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第3章 鎌倉の石
第37話 新たな宿り
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頼朝が大きく息を吐く。
「駄目か。喜ぶかと思ったんだが」
ヒメコはチラと頼朝を見た。
「大進局が御所様のお子を産んだそうですね」
頼朝は口をへの字に曲げた。大進局は御所の女官だったが、先頃頼朝の子を産んだと阿波局が言っていた。
頼朝はパチンと扇を閉じた。
「それよ。御台の嫉妬を恐れて乳母のなり手がいない。今は母子とも長門景遠の所に預けているが、その内に仏門に入れるしかないだろうな」
ヒメコは、はぁと曖昧に頷いた。
「アサの嫉妬にも困ったものだ。側室を持つのは京では当たり前なのに」
「ここは京ではありませんから」
淡白に返す。
「だが、私は鎌倉の主だぞ。そうそう妻に遠慮していては立場というものがなぁ」
「龍の姫だからおやめになった方が良いのではと申し上げましたのに、却って良いと笑い飛ばされたのは佐殿ではありませんか」
言えば、頼朝は苦い顔をした。
「まぁな。アサのおかげで色々助かっているのは確かだ」
「今回のことも御台さまの名をお出しになっての催しごと。何か美味しいものでも用意してご機嫌を取って参りましょうか」
ヒメコがそう言ったら、頼朝は、いや、と首を横に振った。
「それが今は何も食べたくないと拒むのだ。体が悪いのかと尋ねても答えず臥せっている。薬師も祈祷も遠ざけて、下手に呼ぼうものなら怒鳴る始末。アサは病ではないのだろうか?」
悲壮な顔で頼朝に問われ、ヒメコはそう言えばと思い返す。この所、小御所にもまったく顔を出さず、阿波局の話では臥せってばかりとのこと。
ヒメコはそっと御所内のアサ姫の気配を辿ってみた。そして気付く。アサ姫の気配の内側にもう一つの柔らかな気配があることを。
「もしや」
言いかけてヒメコは口を噤んだ。これは、おいそれとは口に出来ない。とりあえず急ぎ公文所へと向かう。
「中原殿は」
言ってから、中原親能と広元、中原は兄弟二人いたことを思い出す。
「おや、姫御前。そろそろ現れる頃かと思って待ってましたぞ」
立ち上がったのは兄の波中太。ヒメコはホッとして廊へ出る。
「あの、御台さまのことで」
言いかけたら、波中太はニマッと笑った。
「だよな?次こそ私の待っていた姫であろう」
やはり、この山伏は気付いていたのだ。そう言えば、万寿の君の時に男児だと残念がっていたことを思い出す。
ということは姫君。
「どうしましょう?御所様や御台さまにお話しした方がいいのでしょうか?」
問えば、波中太は、いいやと首を横に振った。
「姫御前には、また御台さまを見張って無理をさせぬよう頼む」
そう言って元の席に戻ろうとする。
「内緒にしておくのですか?」
「ああ、まだ平気だろう。腹が目立ってきて自覚した様子が見えたらまた教えてくれ。騒ぎにしたくない」
言って、奥に座る中原広元の方に目配せをした。何か考えがあるのだろう。ヒメコは頷いた。
確かに御台所が懐妊したと分かったら、鎌倉は騒がしくなる。
ヒメコはひたすら口をつぐみ、アサ姫の懐妊してる子が姫ならば、静御前の子も姫であれと祈った。
ヒメコはあれから静御前の元には通わなかった。八幡姫がねだっても静御前の具合が悪くなってはいけないからもう少し待ちましょうと言い聞かせていた。
そして、とうとう四月八日になる。
静御前の舞を見たいと鎌倉中の人が熱望していたが、一番それを望んでいたのは頼朝だったろう。頼朝は歌舞や楽に並々ならぬ興味を持っていた。
