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5章 くノ一異世界を股にかける!

6 接敵

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 目指す霊廟とやらは馬車で三日ほどのところにあるらしい。
 距離としてはそんなに遠くないけどすぐに行けるって感じではなかった。
 馬車は二台用意してある。仮に襲われたとしても二つあれば少しでも時間が稼げやすいという理由だ。それに寝る時、男子と女子に別れやすいしね。
 本当ならチャード家の馬車と合わせて十台以上はいたはずなんだけどそこは仕方ない。あっちも今てんやわんやだろうし、元々最初から期待していなかった。
 一応、美歌ちゃんを治療に向かわせるかっていう案を出したんだけど、クレアさんがどこにあのお爺さんたちがいるのか見つけるのに時間が掛かるしお抱えの治療師もいるしそれよりも先を急ぎたいとそれを断った。

 御者はアレンとクレアさんがメイン。
 時折ミーシャとオリビアさんが交代したりもしている。
 馬車の中では花札の他に私が作ったリバーシがまぁまぁ活躍した。始めは適当に紙を切ったものを使ってたんだけど揺れる車内なので微妙にズレてくるので革を使ってみると天然の滑り止めになるし、表裏で色も違うからとても扱いやすかった。
 まぁ丸く切るのがめちゃくちゃ難しいのでけっこう不揃いな丸が多いんだけどね。

 で、思った以上に何事も無く一日が終わって今が二日目の昼前になる。
 

「はい、青短もーらい!」

「くっ、美歌、こいこいするんだ。絶対にやめるんじゃないぞ! 女は度胸だ! 一発逆転を狙え! 儂はお前がやれる子だと信じているぞ!」

「えー? どーしよっかなー。ジロウさんさっき月見酒で上がってたしこれ以上上がられると困るしなー。よっしゃ、降りるわ!」

「あー、お前それずるいぞ! せっかく三光狙えたのに!」


 車内はやけに盛り上がっていた。
 意外とジロウさん勝負ごとになるとキャラがちょっと変わるみたいで、見た目も相まって美歌ちゃんといい感じに姉弟みたいに見えないこともない。


『さすが美歌ちゃんや! 狙うは一位やで!』

『うーん、はしゃぐジロウさんもいいわぁ! 普段とのギャップ萌えって最高よね!』


 応援に回っているお供たちも一緒になって楽しんでいた。
 ちなみに豆太郎は私の膝の上でお昼寝中だ。


「気を抜くなよ。モンスターと違って山賊とか人間は明け方みたいな気が抜けた時に奇襲を掛けてくるのが多いんだよ。それに街からはある程度離れて人目も無くなってきてる」


 と、手綱を握りながらまともなことを言うのはアレンだ。
 ちなみにこんな時でも夕方に軽く小一時間ぐらいの手合わせはしている。今はそれにツォンまで加わってけっこう面倒くさい。あいつ無駄に耐久力があるせいで倒しにくいのよね。
 しかも二人掛かりで相手するとこっちもちょっぴりだけ本気を出したくなる場面もあった。
 おかげで大怪我をさせないための手加減の制御はかなり上手くなってきているけど、ツォンからの憎々しい熱視線が痛い。あいつ相当な負けず嫌いのようでフラストレーションがたった一日でけっこう貯まってきていた。いや向こうからするとこれで負けたのは二回目になるのか。ボコボコにしたの根に持ってそう。


「やっぱり仕掛けてくるかな?」

「そりゃ来るだろうさ。何にもしない馬鹿はいない。俺があっちの立場なら絶対に妨害する。それが例えルールに反してでもな。言い逃れのしようはいくらでもあるだろうし、リグレットとかいうのが王様になっちまえば強引に何でも余裕だろ」

「勝てば官軍ってことね」

「そんな感じだな」


 アレンの言うことは一理ある。
 この三日間があいつらにとっても天王山ってやつだ。会場にはいなかったけど彼方さんは必ずリグレット王子の護衛に就いているだろうしどこかで戦闘は免れないだろう。
 ぶっちゃけあの人をこのメンバーだけでなんとかするのは確率がゼロではないにしても分が悪いのは確かだ。それに景保さんからメッセージがあったブリッツのことも気に掛かっている。本当にあっち側に付くのかどうか、それ次第で話はだいぶ変わってくる。
 結局のところ考えてどうにかなるものではないし、なるようにしかならないんだけど。


