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第3章 偽りの王子と恋の試練?
9過ぎ去りし因果の中で⑥(ギルフィス視点)
しおりを挟むモノトーンの街並みを眺めている最中、誰かに呼ばれた気がして振り返る。
けれどもそこに目当ての人物の姿はなく、ギルフィスは落胆に肩を竦め正面に向き直った。
「どうしたんじゃ」
この世界で違和感がないよう大きさを変え、普通の犬のフリをしている冥界の番犬の問いに、別にと覇気なく答えた。
「名前を呼ばれた気がしただけだ」
「若いのか?」
ならどんなに良いことか。
「見る限りこの世界に変化はない。アルヴィンが俺を思い出したのなら、なんらかの変化があるはずだ」
記憶の箱庭は主の心の変化で容易に変化する。
眼下に広がる景色は変わらず、耳に痛いくらいの静けさに包まれていた。
この箱庭は主を中心に動いている。
逆に言えば主がいなければ動かない。
人や乗り物、忙しなく動き回っていたものたちはアルヴィンの視界から外れた途端、凍りついたかのように動かなくなるのだ。
もちろん、この箱庭の主はそんことは知らず気づいてもいない。この空間を現実だと信じ込みハリボテの舞台で必死に過去の自分を演じ続けている。
なんとはなしに横を見やれば、自分たちのいる建物の屋上の鉄柵に二羽の茶色い小鳥が並んでとまっている姿があった。
仲睦まじく戯れているその姿のまま硬直しているその姿に、微笑ましいと思うよりも寒々しさを覚える。
(…ここがアルヴィンの作り出した世界)
事前に説明はされていたが、この箱庭はあまりに寂し過ぎる。
瞬きを一つし、眼下に広がる景色をもう一度眺めてみた。
女神曰く、ここは無意識の海と呼ばれる人々の記憶や感情が自然と集まる場所で、全ての人間の心と繋がっている精神世界らしい。
アルヴィンは現在そこに自衛として箱庭を作り出し閉じ篭っているのだそうだ。
「しっかし、若いのの世界を壊さぬよう、若いのの魂を救うのはほんに骨が折れることじゃて」
後ろ足で耳をかき、番犬が呟いた。
女神からの説明よると心が他者と混ざり合う無意識の海では魂が単体で個として在り続けるのは相当に難しいらしい。通常ならそう時間をかけずに記憶や心が混ざり合い、自我がなくなって消えてしまうと言っていた。
そうならないよう無意識の海に落ちたアルヴィンは意図してかどうかはまでは定かではないが、強く固執した記憶と感情で自らを閉じ込める箱庭を作り上げた、というわけだ。
しかし、自分の魂を守る代わりにアルヴィンはすっかり箱庭を現実世界だと思い込んでしまい、出るに出られなくなってしまった。
こんな寂しい場所から今すぐにでも助け出してやりたいが、無理に箱庭を外部人間が壊そうとすればこの箱庭を作った彼の心も壊れ二度と元に戻らなくなる。
だからなんとかして彼自身にこの世界が偽りだと自覚させ、自ら箱庭を解かせる必要があるのだが…。
「のう魔王よ。あの時、介抱せず放っておれば良かったんじゃないかと今更ながら儂は思うのじゃが。あの状態ままだったならそう遠くなく、若いのはこの世界が偽りだとあっさり気付いたんじゃなかろうか」
「無理だな。家を出る前から具合が悪いと言っていた。恐らく、何もしなくともそれを理由に自身を納得させそれで終わりにしていただろう。むしろあれは今のアルヴィンに接触する良い理由になった」
もちろん、苦しんでいるアルヴィンを放って置けなかったという理由もあるが。影から見守るだけなのと表立って知り合いとして動けるようになるのとでは今後を考えれば大きな差である。
…正直に言えばギルフィスの中で彼と最初に接触する際に自分を一目見て思い出してくれないかな、という淡い期待がないわけでもなかったが。
現実は、まあそんなに甘くはない。
「…なんだ。何か言いたげだな」
景色を見つめる横顔に生温い視線が突き刺さり、耐えきれずギルフィスは不機嫌を露わに口を開いた。
「いんやぁ~。介抱した時の若いのはしおらしくて可愛らしかったと思うての~」
ニヤつく番犬にギシリと動きが鈍くなる。
「何処ぞのセクハラ魔王に言いくるめられて抱き締められているの時の顔の赤いこと。涙目で慌てる姿は小動物のようでほんにいじらしかったわい」
「煩い。減るから思い出すな」
「減るわけ無かろうが。心の狭い男じゃのう。ちゃっかり若いのが作った料理を馳走になった挙句に、助けてくれた礼に何がいいか聞かれ、更に手料理が食べたいとせびったくせにぃ」
