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第3章 偽りの王子と恋の試練?
1お兄ちゃんも苦労人なんです(ヴィンセント視点)
しおりを挟む大国フォーレスクには二人の王子がいる。長兄である現在、自国の軍に所属し幹部として活躍している第一王子の『武』のヴィンセントと、同じく王宮魔術師として魔法薬を中心とした研究に日夜励んでいる次兄である第二王子の『智』(表向きは勇者だとは知られていない)のアルヴィンである。
この二人、どちらが次代の王になっても国の未来は安泰で更なる繁栄を齎すだろうと周囲からは言われている。
とっくの昔に決まっていておかしくない、次期王たる王太子が未だ指名されていないのは、兄弟どちらも優秀過ぎるがために現王が決めかねている。と、近くない人々からまことしやかに囁かれているが…、事実というのは割としょうもなかったりするのが世の常である。
その日、軍の会議に出席していたヴィンセントは会議終了直後、わざわざ騎士の詰所までやって来た王の護衛から王の執務室に来るよう言付けを受けた。
その際に急ぎではないからこちらの仕事が片付き次第で構わないと内容に付け足しがあったものの、王が自身の護衛を寄越してまでの用件が気になり、早々に今日の分の仕事を切り上げ王の執務室に向かうことにした。
仕事中、ヴィンセントは公の場以外では護衛の兵はつけない。姿はなくとも常に付き従う専属の『影』がいるのため、安全面にはなんら問題はないからだ。それにこの方が己にとっての良からぬ者たちが簡単に釣れて好都合なのである。
これは弟である第二王子が率先して行っていた反乱分子の炙り出し方であり、『影』もまた彼の侍従から請うて自身の部下にした者たちである。
執務室付近までやって来ると先程、騎士の詰所まで言付けをしに来た者と他二名が警護のため扉の前に立っているのが見えた。
自分の来訪を彼らに告げれば、すぐ様、その中の一名が伺いを立てるため室内へ姿を消す。それから待つこと約一分、許可が下りて改めて扉が内側へと開かれた。
「失礼致します。ヴィンセント・サファ・フォーレスク、王の命により只今参りました」
「うむ。面を上げよ」
執務室に足を踏み入れたヴィンセントがその場で恭しく臣下の礼をとってから、声に従い顔を上げるとー、
は?
室内にはここが画商かと見間違うくらい、絵画が幾重にも積み重ねられていた。その数、目算しただけでも軽く四、五十枚はくらいはある。
王はいつの間に美術品の収集が趣味になったのか。しかし、執務室にまで持ち込むのは執務に支障をきたすためあまり褒められたことではないと思うのだが…。
「お前を呼んだの他でもない、これについての相談だ」
ぽかんと間抜け面を晒してしまっているこちらに執務用の椅子に座す王から声を投げかけられた。その声にハッと我に返り、改めて机の上で塔を築き上げている絵画の方に目を向ける。
「…肖像画、ですか」
許可を取り塔から一枚、手にした絵画の中には見目麗しい若いご令嬢がこちらに向け微笑んでいる姿が描かれていた。
この肖像画の用途として思いつくのはアレしか考えられないが…。それにしても、どうしてアレがこんなところに大量発生しているのだろうか。
自分が手にしているものと机にあるものを交互に見比べながら、柳眉をひそめ訝しんでいるヴィンセントに対して、王は疲労の色を滲ませた溜息をついた。
「そうだ。全部が国中の貴族らから送られて来た見合い用の肖像画だ。ちなみに下は二歳の幼女から上は三十四歳未亡人のものまである」
「王のですか?」
「たわけ。なんで既婚者の私のなんだ。アルヴィンのに決まっているだろうが」
鼻の付け根あたりを揉み解しながらヴィンセントの問いに王が答えた。
「アルヴィンの…」
今までも国内外問わず嫁にしてくれ婿に来てくれと打診の手紙は数え切れない程送られて来ていたが、こんなにあからさまに殺到するのは初めてのことである。
「相談も何も、いつも通りで宜しいのでは?」
あの弟はこの手の件に関しては悉く、そりゃあもうすっぱりさっぱりばっさりと。切って捨てて斬り伏せるのは目を見えて分かり切っているのだから。いつも通り、先方にはやんわりと断りを入れてしまえばそれで済む話ではないだろうか。
そう進言すると、何故か心底意外そうに目を見開かれた。
どこか人を小馬鹿にしたようなその表情はいくら王であり実の父親でも、イラっときて片眉が跳ね上がりそうになる。
「お主、知らんのか」
「何をですか」
「最後にアルヴィンに会ったのはいつだ?」
質問に質問で返す王の真意を計りかねて、物言いが刺々しくならないよう注意を払いながら、確か、と自身の記憶を掘り起こしてみる。
生憎とここ暫く、軍や公務で忙しくて弟が無事帰って来たと報告があってからも会いに行くことは叶わなかった。そのまま今日という日まで至ってしまったため、最後に会ったのは弟が勇者として魔物討伐に行く前となるから…。
「大体、一ヶ月くらい前にはなるでしょうか」
「ならば知らなくても仕方あるまい。コレの原因はそもそも彼奴にあるのだ。魔物の討伐から帰って来てから所構わず男女問わずに口説きまくっておってな。おかげで研究と仕事が恋人で、恋愛ごとには見向きもしないと言われていたあの堅物王子が色事に目覚めたと噂が流れ、国内の耳ざとい貴族連中から早速肖像画が送られて来たというわけだ」
