のような風圧が彼方に直撃した。
 堅牢な城塞すらも粉砕しそうな打撃系の風術。その圧巻までの衝撃に脳を揺らしながら彼方は激突し数十メートルを転がる。


『羽虫共が、いい加減に……何の真似だ?』


 彼方を吹っ飛ばしたリムは自分の背後に玄武がピタリとくっついていたのに気付いて疑問符を上げた。
 玄武は今の攻防の隙にリムの背中に回って槍を首の前に通し、羽交い絞めすることに成功していたのだ。


『彼方共、助かった。これで拙の役目が果たせる。各々方、今だ!!』


 声を張り上げる玄武の視線の先には合体術を準備する葵たちがいた。

□ ■ □

「玄武!?」


 景保さんが玄武の合図を聞いて愕然とした。
 あらましは今説明されたところだ。玄武と彼方さんたちがリムの動きを止めるからそこに合体術を撃ち込めって。
 でもあれじゃあ……。


「玄武ごと……デスネ……」


 玄武の壮絶な覚悟にステファニーさんの声も潜まる。
 召喚獣である玄武たちが死んでも一か月ほどで生き返るのは実証済みだ。
 ただし記憶を失うし、死の痛みが消える訳じゃない。
 口に出すのは簡単だ。けれど自分の記憶が無くなってしまう恐怖、致死に至る激烈な痛み。それらはそう簡単に耐えられるものじゃないんだ。
 ただ玄武が足止めするからにはあれしか方法が無かったのも分かる。問題は景保さんだ。


「どうする景保? ズルいかもしれないが俺はお前に任せる」


 ブリッツが小刻みに震える景保さんの顔色を窺う。
 合体術の余波はすさまじく、リムだけにダメージを与えるなんて器用なことは出来ない。間違いなく玄武にも当たるし死んでしまうだろう。
 しかし今が最大のチャンスでもあるし、玄武の拘束もそう長くはもたないはずだ。やらなければ彼女の決死の気持ちも無駄にしてしまう。
 これ以上、仲間を失ってまで得る価値があるのかどうか、その判断をブリッツは景保さんに委ねている。
 なぜなら玄武の主は景保さんなのだから。
 

「僕は……」


 究極の決断を迫られる。
 服をぎゅっと握り苦しそうに顔を伏せどうしたって数秒で決められそうにない。


『主! 悩む必要はない! 拙を信じろ!』

「玄武……」


 必死に槍とリムにしがみついている玄武が吠えた。
 彼女は信じろと言う。合体術の直撃に巻き込まれても助かる策があるのだろうか?
 ただそれで景保さんに変化があった。


「……やります。僕は彼女たちの召喚主です。信じろと言われたら信じる。裏切られても信じる。それが彼女たちにしてあげられる唯一の報いです」


 かける言葉は浮かばなかったけれど、景保さんの目に光が戻る。
 それを見て私たちは代わりに無言で頷いた。


「僕からいきます! 玄武の思いを無駄にはしない! ―【玄武符】岩氷柱いわつらら―」

「土の中から金属は生まれる! 土生金どしょうきん―【仏気術】金剛拳―」

「金属から水が発生しマース! 金生水ごんしょうすい―【舞楽術】白波―」

「水で木が育つ! 水生木すいしょうもく―【雷遁】魔雷蛇―」

「木のおかげで火が燃える! 木生火もくしょうか―【降神術】火之迦具土神ひのかぐつちのかみ―」


 岩の氷柱のようなものを景保さんが撃ち、
 手を金で覆ったブリッツから衝撃波が放たれ、
 ステファニーさんのステップで大波が発生し、
 私の召喚した雷を纏った巨大蛇が食らいつき、
 最後に美歌ちゃんが呼び出したフェニックスのような火の鳥にそれらがミックスされる。

 結果生まれたのが、尻尾に蛇が付いて放電しながら炎の津波と炎の氷柱と共に飛び、かぎ爪が金の大きな火の鳥。
 またもや無茶苦茶な合体術だ。  
 だけどそれを発動させ後ろにいたはずの私たちすらすさまじい熱気で圧されるほどの火の化身がリムに飛び掛かった。

 スピードはやはり遅い。
 何もなければ簡単に避けられてしまうだろう。
 でもそうならないよう玄武がしがみついてまで抑えてくれていた。
 舐めるように地面を焦がし飛翔する火の鳥はくちばしを開けリムに食らいつこうとする。
 
 ――やった!

