上 下
25 / 58
第2章 アナタに捧ぐ鎮魂歌

1 慣れって怖い…。

しおりを挟む



「……ぅんっ、…」

 お布団の中って何でこんなに気持ちいいんだろ。まさに夢心地だよねぇ…。
 微睡みの中で寝返りを打つ。肌触りの良いシーツに自ら頬をすり寄せ、その清潔感のある匂いを胸一杯吸い込み堪能する。そのまま、浮上しかけた意識が再び眠りの世界に落ちかけた時、自分に何が擦り寄ってきた。

 気持ちいい…。

 胸元を柔らかくて暖かな温もりにくすぐられ、離したくなくて目を開けずに両腕をそれにやんわり絡める。と、こちらの動きを予想だにしていなかったのか、腕の中のものがびくんと小さく跳ね上がった。
 逃げるかな?と心配したが、跳ねた以降は動かずに腕の中に留まってくれる。それどころか自ら胸にすり寄って来てくれるではないか。

 か、可愛いっ。

 ぐりぐりと肌に押し付ける仕草に、きゅうっと胸を絞られ強く抱きしめたい衝動に駆られたが、逃げられてしまいそうなのでそこは我慢。揺れる毛並みが鎖骨を撫で上げて、身を捩りそうになるのをじっと耐える。

そんな感じで、暫く、あったかくて柔らかでモフモフなものを愛でていたらーー、

 ペロッ、

「ひゃあっ!?」

 突然、素肌を生温かく滑った感触が。眠りにしがみついていた意識が一気に現実に引き戻された。 舐め上げられた鎖骨に手を当て飛び起きらたら、

「にゃっ!」

 驚いた茶トラの猫が膝に転がりました。

 ……誰だよ、宿屋の人の部屋に猫入れたの。










 乗り合い馬車を使って、移動すること八日。僕達は国境にある遺跡の街、ノーダに到着した。遺跡の街だけあって、街並みは歴史を感じさせる建物が順列している。昔ここ一体をある特殊な力を持った一族が支配していたらしい。

「特殊って、僕みたいなチート持ちだったのかなぁ」

 窓の外の景色を見て、膝の上で丸くなる茶トラ猫に撫でながら話しかけると、茶トラ猫は自身の長い尻尾を緩慢に振って返事をしてくれた。人のベッドで一緒に寝るわ、こうして膝の上で丸くなるわ。さすが宿の看板猫。人懐っこい。
 僕は野暮ったい黒縁眼鏡の奥のやや垂れ目がちな瞳を細め、もう一度撫でた。

「どうして俺が正座なんて…」

「貴方は自業自得でしょう。それはこちらの台詞です」

「私語!」

「「すいません…」」

 首都を出てすっかり慣れてしまった光景を横目で見て、また視線を外の景色に戻した。見慣れてしまったとはいえ、大の大人が二名、床に正座させられてシュンとしている様は、見ていて気分のいいものじゃない。

 起きがけに大きな声を上げたら、すぐにリヒターが部屋に飛び込んで来た。布団の上ぐるぐる喉を鳴らす茶トラ猫を見て、一瞬眉をひそめた後、すぐ部屋を出て行ってしまった。

 暫くして身支度を済ませ、リヒターの宿泊している部屋に来て見たらこの光景である。

「寝ている人の部屋に不法侵入するとは。いい加減、強制帰還させるぞ」
 
「リヒターさんに賛成ですっ」
「てめっ、犬!」

「連帯責任で両方だ」

「「………」」

 ギルフィスがやらかし、リヒターの怒りに触れ、それにアッシュが巻き込まれる、という負の連鎖。もうね、毎日見ているこっちには様式美というか、コントにしか見えない。

「いや、寝ている顔が悲しそうだったから。つい…」

「つまり、寝顔で一回。ベッドに猫を入れるので一回。計二回も、部屋に侵入したんだな?」

「あ」

 バカだ。

 しまったという顔するがもう遅い。こめかみに青筋を立てるリヒターが、指を鳴らす。すると、その瞬間、長さ五十センチ、厚さ十セン程の石板が正座している二人の膝に。

 『影』の皆さん、ご苦労様です。

「「ーーーー!!」」

 説教が拷問に変わり、声なき声を上げる二人。アッシュは確実に巻き込まれたねー。可哀想だから、こっそり身体強化の魔法をかけてあげよう。ん?ギルフィスは自業自得だから知らん。

「罰として、そのまま三時間正座。逃げたら石を氷に変えて六時間正座」

 お上リヒターの沙汰に、二人はがっくり項垂れた。あれが氷になったら、足が凍傷になること間違いなしだね。リヒターエグい。

「ルト。待たせてすまない」

「へ?、あ、大丈夫。待ってません」 

 二人を見下ろしていた冷たい印象の蜂蜜色の瞳の吊り目が僕を見て柔らかく笑むが、一連の出来事を観察していた僕は緊張に思わず、背筋を伸ばす。
 大人しく膝で寝ていた茶トラ猫も、リヒターが近づいて来たら脱兎の如く逃げていってしまった。本能万歳。
 

「ルト?」
 
よそよそしい態度に怪訝な顔をするリヒター。
 
だって、肩越しに見える拷問図が、ねぇ…。

「本当に大丈夫だよ。兄さん」

 あ、リヒターを兄呼ばわりは表面上ね。城の侍従が勇者についてるっておかしいから。似てないと突っ込まれたら、血は繋がってないってことで全然オッケー。

 椅子から立ち上がり、僕はリヒターに何でもないと首を振った。話が進まないから次行きましょう。次っ。

「ならいいが。何かあったら兄さんに言うんだよ?」

「う、うん(絶対言えない…)。…えっと、それで今日の予定なんだけど、山の入山許可を貰いにいきたいんだ。いいかな?」

 僕達が目指す高山はこの街に程近い場所にある。けれど、そこは神聖な場所として立ち入りを規制されており、許可を取らないと山に足を踏み入れることは出来ない。
 入山の許可はこの街で申請しなければならないんだけど…。

「今日、か…」

 リヒターは自身の赤茶の前髪を耳にかけ、何事かを考え込む。
 何かまずいことがあるのだろうか?

