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しおりを挟む先輩、と鈴を転がしたような声が聞こえた。自分の席に座ったままそちらに振り向くと、教室の出入り口にピンク髪の小動物系美少女が立っていた。
突然現れた1つ下の後輩に、放課後、教室に残っていた生徒が一斉に注視する。が、誰も彼女に近づこうとしない。
もしかして、クラスと間違えているのでは…?
怪訝に様子を窺っていると、こちらを見つめ、もう1度その可愛らしい唇が先輩と声を奏でた。
「おい。呼ばれてるぞ」
「ンなわけないって」
隣で下敷きを団扇がわりに扇いでいたクラスメイトに二の腕を小突かれ、そんなまさかと小突き返した。
彼女を見かけたことはあっても、ほぼ初対面に等しい自分が呼ばれているなんて思えない。
呼んでも来ない待ち人に、心許なく大きな瞳を潤ませ立ち尽くす姿は、小柄な彼女が見るものに与える庇護欲をより一層煽り、教室内から待ち人に対する苛立ちが募っていく。
相手ではなく、名前を呼ばない本人が悪い。相手に苛立つのはお門違いだ。ささくれ立つ場の空気にそう思ったが、それを安易に口にしてしまえば、顰蹙をかうのは目に見えて明らかで。
タケルは下敷きで扇ぐことを止め、眉間に皺を寄せるクラスメイトを横目に、何も言わずに黙って机に頬杖をついた。
自分は教室で蘇芳先輩を待つという、大事な使命があるのだ。ここで下手なことを言って、教室に居づらくなってはたまらない。
そんな険悪な雰囲気の中、出入り口に近い場所にいた、一人の生徒が彼女の元に歩み寄って行った。
以前小動物美少女の素晴らしさを語っていた男子生徒だ。教室内の視線が男子生徒に集まる。
親切心というよりただ話がしたかった男子生徒に声をかけられ、彼女は何事かを話し目の前の男子生徒とこちらを1、2度視線を往復させた後、改めてこちらに向いた 。その目とガッツリ目があってしまい、タケルの背中に嫌な汗が流れる。
「橘。ご指名だぞ」
嫌な予感が的中し、男子生徒に大声で呼ばれ、つるっと頬杖から顔がずれ落ちた。
何故自分が。理由も分からぬまま周囲からの無言の圧力に、仕方なく緩慢な動きで席を立ち出入り口に向かう。
「えーと。…待たせてごめん」
彼女の元までやって来たタケルはまず謝罪の言葉を口にする。
ほぼ初対面の、名前すら知らないくせに自分を呼び出そうとした相手に謝る必要なんてないと内心思うのだが、ここで謝っておかないと今、背後で自分を睨んでいるクラスメイト達に何を言われるか分かったもんじゃない。
目の前のピンク頭が謝罪の言葉に小さく首を横に振る。
「いいえ。突然来た私が悪いんです。あのっ、少し、お話があるんですが…」
少しと言った際、ちらりと彼女が教室内を見やった。ここでは話しづらいと暗に言っているのだろう。
しかし、教室から離れている間に先輩が迎えに来たらと考えると、タケルはあまり場所を移動したくなかった。
「……だめ、ですか?」
胸の前で両手を祈るかたちに握り締め、縋るように自分を見つめる美少女の姿に、背後からの視線がより強く突き刺さる。
後輩のか弱い美少女を待たせた挙句、素気無く彼女の願いを断ったとなれば自分の評価は地に堕ちるだろう。
今後のクラスメイトとのコミュニケーションを考えると、流石にそれは避けたい。
「…ここじゃなんだから、場所を移そうか」
諦めのため息とともに相手の望む言葉を吐き出せば、彼女の口角が微かだが満足げ上がったのをタケルは見逃さなかった。
教室を出たタケルはピンク頭を連れ、すぐ近くの、昇降口とは反対側にある階段までやってきた。完全に人が来ないわけではないが、この時間の上の階に続く階段の踊り場なら人の目につきにくい。話をするには充分な場所だ。
「それで話って何?俺、すぐに教室に戻らないといけないんだけど」
