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Ep.6 バ可愛い、と言う言葉がある
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中庭のテーブルに出したチェス盤の横。飲みかけの紅茶が入ったティーカップにひらりと一枚の花びらが落ちてきた。
(もうすっかり春ね……。高等科に上がる前最後の年だしもっと緊張するかなと思ってたけど、イグニスが本当に毎日のように絡みにくるから忙しくて感傷に浸る間もない怒濤の一年だったわ……)
今日も今日とて飽きもせずに勝負に来たイグニスとチェス盤を挟んで座りつつ、咲き誇る花に気をとられるカナリア。
準備はしてきたとは言え、ゲームのシナリオは言わば”運命“だ。その運命がヒロインに味方する可能性は高いと思う。
「(それに、なんだかヒロインについてすごく大事なことを忘れてる気がするのよね。なんだったかしら……)って、あぁっ!しまった!ちょっと待っ……!」
「残念だったなカナリア嬢。勝負に待ったはないんだよ!!」
一瞬気を反らした隙をついたイグニスが、カナリアのキングの駒を奪い取る。控えて勝敗を見守っていた執事が、『イグニス様の勝利です』と告げた。
「うぅ、しまった。油断したわ……!……ん?」
油断するんじゃなかったと向かいのイグニスに視線を向けると、勝ったはずのイグニスはなんだか呆けたような面をしていた。
どうかしたのかと首を傾ぐカナリアを見て、イグニスが呆然と呟く。
「い、今……、俺が勝った、のか?」
「はぁ……、釈然としないけどそうね。参りました、この勝負、あなたの勝ちよ」
例え油断が招いた結果でも、敗けは敗けだ。潔く答えたカナリアの前で、イグニスが肩を震わせる。そして、次の瞬間には喜びを爆発させた。
「ふ、ふふふふ……!やった、やったぞ!ようやくカナリア嬢に勝った!!」
「イグニス様、999戦目にして初の勝利おめでとうございます!!」
「馬鹿っ、勝負の回数を強調するな!!あぁ、でも本当に長かった。どうだカナリア嬢、思い知ったか!!!」
自分の執事に怒りつつも勝ち誇った顔でふんぞり返るイグニスに一瞬いらっとしたが、今にもわーいわーいと跳び跳ねそうなあまりに無邪気な彼の喜びように毒気が抜かれてしまう。
やれやれと思いつつ、カナリアも笑みを浮かべた。
「はいはい、御見逸れいたしましたイグニス殿下《・・》。それでは、ご要望をどうぞ?」
「え?」
途端にきょとんとしたイグニスに、カナリアは苦笑を溢した。
「『勝ったら一回、相手に好きなことを要求出来る』。これは私から貴方に出した条件だったでしょ?私ばっかり貴方に色々要求しておいて、自分が負けるなり何もしないわけにはいかないわよ。さ、何でも言いなさい!」
どんとこい!とカナリアが胸を張ると、たわわな果実がふるんと揺れる。
…が、仮にも思春期男児であるはずのイグニスはそこには興味も示さずに妙な呆け面をしていた。
「何よ、その顔は」
「あ……、いや、半年以上ずっと勝てずにいたから、いざ勝ったときの要求とか考えてなかったな……と」
「あら……」
いつもの勢いはどこへやら。途端にしおらしく頬をかいて笑うイグニスに、不覚にも一瞬、キュンとした。
それを見ていた周り(使用人たち)も、ぶわっと涙を浮かべてイグニスを取り囲む。
「初勝利おめでとうございますイグニス様!次いらした日にはご馳走をたくさん作りますからね!」
「スイーツもお好きなものをいくらでもご用意致します!」
「庭師に取って置きの花でお祝いの花束を作らせましょう!!」
「はっ、なっ!?ええいやめろ囲うな暑苦しい!おいカナリア嬢、お前の屋敷の使用人達をどうにかしろ!馬鹿にされている気しかしない!!!」
