【完結】姫の前

やまの龍

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第四章 葵

第20話 宿願

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 祖母がフンと鼻を鳴らす。

「私の曾孫を殺さないどくれ」

「それについては藤九郎からも頼まれてはいるが、範頼の家人らは血の気が多い。このままでは、その子らを旗印に謀反を起こしかねない。容易には聞き入れられません」

「で、範頼殿はもう処分しちまったのかい?」

 すっぱりと聞いた祖母に頼朝は押し黙る。

「まだなんだね。疑いだけで確証がないからだろう。それでいい。よく考えてみな。面と向かって歯向かってきたら、それは討ち時さ。でも疑いだけで全て処分しちまったら、気付いたら周りに誰も居なくなっちまうよ。道は外さないこったね」

  頼朝が顔を上げた。

「尼君、貴女は鎌倉に何をなさりにいらしたのです?」

 祖母は真っ直ぐ頼朝を見た。

「言ったろ?範頼殿に嫁いだ私の孫娘が産んだ二人の男児の助命嘆願だよ」

「それなら使者でも文でも宜しかったのではないですか?」

「今、この御所には文官らがいるからね。何やら都合の良くない案件はあんたの耳にまで届かないかも知れないだろう?だから直接言質を取るのが早くて確実だろうと思ったのさ。それからね」

 首を回してヒメコを見る。

「私の曾孫が鎌倉にも産まれてるからね。会いに来たんだよ。なかなか比企には来てくれないしね。金剛の顔も見たいし。それに、あの流人だった佐殿が創り上げた武家の都とやらを、まだこの目が黒い内に見ときたかったのさ。佐殿、この婆の冥土の土産に、御大将自ら鎌倉の都を案内してやっておくれではないかい?そしたらあたしは三途の川の向こうで待ってる、うちの殿の鼻を明かしてやれるんだけどね。ほら、乳母夫として二十年支援してやって良かったろう?私らは先見の明があったんだよってさ。ついでに義朝公にも伝えておいてやるよ。鬼武者が宿願果たして、鬼と天狗の首を見事討ち取ったってさ。来たら褒めてやっとくれって」

 頼朝は呵々大笑した。

「それは是非にも願いたいこと。父も泣いて喜んでくれましょうな」

「じゃあ早速だが、範頼殿の子らを助けるという下し文を書いとくれ。最後にはあんたの花王を押してね。幕府としての下し文じゃないよ。これは、私と佐殿、あんたとの内々の約定だからさ」

 頼朝は苦笑した。

「承知いたしました。早速書かせていただきましょう。それで、誰を何処に使いに出せば良いですかな?」

「そりゃあ、やっぱり藤九郎殿が良かろうね。彼が忙しいだろうことは承知してるがね、娘が胸を痛めながら待ってるんだよ。父親として奔走すべきだと思うんだよ。違うかい?」

 頼朝は頷いた。

 ややして、藤九郎叔父が現れ、広間に入るなり腰を抜かす。

「は、義母上?何故、鎌倉においでになられます!一体どうやってここまで来たんですか?」

「馬で物見遊山に来たんだよ。いいからあんたは急いで将軍様の下し文を持って比企に戻りな」

「へ?比企へ?」

「ああ、そうさ。屋敷に入る前に、きちんと吉見観音様に手を合わせるんだよ。そうして、あの子らに宜しく伝えとくれ。婆は鎌倉の都を見物してから比企に戻るってね」

 藤九郎叔父はその場に平伏した。

「万事承知いたしました。では、早速行って参ります」

 言うが速いか広間から駆け出す。祖母が笑った。

「歳はくったが、まだまだ身軽に動けるようだね。私はいい婿を貰ったもんだよ」

 頼朝が、ええと頷いた。

「誠に。彼が居なければ今の私はない。尼君には感謝してもしきれません」

 丁寧に頭を下げる。

「では、今宵は此方に寝間を用意いたしましょう。夕餉に鎌倉の海の幸をご堪能あれ。明日、鎌倉の町を案内させていただきます」
祖母は、そうかいと言って立ち上がった。

「それは楽しみだね。じゃあ、明日の夜はだんまり殿の屋敷に泊まらせて貰って、その後は暫く朝宗の屋敷に厄介になるよ。じゃ、藤九郎殿が戻ったら連絡しとくれね」

 その時、アサ姫が入って来た。

「まぁ、尼君様。侍女から話を聞いた時は耳を疑いましたが、本当に尼君様ですわ。参上が遅れて申し訳御座いません」

 礼をするアサ姫に祖母はいやいやと手を振り、

「姫の具合が芳しくないんだってね。大変な時に突然押しかけて悪かったよ。姫にも会いたかったんだが難しいかね。ま、折角田舎からこうやって出張って来たんでね、暫し鎌倉に滞在する予定だから姫の具合のいい時に声をかけとくれ」

 それからヒメコを振り返って言った。

「明日、曾孫の顔を見にそっちに行くからね。朝宗にも宜しく伝えといておくれよ。じゃあ、早く帰りな。お休み」

 ヒラヒラと手を振って追い出される。


 ヒメコはコシロ兄と顔を見合わせた。
頼朝が軽く咳払いする。

「というわけで、小四郎にヒメコ。明日は未の刻に参内しろ。輿に尼君をお乗せして鎌倉の町を案内する。供をしろ」

 二人、返事をして頭を下げる。

  帰り道、コシロ兄が呟いた。

「お前の血は確かにあの方から繋がってるな」

 ヒメコが首を傾げたらコシロ兄は笑って言った。

「こうと信じた道を有無を言わさず押し通す。身分も何も関係ない。大切なものを守る為になら自分の身を顧みない。勘と頭が良くて、強い光のような強力な胆力を持っている」

「強い光?」

  コシロ兄は頷いた。

「その強い力に人々は惹きつけられるのだろう。実際、俺も」

 そこで言葉は止まった。

俺も?

 隣を歩くコシロ兄を見上げたヒメコの頭をポンとたたき、コシロ兄は足を速めた。

「トモの泣き声がここまで響いてるぞ」

 屋敷に近付くにつれ、大きくなる赤子の泣き声。ヒメコ達は慌てて屋敷へと駆け込んだ。







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