「げっ!!」


 話しているといきなりアレンが素っ頓狂な声を上げる。


「なに?」

「ちっ、やっぱりお出ましのようだぜ!」

「え?」


 がばっと馬車の中から身を乗り出し外を窺うと、かなり遠くに数十人の人影があった。
 よく目を凝らすと全員が武装していて剣呑な様子。というかこっちを明らかに見ている。
 

「一旦馬車を止める!」


 手綱を握るアレンの操作により急停止ではなくゆっくりとスピードを落とし馬車は止まった。
 後ろを見るとクレアさんが運転している馬車もこちらの意図を汲み取ってストップした。


「みんな、外に出るよ!」

「ようやくか。腕が鳴るな」

「たまには体動かさんと健康に悪いしなぁ」


 頼りになる私の仲間たちと一緒に馬車を降りる。
 地面に足を付けて場面を確認すると、ここは荒れ地の平野だった。
 少し雑草が生えているけどたいてい剥き出しの土ばかりで起伏も少ない。大勢で戦うのなら適した場所か、

 相手方は百メートルから二百メートルぐらいの位置にいて陣取っていた。
 その装備は見覚えがある。カッシーラで見た教会騎士団ジルボワのものだ。
 ただそれらの装いとは異色で全く違うのが三人いるのを私の視力は捉えた。

 一人は四十ぐらいの男。二メートルはありそうな大男でツォンのように大剣を持っている。
 もう一人は仮面を付けた女。顔を隠しているから詳細な年齢までは分からないものの、おそらく二十代程度だろうか。細見で白い仮面をなぜか被っている。

 そしてそして! そこにいた三人目は――ブリッツだった!!
 景保さんから聞いてはいたものの何かの勘違いだろうと信じたくはなかった。
 だけど立ち位置的にどう見たってあれはあいつらの仲間だということを示唆している。


「あ、あれホンマのことやったんか……」

「……」


 横を窺うと美歌ちゃんは分かりやすく、ジロウさんは押し黙って二人とも対照的に、それでいて同じように驚いていた。


「へっ、やっぱりお前らといると退屈しなさそうだな。なかなか強そうなやつらばっかじゃねぇか!」


 事情を知らず一人張り切っているのはクレアさんの馬車から出てきたツォンだけだ。
 肩を回して凝りを解しやる気だけはこの中で一番らしい。
 

「おいアオイ、遠いからハッキリしないんだがあれってまさか……」

「分かってる! あいつの……ブリッツの相手は私たちがするわ!」


 アレンに言われる前に答える。
 少し必要以上の声を出してしまった。美歌ちゃんたちだけじゃない。実際に自分の目で確認してしまって私だってちょっと動揺しているようだ。


「アオイ殿、私はサミュ殿下のお傍にいたいのだがいいだろうか?」

「ええ、私たちが行きます。クレアさんはサミュ王子の護衛をお願いします。念のため豆太郎たちを残しますから」

「分かった! 武運を祈る」


 クレアさんはこの緊迫した事態に顔を固くしながら頷いてサミュ王子の元へと駆けて行く。


「おい待てよ。俺も行くぜ。あんなクソ強そうなやつら前にしてお預けなんてやってられるかよ」

「あんたは……まぁいっか。好きにして」


 ツォンが口を挟んできた。
 さすがにブリッツと戦わせるのは荷が勝ち過ぎるけど他の騎士団ぐらいならたぶん大丈夫かな。なぜか彼方さんはいないし。


「俺もやるぜ。教会騎士団ジルボワの相手ぐらいはしてやる。だけどオリビアとミーシャは残ってくれ」

「アレン!?」

「ここじゃ前みたいに木の上に逃げたり茂みに隠れたりはできないだろ? マメタロウたちが強いのは知ってるが機転が利くかどうかは分からねぇ。お前らがサポートしてやってくれ」

「……そういうことなら、分かったわ。負けたら許さないわよ」

「おう!」


 アレンとミーシャたちがやり取りする。
 いや勝手に決められても困るんだけど……。まぁアレンもそれなりに動けるしたぶんツォンとそんなに変わらない実力は付けてきてるしいけるのかな?