「あら失礼な。馬鹿になんてしてないわよ、愛でてるだけ。ほら、バカな子ほど可愛いって言うし」
「どちらにせよ嫌だわ!!!お前やっぱ面白がってるだろう!」
「うん。だってイグニスからかい甲斐あるんだもの。反応可愛いし」
「可愛……っ!!?」
カナリア的には年上のお姉さんが小学生男子に言うくらいの気持ちで軽く言ったのだが、途端にイグニスは深紅の髪に負けないほど真っ赤になってしまった。凛々しく歳のわりに男らしい顔立ち故、『可愛い』は言われ慣れていないのだろうか。
そのリアクションに、カナリアの口からは『ほら、やっぱり可愛い』と思わず本音が漏れる。
それをしっかり聞き取ったイグニスは、手早く自分の荷物を抱えて立ち上がった。
「~~っ!!もういい!そっちの条件については考えておく!それより、もうひとつの約束は忘れていないだろうな!?高等科に上がるまでにリヒトには話をつけておけよ!じゃあ俺は帰る!!!」
「はいはい、わかってますよ。気をつけて帰ってね」
あ、でも……と、すでに大分小さくなったイグニスの背に向かい声を張り上げる。
「王都に出る側の門の方向真逆よー!」
途端に響いた『早く言えぇぇぇっ!』と言う叫びに、カナリアも使用人たちもやれやれと皆で笑った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、翌日。
カナリアは久方ぶりにリヒトに会いに王宮にやって来ていた。
「リヒト様、お久しぶりですり突然お時間を頂きまして申し訳ございません」
「いいや、カナリアの方から会いたいと言ってくれたのは初めてだから嬉しいよ」
「ーっ!?い、いやですわ、リヒト様ったら……」
部屋に入るなり満面の笑みで迎えられ手の甲に口付けられ、思わずクラっとしてしまった。最近は彼が視察で忙しくあまり会えていなかった上に、長いこと“ザ ・普通の男の子”らしいイグニスと居たせいで、完璧な王子様であるリヒトは五割増しで心臓に悪い。
上気した頬に手を当てて顔を背けたカナリアの腰にそっと腕を回して、リヒトが囁くように追い討ちをかける。
「ふふ、本当に可愛いな……。まるで赤く熟れた苺のようだ」
『食べてしまいたくなるね』と言うとんでもない発言と共に、頬に触れた柔らかい感触。
一瞬間を置いてそれが何だったか理解したカナリアの顔がボンっと真っ赤になった。
(~~~~っ!!何この色気、絶対15歳の出していいフェロモンじゃない!さっさとイグニスからの条件伝えて逃げよう。このまま長居してたら心臓が破裂して死ぬ!!!)
ドキドキとうるさい鼓動を深呼吸で落ち着けて、さっさと本題に入ることにした。
「実は、今日はもうひとつお願いがあって参りましたの。イグニス様とのことですわ!!」
「……義兄上《あにうえ》とのこと?」
「……っ!は、はい。実は……」
そういえば、リヒトはいつも自主的になにかをしてくれていたので自分から彼に何かを頼むなんて初めてだ。と緊張しつつ、カナリアは懸命に事の次第を伝える。
「へぇ、そう……負けちゃったんだ」
「ーー……っ!?」
一瞬でリヒトから笑顔が消えた。整いすぎた顔立ちのせいか、表情が無くなると完全に人形みたいじゃないか。
思わずたじろいだカナリアだったが、瞬きをした次にはリヒトはもういつも通りに穏やかに笑っていた。
断られてしまうかしらとびくびくしているカナリアに、リヒトは仕方無いなとばかりに苦笑を向ける。
「仕方無いなぁ。紳士淑女足るもの、約束は守らないといけないよね」
「ーっ!じゃあ……!」
「うん、いいよ。その勝負、受けてあげる。兄上に伝えて貰えるかな?来週の休暇の日、バーナード家の庭にて一対一で剣を交えましょうとね」
「はい、ありがとうございますリヒト様!」