 と思ったつかの間、リムは不敵に笑った。
 ぞくりと嫌な予感がして頭が警告を発する。
 リムは当たる直前、手をかざした。


『愚かな人間共! 自分たちの生み出した脅威に震えろ! ―【八大地獄】因果応報―』


 それはブラックホールのような穴だった。
 突然リムの前に中が真っ暗で見えない大きな穴が現れ火の鳥がそこに入って消える。
 

「なっ!?」


 かき消された、と思ったのはまだ甘かった。
 消えたはずの火の鳥は今度はその穴からUターンしたかのごとく今度は私たちに向かって羽ばたいてきたのだ。
 術の名前の意味から察するにおそらく『反射術』だ。
 私の知っている大和伝のキャラにそんな術を持ったのはいない。きっと閻魔に備わった新術だろう。


「か、回避!!」


 慌てた景保さんの声が響く。
 しかし穴を通ってこっちに来る火の鳥は私たちが放ったものより速度が上がっていた。
 それでも予め来ると知っていれば避けれただろう。けれどまさか反射されるとは予想外で全員の動作がワンテンポ遅れてしまう。
 

「届け! ―【刀術奥義】武士の本懐―」


 それを一瞬で判断した彼方さんが【侍】の奥義を使う。
 それは私の木遁のテレポートに似ているが、好きにワープ出来る場所を選べるのに対して【侍】のその奥義は仲間を『かばう』ための術だった。
 従って、彼方さんは私たちの前方に出現する。
 それは居合の構えだった。


「―【刀術】次元斬り―」


 鞘走る刀から放たれたのは彼方さんの全てを斬り裂く刀術。
 それが炎の鳥とかち合った瞬間、大爆発が起きる。
 耳がつんざくような轟音と地面に立っていられず吹っ飛ばされるほどの衝撃波が辺り一帯を蹂躙した。
 地面を何度も転がりほんの刹那の間、意識が無くなり顔を上げると巨大なクレーターが私たちがさっきまでいた場所の前に出来上がっていた。
 今も土しかないというのに火が燃えまるで焼夷弾でも投下された爆心地のような荒れ様。
 直撃は彼方さんのおかげで避けられた。でも少なくないダメージも受けていて肌がしびれるように熱かった。
 喉も熱気で灼け、地面に体を接しながらゴホっとせき込む。


「み、みんなは……」


 辺りを見回すとみんな私と同じような状態だった。
 気絶しているまではいかないが今すぐ立てる人はいない。


『あ、主!?』

『いつまでそうしているいるつもりだ?』

『ぐあああっ!?』


 この惨状を見て隙が生じた玄武をリムは無理やり引きはがし毒の爪で斬り裂いた。
 深々と刻まれた傷口から光が零れていき玄武のHPが急速に減少していく。


「げ、玄武!? 間に合え! 【玄武符】退陣」


 ギリギリだった。ギリギリで景保さんの玄武召喚の解除が間に合いHPがゼロになる直前で還った。
 けれどクールタイムがありしばらくは玄武を呼び出せない。
 そのデメリットを押しても景保さんは彼女の二度目の死を回避することを選んだ。
 

「す……―【降神術】少彦名命 薬泉の――あああっ!」 

「おっとそりゃあやめてもらおうか?」


 美歌ちゃんが倒れながらも全体回復の術を使おうとすると、彼女の背中を踏んで中断させたやつがいた。
 そいつは少しだけ見知ったやつ――ガルトだった。
 この戦闘が始まってからどこにいたのかも知らない。どっかで死んでいたのかとすら思っていた。
 そいつが愉快そうに美歌ちゃんを足蹴にしている。
 