『あーちゃん、がんばってね!』

『あんなやつらに美歌ちゃんが負けるわけないしワイは毛づくろいでもして待ってるわ』

『ジロウさんの格好良いところ見せてもらうわね!』


 お供たちからも応援をもらい手を振って応える。


「じゃあ行くわよ。私たちの前に立ち塞がったのを後悔させてやるわ!」


 馬車に残るのはサミュ王子、クレアさん、ミーシャ、オリビアさん、そして豆太郎たちお供。
 戦いに赴くのは私と美歌ちゃんとジロウさんと、アレンとツォン。

 ゆっくりと歩いて向かう。
 ブリッツの顔が近付いて来るごとに胸がドキドキとしてきた。
 あいつは今、どういう状態なんだろう? 景保さんの言う通り洗脳されているんだろうか? もし自分の意志で向こうに付いたのなら?
 そう考えると怖くて本当は話したくもなかった。
 でもそういうわけにもいかなくて、正直、空元気を出しつつ本当のテンションは低い。
 
 やがて声が届く距離にまできて止まった。
 十メートルぐらいかな。普通はこんな距離で会話はしないだろうけど警戒心があってここが限界だった。
 まぁ私たちにとっちゃあ瞬きする間に肉薄できる距離だけどね。


「うわー、本当に子供ばっかりなんだねぇ、おじさん困っちゃうよ」


 やって来た私たちに向かって集団の中で最も背の高い男が気の抜けたような台詞を零してポリポリと頬を掻く。
 下手をすると美歌ちゃんの倍ぐらいあるんじゃないかというほどの体躯だ。
 見た目としては一番強そうでツォンは舌なめづりをしていた。

 私たちはどうしたってブリッツをチラチラと見てしまう。
 けれど彼は表情を硬くして特に反応はない。
 駄目だ、今はブリッツにばかり構わず他に集中するべきだ。


「一応、確認するけどあんたたちリグレット派ってやつでいいのよね?」

「そうだよ、ここで君らを叩きのめすように言われてきた。あぁおじさんの名前はガルトっていうんだ。片隅にでも憶えておいてよ」

「はっ! 教会なんて綺麗ごとばっかでクソいけ好かねぇと思ってたがこんな明け透けなやつらがいたなんていいねぇ、見直してやるぜ」


 闘志を滾らせ挑発するのはツォンだ。
 私がしゃべってんだから余計なちゃちゃ入れるの止めて欲しいわ。


「あんたたち彼方さんの仲間よね? この人数で――いえ、この面子でなんとかなると思ってんの?」

「思ってるさ。じゃないとわざわざこんなところまで来たりはしない。だけどまぁ今回はテストみたいなもんだけどね」

「テスト?」


 言わんとしている意味がよく分からない。
 もうちょっと分かりやすくしゃべってくれないかしら。敵にそんな義理ないだろうけどさ。


「まぁそれはすぐに分かるよ。それより君たちは彼のことが気になるようだね?」


 ガルトが示唆するのは横にいるブリッツのことだった。
 会話を振られたおかげで私も話し掛けることができる。


「景保さんから聞いてるわ。あんたが彼方さん側に付いたかもしれないって。本当なの?」

「……本当だ。俺は今、教会に所属していることになっている」

「っ!」


 それは絶対に本人の口から聞きたくない言葉だった。
 罪悪感は感じているのだろう。テンションは低いがそれでも私たちを前にしても決心は揺らいでないように見える。
 それが余計に不可解だった。


「なんで? あんたそんな人じゃないでしょ?」

「お前と会って話したのは数日だ。たったそれだけで分かったふうになるなよ」

「そりゃそうかもしんないけどさ!」


 返ってきたのは私の考えの方が間違っているという否定の意志だ。
 もっと狼狽えてくれるかと思ってたのにあまりにハッキリとしていて言葉が続かない。
 私の代わりに口を開いたのは隣にいたジロウさん。


「じゃあ数か月いた儂からも言ってやろうか? お前らしくないぞ」

「俺らしく? じゃあ言うが、俺からしたら爺さんの方がらしくない。俺の知ってる爺さんは獣人たちを守るために平気で他を裏切る人間だろ? 形勢が変わったらまたこっちにコウモリみたいに飛んで来るんじゃないのか?」