『立会人は、君に努めてもらおうかな』と笑って、お茶の用意を始めたリヒトはあまりにいつも通りだったから。さっき見た怖い顔はきっと気のせいだったのだと、カナリアもいつも通りに彼とのティータイムを楽しむのであった。
(もうすっかり春ね……。高等科に上がる前最後の年だしもっと緊張するかなと思ってたけど、イグニスが本当に毎日のように絡みにくるから忙しくて感傷に浸る間もない怒濤の一年だったわ……)
今日も今日とて飽きもせずに勝負に来たイグニスとチェス盤を挟んで座りつつ、咲き誇る花に気をとられるカナリア。
準備はしてきたとは言え、ゲームのシナリオは言わば”運命“だ。その運命がヒロインに味方する可能性は高いと思う。
「(それに、なんだかヒロインについてすごく大事なことを忘れてる気がするのよね。なんだったかしら……)って、あぁっ!しまった!ちょっと待っ……!」
「残念だったなカナリア嬢。勝負に待ったはないんだよ!!」
一瞬気を反らした隙をついたイグニスが、カナリアのキングの駒を奪い取る。控えて勝敗を見守っていた執事が、『イグニス様の勝利です』と告げた。
「うぅ、しまった。油断したわ……!……ん?」
油断するんじゃなかったと向かいのイグニスに視線を向けると、勝ったはずのイグニスはなんだか呆けたような面をしていた。
どうかしたのかと首を傾ぐカナリアを見て、イグニスが呆然と呟く。
「い、今……、俺が勝った、のか?」
「はぁ……、釈然としないけどそうね。参りました、この勝負、あなたの勝ちよ」
例え油断が招いた結果でも、敗けは敗けだ。潔く答えたカナリアの前で、イグニスが肩を震わせる。そして、次の瞬間には喜びを爆発させた。
「ふ、ふふふふ……!やった、やったぞ!ようやくカナリア嬢に勝った!!」
「イグニス様、999戦目にして初の勝利おめでとうございます!!」
「馬鹿っ、勝負の回数を強調するな!!あぁ、でも本当に長かった。どうだカナリア嬢、思い知ったか!!!」
自分の執事に怒りつつも勝ち誇った顔でふんぞり返るイグニスに一瞬いらっとしたが、今にもわーいわーいと跳び跳ねそうなあまりに無邪気な彼の喜びように毒気が抜かれてしまう。
やれやれと思いつつ、カナリアも笑みを浮かべた。
「はいはい、御見逸れいたしましたイグニス殿下《・・》。それでは、ご要望をどうぞ?」
「え?」
途端にきょとんとしたイグニスに、カナリアは苦笑を溢した。
「『勝ったら一回、相手に好きなことを要求出来る』。これは私から貴方に出した条件だったでしょ?私ばっかり貴方に色々要求しておいて、自分が負けるなり何もしないわけにはいかないわよ。さ、何でも言いなさい!」
どんとこい!とカナリアが胸を張ると、たわわな果実がふるんと揺れる。
…が、仮にも思春期男児であるはずのイグニスはそこには興味も示さずに妙な呆け面をしていた。
「何よ、その顔は」
「あ……、いや、半年以上ずっと勝てずにいたから、いざ勝ったときの要求とか考えてなかったな……と」
「あら……」
いつもの勢いはどこへやら。途端にしおらしく頬をかいて笑うイグニスに、不覚にも一瞬、キュンとした。
それを見ていた周り(使用人たち)も、ぶわっと涙を浮かべてイグニスを取り囲む。
「初勝利おめでとうございますイグニス様!次いらした日にはご馳走をたくさん作りますからね!」
「スイーツもお好きなものをいくらでもご用意致します!」
「庭師に取って置きの花でお祝いの花束を作らせましょう!!」
「はっ、なっ!?ええいやめろ囲うな暑苦しい!おいカナリア嬢、お前の屋敷の使用人達をどうにかしろ!馬鹿にされている気しかしない!!!」
「あら失礼な。馬鹿になんてしてないわよ、愛でてるだけ。ほら、バカな子ほど可愛いって言うし」
「どちらにせよ嫌だわ!!!お前やっぱ面白がってるだろう!」
「うん。だってイグニスからかい甲斐あるんだもの。反応可愛いし」
「可愛……っ!!?」