せびってなどいない、あれはお礼をしないと気が済まないという彼の言葉に考慮した結果だ。
現実世界とは違い腹になどたまらないが、アルヴィンの手料理というだけで自分にとって充分価値がある。
「前世っちゅうもんに囚われて、声も姿も全く別もんだと聞いておったが…。お主には何の問題にもならなかったようだの」
「問題?何がだ?」
見た目がどうだろうとアルヴィンはアルヴィンだろうが。
長い年月、沢山の人間を嫌という程見て来たのだ。人を外見だけで判断するならとてもじゃないが人の上に立つ王などやっていられるわけはない。
あれは自分が愛する存在だ。それになんら変わりがあるはずがない。
「流石、真性のストーカーといったところじゃのう」
「アルじゃない、しかも駄犬に言われると相当腹立つな」
「ほっほっほ。照れるな照れるな」
「何処に照れる要素があったんだ…」
隠居じじい並みの朗らかな高笑いに、脱力感し片手で額を押さえ息を吐く。
とっとと冥界に帰したい気持ちは山の如しだが、実はここに番犬がいるのは自らの意思でであり、今のギルフィスには残念ながらその行動を制限する権限がない。
召喚者として番犬に同行を命じたのは女神に会うまで。精神世界までついて来いとは一言も言っていない、いないはずのに何故が付いて来てしまった。
これはあくまで予想でそれ以上でもそれ以下にもならないが、多分、きっと、恐らく。心配をしてここまでついて来てくれたと思うのだがーー、
「ぬぬ。もしや魔力切れか?ここには魔力はないんじゃから無理は禁物じゃぞ」
「魔力より先にお前にキレるわっ」
「上手いこと言ってもなにもやらんぞ」
「いるか!」
態度が相変わらずで疑うより先に頭が痛くなってしまう。
暫くそんな不毛な会話が続き、ひとしきり舌戦を繰り広げたところで番犬がそう言えば、と思い出したかのような声を上げた。
「なんだ」
「あれじゃ、あれ。あの件はどうするんじゃ?」
アレを連呼されても熟年夫婦じゃあるまいし、分かるわけがないだろうが。
そう半眼で見下ろしていると更に前足で脛を叩かれせっつかれた。
「分からんやつじゃのう。あれと言ったら女神の助っ人のことに決まっとるじゃろっ」
「それで分かったら俺は自分をぶん殴って速攻説教するわっ!」
何が悲しくて犬とツーカーの仲にならなければならないのか。犬と意思疎通が完璧な仲など想像しただけで寒気が走る。
文句が湯水の如く脳裏に湧き上がったが、この調子でまた不毛な会話に突入しては埒があかないというか時間の無駄である。
ギルフィスは気を取りなおし大人しく話題に乗っかることにした。
「あー…。そういえばそんな話もあったっけな」
この世界に入る直前に女神がこの件に関して、丁度良いヤツがいるからそいつの準備が出来次第、助っ人としてぶち込んでやると言っていた。
本当に直前だったため、詳しい話は聞かずにこの世界に来たのだが。助っ人というヤツは今来ているのだろうか。
「もう来てるはずじゃぞ。この世界に存在しない魂の気配がするしの。…探して合流するか?」
その問いに少し考え、それから否と答えた。
この世界の異物である自分たちが一箇所にいるのは、何かあった時に一気に総崩れになる可能性があるため適当ではない。
それに、合流する気あるならとっくに向うから姿をあらわしているはずだ。ならばこのまま別行動でいい。
「なんじゃ、つまらんの」
「この駄犬はーーっ!」
突然鳥の羽ばたきが聞こえ、音のした方をに目を向けると先程鉄柵にとまっていた小鳥が空へと飛びだっていった。
あたりも先程と打って変わって騒がしくなり、箱庭の主が動き出したことを知る。
「おお~、おったおった。なんか知らんが急いでいるようじゃの~」
鉄柵越しに階下に目をやり番犬が呑気な声を上げた。
それにつられて見れば確かに慌ただしく自分たちのいる建物から走り去っていくアルヴィンの姿が。
「呑気な声を出している場合か、行くぞ」
「言われなくとも分かっとるわいっ!」
アルヴィンの後を追い、一人と一匹は急ぎ屋上を後にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
☆ 遅い上に拙い文章をお読み頂き本当にありがとうございます。今年はこれにて更新は最後になるかと思います。
来年が皆様にとって良い年になりますよう心からお祈り申し上げますm(_ _)m
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