「ブリッツお前……!!」


 ジロウさんから短く怒気が漏れる。
 さすがに今のは癇に障ったようだ。それでも大きく言い返さないのはジロウさんがそのことをまだ悔やんでいるからだろうか。


「なんでや! これやったら悪者わるもんやった時のまんまやん! 見直してたのに台無しや!」


 今度は美歌ちゃんの嘆きだ。
 その気持ちは分かる。こんなブリッツを見たくなかった。
 だけどやっぱりブリッツに変化はない。


「勝手に勘違いしてたのはそっちだろ。だが大人しくしてれば手を出さない」

「大人しく? 一体いつまで?」

「そりゃあリグレットとかいうガキが目的地に着くまでだな。もう分かってると思うが俺たちは足止めだ。彼方はあっちに付いている」

「この面子で私たち三人を止められると思ってんの?」

「さぁな。無理だと思うならせいせい抗ったらいいさ。お前、そういうの好きだろ?」


 向こうは人数こそ多いけど、ブリッツ以外は騎士とは言えただの人間だ。
 こっちはプレイヤーが三人。どう考えたって数分の足止めが限界でしょ。そんなことブリッツだって分ってるはずだけど……。


「もううちは我慢できん! 葵姉ちゃんやるで! ―【降神術】大己貴命おおなむじのみこと 快気の霧―」


 私たちの会話を断ち切って口火を切ったのは美歌ちゃんだった。
 いきなり術を使った。ただしこれは攻撃ではない。


「何を!?」


 突然、ブリッツの周囲に薄い霧が纏わりつき、この術を知らないガルトというおっさんは目を白黒してその光景を凝視している。
 すぐに霧は晴れるがブリッツに特に変化は見当たらない。
 くそ、失敗か?


「……そうか。お前らは俺が洗脳でもされていると思ってたんだな? お生憎様だったな。今ここに立っているのは


 そう、今美歌ちゃんが使用した術は攻撃ではなく『状態異常回復』の術だ。
 景保さんにブリッツの裏切りを警告されて私たちが最初に考え付いたのが天恵による『洗脳』だった。あり得なくはない。ただ仮にそんな特殊能力でもきっと美歌ちゃんの術であれば元に戻せるんじゃないかと予め相談し合っていたんだ。
 けど結果は特に変化なし。つまり――


「ホンマに裏切ったん!?」

「だから最初からそう言ってる。まぁ変な爺さんの天恵は食らったがあれは洗脳とかそういうものじゃない。むしろそうだったらどれだけ気が楽だったか。さて今のはそっちの先制攻撃と取らせてもらうぜ」

「そんなアホな!」


 ブリッツが手甲を装備しやや腰を落とし戦闘態勢に入る。
 ショックを受ける美歌ちゃんは固まりすぐには動けない。そんな彼女をジロウさんが背中で守るようすかさず前に出た。
 

「嬢ちゃんたちは雑魚の相手をしていろ。ブリッツとは儂がやる。いいな!」


 ジロウさんも短槍を持ち二人は対峙する。


「へぇ、俺の相手は爺さんか。面白いかもな」

「ここじゃあ思いっきりやれん。あっちでやるぞ!」

「いいだろう。いつかの借りでも返してやるぜ!」


 ジロウさんとブリッツは即座に平原を移動し消える。
 たぶん数キロぐらいは移動するだろう。そうでもしないと本気で術を使って戦うなら味方にも被害が出かねないし。


「じゃあ今度はおじさんたちの番だねぇ。そこの女の子たちにはちょっと試したいことがあるんで、男の子たちはおじさんが遊んであげよう」

「はっ! 上等だ。手前ぇがこの中で一番強そうだし、いいだろう乗ってやるぜ」

「二対一とか趣味じゃねぇんだが、さっさと倒すか」


 すでに剣を抜いて激突の瞬間に備えていたアレンとツォンは静かに息を吐いて従う。
 アレンは気楽そうに、ツォンは思ったよりも嬉しそうにあくまでも負ける気は一切ないらしい。
 そうして今度はアレンとツォンがガルドに連れて行かれこの場を離れていく。
 あっちも問題無さそうかな。


「おっと忘れてた。総員、抜剣!! 突撃!!」


 急に後ろを振り返り叫ぶガルトの号令に騎士たちが次々に一糸乱れぬ動きで剣を抜いていく。
 そして口も開かず無言のまま集団がこちらに向かって駆けて来る。
 数十人からの突撃は圧巻ですらある。接敵するまでもはや間はない。