話をさっさと終わらすためにタケルから話を切り出した。早く話を済ませて教室に戻らないと、迎えに来た先輩の反応が怖い。
低く冷たい声音にピンク頭がショックを受けたのか、眉尻を下げ戸惑いの表情を浮かべるが、そんなの気にしやる義理はない。
先ほど教室で見た微かな笑みには見覚えがあった。
自分の容姿が周りにどう映り、仕草一つでどういう反響が返ってくるのか。それを分かっている小狡い女の笑みだ。昔、自分をからかってきた女の子の中に、そういった輩がいたからよく覚えている。
過去の経験からそんなのにロクな奴はいない。上辺の可愛さだけで誰もが自分をちやほやすると思ったら大間違いだ。
「初対面の人間をいきなり呼び出すなんて。一体何の用?先に言っておくけど、蒼司に関係することなら、悪いけど無理だから」
何の前触れまもなく急に話したこともない初対面の自分をを呼び出すなんて。接点があるとすれば蒼司しか考えられない。
しかし現在蒼司とは仲違い中だ。無駄足だったな、と嘲笑しかけタケルはドツボに嵌りこむ。
考えないようにしていた事案に思わず泣きたくなるが、今ここで落ち込むわけにもいかず、ぎゅっと自身の片腕を強く掴み痛みで気持ちを押さえ込む。
「蒼司?誰ですかそれ?」
しかし、予想に反しタケルの言葉にピンク頭はきょとんとし、不思議そうに首を傾げた。
「はあ?真中だよ、真中蒼司。よく一緒にいるくせに名前知らないの?」
呆れた口調で問えば、ああ。と冷静な声音が返ってきた。
「真中先輩のことですか。何で先輩の口から真中先輩の名前が出てくるんです?それよりも私、先輩のお名前知りたいんですけど。さっき教室で橘って呼ばれてましたよね。橘なんて言うんですか?名前で呼んでもいいですか?好きな場所とか趣味とか、先輩のこと色々教えてくれませんか?」
蒼司のことをサラッと流し、前のめりに言い寄る彼女。
その勢いに押されタケルは思わず後退った。そして訝しげに眉をひそめる。
「…俺のこと知ってどうするの?」
「私、先輩と仲良くなりたいんですっ」
「他に仲の良い奴がたくさんいるだろ。俺と仲良くしたい意味が分からないだけど」
「他の人なんてどうでもいいです。…あの人たちとは仲良くしたくてしてたわけじゃないし。私は先輩と仲良くなりたいんです!!」
どうでもいい?蒼司がどうでもいいだって?
自分と仲良くしたいという彼女の気が知れないが、それ以上にあんなに他の奴らと親しげにしていたくせに彼等の、蒼司の好意をどうでもいいと軽んじる彼女の気持ちが許せない。
「話がそれだけなら帰る。君と仲良くするつもりはない。もちろん、名前も他も全部、君に教える気はないから」
「そんな、もっとお話を…」
「時間ないから。それじゃ」
冷たく言い放ち、教室に戻るため彼女に背を向けた。苛立つ気持ちに両のこぶしを握りしめ、階段に一歩足をかけた。
「…やっぱり、バグなのね…」
内容が聞き取れないほどの小さな呟きが聞こえ瞬間、どんっ、と背中が強い力で押された。
視界が傾き身体が宙に浮く。
「…え?」
頭が理解する前に咄嗟に身体が受け身の体勢を取ろうとするが間に合わず、中途半端に身体を捻った状態で床に叩きつけられた。
「…っ、」
右半身に衝撃が走り、一瞬息が止まる。
「可哀想な先輩。条件を満たして出して上げたのに、バグってしまってるなんて。多少のズレぐらいと思ったけど、ダメね。私にそんな態度を取るなんて間違ってるわ」
冷たく固い床だけが繋ぐ意識に、小さな子供を窘めるような声音が降り注ぐ。
耳に入る言葉は言葉として受け入れられず、ただ音として鼓膜に響く。
音はだんだん近づいてきて、視界の端に上履きのつま先が入った。
「でも、安心してね。私がちゃんと元どおりにしてあげるわ。だってー」
ーだって、先輩は私のものなんだから。
そこでプツリと意識が途絶えた。
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