貴公子、淫獄に堕つ

桃山夜舟

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呪詛

再会

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 暗い森の中────
 馬から降りた真霧まきりは、鎮座する苔蒸した大岩を、複雑な思いで眺めやった。

「またここを訪れることになるとは……」

 あの享楽の祭から三月ばかりを経て、真霧は再び魔斗羅教の社を訪れようとしていた。
 
 伴ったのは僅かに従者一人のみ。
 時を惜しみ、ここまでは馬を駆った。


「そなたはここで待っておれ」

 乗ってきた馬を従者に任せると、真霧は大岩の脇の獣道を登り始めた。
 此度こたびは、左大臣に命じられたからではない。
 真霧が、己の意志でやって来たのである。



 
 偽りの神子であったことを思えば、門前払いされることも覚悟の上だった。 
 だが、どうやら信徒たちは何も聞かされていないようで、門番には丁重に出迎えられた。

「これは真霧様。お久しゅうございます。本日はいかなる用向きにございますか」
「……宮司の浪月ろうげつ様にお目にかかりたいのだが」

 そう告げると、すんなりと社の奥に通される。
 
「今、宮司を呼んで参りますので、こちらでしばしお待ちを」

 真霧を奥の間に案内し、円座わろうだを勧めた信徒はそう言い置いて、出て行った。
 やがて、衣擦れの音と足音が近づき、屏風の向こうから、黒の布衣ほい姿の偉丈夫が現れた。

 その変わらぬ、雄々しく秀麗な面を目にした途端、胸の内から何かが込み上げてきて、真霧は動揺した。
 言葉に詰まる真霧を、浪月もまた無言で見下ろす。
 どれほど見つめ合っていただろうか、先に声を発したのは浪月だった。

「息災か」
「はい……。浪月様もお変わりありませぬか」
「ああ」

 浪月が頷き、真霧の向かいに腰を下ろす。

「それで、今をときめく帝の寵人が何用か」

 帝の閨に侍っていることを揶揄され、かあっと頬が熱くなる。
 無論、浪月に知られていることはわかっていたが、口に出されるといたたまれない気持ちになる。

 だが、今はそうしたことを気にかけている時ではなかった。
 どうしても確かめねばならないことがあり、意を決して参上したのである。
 真霧は居住まいを正した。

「教えていただきたいことがございます」
「なんだ」
「魔斗羅の教えに────呪詛はございますか」

 刹那、浪月の顔付きが、冷ややかなものに変わった。

「何をしに来たのかと思えば……。それは、我らが帝を呪詛しているかとの問いかけと受け取ってよいか」

 底冷えのする目で見据えられ、真霧は震え上がりそうになるのを懸命に抑えた。

「帝のご病気のことはご存知なのですね」
「その程度の知らせは入ってくる」

 帝が病を得て最も得をするのは誰か。
 考えれば考える程、思い浮かぶのは左大臣しかいなかった。
 政への意欲を取り戻し、言いなりにならなくなった帝を煙たく思ったのだろう。
 病を理由に退位し、己が孫である東宮が即位すれば、外戚として今まで以上に権勢を振るうことができる。

 魔斗羅教を利用して真霧を帝の寵人に仕立て上げた影親ならば、呪詛も執り行わせるかもしれない。
 その可能性に思い至ってしまえば、いてもたってもいられず、こうして確かめに来てしまった。
 けれど────

 真霧は固唾を飲んで浪月を見上げた。
 浪月はその視線を正面から受け止め、淀みなく言い切った。

「愚問だ。そなたも知るとおり、魔斗羅神は淫欲の神。淫欲とは命の営み。命を断ち切る呪詛とは相入れぬ」
「……さようで……ございますか」

 へなへなと肩から力が抜けた。
 やはりそうだったか。
 奉納祭で得た悦楽は、まさに生の快楽だった。
 他者を呪うような力とは異なると感じていたが、確信がなかった。

「ご無礼、どうか平にお許しくださいませ!」

 真霧は床に手をついた。
 浪月が関わっていなかったことに心底安堵していた。
 しかし、魔斗羅教ではないなら、誰か別の呪師の仕業なのか。
 そもそも影親の企みではないのか────

「我らは呪詛はせぬ。だが、そなたが望むなら、帝を呪詛している者がおるかを占ってやることはできる」
「まことにございますか!」

 渡りに船の言葉に、真霧は勢いよく顔を上げた。

「無論、そのためにはにえが必要だが」
「贄……」
「そうだ」

 浪月が、事もなげに言葉を継ぐ。

「淫妖に身を捧げるのだ。奉納祭の時のようにな」
「そんな……」

 ぶるりと背が震えた。
 あの祭で与えられた気が狂いそうなほどの快楽は、忘れようにも忘れられない。
 あれを再び味わわされるなんて、あまりにも恐ろしい。
 自分がどうなってしまうかわからない────

(だが、他に手はない……)

 浪月ほど方術に長けた者は知らず、他に頼れる者はいない。

「……それで、帝の病の原因がわかるのならば」

 逡巡の末、真霧は心を決めて頷いた。
 すると、浪月はなぜか冷たく目を細めた。

「大した忠臣ぶりだ」

 皮肉げにそう呟くと、傲岸に言い放った。

「ならば、まずは衣を脱いで、体を見せてみよ」

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