上 下
7 / 17
第一章 悪役転生?そんなことよりご飯が大事

六杯目 お兄さまは反抗期

しおりを挟む
「旦那様、そろそろご到着の時刻になります」

「あぁ、そうだな。おいでアンジュ、玄関ホールまで兄上を迎えに行こう」

「はい、お父さま」

「では、私はそろそろお暇しよう。久方ぶりの家族団らんを邪魔しては悪いからね」 

 この一年で一人称を始め、改めて王子として言葉遣いを見直したシュトラールがそう言って立ち上がった時、屋敷から中庭に繋がる扉が勢いよく開かれた。

「いいえ、お気遣いは結構!自分はここにおりますから」

「ミゲル坊ちゃま!」

 アンジェリカと同じ白銀の髪に父と同じ紫の瞳をした美少年、ミゲル。悪役令嬢アンジェリカのふたつ違いの兄であり、ゲームの攻略対象でもある。
 勉学に長け厳格な性格の彼は、ワガママ放題だった妹と非常に仲が悪く。二人のあまりの反りの合わなさを見かねた両親の提案で、昨年から離れて暮らす事になっていた。

 はじめはアンジェリカを親戚の屋敷に一時的に預ける話だったのだが……アンジェリカ(転生前)が田舎に行くことを全力で拒んだのと、ミゲル自身が家族から離れ勉学に集中したいと申し出た事から、彼は昨年の春から親戚の屋敷がある南港町“クインテット”で暮らしている。

 その街は実はゲームのヒロインの故郷であり、シナリオ通りならミゲルは舞台となる学園入学の15歳まで王都には戻らない筈だったのだが。今のアンジェリカとなら和解するのではと期待した両親が、一度屋敷に呼び戻した次第であった。

「只今戻りました、父上、母上も。お変わりない様で何よりです。シュトラール殿下、この度はご婚約おめでとうございます。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」

 如何にも秀才そうなキビキビとした動きで挨拶を済ませるミゲルだが、頑なにアンジェリカの方を見ようとしない。その態度を見かねた父がアンジェリカの肩を叩き、兄の前に促した。

「お前も息災なようで何よりだ、ミゲル。さぁアンジュ、久方ぶりの兄との再会だ。積もる話もあるだろう」

「えぇと、そうで『お止め下さい父上、自分はアンジェリカを自分の血縁と認めたことは一度たりとてありませんので!』…………あらぁ」

 きっとメガネ越しに射抜かんばかりの眼差しで妹を睨みつけるミゲルに父はため息をつき、母は狼狽え、事情を知らなかったシュトラールが困りつつもミゲルをなだめ始めるが、当のアンジェリカの感想はと言えば……。

(これはまた、反抗期真っ盛りのお兄さんが来ましたねぇ)

 程度のもので、そもそもミゲルが嫌悪していた頃の“アンジェリカ”の振る舞いに関しては自分にはどうにもならないので、一欠片も心的ダメージは無いのであった。

「あの、皆さん別に私は気にしてないので。それよりミゲルお兄さまにご飯を……」

「あー……、ミゲル。部外者である私が口を出すのも筋違いかとは思うが、失礼を承知で言わせてもらうよ。今のアンジェリカは君が屋敷を離れる前とは見違えるほどに成長した。少なくとも君が最も嫌悪していた横柄な振る舞いは一切していないよ」

「その辺りは多分自分の目で見ないと信じられないでしょうしあとにして、お茶淹れたので……」

「そうよミゲル。今日だって、アンジェリカはあなたにも料理を食べて欲しいと朝早くから下ごしらえをしていたのよ。話くらい聞いてあげて頂戴?」

「あの、緑茶……」

「母上はそうやっていつもアンジェリカばかり甘やかして!そうやって気持ちや頑張りを蔑ろにされてきた自分の気持ちがわかりますか!?殿下だって、王宮に居場所がない孤独をちょっと見目が良い婚約者に癒やされたからと籠絡されて、恥ずかしいとは思わないのですか!!」

「止さないかミゲル!非礼どころの騒ぎではない失言だぞ!!」

(…………誰も聞いてくれない)

 身内だけならともかく、第一王子への暴言は流石にいただけない。青ざめた父に叱りつけられたミゲルだったが、引っ込みがつかないらしく口が止まらない。

「何ですか父上まで!計算も出来ない。諸外国の言語は疎か母国語の解読も怪しい、領地の仕事など到底出来ようのないしかも女であるアンジェリカより!自分の方がずっと跡取りとして価値が……っゲホッ!~~っ!!」

