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第3章 鎌倉の石
第10話 恋の行方
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年が明けた。正月一日、頼朝は鶴岡若宮に参じ、その後、御所で千葉常胤が椀飯を献じた。ヒメコ達女官は、揃って着物を与えられ、化粧も施されて給仕にあたった。
「小姉上、意中の君はどこよ?」
三の姫が二の姫に尋ねる。二の姫は頰を染めて、そっと奥の方に目を投げた。
「え、佐殿?それはまずいわよ」
三の姫の言葉に二の姫はブンブンと首を横に振り、
「その列の中程、緑黄の直垂を召して、今お隣の人に肩を叩かれた方」
と小さく答えた。
三の姫はへえ、と相槌を打ってニヤッと笑った。
「あらあら、そうなの。ふうん」
「どうかしたの?」
ヒメコが尋ねたら、三の姫はいいえと首を横に振って、
「確かに昔の佐殿ってあんな感じだったかもね」と呟いた。
「え、何なに?何のお話?」
四の姫が顔を出す。
「ねんねにはまだ早い話よ。いいから膳をまっすぐ気をつけて運ぶことだけ考えてなさい」
三の姫に言われ、四の姫は少し頰を膨らませたが、確かに料理の乗った膳を運ぶのはかなり大変なこと。緊張した面持ちで料理が支度されている部屋へと向かって行った。
波中太と話した後、アサ姫は三の姫と共に二の姫をヒメコの部屋に呼び出し、三人がかりで口を割らせたのだった。だが顔しかわからないというので、御家人衆が集まる正月に確かめようという話になった。
「いい?どうせ武家の娘は父親の言いなりで嫁がされるわ。でも、その前に恋をするのは娘の勝手よ。成就しなくてもそれは元々のことと割り切って、一言声を交わすだけでも勇気を出して行ってらっしゃい!」
そうして二の姫は意中の人に膳を出し、給仕をすることになったのだった。
御家人達が大勢詰め込まれた大広間。佐殿は奥の一番の上座。そこからズラッと男たちが列をなし、向かい合って座している。
先ずヒメコが一つ膳を持って部屋に入る。静々と進み、頼朝の前に膳を置いた。続いて女官達が続々と膳を手に男たちの前に膳を置いて行く。膳を置いたヒメコは立ち上がり、二の姫はと見れば、ちゃんと緑黄の直垂の相手の前に辿り着いていた。ヒメコは部屋を出て、今度は酒を準備しに戻る。
その間に御所の話があったようで、男たちの返事と拍手が聞こえてきた。食事が始まったようだ。女官たちは今度は酒を注いで回る。ヒメコも瓶子を手に中へ入った。まず御所から。でも頼朝はあまり酒を好まない。これは水ですから、とそっと伝えて盃に注ぎ、頼朝の膳の横にその瓶子を置いて立ち上がる。
酒が入ると男たちは途端にうるさくなる。ガツガツと食べてはグイグイと飲み、次の酒を要求してくる。ヒメコはチラと二の姫を見てから部屋を出た。二の姫は意中の人の声を聞けるだろうか。
ふと、コシロ兄はどこだろう?と振り返る。膳を運ぶのに必死で、コシロ兄を探すのを忘れるなんて。
「恋の心は下心。時と状況次第で移り変わる」
波中太の言葉が思い出される。そう、自分はまだ恋に恋しているだけなのだろう。
少し落ち込みながら外に出たら三の姫が話しかけてきた。
「随分と明確に序列が出来たものね」
何のことかと首を傾げたら、三の姫は部屋の中をチラと覗いてヒメコを手招きした。
「見て。御所様の隣に並んでるのは腹違いの弟君三人よ。それから足利義兼殿に平賀殿、加々美殿、つまり源氏の一派ばっかり。対して向かい合ってるのは上座から三浦や土肥、千葉、上総、畠山。つまり早くから佐殿のお味方になった一族を上座に置いて、序列を決めてるのよ」
へえ、と頷いたヒメコは、あれ、と思う。
「北条殿は?」
