49 / 56
妻問
妻問
しおりを挟む
────東宮に立ってもらえないか。
帝が浪月にそう問いかけたとき、その場にいた誰もが快諾するものと思っていた。
ところが、みなの予想に反し、浪月は辞退したのである。
帝も驚き、説得を試みたが、浪月の心は変わらなかった。
「影親様は遠流となりました。もはや浪月様が東宮になられることに何の障りもないはず。なぜお断りになったのですか」
浪月が盃を床に置き、ひたと真霧を見た。
「そなただ、真霧」
「……私……?」
「東宮位より、そしてその先にある帝位より、そなたが欲しいと気付いたからだ」
「え……────」
目を瞬く真霧を、浪月が真摯な瞳でまっすぐに見つめた。
「いつの間にか、そなたに心を囚われていた。謀られていたとはいえ、そなたは影親に従いし者。惹かれてはならぬと己に言い聞かせ、都に帰した……。だが、離れたことで、どれだけそなたを愛おしく思っているか、よくわかったのだ」
浪月が腕を伸ばし、真霧を力強く掻き抱いた。
「そなたを帰したことを悔いている。私の預かり知らぬ所で、そなたがよりによって兄上に抱かれていると思うと、胸が焼け焦げそうだ……!だが、兄上が自らそなたを手放すことはないだろう。そなたを奪うためには、都の外へ連れ去るしかない。不自由はさせぬと約束する。ともに東国へ下向してほしい」
暖かな腕の中で、真霧は浪月の声を夢心地に聞いていた。
思いもかけぬ言葉にただ驚き、次いでじわじわと胸の奥が熱くなっていく。
「……まことにございますか」
真霧は震える声で、問いかけた。
「まことに私を愛おしく思って下さっているのですか」
「ああ。真霧、そなたが愛おしくてたまらぬ」
胸が打ち震えた。
鼻の奥がツンと痛み、涙が込み上げてくる。
「嬉しい……」
素直な想いが、言葉となってあふれ出した。
真霧の方こそ、どうしようもなく浪月に惹かれていた。
都に戻った後も忘れられず、帝に抱かれながらも浪月のことを思い返してしまっていた。
蔵人に引き立てられ、もったいなくも帝の寵を得ても虚しさを感じていた。
それは、元から出世に興味を抱けなかったことに加え、側に浪月がいなかったからだ。
思いに応えるように、浪月の背に腕を回した。
「浪月様、私もお慕いしております……。どうかお供させてください」
「まことか?全てを捨てて、俺について来てくれるのか」
「はい」
迷わず、頷く。
両親も、もういない。
貴族たちの権謀術数にも興味はない。
帝のお側を離れるのは心苦しいが、あの方は政に携われぬ鬱憤を真霧で紛らわせていただけだ。
一時期とはいえ、誰よりも傍近くにお仕えした真霧には、それがよくわかっていた。
これからは、政務に存分に情熱を傾けられることだろう。
それに、帝には優しく美しい女御様、更衣様が何人もおわすのだ。
「そなたを淫獄に堕とそうとした私を、本当に恨んではおらぬのか」
「あれは、左大臣の謀でした。むしろ、浪月様は私を解放してくれたのです」
しがらみとしきたりでがんじがらめになっていた真霧に、己を解放することを教えてくれた────
「真霧……」
浪月が愛しげに名を囁き、真霧を抱きすくめる腕に力を込めた。
「今宵は妻問いにきたつもりだ。その意味をわかっているか」
「……はい」
頬を染める真霧に、浪月はそっと口付けた。
帝が浪月にそう問いかけたとき、その場にいた誰もが快諾するものと思っていた。
ところが、みなの予想に反し、浪月は辞退したのである。
帝も驚き、説得を試みたが、浪月の心は変わらなかった。
「影親様は遠流となりました。もはや浪月様が東宮になられることに何の障りもないはず。なぜお断りになったのですか」
浪月が盃を床に置き、ひたと真霧を見た。
「そなただ、真霧」
「……私……?」
「東宮位より、そしてその先にある帝位より、そなたが欲しいと気付いたからだ」
「え……────」
目を瞬く真霧を、浪月が真摯な瞳でまっすぐに見つめた。
「いつの間にか、そなたに心を囚われていた。謀られていたとはいえ、そなたは影親に従いし者。惹かれてはならぬと己に言い聞かせ、都に帰した……。だが、離れたことで、どれだけそなたを愛おしく思っているか、よくわかったのだ」
浪月が腕を伸ばし、真霧を力強く掻き抱いた。
「そなたを帰したことを悔いている。私の預かり知らぬ所で、そなたがよりによって兄上に抱かれていると思うと、胸が焼け焦げそうだ……!だが、兄上が自らそなたを手放すことはないだろう。そなたを奪うためには、都の外へ連れ去るしかない。不自由はさせぬと約束する。ともに東国へ下向してほしい」
暖かな腕の中で、真霧は浪月の声を夢心地に聞いていた。
