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第六章 宇津田姫
第21話 思わぬ迎え
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それから年が明けてすぐのこと、鎌倉から急な使いがやってきた。北条時政からの使いだった。
「え、トモを鎌倉に連れて行く?」
北条時政の使いは、具親に挨拶するなり、トモに向かって慇懃に頭を下げた。
「若君。北条のお祖父上が、貴殿の元服を執り行いたいと鎌倉の名越にてお待ちです」
「祖父上?父上じゃなくて?」
尋ねるトモに使いの男は無表情で首を横に振って答えた。
「無論、江間殿もお待ちです。ですが、私は北条の大殿より直々に、若君を名越の北条館にお連れするよう命を受けて上洛いたしました」
「母上やトシゲは?」
「私が受けた命は、一の若君を鎌倉の北条館へお連れするようにとのみ。他の方々に付いては何も聞いておりません」
——嘘だ。そう思ったが、ヒミカは何も言えずにトモを見た。
北条時政が欲しいのはトモだけなのだろう。シゲは要らない。そして、自分もまた鎌倉に戻っては具合が悪い。前年に亡くなった政範の代わりにトモを猶子にしたいのかも知れない。牧の方の産んだ子は、六郎と呼ばれていた政範以外は全て女子。だから政範が北条を継ぐのだと聞いていた。でも、その政範が急に亡くなったから後継に悩んだ時政は、まだ幼くて操りやすいだろうトモの存在を思い出して声をかけてきたのだ。江間には嫡男として泰時がいる。トモならいいだろうと。
「さて」
具親がパチンと扇を開いて口元を隠しながら声を上げた。
「お父君である江間殿からは文も使いもなんもあらしゃいまへんのに、祖父上である北条殿が直に、ちゅうのは、どない考えてええもんやら。昨年、平賀殿の邸にて起きたことについては、噂でよう耳にしとります。北条殿が娘婿の平賀殿を焚き付けて武蔵国を横取りする気やおまへんかって京では皆ゆうとりますわ。それに異を唱えとるんが北条殿の次男の江間殿とか。父子の間柄が上手くゆかんからて孫を引っ張り出そうとは、これは噂通り、北条殿は食えんお人そうやなぁ」
京言葉をゆるゆると発して牽制する具親をヒミカとトモは黙って見守った。
「トモはあてらの大事な子どす。どうしてもてゆうんなら、この子の真のお父君である江間義時殿の使いなり文なりも欲しいものよ。大人の親子の醜い諍いに、まだ幼いこの子を巻き込むんは、あてはよう賛成出来ひんどす」
そこで具親はヒミカを振り返った。
「なぁ、あんたさんはどない思われます?あんたさんを鎌倉から追い出した北条時政殿に、祖父とはいえ、この子を預けてええんやろか?時政殿が三代将軍を殺そうとしとったちゅう噂も耳に入ってきとりますし、あては鎌倉にはやりとうないなぁ」
具親の挑発に使いの男の顔が真っ赤に染まる。
「す、全て単なる噂ではないか!大殿を虚仮にするつもりか!」
その時、具親がバッと立ち上がって一喝した。
「無礼者!控えよ!」
場がしんと鎮まる。
「私は従五位上、左兵衛佐の源具親。無位無官の輩に目通りを許しただけでも有り難く思え」
具親の怒声に平伏した使いの男を見下ろし、具親は扇をはらはらと優雅に開いて続けた。
「ま、今宵はこの辺にて仕舞とさせておじゃれ。鎌倉の方々なら六波羅に宿所が御座ろう。そちらに後日使いを向かわせるよって、そちらでお待ちやす。ほな、今宵はここまで。おつかれさんどした」
そう言って具親は使いを屋敷から追い出した。
辺りが静まってから、ふぅと溜息をついて苦笑する。
「また官位を嵩にきて鎌倉の方々を追い払ってしまいました。六波羅では、私のことをさぞ七面倒な公家だと噂することでしょうね」
ヒミカは大きく首を横に振った。
「いいえ、いいえ。有難う御座います。トモを護って下さって」
「しかしどうする?」
具親は、ヒミカとトモ、シゲを前にどっかりと胡座をかいて身を乗り出した。
「江間殿は本当の所はどうお考えなのか」
ヒミカは僅か黙った後に口を開いた。
「江間殿は確かに北条のお父君とあまり上手くはいってないようでした。お父君のやりように抵抗を持ってらした。でも、まだ力が足りないからと歯痒そうにしてました。だから今回のことも恐らく北条殿の独断でしょう。ただ、元服の式には江間殿も参列する筈。父があるのに、それを差し置いて祖父が仕切るのは御家人らが後ろ指を指すでしょうから。だから慣例に倣って元服を行なった後に、トモを自分の猶子にするつもりなのではないかと。将来、自分の命を受けて手足となって働いて貰う為に」