頼朝は鶴岡八幡宮に詣で、そこに用意されていた席に座ると静御前を廻廊に召した。
「駄目か。喜ぶかと思ったんだが」
ヒメコはチラと頼朝を見た。
「大進局が御所様のお子を産んだそうですね」
頼朝は口をへの字に曲げた。大進局は御所の女官だったが、先頃頼朝の子を産んだと阿波局が言っていた。
頼朝はパチンと扇を閉じた。
「それよ。御台の嫉妬を恐れて乳母のなり手がいない。今は母子とも長門景遠の所に預けているが、その内に仏門に入れるしかないだろうな」
ヒメコは、はぁと曖昧に頷いた。
「アサの嫉妬にも困ったものだ。側室を持つのは京では当たり前なのに」
「ここは京ではありませんから」
淡白に返す。
「だが、私は鎌倉の主だぞ。そうそう妻に遠慮していては立場というものがなぁ」
「龍の姫だからおやめになった方が良いのではと申し上げましたのに、却って良いと笑い飛ばされたのは佐殿ではありませんか」
言えば、頼朝は苦い顔をした。
「まぁな。アサのおかげで色々助かっているのは確かだ」
「今回のことも御台さまの名をお出しになっての催しごと。何か美味しいものでも用意してご機嫌を取って参りましょうか」
ヒメコがそう言ったら、頼朝は、いや、と首を横に振った。
「それが今は何も食べたくないと拒むのだ。体が悪いのかと尋ねても答えず臥せっている。薬師も祈祷も遠ざけて、下手に呼ぼうものなら怒鳴る始末。アサは病ではないのだろうか?」
悲壮な顔で頼朝に問われ、ヒメコはそう言えばと思い返す。この所、小御所にもまったく顔を出さず、阿波局の話では臥せってばかりとのこと。
ヒメコはそっと御所内のアサ姫の気配を辿ってみた。そして気付く。アサ姫の気配の内側にもう一つの柔らかな気配があることを。
「もしや」
言いかけてヒメコは口を噤んだ。これは、おいそれとは口に出来ない。とりあえず急ぎ公文所へと向かう。
「中原殿は」
言ってから、中原親能と広元、中原は兄弟二人いたことを思い出す。
「おや、姫御前。そろそろ現れる頃かと思って待ってましたぞ」
立ち上がったのは兄の波中太。ヒメコはホッとして廊へ出る。
「あの、御台さまのことで」
言いかけたら、波中太はニマッと笑った。
「だよな?次こそ私の待っていた姫であろう」
やはり、この山伏は気付いていたのだ。そう言えば、万寿の君の時に男児だと残念がっていたことを思い出す。
ということは姫君。
「どうしましょう?御所様や御台さまにお話しした方がいいのでしょうか?」
問えば、波中太は、いいやと首を横に振った。
「姫御前には、また御台さまを見張って無理をさせぬよう頼む」
そう言って元の席に戻ろうとする。
「内緒にしておくのですか?」
「ああ、まだ平気だろう。腹が目立ってきて自覚した様子が見えたらまた教えてくれ。騒ぎにしたくない」
言って、奥に座る中原広元の方に目配せをした。何か考えがあるのだろう。ヒメコは頷いた。
確かに御台所が懐妊したと分かったら、鎌倉は騒がしくなる。
ヒメコはひたすら口をつぐみ、アサ姫の懐妊してる子が姫ならば、静御前の子も姫であれと祈った。
ヒメコはあれから静御前の元には通わなかった。八幡姫がねだっても静御前の具合が悪くなってはいけないからもう少し待ちましょうと言い聞かせていた。
そして、とうとう四月八日になる。
静御前の舞を見たいと鎌倉中の人が熱望していたが、一番それを望んでいたのは頼朝だったろう。頼朝は歌舞や楽に並々ならぬ興味を持っていた。
頼朝は鶴岡八幡宮に詣で、そこに用意されていた席に座ると静御前を廻廊に召した。
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