カナリア的には年上のお姉さんが小学生男子に言うくらいの気持ちで軽く言ったのだが、途端にイグニスは深紅の髪に負けないほど真っ赤になってしまった。凛々しく歳のわりに男らしい顔立ち故、『可愛い』は言われ慣れていないのだろうか。
そのリアクションに、カナリアの口からは『ほら、やっぱり可愛い』と思わず本音が漏れる。
それをしっかり聞き取ったイグニスは、手早く自分の荷物を抱えて立ち上がった。
「~~っ!!もういい!そっちの条件については考えておく!それより、もうひとつの約束は忘れていないだろうな!?高等科に上がるまでにリヒトには話をつけておけよ!じゃあ俺は帰る!!!」
「はいはい、わかってますよ。気をつけて帰ってね」
あ、でも……と、すでに大分小さくなったイグニスの背に向かい声を張り上げる。
「王都に出る側の門の方向真逆よー!」
途端に響いた『早く言えぇぇぇっ!』と言う叫びに、カナリアも使用人たちもやれやれと皆で笑った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、翌日。
カナリアは久方ぶりにリヒトに会いに王宮にやって来ていた。
「リヒト様、お久しぶりですり突然お時間を頂きまして申し訳ございません」
「いいや、カナリアの方から会いたいと言ってくれたのは初めてだから嬉しいよ」
「ーっ!?い、いやですわ、リヒト様ったら……」
部屋に入るなり満面の笑みで迎えられ手の甲に口付けられ、思わずクラっとしてしまった。最近は彼が視察で忙しくあまり会えていなかった上に、長いこと“ザ ・普通の男の子”らしいイグニスと居たせいで、完璧な王子様であるリヒトは五割増しで心臓に悪い。
上気した頬に手を当てて顔を背けたカナリアの腰にそっと腕を回して、リヒトが囁くように追い討ちをかける。
「ふふ、本当に可愛いな……。まるで赤く熟れた苺のようだ」
『食べてしまいたくなるね』と言うとんでもない発言と共に、頬に触れた柔らかい感触。
一瞬間を置いてそれが何だったか理解したカナリアの顔がボンっと真っ赤になった。
(~~~~っ!!何この色気、絶対15歳の出していいフェロモンじゃない!さっさとイグニスからの条件伝えて逃げよう。このまま長居してたら心臓が破裂して死ぬ!!!)
ドキドキとうるさい鼓動を深呼吸で落ち着けて、さっさと本題に入ることにした。
「実は、今日はもうひとつお願いがあって参りましたの。イグニス様とのことですわ!!」
「……義兄上《あにうえ》とのこと?」
「……っ!は、はい。実は……」
そういえば、リヒトはいつも自主的になにかをしてくれていたので自分から彼に何かを頼むなんて初めてだ。と緊張しつつ、カナリアは懸命に事の次第を伝える。
「へぇ、そう……負けちゃったんだ」
「ーー……っ!?」
一瞬でリヒトから笑顔が消えた。整いすぎた顔立ちのせいか、表情が無くなると完全に人形みたいじゃないか。
思わずたじろいだカナリアだったが、瞬きをした次にはリヒトはもういつも通りに穏やかに笑っていた。
断られてしまうかしらとびくびくしているカナリアに、リヒトは仕方無いなとばかりに苦笑を向ける。
「仕方無いなぁ。紳士淑女足るもの、約束は守らないといけないよね」
「ーっ!じゃあ……!」
「うん、いいよ。その勝負、受けてあげる。兄上に伝えて貰えるかな?来週の休暇の日、バーナード家の庭にて一対一で剣を交えましょうとね」
「はい、ありがとうございますリヒト様!」
『立会人は、君に努めてもらおうかな』と笑って、お茶の用意を始めたリヒトはあまりにいつも通りだったから。さっき見た怖い顔はきっと気のせいだったのだと、カナリアもいつも通りに彼とのティータイムを楽しむのであった。
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