「ガルト……?」


 私たちの中で最もガルトの登場に衝撃を受けているのは彼と一番付き合いが長かった彼方さんだ。


「おうおう、カナタの兄ちゃんいいざまだなぁ! 今日は気に入ってた体が潰されかけて最悪の日だって思ってたのにめちゃくちゃツイてる日だったぜ!」

「なにを……?」


 この普通の人は入れないバトルに乱入してきたどころか邪魔をする行動に、彼方さんは混乱し過ぎて上手く言葉にならないでいる。
 それとは対照的にガルトはますます機嫌が良くなり今にも笑い出しそうだった。


「何を? 何をしているかって? 見りゃ分かるだろ! お前たちの邪魔だよ! このままリム様を倒されたら困るもんでね!」

「リム、様?」

「そうだよそうだよ! 俺とリム様は最初っから繋がってたんだよ! 要は女神の従僕の使徒リムズアポストルって訳だ! はっはぁ! ようやくこの日が来たぜ!」

「そ……んな……」


 まさかの告白に彼方さんは絶句する。


『ガルト、動くのが遅いのではないか?』

「申し訳ねぇです。たださすがにこの戦闘に介入するのは無理がありましたんで勘弁してもらえませんか」

『……まぁいい。約束通り好きにしろ。もはやそいつらはリィム様ではありえない』


 美歌ちゃんの身動きが封じられ即座に立て直せる手段が断たれた。
 もちろん景保さんやステファニーさんがいるが、彼らの回復術は時間が掛かるものだ。
 アイテムでの回復も出来るけどその隙をリムが逃すとも思えない。
 それに私たちが回復出来たとしても美歌ちゃんはガルトによって間違いなくやられるだろう。
 動くに動けず、ガルトの動向を観察するしかない一触即発の雰囲気だった。


「どう……するつもりだ?」

「よくぞ聞いてくれました! 俺はよぉ。お前の体をずーっと狙ってたんだ。おっと変な意味じゃねぇぜ? 俺の【天恵】でお前の体を乗っ取りたかったんだよ! うひひっ!」

「馬鹿な……」

「俺はこの数百年間、強ぇやつと体を入れ替えてきたがお前ほどの逸材はねぇ! それを使えれば一人で国だって落とせる! 何でもし放題だ! だからリム様と手を組んだんだよ。色々と予定は狂っちまったが今がそのチャンスって訳さ! これからは数百年でも数千年でも俺が支配して飼ってやるぜ」


 おぞましい計画の告白だ。
 まさかこっちの中にリムの手先がいたなんて。
 しかも理由が下衆な欲望そのもの。こんなやつに世界が掌握されるなんて考えたくもない。
 でも彼方さんの体を乗っ取られたらそれはイレギュラーなく現実のものになってしまう。


「そんなことは……」

「させねぇってか? 立ち上がるのもやっとなのに何言ってんだか。そうそう、俺の能力【寄生パラサイト】のやり方を教えてやろう。この本体の剣で対象を突き刺す、それだけだ。簡単だろ?」


 ガルトは腰の剣をあえて嬲るように見せびらかし、よろよろと立ち上がる彼方さんを煽る。
 完全にこいつのことを忘れていた。
 いやというよりか敵とすら認識していなかった。それが敗因か。もしこいつがいなかったらまだ美歌ちゃんの回復術で戦いは続行出来たはずなのに。


「さぁ彼方、来いよ。じゃないとこの剣がこの小娘の首筋に突き刺さるぜ?」

「……分かった」


 切っ先が美歌ちゃんの数センチ手前に下ろされ彼方さんはゆっくりと進み出す。
 それは自分から殺されにいくという絶望的な歩みだ。


「そ、そんなんせんでいい……! うちは死んでも元の世界に戻されるだけや。でも乗っ取られたらもっと悲惨なことに……ぐぅ!」

「うるせぇよ! お前は交渉材料でしかねぇんだよ! 黙っとけ!」

「やめろ! 子供に手出しするな!」


 美歌ちゃんが地面にうつぶせにされながら背中に体重を掛けられ呻き、彼方さんはやがてガルトの前にまで辿り着いてしまう。
 なんてゲスなやつなんだ。何か。何かないの? 世界の命運を決める戦いをこんな三下にいいようにされていいはずがない!
 景保さんたちに視線を振ってみてもみんな私と同じようにすぐに動けず、ガルトに恨みがましい視線を向けるのが精一杯だった。