「にいさん?」

「いや、大したことじゃない。ただ…」

「ただ?」

「今日は無理かもしれない」

 訝しむ僕に、リヒターが困ったように眉尻を下げる。

 今日無理とは一体どういうことか。含みある物言いに、彼を真っ直ぐに見つめれば、リヒターは本当に大したことじゃないと苦く笑う。

「実は今、この街で大きな祭りが行われているんだよ」

 まつり、だと!!?

 僕は彼の言葉に前のめりで食いついた。














ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
☆アッシュはアルヴィン(ルト)が王子とは知りませんが、リヒターが城に勤めていることは知っています。模擬戦の時にトドメをさされ、次に目を覚ました時にめっちゃ威嚇されました。だから、一章でリヒターの名前が出た時、本能で危険を感じたわけです。リヒター=危険人物((((;゚Д゚)))))))
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

推しの悪役令息に転生しましたが、このかわいい妖精は絶対に死なせません!!

もものみ
BL
【異世界の総受けもの創作BL小説です】 地雷の方はご注意ください。 以下、ネタバレを含む内容紹介です。 鈴木 楓(すずき かえで)、25歳。植物とかわいいものが大好きな花屋の店主。最近妹に薦められたBLゲーム『Baby's breath』の絵の綺麗さに、腐男子でもないのにドはまりしてしまった。中でもあるキャラを推しはじめてから、毎日がより楽しく、幸せに過ごしていた。そんなただの一般人だった楓は、ある日、店で火災に巻き込まれて命を落としてしまい――――― ぱちりと目を開けると見知らぬ天井が広がっていた。驚きながらも辺りを確認するとそばに鏡が。それを覗きこんでみるとそこには―――――どこか見覚えのある、というか見覚えしかない、銀髪に透き通った青い瞳の、妖精のように可憐な、超美少年がいた。 「えええええ?!?!」 死んだはずが、楓は前世で大好きだったBLゲーム『Baby's breath』の最推し、セオドア・フォーサイスに転生していたのだ。 が、たとえセオドアがどんなに妖精みたいに可愛くても、彼には逃れられない運命がある。―――断罪されて死刑、不慮の事故、不慮の事故、断罪されて死刑、不慮の事故、不慮の事故、不慮の事故…etc. そう、セオドアは最推しではあるが、必ずデッドエンドにたどり着く、ご都合悪役キャラなのだ!このままではいけない。というかこんなに可愛い妖精を、若くして死なせる???ぜっったいにだめだ!!!そう決意した楓は最推しの悪役令息をどうにかハッピーエンドに導こうとする、のだが…セオドアに必ず訪れる死には何か秘密があるようで―――――?情報を得るためにいろいろな人に近づくも、原作ではセオドアを毛嫌いしていた攻略対象たちになぜか気に入られて取り合いが始まったり、原作にはいない謎のイケメンに口説かれたり、さらには原作とはちょっと雰囲気の違うヒロインにまで好かれたり……ちょっと待って、これどうなってるの!? デッドエンド不可避の推しに転生してしまった推しを愛するオタクは、推しをハッピーエンドに導けるのか?また、可愛い可愛い思っているわりにこの世界では好かれないと思って無自覚に可愛さを撒き散らすセオドアに陥落していった男達の恋の行く先とは? ーーーーーーーーーー 悪役令息ものです。死亡エンドしかない最推し悪役令息に転生してしまった主人公が、推しを救おうと奮闘するお話。話の軸はセオドアの死の真相についてを探っていく感じですが、ラブコメっぽく仕上げられたらいいなあと思います。 ちなみに、名前にも植物や花言葉などいろんな要素が絡まっています! 楓『調和、美しい変化、大切な思い出』 セオドア・フォーサイス (神の贈り物)(妖精の草地)

【完結】召喚された勇者は贄として、魔王に美味しく頂かれました

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
美しき異形の魔王×勇者の名目で召喚された生贄、執着激しいヤンデレの愛の行方は? 最初から贄として召喚するなんて、ひどいんじゃないか? 人生に何の不満もなく生きてきた俺は、突然異世界に召喚された。 よくある話なのか? 正直帰りたい。勇者として呼ばれたのに、碌な装備もないまま魔王を鎮める贄として差し出され、美味しく頂かれてしまった。美しい異形の魔王はなぜか俺に執着し、閉じ込めて溺愛し始める。ひたすら優しい魔王に、徐々に俺も絆されていく。もういっか、帰れなくても……。 ハッピーエンド確定 ※は性的描写あり 【完結】2021/10/31 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ 2021/10/03  エブリスタ、BLカテゴリー 1位

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

処理中です...