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第2章 アナタに捧ぐ鎮魂歌
25 暗闇に沈む
しおりを挟むいつものモノトーンの夢とは違う、何もない真っ暗な空間で、僕は忘れていたはずの『声』に苛まれていた。
『ー好き、大好きだよ晴翔』
煩い黙れ。
『俺はお前さえ居てくれれば、他の誰もいらないんだ』
嘘つき。隠れて女を抱いていたくせに。
『愛してる。ずっと側にいて守ってやるから。だから晴翔、俺とーー』
煩い煩い煩い、黙れっ、黙れよ!!そんな綺麗事なんて聞きたくない。
これ以上、『声』を聞きたくなくて、冷たい汗が滲んだ手で耳を塞ぎ、幼子のように膝を抱えその場にしゃがみ込んだ。
熱っぽく愛を語っていたその唇はいつの間にか最低限の言葉すら交わさなくなって、愛しいと言わんばかりだったその瞳は温度のない冷え切ったものへと変わってしまっていた。
忙しいから仕方がない。今日はたまたま機嫌が悪かっただけだ。明日にはまた僕の名前を呼んで笑ってくれる。そんな期待を1日の終わりに抱いて、毎日毎日、後ろ向きになって逃げ出そうとする心をなんとか引き留めていた。
ーーーあの日までは。
我ながら浮かれたロマンチストだった思うけど、『愛』とか『好き』って凄く特別で簡単に口にしちゃいけない言葉だと思っていたんだよね。口にしたら想いが減ってしまいそう、みたいな?
だからあんまり言わなかった。『好き』『愛してる』って言われたら『僕もだよ』って言って、自分からは明確な言葉を返さなかった。
数少ない友人に言ったら、何事も気持ち次第で減りも増えもしないっていって笑われたけどね。
でも実際、一方的に言わせてたせいでアイツの気持ちは減ってしまった。僕の想いも口に出して言わなかったのに、風船みたいに穴があいて萎んでしまった。
大事にしていたはずなのに、終わりは惨めで呆気ないもんだった。
『後悔してる?』
苛んでいた『声』が途切れ、しゃがみ込んだ足元に仄かに光る靴の先が見えた。
前世の僕が好んで履いていたスポーツメーカーのスニーカーだ。相手の顔を見なくても解る。
夢とはいえ自分で発光するって何者だよ。しかし、ここで泣き声じゃない普通の声を聞いたのは初めてかも知れない。
「後悔、ね」
何に対しての後悔なのか。口の中でその言葉を転がして、僕は口元に自虐の笑みを浮かべ見せた。
後悔ならしている。
「なんでもっと早く、自分から関係を断ち切らなかったのかってね」
そうしたら、死ぬまでの時間をもっと有意義に過ごせたろうに。
それがあったからこそ、今世では出来る限り後悔しな生き方をしようと決めているのだ。
『…それだけ?』
一体僕は僕に何を言わせたいんだろうか。
しゃがんだ体勢のまま見上げると、前世の僕が憐憫の情を滲ませこちらを見下ろしていた。
弱々しい光を閉じ込めたそれは、見ていると腹立たしい気持ちになってくる。
僕とお前は同じもののはずなのに、なんでそんな顔で見られなきゃならないんだよ。
納得がいかずムッとした顔をすると前世の僕はそう、と呟いてから瞬きを一つし僕から視線を外してしまった。
『あの人はどうするの?』
真っ暗な空間の何もない一点を見つめ、また、質問が降ってきた。
前世の僕が指すあの人。それは恐らくーー、
「…どうもしない」
『どうも?』
「そ。どうもしない」
あれは治療だし、それ以上の意味はない。まだ死にたくなかったし、やることも沢山あるから仕方なく受け入れただけだ。
『でも、嫌いなら治療でも受け入れないよね』
「嫌いじゃないよ」
嫌いならどんなに必要性を説かれても、指一本触れさせるもんか。
どんな理由であれ肌を重ねてしまった今、嫌でも気づいてしまった自分の想い。それをまだ後悔とは呼びたくはなかった。
「だからこそ、このまんまにするんだよ」
想いはいつかは移り変わる。信じて裏切られるのは二度とごめんだ。
魔王様は僕の何倍も生きて、過去にもそういう対象が何人かいたんだろうし。僕のことも通過点としていつか忘れ去られるはずだ。
案外、もう過去として処理されてたりして。今まで散々つれない態度をとってきたんだ、カタチだけでも抱いたことで気が済んで一気にー、充分あり得ることだろう。
目が覚めてあの黒曜の瞳に冷めた目で見られたら…。想像しただけで胸が痛むなんて馬鹿みたいだ。
「自分の役割の邪魔にならない関係でいられれば、…後はどうでもいいよ」
最後は投げやりな言い方になってしまったが、これが嘘偽りない僕の本音だ。
そして、この話はお終いだと言おうとした直後ーー、
『ごめんね』
ドンッ
「え?うわっ、」
怪訝な声を上げる自分の胸に強い衝撃が加わり、何の抵抗もなく身体が後方に倒れこんだ。
すると、待ち構えていたと言わんばかりに、地面だと思っていた場所から一斉に、いくつもの黒い蔦のような触手が伸びてきて手や足胴までも絡め取られた。そのまま、ずぶずぶと音もなく底なし沼となった地面へと引きずり込まれていく。
突き飛ばされたのだとやっと理解した時には、身体の三分の二がすでにのみ込まれていた。
「おいっ、何をーー」
『道が出来てて、助かったよ。こうしてお前と繋がれたんだから』
文句を言おうと開いた口に黒い蔦が侵入し、喉の奥まで侵そうとする動きに不快感で胃から酸性の液が逆流しそうになる。
その間も身体は下に沈み込んでいきーー、
『暫くそこにいて。悪いようにはしないからさ』
その言葉を最後に耳にし僕の全てが暗闇の中に落ちていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
☆だらだらと長引きまして申し訳ありませんでした。書き直すかもですがこれにて2章終了となります。
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