「小四郎兄と一緒に御所様のすぐ脇だから、扱いは一応親族って所かしら」
近くに居たのかとヒメコは改めて落ち込みそうになるが、
「え、足利義兼殿?」
先に挙げられた名を繰り返す。三の姫はニマァと笑った。
「そう!緑黄の君よ。小姉上ったらすごいじゃないの」
ああ、それで先にニヤニヤ笑っていたのかと思い出す。
そこへ二の姫が下がってきた。三の姫と共に二の姫を捕まえる。
「どうだった?」
三の姫の言葉に、二の姫は、ええと頷くと
「落ち着いたお声の立派な方でした」と嬉しそうに答えた。
「お声を聞けただけで私は満足です。二人とも有り難うね。さ、皆様にお酒を運ばなくては」
そう言って軽やかに歩き出す。
ヒメコもそれを追って、盆の上に瓶子を乗せて中へと入った。酒が無くなっていそうな所へ行き、空の瓶子や膳の上の空いた皿を下げつつ回る。
と、着物の裾が引っ張られた。
「可愛い顔してるな。まだ童女みたいに幼い。名は?」
明るい華やかな赤茶の直垂。正月なので、男たちは皆揃って常より幾分華やかな直垂を選んで着ているが、その中でも一際目立つ鮮やかな赤。
先程の三の姫の言葉を思い出す。御所の隣に弟が三人。この人はその三番目。御所の末弟なのだろう。ヒメコは失礼にならないようそっと膝をつくと「姫御前です」と名乗った。
「へえ、声は意外にしっかりしてるな。でも顔は幼い。いいねぇ。好みだ」
「九郎、飲み過ぎだぞ。今は正月の祝いの席。常の酒宴とは違うのだ。大人しくしていろ」
隣の僧形の人が宥めくれる。だが九郎は止まらなかった。
「そう。祝いの席なんだから、もっと賑やかに楽しく騒がないと。そう思いません?」
と、足利義兼に話しかけるが、足利義兼は静かに微笑み返すのみで取り合わない。
「ね、姫御前は舞とか歌はやらないの?ほら、パアッと盛り上げてよ」
どうしよう?北条の館でもこういうことはあったけれど、アサ姫が怒鳴ってくれて助けられてた。でも今日アサ姫は御台所として列席してるから動けない。
自分で何とかしなきゃ。でもどうやって?
「小姉上、意中の君はどこよ?」
三の姫が二の姫に尋ねる。二の姫は頰を染めて、そっと奥の方に目を投げた。
「え、佐殿?それはまずいわよ」
三の姫の言葉に二の姫はブンブンと首を横に振り、
「その列の中程、緑黄の直垂を召して、今お隣の人に肩を叩かれた方」
と小さく答えた。
三の姫はへえ、と相槌を打ってニヤッと笑った。
「あらあら、そうなの。ふうん」
「どうかしたの?」
ヒメコが尋ねたら、三の姫はいいえと首を横に振って、
「確かに昔の佐殿ってあんな感じだったかもね」と呟いた。
「え、何なに?何のお話?」
四の姫が顔を出す。
「ねんねにはまだ早い話よ。いいから膳をまっすぐ気をつけて運ぶことだけ考えてなさい」
三の姫に言われ、四の姫は少し頰を膨らませたが、確かに料理の乗った膳を運ぶのはかなり大変なこと。緊張した面持ちで料理が支度されている部屋へと向かって行った。
波中太と話した後、アサ姫は三の姫と共に二の姫をヒメコの部屋に呼び出し、三人がかりで口を割らせたのだった。だが顔しかわからないというので、御家人衆が集まる正月に確かめようという話になった。
「いい?どうせ武家の娘は父親の言いなりで嫁がされるわ。でも、その前に恋をするのは娘の勝手よ。成就しなくてもそれは元々のことと割り切って、一言声を交わすだけでも勇気を出して行ってらっしゃい!」
そうして二の姫は意中の人に膳を出し、給仕をすることになったのだった。
御家人達が大勢詰め込まれた大広間。佐殿は奥の一番の上座。そこからズラッと男たちが列をなし、向かい合って座している。