「え、トモを鎌倉に連れて行く?」
北条時政の使いは、具親に挨拶するなり、トモに向かって慇懃に頭を下げた。
「若君。北条のお祖父上が、貴殿の元服を執り行いたいと鎌倉の名越にてお待ちです」
「祖父上?父上じゃなくて?」
尋ねるトモに使いの男は無表情で首を横に振って答えた。
「無論、江間殿もお待ちです。ですが、私は北条の大殿より直々に、若君を名越の北条館にお連れするよう命を受けて上洛いたしました」
「母上やトシゲは?」
「私が受けた命は、一の若君を鎌倉の北条館へお連れするようにとのみ。他の方々に付いては何も聞いておりません」
——嘘だ。そう思ったが、ヒミカは何も言えずにトモを見た。
北条時政が欲しいのはトモだけなのだろう。シゲは要らない。そして、自分もまた鎌倉に戻っては具合が悪い。前年に亡くなった政範の代わりにトモを猶子にしたいのかも知れない。牧の方の産んだ子は、六郎と呼ばれていた政範以外は全て女子。だから政範が北条を継ぐのだと聞いていた。でも、その政範が急に亡くなったから後継に悩んだ時政は、まだ幼くて操りやすいだろうトモの存在を思い出して声をかけてきたのだ。江間には嫡男として泰時がいる。トモならいいだろうと。
「さて」
具親がパチンと扇を開いて口元を隠しながら声を上げた。
「お父君である江間殿からは文も使いもなんもあらしゃいまへんのに、祖父上である北条殿が直に、ちゅうのは、どない考えてええもんやら。昨年、平賀殿の邸にて起きたことについては、噂でよう耳にしとります。北条殿が娘婿の平賀殿を焚き付けて武蔵国を横取りする気やおまへんかって京では皆ゆうとりますわ。それに異を唱えとるんが北条殿の次男の江間殿とか。父子の間柄が上手くゆかんからて孫を引っ張り出そうとは、これは噂通り、北条殿は食えんお人そうやなぁ」
京言葉をゆるゆると発して牽制する具親をヒミカとトモは黙って見守った。
「トモはあてらの大事な子どす。どうしてもてゆうんなら、この子の真のお父君である江間義時殿の使いなり文なりも欲しいものよ。大人の親子の醜い諍いに、まだ幼いこの子を巻き込むんは、あてはよう賛成出来ひんどす」
そこで具親はヒミカを振り返った。
「なぁ、あんたさんはどない思われます?あんたさんを鎌倉から追い出した北条時政殿に、祖父とはいえ、この子を預けてええんやろか?時政殿が三代将軍を殺そうとしとったちゅう噂も耳に入ってきとりますし、あては鎌倉にはやりとうないなぁ」
具親の挑発に使いの男の顔が真っ赤に染まる。
「す、全て単なる噂ではないか!大殿を虚仮にするつもりか!」
その時、具親がバッと立ち上がって一喝した。
「無礼者!控えよ!」
場がしんと鎮まる。
「私は従五位上、左兵衛佐の源具親。無位無官の輩に目通りを許しただけでも有り難く思え」
具親の怒声に平伏した使いの男を見下ろし、具親は扇をはらはらと優雅に開いて続けた。
「ま、今宵はこの辺にて仕舞とさせておじゃれ。鎌倉の方々なら六波羅に宿所が御座ろう。そちらに後日使いを向かわせるよって、そちらでお待ちやす。ほな、今宵はここまで。おつかれさんどした」
そう言って具親は使いを屋敷から追い出した。
辺りが静まってから、ふぅと溜息をついて苦笑する。
「また官位を嵩にきて鎌倉の方々を追い払ってしまいました。六波羅では、私のことをさぞ七面倒な公家だと噂することでしょうね」
ヒミカは大きく首を横に振った。
「いいえ、いいえ。有難う御座います。トモを護って下さって」
「しかしどうする?」
具親は、ヒミカとトモ、シゲを前にどっかりと胡座をかいて身を乗り出した。
「江間殿は本当の所はどうお考えなのか」
ヒミカは僅か黙った後に口を開いた。
「江間殿は確かに北条のお父君とあまり上手くはいってないようでした。お父君のやりように抵抗を持ってらした。でも、まだ力が足りないからと歯痒そうにしてました。だから今回のことも恐らく北条殿の独断でしょう。ただ、元服の式には江間殿も参列する筈。父があるのに、それを差し置いて祖父が仕切るのは御家人らが後ろ指を指すでしょうから。だから慣例に倣って元服を行なった後に、トモを自分の猶子にするつもりなのではないかと。将来、自分の命を受けて手足となって働いて貰う為に」
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