上 下
13 / 17

13

しおりを挟む
 


 検査結果も問題なく無事に退院してから数日。夏休みを明日に控えた図書室は本日も満員ではなく、無人御礼でひっそりと静まり返っていた。

「ええっ、じゃあ色んなものが落っこちてきた件もアイツのせいだったんですか!?」

 思わず大声を上げてしまい、タケルは慌てて手で口を覆い隠した。

 自分たち以外、誰もいないと分かっていてもつい、あたりを見回してしまうのは小心者の日本人の悲しい性である。
 そんなタケルに対し、耳穴に指を突っ込んだ蘇芳先輩がこくり頷いた。

 先輩の人脈(?)を使った情報網によると、物が落下した直後現場でピンク頭らしき人物が度々目撃されていたらしい。流石に落とす瞬間を見たという生徒はいなかったものの、件のガラスの水槽を手に窓の下を窺うピンク頭の姿を見たという証言でほぼ間違いはないだろう。

「橘ちゃんには危機管理能力が足りない!!」

 そう指先を鼻に突きつけられて仕舞えば言い返す言葉もない。
 なにせ落下を楽観視(洒落にもならない)した挙句、階段から突き飛ばされナイフで脅され、一歩間違えれば紐なしバンジージャンプで命を落としていたかもしれないのだから。

「ま、まあ。そこは申し訳ないというか、すいませんですけど。これからはそんな心配はなくなることー」
「more危機管理っ!!!」

 スパァーンと小刻みの良い快音が図書館に響き渡った。叩かれた後頭部が地味に痛い。

「以後気をつけます。すいませんでした」

「うむ。分かればよろしい」

 どこぞで手に入れた来賓用のスリッパ片手に鼻息荒くする先輩に、タケルは今度こそ誠心誠意謝罪した。
 先輩を本気で怒らせてはいけない。タケルはここ数日でそれを以前より一層強く理解した。

 退院し学校に登校してきた直後タケルにもたらされたのは、ピンク頭が転校すると言う情報だった。
 階段から落ちて病院に運ばれたという惨事にも関わらず、大した怪我がないと知るや否や周囲なんて薄情なもので。すぐに美少女がいなくなるという嘆きに巻き込まれ、タケルはクラスメイトから散々愚痴を聞かされまくった。
 中には1度呼び出されたというだけで邪推する者も現れ、それは表向き綺麗に流したが内心では思い当たる節があったので、まさかという嫌な予感で気が気じゃなかった。
 すぐ先輩の元に行き転校について問いただすと笑って否定されたが、笑い終わった後で「ちょ~っと予定を早めさせたけどな」とボソッと付け足された言葉が物凄く不穏で、釣られて笑った口元が引き攣ったのは仕方がないことだと思う。

 ペンは剣よりも強しと胸を張った先輩に、深く言及しなかったのは自身の心の安寧のため。薮蛇など突いてもロクなことはない。

 ピロリン♪

 まったりと会話をしていた先輩のスマホから突然、軽快な通知音が鳴った。

 普段は気にならない音量も静かな場所だといやでも耳につく。タケルの目の前でちらっと画面を見やり相手が分かった先輩は何も言わず、スマホを制服のポケットに仕舞い込もうとした。

「…返信しなくていんですか?」

 一連の動作を見ていたタケルが控えめに声をかけるとギジリと錆びついたブリキ人形のようにスマホを持つ手が止まり、あーとかうーとか言いながら先輩の目が泳ぐ。
 いつも物事をはっきり言うタイプの先輩のこんな煮え切らない態度は珍しい。訝しみ口を開きかけたところで催促するように次の軽快な音が鳴る。

「先輩?」

「あー、はいはい。分かりましたよっ!」

 何故かキレ気味声を上げた先輩がにスマホを画面を操作し始めた。

 画面越しに始まった会話に顰められている眉が上がったり下がったり。忙しなく変化するのを暫く興味深げに眺めていると、会話がひと段落したらしい先輩と目が合った。

「橘ちゃんゴメンちょっと先帰るわ」

「スマホ、彼氏さんからですか?」

「まあ、うん。一応…」

 死んだ魚の目で力なく笑う蘇芳先輩。

 ここまで先輩を追い詰められる彼氏さんって一体…。

 何となく勘で聞いてみたタケルだったが、疲れ切った様子に返す言葉が見つからなかった。

 代わりに最近、構っていなかったせいで、忠犬が拗ねて駄犬へとシフトチェンジしまい、昨日は一晩中、泣き顔のスタンプを延々と送られ続けたと聞いてもいないのに語られた。

 良く見れば先輩の目の下に薄っすらクマが…。

「先輩、それ駄犬じゃなく病ん…でもありません」 

 駄犬は良くて病んでるのは認めたくないんですね。そうですか分かりました。
 それとスリッパは凶器ではありません。履くものです。だから手に持たず気をつけてお帰り下さい。

「じゃあ、帰るわ。ごめんなちゃんと説明するって言といて」

 今回の件に加え、いまだタケルの腑に落ちていない諸々を改めて説明するからと言われ、人のいない図書室(来ても良いと許可がおりた)に着いてきたが、終わったことを急ぐつもりはない。

 申し訳なさそうに幾度も振り返る先輩に気にしないで下さいと手を振り、タケルは去る後ろ姿を快く見送った。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
☆前回後1話と予告したくせに書いてみたら長くなってしまい、キリのいいところで切ってみたら今回を入れて後3話となりました。予告を変更し大変申し訳ありません_:(´ཀ`」 ∠):
今日明日中に全部あげる予定です。最後までお付き合い頂ければ幸いです。どうか宜しくお願いしますm(_ _)m

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。 かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。 一度、話がしたかっただけ……。 けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。 純情将軍×虐げられ王子の癒し愛

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

当たって砕けていたら彼氏ができました

ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。 学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。 教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。 諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。 寺田絋 自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子 × 三倉莉緒 クールイケメン男子と思われているただの陰キャ そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。 お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。 お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐
BL
 自己中な無表情と言われて、恋人と別れたクレッジは冒険者としてぼんやりした毎日を送っていた。  恋愛なんて辛いこと、もうしたくなかった。大体のことはなんでも諦めてのんびりした毎日を送っていたのに、また好きな人ができてしまう。  しかし、告白しようと思っていた大事な日に、知り合いの貴族から、その人が男娼になることを聞いたクレッジは、そんなの黙って見ていられないと止めに急ぐが、好きな人はなんだか様子がおかしくて……。

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

処理中です...