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第9話 月の国の事情

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 ルナリアは、エスポワール大陸においてナンバー2に君臨する大国である。
 全国的に見ても優れた魔導士が多く、経済的にも豊かで国内の貧富も少ない。教会制度なども、『聖女生誕の地』の栄誉だけで成り立たせていたミーティアより余程基盤がしっかりしていると聞く。

「そんな優れたお国に、本当に私などに務まるお役目がありますでしょうか……?」

「あぁそうでした!その辺りを一度きちんとお話すべきでしたね、これは失敬。ではリオン、支度を」

「へいへい、わかりましたよーっと。たく人使い荒いんですから……」

 リオンと呼ばれた青年が溜め息混じりに壁際に真っ白な布地を広げ、部屋の明かりを消す。暗闇に困惑するセレーネを他所に、司祭シエルが布地に向かって幻影魔術を放った。

「では今から我が国の歴史を端的にご説明致します、はい拍手!!」

「は、はい!」

「へいへい……」

 身に染み付いた指示には従順に従う精神で元気に叩かれたセレーネの拍手と、真逆にたいへんやる気の無いリオンの拍手とはお世辞にも言えない手拍子を受けたシエルが悠々と語りだした内容は、以下の通りだった。

 話は四つの国々の建国時代に遡る。かつて自国はもちろん、瘴気に汚染され崩壊寸前だったエスポワール大陸を救済した初代の聖女はその後、ミーティアの皇子の求婚を受け一人の娘を産み、儚くなった。
 母譲りの膨大な魔力を持ち成長したその姫君は、聖女継承の儀に参列する為呼ばれていたルナリアの王太子に心奪われる。しかし王太子には愛する婚約者が居た為に姫の求婚を拒み、逆上した姫は彼の国“ルナリア”にある呪いをかけた。

『今後、未来永劫お前の国に星の加護を持つ女は決して誕生しない』

 当時、大陸と天の導きかミーティア以外の三つの国にも“聖女”の資質である星の加護を受けた乙女が誕生し始めていたのだが、姫のその呪詛の為か。ルナリアに生を受けていた新たな聖女達は皆不幸に見舞われ、その後現代に至るまで、とうとう月の国には次の聖女候補が生まれることは無かった…………。





「と、言うわけでして!こちらとしては正直失恋の腹いせなんぞで呪われただなんてとんだ迷惑な話なんですよ!」

「そ、それはまた、なんと申し上げてよいか…………」

 古にルナリアの皇子とミーティアの姫君の間で確執があったと言う話はあちらにも残っていたが話に辻褄の合わぬ点も多くかなり湾曲されているだろう、とはセレーネも薄々わかっていたが。まさかこのような真相だとは思いもよらなかった。これが事実なら本当にはた迷惑以外の何者でも無いだろう。

「では……今もルナリアには癒し手となる星の加護を持つ女性の方は一人も………」

「えぇ、年に数回は王家と我々教会が国内をくまなく調査しておりますが、ただの一人としておりません。古の呪縛は今尚根強く残っているとみた方が良いかと」  

 うんざりしたようなシエルの口振りや、先日危険な場だと知りながら治癒士をひとりも連れずに魔物の巣窟に来ていた辺り、全て事実なのだろう。少し考え込み、セレーネが首をかしぐ。

「あの……、それほど長い年月効力を持たせた術ならば必ず何かしらの“要”がある筈では…………?」
 そうでなければ、術者の死後その効力は長くとも百年程度でとっくに消えている筈だ。
 しつこいようだが、ルナリアには他国がわざわざ引き抜きたがる程の優秀な、謂わば賢者クラスの魔道士も多い。国内の魔道士が総出で当たれば解決出来そうな問題ではないのかと尋ねるセレーネに、シエルが頭を振った。

「もちろん探してはいますが、未だ呪術の要は発見出来ておりません。幸い徐々に効果は弱まっているようで、男であれば治癒術の使い手も少人数ながら現れ初めてはおりますが、如何せんまだまだ人手が足りていない」

 更に詳しく言うならばルナリアに籍を置く癒し手で優秀な者は高齢の男性ばかりで、過酷な魔物の討伐や戦場に同伴するには荷が重い世代なのだと言う。

「そこに現れたのが貴女です!!」

 ビシッとセレーネの鼻先に指を突き付け、ローブを翻したシエルが続ける。

「年若く見目は麗しく儚げ。それでいて人柄は穏和にして控えめ。更に悲しい過去による影の部分が庇護欲を誘う美少女が、更に治癒術の使い手とは!我々もまだまだ神に見放されてはおりませんなぁ!」

「半ば誘拐してきておいてどの口が言う……」

「何か言いましたか?」

「いいえー、別にぃ?」

「それなら結構。話を戻しますが、実はここ半年間、我が国の各所にて高濃度の瘴気が地盤より噴出し、現地の魔物が凶暴化する被害が相次いでおります」

 調査に当たっている学会からは、恐らく原因はミーティアの大聖女様の衰弱なので、代替わりが済みしばらく経てば収まるのではないかと言われたそうだが。

「既に死者も出始めております、悠長な事は言っていられない。そこで何か足掛かりを掴めればと、藁にも縋る思いであの遺跡へ調査に向かった次第です」

 結局そちらの解決策は見つからなかったが、代わりにセレーネと出会えたことは僥倖ぎょうこうであったと締めくくり、話をわかりやすくする為に投影していた幻影魔術を解いたシエルがセレーネの右手を取る。

「きゃっ………」

「おっと、これは失礼。女性の手に許可なく触れるのは失礼でしたか?いやぁ申し訳ありません!何分育ちが卑しいもので!」

「とか言いながら意地でも離さない辺りあんた本当いい性格してますよ」

「はっはっは、お褒めに預かり光栄です!」

「一欠片も褒めてませんが!?」

 リオンの叫びは華麗に受け流し、シエルの指先がセレーネの手の甲の月模様をなぞる。

「この紋章、先天的な物ではないでしょう。魔力で書き上げた術式に近いようだ。こちらはミーティアの教会にてお入れに?」

「い、いえ、これは……、妹と対にして自分達で印したもので………」

「おや、妹君がいらっしゃるのですか。貴女の血縁であればそれはさぞ可愛らしい方でしょう!機会があればぜひ詳しくお話をうかがいたいですなぁ!ちなみに、紋章の提案は妹君からで?」

「……………はい。あの子は私と髪も、瞳も人柄も、聖女の資質も真逆に華やかで、優秀で……。それなのに、出来損ないのこんな姉を素直に慕っていてくれた、大切な、妹です」

 セレーネが頷くと、シエルが一瞬だが目を閉じて。またすぐに笑顔に戻る。

「それはそれは!仲良き事は美しきかな、このシエル感動いたしました!」

 さて、と二回シエルが手を鳴らすと、朝方セレーネの世話をしてくれた女性達が現れる。

「貴女にはいずれ我が教会の旗印となっていただきたい所存ではありますが、まだいらしたばかりで勝手もわからないし何より身体が回復していないでしょう。当面はこの本部内で自由にお過ごしいただきつつ、徐々にうちのやり方に慣れていただければ結構ですよ。もし何か御入り用の物があればなんなりとお申し付け下さい」
 
 これ、お勧めの書籍と本部内の見取り図です。
 その言葉と共についでに自由に使用可能な部屋の鍵束まで与えられ、あまり一気に話すとまた疲れてしまうからともう今日はあとは好きに過ごすようにとまた部屋に戻される。

 こうして祖国とは真逆すぎる環境の中、セレーネの新たな暮らしが始まった。

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