「なんでこんなことになってんねん……」

「美歌ちゃん! 今はそのことは後! 来るよ!」


 未だ放心から抜けきらない美歌ちゃんに大きな声で発破を掛ける。 
 どうにもやる気が入っていない美歌ちゃんに頼るわけにはいかなさそうで、自分一人で頑張って終わらせるしかないっぽい。まぁ何とでもなるでしょ。
 相手に鎧持ちが多かったので私は刀ではなく手甲に切り替えて飛び出した。

 即座に彼我の距離は縮まる。
 兜によって顔を窺うことはできない鎧騎士と攻撃の間合いに入った。


「突然のモテ期到来ってね! でも私の趣味は女の子に優しい大人の人なの! せいやっ!」


 私の動きに反応が間に合わない騎士の胸に重いストレートの一撃をヒットさせる。
 金属同士の潰し合う甲高い悲鳴にも似た金属音がして騎士は後方に弾かれた。
 アレンやツォンのおかげで手加減はだいぶ上手くなっていたので、今の私はレベル制限せずに本気で動くことも可能。
 ただちょっとびっくりしたのはこの騎士が反応ができないまでもしようとしていたことだ。
 思ったよりも強い。下手をすると一人一人が天恵無しのアレンぐらいの強さはあるかもしれない。
 

「次いくよ! ふっ!」


 斜めから振り下ろされる剣を掻い潜り膝をしっかりと曲げて足払い。
 すっ転んで宙に浮く騎士の腹を上から拳で叩きつける。
 騎士は玩具のように地面と激突した。
 
 その隙を狙って私の後ろから鉄剣が断頭台のごとく空気を切り裂き縦一直線に足元まで軌跡を描く。
 速い! そう簡単に後ろを取らせるつもりはなかったんだけど、その動きは想定の上をいっている。
 だがそこにはすでに私はいない。


「残像よ。ぶっ飛べ!」


 私をかち割ったと油断していた騎士の背後に回り込む。
 膝裏を軽く蹴って跪かせちょうど叩きやすい位置に来た頭を一回転して裏拳で吹っ飛ばす。
 右手にいい手応えが返ってきて騎士は横から地面に倒れた。


「いいわ。歯応えがあるわね。ノってきた。どんどんいくよ!」


 多人数との戦いは止まると四方八方囲まれ不利になるからこのテンポを崩さないよう動き続ける。
 瞬足を駆使して小刻みに敵を下していく。
 

「ぬおっと!」


 左右から同じタイミングで剣が差し込まれたせいで足を止めさせられのけ反って回避した。
 さすがに精鋭らしい。寸分たがわない同時連携でやられっ放しではいないようだ。これはもしレベル制限なんてして油断しているとちょっと危ないことになってたかも。
 あれ? でもなんかこの動き見たことあるような?

 止まったせいでさらに他の騎士が寄ってきて四方から頭と胸とお腹とふとももの四か所を狙って鋭い斬撃がやって来る。
 すぐさま膝を曲げ反動を付けて空へと逃げた。

 空から一瞬だけ戦場を俯瞰する。
 なぜか美歌ちゃんの方には騎士が向かっていなかった。囲まれているのは私だけ。
 どういうこと?

 着地した途端に私を中心にぽっかりとドーナツのような陣形が組まれた。
 逃がさないつもりだろうか。
 しかしおかしい何人か倒したはずなんい何かあんまり数が減っている気がしない。

 さっき倒した騎士に目を向けるとむっくりと起き上がってきて私を包囲する輪に加わる。動きは至って普通でダメージを受けている感じがしなかった。
 

「? けっこう強めに攻撃入れたはずだけど?」


 訝しげにそいつらを観察するがおかしな点は見受けられない。
 確かに私は一発で病院行き程度の打撃を通したはずだ。なのに何でもなかったかのように復帰されると混乱してしまう。
 数秒そうしていると騎士の一人が兜のバイザーを上げて顔を曝け出した。


「あっ!」


 数か月前の記憶が私の脳をピリっと刺激され思わず声が漏れてしまう。
 そいつが知った顔だったからだ。


「あんた、確か『グレー】?」

「久し振りだな、冒険者。いや異世界の住人か」

「え?」


 ちょっと驚いた。まさかこの世界の人間じゃないことが知られているなんて。
 でも彼方さんがいるから教えられていても不思議ではないのか?