「「ミゲル!」」 

 叫びすぎた勢いで咳き込んだまま、止まらなくなり呼吸がままならなくなるミゲル。実は彼は喘息持ちだったのだ。
 咄嗟にシュトラールがよろけたミゲルを支え、両親が駆け寄り背中を擦る。

「誰か!ミゲルの薬を持ってきて頂戴!」

「そっ、それが……!ここ一年は発作がほとんど無かったそうで、今のミゲル様はお薬を常備しておられないのです奥様……!」

「そんな……!」

 狼狽え青ざめる使用人達、苦しむ息子の背を擦るしか出来ない両親の間を潜り抜け、にゅっとミゲルの前に移動してきたアンジェリカが兄のシャツのボタンを上から4つほど外し始めた。

「ーっ!アンジュ、君は何を……!」

「喉元がしまったままだと呼吸が余計乱れるよ。まずは衣服を緩めて、前のめりは良くないから長椅子に座らせた方がいいかも」

「あ、あぁ、わかった。ミゲル、少し持ち上げるよ」

 シュトラールがミゲルを長椅子にもたれさせると、アンジェリカが先程淹れた(そして完全に無視され冷めた)緑茶を少しずつ兄に飲ませていく。

「体制を整えたらぬるくなったお茶を少しずつ飲ませて。とりあえず咳をおさめるのが最優先だから。お兄さま、大丈夫ですよ。焦らないで、口を開けて……そう。いい子ですね」

 アンジェリカの初動により幸いこの発作は悪化せずに収まり、ミゲルはそのまま自室にて休まされることになったのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※今回ちょっとシリアスでしたが、この小説は基本、全てがご飯で解決します
 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子
恋愛
 ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。  現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!  それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。  ───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの? ******** できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。 また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。 ☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

めんどくさいが口ぐせになった令嬢らしからぬわたくしを、いいかげん婚約破棄してくださいませ。

hoo
恋愛
 ほぅ……(溜息)  前世で夢中になってプレイしておりました乙ゲーの中で、わたくしは男爵の娘に婚約者である皇太子さまを奪われそうになって、あらゆる手を使って彼女を虐め抜く悪役令嬢でございました。     ですのに、どういうことでございましょう。  現実の世…と申していいのかわかりませぬが、この世におきましては、皇太子さまにそのような恋人は未だに全く存在していないのでございます。    皇太子さまも乙ゲーの彼と違って、わたくしに大変にお優しいですし、第一わたくし、皇太子さまに恋人ができましても、その方を虐め抜いたりするような下品な品性など持ち合わせてはおりませんの。潔く身を引かせていただくだけでございますわ。    ですけど、もし本当にあの乙ゲーのようなエンディングがあるのでしたら、わたくしそれを切に望んでしまうのです。婚約破棄されてしまえば、わたくしは晴れて自由の身なのですもの。もうこれまで辿ってきた帝王教育三昧の辛いイバラの道ともおさらばになるのですわ。ああなんて素晴らしき第二の人生となりますことでしょう。    ですから、わたくし決めました。あの乙ゲーをこの世界で実現すると。    そうです。いまヒロインが不在なら、わたくしが用意してしまえばよろしいのですわ。そして皇太子さまと恋仲になっていただいて、わたくしは彼女にお茶などをちょっとひっかけて差し上げたりすればいいのですよね。    さあ始めますわよ。    婚約破棄をめざして、人生最後のイバラの道行きを。       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ヒロインサイドストーリー始めました  『めんどくさいが口ぐせになった公爵令嬢とお友達になりたいんですが。』  ↑ 統合しました

ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった!

青星 みづ
恋愛
【第Ⅰ章完結】『イケメン達と乙女ゲームの様な甘くてせつない恋模様を描く。少しシリアスな悪役令嬢の物語』 なんで今、前世を思い出したかな?!ルクレツィアは顔を真っ青に染めた。目の前には前世の押しである超絶イケメンのクレイが憎悪の表情でこちらを睨んでいた。 それもそのはず、ルクレツィアは固い扇子を振りかざして目の前のクレイの頬を引っぱたこうとしていたのだから。でもそれはクレイの手によって阻まれていた。 そしてその瞬間に前世を思い出した。 この世界は前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢だという事を。 や、やばい……。 何故なら既にゲームは開始されている。 そのゲームでは悪役令嬢である私はどのルートでも必ず死を迎えてしまう末路だった! しかもそれはヒロインを虐めても虐めなくても全く関係ない死に方だし! どうしよう、どうしよう……。 どうやったら生き延びる事ができる?! 何とか生き延びる為に頑張ります!

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

処理中です...