あの弟が男女問わず口説きまくる…。ダメだ。想像がつかない。
顎に手を当て頭を働かせてみるが、いくら唸り声を上げても全くその構図が浮かばなかった。
「私も最初は信じられなかったのだが…。宰相」
呼ばれた宰相が積まれた肖像画の後ろからにゅっと顔を出した。ヴィンセントは驚きのあまり後退り思わず声を上げそうになるが、日頃の鍛錬で鍛え上げられた腹筋に力を入れ何とかギリギリで耐えきった。
ヴィンセントが入室する前からいたのだろうが、それにしても気配がなさ過ぎる。全然気がつかなかった。彼は宰相を職を辞したとしても、別の道で充分やっていけるんじゃないだろうか。
「宰相。例の報告書をもう一度読み上げてくれ」
王に命ぜられ宰相はかしこまりましたと一礼した後、手にした報告書を読み上げ始めた。
「目撃証言①
離宮の廊下にてメイドが拭き掃除をしていたところ、通りかかった第二王子が手荒れに効く薬を持っていると、塗り薬を手にメイドを手を撫で回そうとした現場を自身の侍従に見つかり、何処かへ引っ張られて行った」
「それくらいなら親切心の範囲なのでは…」
「目撃証言②
中庭で婚約者に冷たくされたと泣いていたご令嬢を見つけ、話を聞き慰めていたが、途中から手や髪に触れ『そんな男は僕が忘れさせてやる』と言い始め迫った現場に、飴色の髪のご令嬢が高笑いしながら現れ、何処かへ引っ張られて行った」
「こ、言葉のあやかと」
「目撃証言③
夜の鍛錬所に居残ってた新人に壁ドン顎クイをして誘いをかけていたら、赤髪の近衛姿の男が来て掻っ攫っていった」
「雑っ!その目撃証言絶対うちの騎士ですよね!?」
壁ドン顎クイはよく分からないが、何となく如何わしい響きがするのでアウト。多分アウト。
しかも鍛錬所って、自分の管轄下のことなのに何故自分に報告が上がって来ていないのか。 ヴィンセントは急な頭痛を覚え頭を抱え込んだ。
「ーとまぁ、報告書の内容はまだ序の口だが他も似たようなものだ」
そんな息子の様子を目にし、王は宰相がこれ以上報告書を読み上げるのを手で制しやれやれと額に手を当て緩く頭を被り降った。
「本人は何と申しているのですか」
「人を愛する素晴らしさに目覚めた。ぜひ見合いもしたいと、非常に意欲を示しとる」
「…まさかそれを本気にしていませんよね?」
「うっ」
顔を上げたヴィンセントの地を這う冷ややかな声音に王の動きがピシリと固まった。一国の王のくせにこういう時の反応が分かり易過ぎる。
大方自分を呼んだ用件は、アルヴィンの奇行に困惑しつつも彼の言葉を鵜呑みにし、この中から相応しい相手を選ぶのを手伝えといったとこなんだろう。
どこまで本気と取っているかは不明だが、この機を幸いと縁談を進めようとするなら言語道断。弟の未来を守るため、ここははっきり言わせてもらわねばなるまい。
「恋愛嫌いのあの子がいきなり見合いに積極的になるなんて、極端過ぎてどう考えてもおかしいではありませんか!私だってあの子には誰かとともに歩む幸せを選んで欲しいと願ってますが、それとこれとは話が違います!」
王だろうが実の父親だろうが、可愛い弟のためなら不敬なんぞに構っていられるか!
語気を強め前のめりに迫る息子の迫力に椅子の背もたれに背中を擦り付けたじろぐ父。
「し、しかし…」
「しかしも案山子ありませんっ。王太子の件だって私を公で指名すれば、アルヴィンが喜んで王籍を抜け城を出て行かねないからと未だぐずっているくせに。今の状態で婚約させて元のあの子に戻った時を想像してみて下さい。全部を放り投げて出奔しかねませんよ!」
鼻息荒く言い放った言葉に、想像してみたのだろう。サッと顔色が青くなった父親に、漸く気づいたのかとヴィンセントは疲労感を覚え肩を落とした。
息子の幸せを願うあまりに盲目になっていたのだろうが、それでは逆効果である。
目端で無言で賞賛の拍手を惜しみなく送る宰相はとりあえず害はないので放置をしておいて、ヴィンセントは改めて口を開いた。
「とにかく、今後この件に関しましては私の管轄とさせて頂きます。宜しいですね」
有無を言わさず了承を取り付け、外にいる警護の者に肖像画を自身の執務室に運び込むための人員としてメイドを呼んでくるよう頼む。
弟の乱心の原因は見当もつかないが、目撃証言を聞いた範囲ではすで近しい者たちがフォローに回ってくれているようだ。
後からリヒターに詳しい事情を聞かねばなるまい。
(奇行の理由として、適当に研究のため人の機微を知るための演技だとでも新たに噂を広めておくとするか…)
王子が何の研究をしているかなんて、深く突っ込む輩はいないはず。それで多少、色事云々の噂は誤魔化せるだろう。
(…良からぬ虫は増えることにはかわらないだろうがな…)
暫くはこちら側でも弟の周囲の警備を強化しなければな、と。半眼の面持ちで執務室を退出したヴィンセントは離宮の新たな警備配置案を考えながら、来た道を足早に戻るのであった。
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