「いい気味だぜ。どうせ俺のことなんて他人に取り付く卑しいやつとでも思ってたんだろ? はっはぁ! その対象が自分になる気分はどうだ? えぇ?」

「条件がある。みなさんには手を出すな」


 それは口約束の空手形だ。
 けれど彼方さんが出来る精一杯の抵抗でもあった。
 

「お前が注文を付けられる立場か? まぁいいさ。どうせ他の連中はリム様が片付けて下さる」

「……分かった」


 苦渋の選択に彼方さんは力を抜く。


「じゃああばよ、いけ好かない異世界人!」


 ガルトの剣が彼方さんの壊れた鎧の隙間を狙って押し出される。
 そして剣が肉を貫通する嫌な音が二人のやり取りを注視して静まりかえる私たちの耳に届いた。
 それと同時にガルトだったものは筋肉質だった体が急速にしわしわになり、髪の毛は抜け落ち骨と皮だけのミイラになっていき、そして自重すらも支えきれずポキリと背中から二つに折れて砂となって消え去っていった。
 おそらく死体を無理やり生かしていた反動だ。

 反対に彼方さんの肉体はすかさず動いた。
 手首を捻り持っていた長刀を自分の喉へと滑り込ませようとして――止まった。
 喉元数ミリの距離だ。あとわずかでも入っていたら重症、あるいは首が切れていたはず。
 訳の分からない行動に誰もが息を呑んで注視した。


「危ねぇ危ねぇ、まさかそうくるとはな。乗っ取りにあとちょっとでも遅れていたら共倒れするところだったぜ。だが惜しかったなぁ彼方! 俺の勝ちだ」


 ゆらりと傾き顔を上げ、突き刺さった剣を抜き、長刀を地面に刺す。
 何となく今の行動の意味が分かってしまった。
 おそらく彼方さんは意識が乗っ取られる前にんだ。
 そうすれば道連れに出来た。
 そんなこと思っていてもそう出来る判断じゃない。だというのに失敗に終わってしまった。 
 

「きひひひ! 良いぞ! 良いぞ! 今まで味わったことのない力を感じるぜ!」


 最悪の展開だった。
 ひょっとしたら彼方さんの精神が勝つんじゃないかとかそういう都合の良い奇跡を期待したりもした。
 けれどそんな夢物語は起こらずここにきて仲間を一人失い、敵が増えた。
 逆転の目が全く思い付かない。
 これが限界なの? そんなの嫌だ。豆太郎やタマちゃんたちが託してくれたのにこんなところで終わりなんて絶対に嫌だ。
 

「さぁ処刑の時間だぁ! お前らは

 
 彼方さんだったものは今までしたこともない邪悪そうな笑顔で愛用の長刀を取る。
 やっぱり嘘だった。さっき彼方さんと約束した手を出さないというのは簡単に反故にされた。
 こんな悪党に期待なんてしてはいけなかったんだ。


「まずはこのガキからいこうか。安心しな、お友達もすぐに送ってやるからよ!」


 ガルトは鞘から刀を抜きまだうつ伏せで倒れている美歌ちゃんの無防備な背中に目掛けてその切っ先を振り下ろした。
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転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
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ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

ゴミアイテムを変換して無限レベルアップ!

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 辺境の村出身のレイジは文字通り、ゴミ製造スキルしか持っておらず馬鹿にされていた。少しでも強くなろうと帝国兵に志願。お前のような無能は雑兵なら雇ってやると言われ、レイジは日々努力した。  そんな努力もついに報われる日が。  ゴミ製造スキルが【経験値製造スキル】となっていたのだ。  日々、優秀な帝国兵が倒したモンスターのドロップアイテムを廃棄所に捨てていく。それを拾って【経験値クリスタル】へ変換して経験値を獲得。レベルアップ出来る事を知ったレイジは、この漁夫の利を使い、一気にレベルアップしていく。  仲間に加えた聖女とメイドと共にレベルを上げていくと、経験値テーブルすら操れるようになっていた。その力を使い、やがてレイジは帝国最強の皇剣となり、王の座につく――。 ※HOTランキング1位ありがとうございます! ※ファンタジー7位ありがとうございます!

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

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修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

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王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

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