先ずヒメコが一つ膳を持って部屋に入る。静々と進み、頼朝の前に膳を置いた。続いて女官達が続々と膳を手に男たちの前に膳を置いて行く。膳を置いたヒメコは立ち上がり、二の姫はと見れば、ちゃんと緑黄の直垂の相手の前に辿り着いていた。ヒメコは部屋を出て、今度は酒を準備しに戻る。
その間に御所の話があったようで、男たちの返事と拍手が聞こえてきた。食事が始まったようだ。女官たちは今度は酒を注いで回る。ヒメコも瓶子を手に中へ入った。まず御所から。でも頼朝はあまり酒を好まない。これは水ですから、とそっと伝えて盃に注ぎ、頼朝の膳の横にその瓶子を置いて立ち上がる。
酒が入ると男たちは途端にうるさくなる。ガツガツと食べてはグイグイと飲み、次の酒を要求してくる。ヒメコはチラと二の姫を見てから部屋を出た。二の姫は意中の人の声を聞けるだろうか。
ふと、コシロ兄はどこだろう?と振り返る。膳を運ぶのに必死で、コシロ兄を探すのを忘れるなんて。
「恋の心は下心。時と状況次第で移り変わる」
波中太の言葉が思い出される。そう、自分はまだ恋に恋しているだけなのだろう。
少し落ち込みながら外に出たら三の姫が話しかけてきた。
「随分と明確に序列が出来たものね」
何のことかと首を傾げたら、三の姫は部屋の中をチラと覗いてヒメコを手招きした。
「見て。御所様の隣に並んでるのは腹違いの弟君三人よ。それから足利義兼殿に平賀殿、加々美殿、つまり源氏の一派ばっかり。対して向かい合ってるのは上座から三浦や土肥、千葉、上総、畠山。つまり早くから佐殿のお味方になった一族を上座に置いて、序列を決めてるのよ」
へえ、と頷いたヒメコは、あれ、と思う。
「北条殿は?」
「小四郎兄と一緒に御所様のすぐ脇だから、扱いは一応親族って所かしら」
近くに居たのかとヒメコは改めて落ち込みそうになるが、
「え、足利義兼殿?」
先に挙げられた名を繰り返す。三の姫はニマァと笑った。
「そう!緑黄の君よ。小姉上ったらすごいじゃないの」
ああ、それで先にニヤニヤ笑っていたのかと思い出す。
そこへ二の姫が下がってきた。三の姫と共に二の姫を捕まえる。
「どうだった?」
三の姫の言葉に、二の姫は、ええと頷くと
「落ち着いたお声の立派な方でした」と嬉しそうに答えた。
「お声を聞けただけで私は満足です。二人とも有り難うね。さ、皆様にお酒を運ばなくては」
そう言って軽やかに歩き出す。
ヒメコもそれを追って、盆の上に瓶子を乗せて中へと入った。酒が無くなっていそうな所へ行き、空の瓶子や膳の上の空いた皿を下げつつ回る。
と、着物の裾が引っ張られた。
「可愛い顔してるな。まだ童女みたいに幼い。名は?」
明るい華やかな赤茶の直垂。正月なので、男たちは皆揃って常より幾分華やかな直垂を選んで着ているが、その中でも一際目立つ鮮やかな赤。
先程の三の姫の言葉を思い出す。御所の隣に弟が三人。この人はその三番目。御所の末弟なのだろう。ヒメコは失礼にならないようそっと膝をつくと「姫御前です」と名乗った。
「へえ、声は意外にしっかりしてるな。でも顔は幼い。いいねぇ。好みだ」
「九郎、飲み過ぎだぞ。今は正月の祝いの席。常の酒宴とは違うのだ。大人しくしていろ」
隣の僧形の人が宥めくれる。だが九郎は止まらなかった。
「そう。祝いの席なんだから、もっと賑やかに楽しく騒がないと。そう思いません?」
と、足利義兼に話しかけるが、足利義兼は静かに微笑み返すのみで取り合わない。
「ね、姫御前は舞とか歌はやらないの?ほら、パアッと盛り上げてよ」
どうしよう?北条の館でもこういうことはあったけれど、アサ姫が怒鳴ってくれて助けられてた。でも今日アサ姫は御台所として列席してるから動けない。
自分で何とかしなきゃ。でもどうやって?
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