 グレーは美歌ちゃんと初めて会ったカッシーラにいた教会騎士ジルボワの隊長みたいなやつだったはずだ。
 後半は影が薄くていつの間にかいなくなってたからすっかり忘れてたけど、教会と戦うならそりゃこいつが出て来ることもあるか。
 となると今の連携ってあの時、吸血鬼を追っている際に邪魔してきた四人組がいたけどひょっとしてさっきのってあいつら? っていうか教会だったの?
 なんだか色々情報が入ってきてパンクしそうだ。


「私としても無暗矢鱈な戦いは好まないのだが、これが世界の趨勢を決めることに繋がるのであればやぶさかではない。命を賭してお前に挑もう」

「世界の趨勢? どういうこと?」

「語る気はない。ここで倒れてもらうだけだ。そしてあの時の敗北の借りを返させてもらう!」


 輪が縮まり、四方どころか三百六十度から騎士たちが迫ってきた。


「葵姉ちゃん! うちも加勢するで! きゃっ!」

「美歌ちゃん!?」


 ようやく正常な思考に戻った美歌ちゃんが加勢しようとしてくれた刹那、悲鳴を上げる。
 振り返ると仮面の女が彼女の喉元に刀を突きつけていた。
 剣じゃなくて刀? いやよく見るとさらに腰に二本も差している。まさかの三刀流!?
 彼方さんからもらったんだろうか。


「このぉ! 邪魔すんなや!」


 美歌ちゃんが取り出した薙刀で横一文字に振るうとその仮面の女は防ぐどころか前に進み出た。
 上手い!
 槍とか長刀とかの長物はその刃先が届く範囲は強いが近寄られると対処が難しくなる。だからこそここは立ち止まるのではなくて密着するのがベストだ。
 ただそれは理屈の上での話で、それを考え一瞬でその判断して実際に行動できるかは別問題。タイミングをミスると横からの薙ぎをモロに食らう恐れがある。
 だからこそそれを成し遂げたことに敵ながら舌を巻いた。


「ちょっ!」


 何とか体を捻って避けるも、あわや顔の横を刀が何度も通り過ぎ美歌ちゃんはぞっと血の気を失う。
 思ったよりもその突きが速く後退しながら体捌きだけで何とか避けているような状態だ。
 これには私も目を剥いた。
 美歌ちゃんは確かに性格上、戦闘に向かないし対人戦の経験も少ない。でも素質は私と同じレベル百だ。この騎士たちレベルなら何十人いたってあんなに押されることはないはずだ。
 だというのに劣勢なのは明らかに美歌ちゃんの方。

 ただ彼女も負けてはいない。手首を返しそのまま長刀の柄の部分を下から相手の顎に向けて命中させた。
 これもお見事だ。完全に死角からの攻撃はそうそう避けられるものではない。
 ただの人間ならそれだけで昏倒しそうな初ヒットだ。でも仮面の女は倒れることはなかった。
 代わりに白い仮面が空を舞いその素顔が露わになる。

 切れ長の瞳に細い色白の素肌。美人という言葉だけで形容するのは満足できないほどの美貌。
 その顔を見た瞬間に何かが私の脳を刺激する。
 彼女は一度仕切り直しをしたかったのか後ろに跳んで後退し、外套を脱ぎ去るとペロリと口を舌で舐め、ずっと黙っていた口から言葉が出てきた。

 
『あーあ、せっかく隠してたのに意味無くなってしまったやんか。まぁええわ、ようやってくれたな? こっからは手加減できんで』


 微妙に美歌ちゃんとはまた違うような気もするがその恨み言はまさかの関西弁だった。
 さらに目を惹くのはその額に小さな角が二本ニョキっと生えていたことだ。
 脳裏にこの女性と似た姿が蘇る。その姿は今の格好とは違い和風の衣装だったが、現在は白い軍服スカートで黒いパンストを履いている。
 けれどよく見るとその顔と二本の角、さらに三本の刀。これは特徴的だった。
 私は、私たちはこの女性を知っている!!

 大和伝の近江滋賀マップに登場する決闘級シングルボス――


「「鈴鹿御前すずかごぜん!?」」

『子供やて容赦せぇへん。あんた覚悟しぃや!』

 
 天の魔焔と呼ばれる鬼姫が私たちに立ちはだかった。


  
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