思いもかけぬ言葉にただ驚き、次いでじわじわと胸の奥が熱くなっていく。
「……まことにございますか」
真霧は震える声で、問いかけた。
「まことに私を愛おしく思って下さっているのですか」
「ああ。真霧、そなたが愛おしくてたまらぬ」
胸が打ち震えた。
鼻の奥がツンと痛み、涙が込み上げてくる。
「嬉しい……」
素直な想いが、言葉となってあふれ出した。
真霧の方こそ、どうしようもなく浪月に惹かれていた。
都に戻った後も忘れられず、帝に抱かれながらも浪月のことを思い返してしまっていた。
蔵人に引き立てられ、もったいなくも帝の寵を得ても虚しさを感じていた。
それは、元から出世に興味を抱けなかったことに加え、側に浪月がいなかったからだ。
思いに応えるように、浪月の背に腕を回した。
「浪月様、私もお慕いしております……。どうかお供させてください」
「まことか?全てを捨てて、俺について来てくれるのか」
「はい」
迷わず、頷く。
両親も、もういない。
貴族たちの権謀術数にも興味はない。
帝のお側を離れるのは心苦しいが、あの方は政に携われぬ鬱憤を真霧で紛らわせていただけだ。
一時期とはいえ、誰よりも傍近くにお仕えした真霧には、それがよくわかっていた。
これからは、政務に存分に情熱を傾けられることだろう。
それに、帝には優しく美しい女御様、更衣様が何人もおわすのだ。
「そなたを淫獄に堕とそうとした私を、本当に恨んではおらぬのか」
「あれは、左大臣の謀でした。むしろ、浪月様は私を解放してくれたのです」
しがらみとしきたりでがんじがらめになっていた真霧に、己を解放することを教えてくれた────
「真霧……」
浪月が愛しげに名を囁き、真霧を抱きすくめる腕に力を込めた。
「今宵は妻問いにきたつもりだ。その意味をわかっているか」
「……はい」
頬を染める真霧に、浪月はそっと口付けた。
53
お気に入りに追加
797
あなたにおすすめの小説
愛され副団長の愛欲性活
彩月野生
BL
マウウェル国の騎士団、副団長であるヴァレオは、自国の王と騎士団長、オーガの王に求婚されてしまう。
誰も選べないと話すも納得されず、3人が結託し、誰も選ばなくていい皆の嫁になれと迫られて渋々受け入れてしまう。
主人公 28歳
副団長
ヴァレオ
柔らかな栗毛に黒の目
騎士団長を支え、王を敬愛している。
真面目で騎士である事に誇りをもっているため、性には疎い。
騎士団長 35歳
エグバート
長い赤褐色の髪に緑の目。
豪快なセックスで言葉責め。
数多の男女を抱いてきたが、ヴァレオに夢中になる。
マウウェル国の王 43歳
アラスタス
長い金髪に青の目。紳士的だがねちっこいセックスで感想を言わせる。
妻がいるが、愛人を作ったため追い出した。
子供がおらずヴァレオに産ませようと目論む。
イール
オーガの若い王だが一番の巨漢。180歳
朱色の肌に黒髪。シャイで優しいが、甘えたがりで乳首を執拗に吸う。
(誤字脱字報告不要)
美しい側近は王の玩具
彩月野生
BL
長い金糸に青目、整った顔立ちの美しい側近レシアは、
秘密裏に奴隷を逃がしていた事が王にばれてしまった。敬愛する王レオボールによって身も心も追い詰められ、性拷問を受けて堕落していく。
(触手、乱交、凌辱注意。誤字脱字報告不要)
【完結】恋人の為、絶倫領主に抱かれてます〜囚われ寝取られる〜
雫谷 美月
BL
エリアートの恋人のヨエルは、騎士団の仕事中に大怪我を負い一命を取り留めたが後遺症が残ってしまう。騎士団長から紹介された光属性の治癒魔法を使える領主ジャルミル=ヴィーガントに、ヨエルを治療してもらうことになった。しかし光属性の治癒魔法を使うには大量の魔力を使用し、回復にも時間がかかるという。素早く魔力を回復するには性行為が必要だとジャルミルから言われ、エリアートはヨエルには秘密のまま協力する。ジャルミルは温厚な外見とは裏腹に激しい獣のような性行為をし、エリアートは次第に快楽に溺れていってしまう。
・外面はいい絶倫邪悪な領主✕恋人のために抱かれる青年
・領主の息子の邪悪な少年✕恋人のために抱かれる青年
【全12話】
【他サイト(ムーンライト)からの転載となります】
※メリーバッドエンドになります
※恋人がいる受けが寝取られる話です。寝取られ苦手な方はご注意ください。
※男性妊娠の話もあります。苦手な方はご注意ください。
※死ぬ登場人物がでます。人によっては胸糞展開ですのでご注意ください。
※攻めは3人出てきます。
※なんでも許せる方向けです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる